魔法遣いは自重しない。37

夜遅く、そろそろ日付が変わろうかという時間。
「お帰りなさい。怪我はしていない?」
一日ぶりに鬼狩りから戻ってきたしのぶを、は玄関で出迎え、彼女が脱いだ羽織を受け取った。
「ただいま帰りました。こちらで何かありましたか?」
どこかから取り出した衣文掛けにかけて、羽織の汚れをささっと落としてくれる彼に、留守中のことを尋ねる。
「特に何もないよ。ああ、伊之助が出先で捕まえたってシカ肉を抱えて来たから、明日は串焼き祭りです」
「相変わらずの野生児ですね……」
簡単に想像してしまったのか、しのぶはちょっとコメカミを押さえる。
「うん。さ、お風呂入っておいで。アオイに頼んで着替えも持って行ってもらってあるから」
「はい。あの、何か軽く食べるものを用意していただいてもいいですか?」
少し恥ずかしそうなしのぶの言葉に、脱衣場の壁に羽織をかけていたは優しく笑った。
「承知しました。……ゆっくり温まっておいで」
彼女の頭を撫でて台所へ向かったの背中を見ながら、しのぶは思わず呟く。
「本当にズルい人ですね」
彼女の視線の先で、イチがそう?と言いたそうに身体を傾けていた。

「あがりました……。何をしているんです?」
お風呂上りに台所に顔を出せば、作業していたに目を丸くする。
軽いものをとお願いしたのに、塊肉を細切れにしているのだ。
「これはお昼の仕込み。伊之助が『明日は肉なっ!』って楽しみに言うものだから」
一口大のお肉に串を打ったものを示せば、しのぶもなるほどと頷いた。
「勿論、塊のままの肉も用意してあるんだけど、女の子はこのくらいの方が食べやすいでしょう?」
キリの良いところまで終わらせたは、しのぶの前に炊き込みご飯のお握りと豆腐とわかめの味噌汁を置いてくれる。
「食べきれなければ、残して。無理だけはしないでね」
「はい。いただきます」

温かい食事を食べ終わった後、温めた牛乳をもらっている時に、しのぶは不意に眠気が襲ってくるのを感じた。
「ん?もう眠くなった?」
「……ええ、久しぶりに徹夜になってしまったからでしょうか?」
手にしていたカップをひょいと取り上げられ、彼女のものより一回り大きな羽織を肩から掛けられる。
「もしかして、また運ばれてしまうんでしょうか?」
てきぱきと片付け始めてしまうを、寝ぼけ眼で見上げる。
「俺は君に甘えてもらえて嬉しいけど?」
「本当に困ったものです……」
優しく抱きしめられたしのぶは、彼の腕の中でそう呟いて目を閉じた。
このぬくもりが、とても落ち着いてしまうのが、非常に問題なのだ。

その日の朝、しのぶは自分が起きた場所がどこかわからず、すこし寝ぼけた頭で首を傾げた。
目の前でイチがぴょこぴょこと挨拶をしてきたので、心配はしなかったのだが。
その時、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
返事をすると、少しだけ扉を開けて、が顔を見せる。
「起きた?」
さん?ここは、さんの部屋ですか?」
「うん。君の部屋に勝手に入るのもどうかと思って、俺の部屋にお連れしました。……それはそれでまずかったと、アオイにさっきまで滾々とお話しいただいてました」
「ふふっ、それで足が痺れているんですね」
ちょっと歩きにくそうにしていた理由がわかって、しのぶは笑ってしまった。
「十五分以上は、キツイね。……もう、起きられる?」
「はい」
「じゃあ、行こうか」
壁の衣文掛けから蝶の模様の羽織を外して、彼女に手渡す。
「ありがとうございます。……今日は例の薬の確認でしたよね?」
「うん。今日も張り切って参りましょう」
二人は笑い合って、歩き出した。

その後、カナヲにも、自室に連れ込むのは、どうかと思うと言葉少なに責められる魔法遣いなのであった―――

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評価

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後書&コメント

  1. ただのイチャイチャ日常回。
    ちょっと短めだけど、ほぼ二人しか出てこないので、私が満足です。
    アオイもカナヲもそういう事をする前に、やることありますよね?と言いたい模様。
    それは、私も言いたい。

    あ、コメントの名前とメールアドレスの必須を解除してみました。
    スパムが増えたら、また設定するかもしれません。
    一言いただけると、幸せです。

    コメント by くろすけ。 — 2022/01/22 @ 21:17

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Posted: 2022.01.22 鬼滅の刃. / PageTOP