報連相を終えて、蝶屋敷に帰ってきても、しのぶはひしっとの服をつかんでいた。
も甘えてくれるのが嬉しくてずーっと腕に抱えている。
「しのぶ様、お帰りなさいませ。さんも」
「ただいま。耀哉にはいろいろお願いしてきたから、三日間は屋敷に詰めておくよ。……まあ、多分、鬼の方も鳴りを潜めると思うけどね」
不敵な笑みを浮かべるの顔に、アオイはこれ以上は突っ込むのは止めようと懸命な判断を下す。
「そろそろお昼ご飯の準備するけど、今日のご飯は何にしようか?」
「くしやき!」
アオイに尋ねたの声に、腕の中の存在から声が上がった。
「……どうしよう、アオイ。この子、めちゃくちゃかわいい。言う事なんでも聞いちゃうダメおじさんになりそう」
「しのぶ様がかわいいのも、さんがダメなのも、いつものことです」
片手で顔を押さえて天を仰ぐに、アオイの指摘は的確だ。
「アオイが絶妙に酷い。……庭で焼肉にしようか。海鮮串も出しましょう。どうです?」
「ん」
満足とばかりに頷くしのぶに、魔法遣いの男はメロメロである。
「焼きおにぎりもおいしいよね」
その日のお昼は、の腕の中で、あーんと口をあけるしのぶを全員で堪能したとか、満腹になったしのぶがの羽織に包まって縁側で寝落ちする姿に身悶えたとか。
夜になった段階でカナヲに渡そうとしただったが、の上着にしがみ付くようにして、全く離れないしのぶにどうしたもんかと頭を抱えていた。
「さん」
困った顔で名前を呼んでくるアオイと、じっと見つめてくるカナヲに、は降参とばかりにしのぶを抱き上げて視線を合わせる。
「……お風呂あがったら、一緒に寝ましょう。お風呂はカナヲと入っておいで。ね?」
「ん」
添い寝の約束を取り付けたしのぶは、意外と素直にカナヲの腕の中に移動した。
「また後でね」
そんなしのぶの頭を撫でると、猫耳がピコピコと動いてご機嫌の様子を見せて、そのまま二人はお風呂に向かってくれた。
「しのぶ様があんな事をおっしゃるとは思いませんでした……」
本当に珍しくわがままを言ったしのぶの姿に、アオイは驚きを隠せない様子である。
「あれはアオイとカナヲが折れるのを待ってたんだよ。だから、本来の目的の一緒に寝るを達成したら、素直に手を離したでしょ?」
「え?」
アオイはの言葉に声を上げて、彼を見上げた。
「交渉事だとよくあるんだけど、予定より多く見積もっておいて、要求を下げたと見せることで本当の要求はキッチリ通してきたんだ。小さくても、さすが中身は知的な蟲柱様、といったところかな」
やれやれとが苦笑いするのに、アオイは首を傾げる。
「わかっていたのに、受け入れたんですか?」
「うん。たぶん、あれを撥ねつけてたら、絶対意地になって風呂にもついてきそうだったから。お互いの妥協点を見つけたという感じにして、落ち着いていただきました」
添い寝はともかく、風呂なんて、元に戻った後を想像するだけで怖すぎる。
「では、さんも早めにお風呂入ってくださいね」
「え?」
「あの様子だと、間違いなく、お風呂上りにさんがいなかったら、突撃されると思いますけど」
アオイの言葉に、一瞬で真顔に戻ったは、一目散に自室の風呂へ向かった。
実際、いつもはダラダラと堪能しているお風呂を早めに切り上げて上がって自室を出たところ、蟲柱様ネコ型が渡り廊下を走ってきたのを見て、あと数分遅かったらヤバかったなと、彼女を抱き上げながら遠い目をしてしまった魔法遣いだった。
次の日、朝ご飯を食べ終わってしばらくした頃のこと。
しのぶを抱えて縁側に座って、薬づくりに便利な道具を考えていたのもとに、アオイがやってきた。
「蜜璃様と伊黒様がおいでになりましたが、いかがいたしましょうか?」
「あー、蜜璃には代わりに鬼狩りに行ってもらったからな。挨拶だけはしておこう」
「ん」
しのぶも蜜璃にはお礼を言おうと思っていたようで、の言葉に頷く。
「間違いなく、誤解されそうなので、会った瞬間否定しないとな」
蜜璃が大騒ぎする光景が幻視できる魔法遣いだった。
「こちら、猫になられた蟲柱様です」
真っ赤になった蜜璃が声を発する前に、が淡々と告げる。
「は?」
「え?」
「こちら、猫になられた蟲柱様です」
に両手でてろーんと持ち上げられたしのぶは、蜜璃と小芭内に小さく首をかしげる。
とりあえず部屋を移動して、蜜璃にしのぶを渡して可愛がってもらいながら、小芭内に簡単に事情を説明しておく。
「……何故、自分で飲んだんだ?」
「それは、俺にも不明。戻ったら、小一時間ほど問い詰める予定。次は他の実験台を用意する約束してある」
「そうしてくれ」
「あ、そうそう。耀哉から、これ」
「お館様から?今読んだ方がいいのか?」
が差し出した封書を受け取り、確認してくる小芭内に、出会った当初からは考えられない対応に感無量になってしまう。
「いや、帰ってからでいいよ。至急な案件だったら、鎹烏に頼んでる。いや、しかし、麗しい風景だねぇ。美人さんと美人猫さんの戯れ」
「見るな、減る」
「無理言うな。時に、蜜璃が猫化しても可愛いと思わないか?」
「……やめろ」
「任せておけ。その時は、確実に確保して、お前の家に届けるから。三日間、甘やかし放題だぞ」
と小芭内が小声で言い合っている隣で、イチと鏑丸が何かを頷きあって意気投合している。
「ああ、でも、よかった。怪我や病気じゃなくて。さんがいるのに、治せないって大丈夫なのかと思ってすごく心配したの」
しのぶを抱きしめながら、蜜璃は安堵の息を吐いた。
「三日で治るって出てたから、無理する必要もないかと思ってね。心配させて、ごめんな」
「ううん。よかった」
「お二人は、この後の予定は?」
「新しくできた甘味処に、行く予定なの。今度、しのぶちゃんも一緒に行こうね」
「ん」
告げられたは、小芭内にアイコンタクトで『邪魔してすまん』と送っておく。
「もしかして【カフェ・ブールバール】?」
「さんも知ってるの?」
「いや……、出資者、俺」
「は?」
「え?」
初めて聞いた事柄に、柱【三人】から視線を集めてしまい、はしどろもどろで説明していく。
「あー、まだ始めたばっかりで。耀哉には勿論報告入れてるよ。あいつも共同出資者だし。そしたら、これ持ってくといいよ」
は蜜璃と小芭内に一枚の名刺を渡す。
「さんの名刺?」
「うん。これを店員に渡せば、個室に案内してくれるよ。その方が、ゆっくり食べられるでしょ?今度、是非感想を聞かせて」
そう笑った魔法遣いと、その腕の中から小さく手を振るネコ型蟲柱様に見送られて、二人は蝶屋敷を後にした。
「わざわざデートの途中によってくれるなんて、蜜璃はいい子だね」
「ん」
「……元に戻ったら、俺たちも甘味処行きます?」
「ん!」
小さくなっても女の子。甘味処には行ってみたいらしく、笑顔で頷かれた。
「俺、この笑顔を守れるなら、何でもする……」
今日もダメなオジサンが着実にそこにいた――――
ネコ型蟲柱様第二話。
愛でたい。という私の願望が具現化しております。
添い寝、したいです。。。
次回はネコ型蟲柱様話最終話の予定です。
どっちも愛でたいんで、仕方ないですね。
あー、可愛いー。
コメント by くろすけ。 — 2022/06/04 @ 21:31