魔法遣いは自重しない。38

「この薬草が欲しいんです」
その日の午前中、縁側で日向ぼっこしながら、アオイたちが洗濯物を干す光景を眺めていた魔法遣いは、しのぶが突き付けてきた書物を見て首を傾げる。
「これなら、薬草用の温室にあった気がする……」
「薬草用の温室、ですか」
「ああ。もちろん、適性地での露地栽培もお願いしてますが、研究用だったり緊急用だったりで、研究所の地下に広大な栽培エリアをですね」
すっと細められた目に、諒はまるで言い訳するように早口で述べる。
「蝶屋敷にはありませんね」
「まあ、近くにあるし、何かあれば取りに行けばいいかなとか……小さいのでも良ければ」
正直に言おう。圧力に負けました。
「是非。私の部屋の近くがいいです」
しのぶは諒をちらりと見上げる。
「……それは反則。上目遣いでお願いなんてされたら、善逸でなくても、諸手を挙げて降参です」
「ふふっ、それでお願いできますか?」
「全く。美人さんは笑顔の使いどころをよく知ってらっしゃる。わかったよ、薬草用の温室ね。素材を手に入れてくるから、少し待ってて。その帰りにこの薬草も貰ってくるよ」
諒は縁側から立ち上がり、温室を作るための場所と大きさから、買ってくるものを考える。
手持ちの素材であれば、簡単にできるが、今後のことも考えれば、この国で購入できるもので作っておくほうがいいだろう。
「はい、お待ちしてますね」
しのぶは満面の笑みで、でかける諒に手を振り見送った。

そんな二人を見ていたアオイは、小さく呟く。
「あんなことしなくても、諒さんはしのぶ様のお願いだったら、間違いなく何でも聞いてくれると思うんだけど」
その呟きに、側にいたカナヲも大きく何度も頷いた。
魔法遣いの溺愛は、いつだって彼女達の姉に注がれている。

「……つまり、使いっぱしりか」
資材の発注を終えた諒がやってきた地下研究所で、愈史郎は呆れたように彼が頼まれた薬草を集めるのを見つめる。
「そういう言い方はなくない?愈史郎だって、珠世さんの言う事なら何でも聞くだろ」
「当たり前だ」
即答されてしまうと、それ以上何も突っ込めない。
「さてと、目当ての薬草はこれで大丈夫なので、俺は帰ります。……ここの生活には慣れた?」
「そうだな。何かに追われる生活から解放されたのは、いい。何より珠世様の安全が第一だ」
「それならよかった。次は炭治郎と禰豆子を連れてくるよ」
「ふん。……珠世様にも伝えておく」
なんだかんだ言いながら、きっと紅茶とお茶菓子を用意してくれている愈史郎に、諒は笑って手を振った。
諒が出て行って少しして、珠世が愈史郎の元を訪れた。
「愈史郎……あら?諒さんが来ていたの?」
「はい。必要な薬草があるということで、いくつかあの阿呆が持っていきました。あと、温室を作ってやるそうです。全力で甘やかしてますよね」
そう言いながら、愈史郎は珠世のために紅茶を注ぐ。
「あらあら。相変わらずなのね」
珠世が楽しそうに笑った事を、後で日記に書こうと愈史郎は心に誓う。笑った理由については黙殺する。
「本当に、少し前には考えられなかったわ」
ソファに座り、紅茶を手に取った珠世は、ここ数か月の激動にしみじみと思いを馳せた。
「次はあの兄妹を連れてくるそうです」
「それは楽しみね」
「それと新しい薬草と便利な眼鏡だそうです。あいつの【鑑定】が使えるようです。病理・薬効などに限定されるそうですが、あの女に渡したものと違って時間設定がないそうなので、バレないようにと」
そう言って愈史郎は、諒が持ってきていた薬草の入った苗箱と、眼鏡の入った入れ物を珠世の前に置いた。
「……しのぶさんが来る前に、絶対隠さないとまずいものを持ってこられましたね」
「はい。まぁ、バレた時は、あの男に全て押し付けることにしましょう」
愈史郎の言葉に珠世も苦笑するしかなかった。

「お帰りなさい。ありましたか?」
諒が返ってきた気配を感じて、しのぶが研究室から出て来た。
「うん。これでいいかな?明日、温室を作ったら、苗も貰ってくるから」
「ありがとうございます。これでまた一歩進めます」
満面の笑顔で喜ぶしのぶの頭を、諒は優しく撫でる。
「いつでも、何か欲しいものがあれば言って。君の願いをかなえてあげるから」
「……いいんですか?」
「いいよ。他にも欲しい薬や素材があるんでしょう?ほら、部屋に行って教えてください。手持ちにあるかもしれないよ?」
しのぶの背中を軽く叩いて促すと、彼女の部屋に向かって揃って歩き出した。

そんな二人を朝に続き、再び見ることになったアオイとカナヲは顔を見合わせた。
諒さんはしのぶ様のお願いだったら、間違いなく何でも聞いてくれるわ」
「うん。姉さんが身体を壊しかねない事だけは聞いてくれないけど」
「ああ、あの眼鏡の使用時間だけは、何度しのぶ様に懇願されても、少しも時間を延ばしてないもの」
「あれは仕方ないと思う」
「そうね。きっと全部終わるか、倒れるまでになるはず」
諒さんに任せれば安心」
妹たちがそんな会話をしていたのを、大人二人は知らない―――

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後書&コメント

  1. 今回もちょっと短め。いつもと同じ安定のイチャイチャ回。

    城突入が始まる前に、色々色々片付けておきたいことを先に書く予定です。
    敵討ちはしばしお待ちくださいませ。

    そして、仕事のデスマーチは3月末まで続きそうという仕様ですので、Twitterや登録サーチサイト様で更新された時に見に来ていただけると助かります。
    残業代はボーナスとして帰ってくる予定。

    コメント by くろすけ。 — 2022/02/19 @ 19:54

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Posted: 2022.02.19 鬼滅の刃. / PageTOP