その日、イチからの緊急連絡で、駆け付けた魔法遣いは、目の前の惨状を前に立ち尽くした。
「……あー、その、まずは簡単に説明してもらえるかな?」
研究所にて緊急事態発生ということで駆けつけてみれば、部屋の隅で威嚇をしている小さな蟲柱様がいらっしゃる。しかも猫耳付き。
直前まで一緒にいたであろう珠世と愈史郎に、丸くなったままの目を向ける。
「以前、お前に耳が生えたって話を聞いてな。弱体化に使えないかと、珠世様が研究されたんだ」
「それがどうして、こうなった」
「若干小さくなって猫耳が生えるだけという鑑定結果が出て、それを確認された後、一気に飲まれてしまって……」
としのぶを見比べている珠世も困惑していた。
「……なにゆえ」
部屋の隅でふーっ!と威嚇してくるしのぶに、ちょっと泣きそう。イチも困ったように、の肩の上から彼女を見ている。
「三日程度で薬の効果も抜けるって出てるから、連れて帰る……帰れるよう頑張る。悪いんだけど、二人は別の部屋に行っておいてくれるか?」
「そうですね。愈史郎、行きますよ」
「はい、珠世様」
そして、二人が出ていくと同時に飛びつかれた。
「……俺の事、わかる?」
しばらくして立ち直ったの腕の中で、こくこくと頷くしのぶに、ほっと安堵に息を吐く。
「よかった。記憶はある、と。ゆっくり君を見てもいい?」
「ん」
体の大きさが大きな猫並みになったため、舌足らずだが、出会った当初のカナヲと同じくらいの意思疎通は出来そうだ。
「イチもわかる?」
「ん。ありあと」
近寄ってきたイチを撫でながら、お礼を言う様子に、オジサンは悶絶しそうである。
「では、三日間は蝶屋敷でお休みですね。後で、耀哉にも報告にいかないとな」
「ん」
仕方がないと頷くしのぶを抱き上げて、歩き出す。
「次に人体実験したい時は、先に俺に相談して。飲んでも平気そうな奴に飲ませるから。実弥とか義勇とか。……お返事は?」
「……あい」
目を逸らせていたしのぶも、さすがに怒っているらしいの圧力に大人しく頷いた。
「ということで、三日ほど、この状態です」
蝶屋敷の面々を集めて、事情を話しておく。
の膝の上で丸まっている様子は、猫そのものである。
「記憶はきちんとあるから、大丈夫だと思いたい。あ、服なんかは丁度いい大きさのものあるかな?このままだと大きすぎるから。なければ、新しく買ってきてもらっても構わない」
ご都合主義も服には作用してくれなかったらしい。
色々あれなので、の羽織でぐるぐる巻きにしている状態は早めに解決したい。
「……しのぶ、様ですよね」
「うん。その驚きは非常によくわかる。落ち着いたらで大丈夫だから」
なんせ、いつものツンツン具合はどこへ行ったと訴えたいくらいの、デレッぷりである。
研究所で抱き着いてきた時の混乱を回復するために、ですらタップリと五分は使った。
辛うじて声を絞り出したといった様子のアオイに無茶は言わない。
「三日で戻られるんですよね?」
なほが心配そうにしのぶを見つめている。
「うん。お医者さんにも確認してある。……もし、それを超えるようなら、俺にも覚悟があります。だから安心して」
「さんがそう言われるのでしたら、承知しました。しのぶ様は三日間お休みということですね」
「ん。しのぶ姉さんを休ませるいい機会」
「そうしてもらえると助かる。何かあれば俺を呼んで。これから耀哉にだけは報告に行ってくるけど、それ以降は屋敷にいるようにするから。急患が来たら、サンを通して連絡をください。速攻で戻ります」
「はい。よろしくお願いいたします」
「……なるほど」
ものの数秒で立て直して言葉を発した耀哉に、はさすがだなぁと感心してしまう。
「悪いんだけど、鬼狩りは他の柱で調整してくれるか?医療業務を俺が対応するから、あまり屋敷を離れたくない」
「わかったよ。そういう理由なら無理もできない。こちらで行冥と蜜璃に頼んでおくよ」
「助かる。後で二人には俺からもお礼をしておく」
「しかし、よくなついているね」
「いつもこんなに素直に甘えてくれればいいのに……痛いです。すみません」
呟きを聞かれて、しのぶに軽く腕を抓まれた。
拗ねたしのぶをなだめるように背中を優しく撫でると、額をぐりぐりと押し付けられる。
その様子に、耀哉は驚きながらも、嬉しそうに笑った。
「しのぶが休める場所が出来たのは、私も嬉しいよ」
「そのあたりは任せておけ。あと三年もしないうちに、お前ら全員毎週二日は休めるようにしてやる。世界に先駆ける完全週休二日制を取り入れて、一年に二十日は絶対に有給休暇を取らせてみせるからな。そうしたら、家族で旅行も出来るぞ。土産は奮発してくれると嬉しい」
目の前の魔法遣いがいつだって未来の話をしてくれるから。
彼の腕の中で安心しているしのぶも、そして、自分も鬼を滅した後のことを考えることができるようになった。
それのなんと素晴らしいことか。
その事実を目の前の男は気にもしてないのことに、少しばかり反省を促してもいいよねと耀哉は思っている。彼の意見に産屋敷一家が賛成していたりするので、鬼殺隊にこの件に関して魔法遣いに味方はいない。
「あの二人には、是非幸せになってもらわないとね」
報連相を終えた二人が帰っていくのを見送った耀哉は、あまねと子供たちと一緒に、鬼退治が終わった後の計画を立てていくのだった―――
正直、ネコ蟲柱様を想像でモフって、年明けてからを生き抜いてました。
後、お城突入するまでに書いておきたいこともあったのですが、今しばらくネコ蟲柱様をもふらせてください。
誰得だよと言われようと、こればっかりは私得ですので!
コメント by くろすけ。 — 2022/05/21 @ 19:43