魔法遣いは自重しない。42

「……また珍妙な格好になってんなぁ」
午後になってすぐ。
の頭の上から天元と義勇を見てくる猫のようなしのぶに、蝶屋敷の玄関で出迎えられた天元は、しみじみと呟いた。
その隣で義勇が目に見えて動揺している。
「お前らは、来る前に連絡入れるとかしろ」
そんな小言を言ってため息を吐くの頭に、もたれかかるようにしているしのぶは、お昼ご飯の後で眠そうに小さく欠伸をしていた。
「義勇はニイがいるからって、俺は関係ないって顔するな。ニイは緊急連絡しかしてくれないぞ」
「!」
蝶屋敷にやってきて、羽織からひょーいと飛び降りたニイに、義勇は信じられないと視線を向けるが、ニイはふるふると震えるだけだ。
「で、お前らの目的は裏山か?」
「おう。今日もヨリイチさんに胸を借りるぜ」
「……今日こそ、勝つ」
「怪我しないように気をつけてな。勝ったら今日の晩飯は、お前らの好物三昧にしてやるぞ」
「酒もよろしくな!」
「絶対、勝つ……!」
のご飯に目の色を変えた柱二人は、気合を入れて裏山へ向かっていく。
「やれやれ。ニイ、裏山のキングによろしく伝えてくれるか?」
ポヨンっと一回大きく体を伸ばして、ニイは義勇の面倒を見るために動き出した。
「しょうがのつくだに……」
頭の上で呟かれた言葉に、は小さく吹き出した。
「新生姜で作ったのも食べたいですか?」
「ん」
「晩御飯に少しだけね。今の大きさだとあんまり食べられないしね」
「ん」
の頭の上で頷くしのぶの姿に、アオイは今日も平和だなぁとしみじみと思った。

「で、良い勝負は出来たみたいだな」
介護士ゴーレムが差し出したポーションをグビグビと飲み干した天元と義勇に、は笑って声をかけた。
「おう。前より長く戦えたぜ」
楽しそうに笑う天元と対照的に、義勇は憮然とした表情を隠そうともしない。
「そんなに鮭大根を食べたかったのか」
「……のは別格」
「まあ、使ってるものがものだしなぁ」
素材からしてレベルが違うのである。そのあたりのお店でお金を積めば食べられるものではない。
「とりあえず風呂に入って、汚れを落としてこい。夕飯は用意してあるし、帰りは送ってやるからゆっくりしていけ」
二人がそこまで酷い怪我をしていないのを確認した魔法遣いは、軽く手を振って台所へと歩いていく。
「夕飯に極上じゃなくても、俺らの好物が出てくるかどうか賭けるか?」
そんな彼の背中を見送って、天元は義勇ににやりと笑う。
「……意味がない」
ニイにちょいちょいと突かれた義勇はため息を吐きながらも答えた。
この屋敷でご飯を食べる時に彼らの好物が出なかったことがないのだから。
「だよなぁ。さあて、さっさと風呂に入って飯にするか」
「ん」
小さく頷いて歩き出す義勇に、本当に変わったなぁと小さく笑う。
「お前のご主人さまはスゲーな」
だよね!と言いたそうに、ニイはポヨンと飛び跳ねた。

その後、めちゃくちゃ甘やかされるしのぶに、義勇が憮然とした表情を隠そうともせず、天元は腹を抱えて笑い転げた。

そして、ついにその時は訪れる。
「アオイー、カナヲー。そろそろ時間だから、部屋に連れて行ってもらっていい?」
最後の最後までの腕の中でゴロゴロしていたしのぶは、呼ばれてやってきたカナヲの腕の中へ大人しく移動する。
「はい。今のうちに着替えておきましょうか」
「うん。頼むよ。縁側にいるから、何かあったら呼んで」
いい天気の中、縁側に座っていると、しばらくして歓声が聞こえてきた。
のだが、すぐに二人が慌てるような声に変わる。
「ん?どうした?」
さん」
少し障子が空いて、アオイが困った顔を見せた。
「あー。うん。二人は仕事に戻ろうか。夕飯くらいまでには何とかなるよ」
部屋の隅で耳まで赤くして蹲っている彼女の姿に、何となく色々察したは、アオイとカナヲに部屋から出てもらう。
「あー、その。大丈夫?」
「……だいじょうぶじゃないです」
全ての記憶があるらしい彼女は、元に戻った途端恥ずかしくて仕方なくなったらしい。
「そんな隅にいないで、こっちにおいで」
二人っきりになったためか、やっと部屋の隅からのそばにやってきて俯いた。
「全く。甘えたいなら、薬に頼らずにしなさい。猫にならなくても、俺は君を甘やかすよ?」
「くっ……」
薬を飲んだ理由すら、彼にはお見通しだった。
素直に甘えられない彼女らしいとも思っていたけれど。
「少しは楽しかった?」
「……ええ。そうですね。あなたを独り占めできたのは、なかなかでした」
大きくなっても変わらない優しい手に、しのぶは素直に心情を吐露する。
「そう」
「特に昨日の冨岡さんは思い出すと笑えますね」
「あー。あれはお兄ちゃん取られた系なのかなー」
憮然とした視線を向けられていたしのぶとしては、次に会った時に存分に弄んでおきたい。
「でも、本当に無事戻ってきてくれてよかった」
しみじみとが告げるから、しのぶは不思議そうに首を傾げて彼の顔を覗き込む。
「もし、君が元に戻らなかったら、怒られても、嫌われても、恨まれても、君の決意を踏みにじる覚悟で、万能薬か状態異常を治す魔法を使った」
「!」
それはつまり、彼女の体を『正常』に戻すということだ。
「怒られるのも、嫌われるのも、恨まれるのも嫌だから、君が元に戻ってくれてよかった」
気の抜けた笑顔で、見つめてくる彼に、しのぶは小さく頷く。
「お帰りなさい、しのぶ」
優しい声に、しのぶは、自分もそろそろ覚悟を決めようと目を閉じた―――

こののち、猫化した時の癖が抜けきらないのか、魔法遣いによる蟲柱様への額や、瞼、頬への口づけ事件が頻発し、屋敷の皆には生温い視線で、善逸には恨めしい視線を向けられることになる。
蟲柱様もより一層魔法遣いへの距離感がおかしくなっているのだが。
そのうち、皆慣れると思います。というのは、達観したアオイの言である。

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後書&コメント

  1. 猫さんは元に戻りました。

    体調不良が続いており、不定期更新ですみません。
    夏風邪、夏バテのコンボかなぁ。

    コメント by くろすけ。 — 2022/07/04 @ 09:10

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Posted: 2022.07.03 鬼滅の刃. / PageTOP