魔法遣いは自重しない。43

「全員、生きてるな」
その声に、その場にいた人間すべてが、絶対的な安堵感を覚えた。
それと同時に、自分の怪我が回復していくのがわかる。
「獪岳。先頭に立って、よく頑張ったな」
皆を守る位置に立つ青年の背中を、声の主はぽんっと軽く叩く。
「……はい。もう、逃げないと決めたんです」
「そうだな。行冥や桑島さんとも約束したしな」
「はい!」
「善逸が泣いて喜ぶぞ」
「……あいつはどうでもいいです」
「そう言ってやるな。貴重な弟分だぞ?」
笑ってくれる彼が、目の前の鬼からの攻撃を弾き飛ばしていく。
「ま、俺からすれば、お前だって貴重な弟分なんだ。こんな鬼程度に殺させてはやれんよ」
「貴様、あの方が言っていた赤い外套の男か」
「男に噂されても全く嬉しくないな。上弦の壱か。確かに禍々しい」
それでも気圧されずに動けていたのは、目の前の魔法遣いの方が恐ろしいからだと、獪岳と他の面々は口にはしない。
「だが、もうすぐ太陽も昇る。そろそろ逃げ帰るのを算段した方がいいと思うよ?」
【月の呼吸 壱ノ型「闇月・宵の宮」】
【テトラカーン】
「なるほど。上弦の壱を名乗るだけはあるってことかな」
初見なら死んでいたと思う、鬼から放たれた一撃を、一言呟くだけで弾き返す。
「ああ、思い出した。『継国縁壱』の兄貴だったか?それは呼吸もうまく使えるよな。結局は弟に勝てなかったとしても……っと!図星刺されたからって太刀筋が荒くなってますよ?」
ニヤリと笑う男の方が、悪辣に見えるのは何故だ。
だが、太陽が昇り始める気配を感じた上弦の壱は、突如開いた扉の向こうへ消えていった。
「なっ!」
「ああいうところは、さすがと言うべきかな。引き際を弁えてる。そして、やっぱり空間移動能力者がいたと。最近、隊士達の周囲をうろついている変な生き物も、アレの管轄ってところかな」
肩の力を抜いた魔法遣いは、振り返って未だ刀を構えている隊士達に微笑んだ。
「よく頑張ったな。アレを前に命を守り切るなんて、やるじゃないか」
彼の様子に近くにいた隠達も走り寄ってきて、手当てを行い始める。
切り落とされていた腕や足も、魔法遣いの薬で治っていく。
「これは……」
「切り落とされて、そこまで時間が経っていないから出来たことだ。上弦の壱を相手に生き延びた、ご褒美だと思っておけ。毎回、こんな幸運があるわけじゃないことも、君たちは思い知ってるだろうからな」
そういいながらも、いつだって最善を尽くす彼を、今では獪岳は兄のように思っている。
出会った当初の自分は、黒歴史と化していて、時々そのことを持ち出す善逸をボコボコにしては、に仕方ないなと笑われる日々だ。

「ただいま」
さん!」
蝶屋敷の中庭に降り立った面々を見て、屋敷中が騒ぎだす。
「……何をしたんです?」
その騒ぎを見て、獪岳を筆頭に助け出してきた全員が、間違いなく騒ぎの原因だろう彼を見る。
「お前らが危機一髪になってたから、晩飯中に飛び出した」
「本当にすみませんでした!」
「なぜ、そうなる?」
それを聞いた瞬間に、やってきた蟲柱様に土下座した面々に、は首を傾げた。
「……さんが何かしたんですか?」
「なぜ、そうなる!?」
縁側に立つしのぶにジト目でみられて、思わず声を上げる。
「まずは何があったか説明してください。突然、飛び出していったので、うちの子達がものすごく心配してました」
「あー、その、緊急だったから許してもらえる、といいなぁ」
太陽が完全に昇りきったのを確認して、赤原礼装を解除する彼に、おそらくは上弦絡みの何かがあったのだと想像はつく。
「……だからといって、まさか上弦の壱を相手にしてたと。私も置いていくとか、どういう了見なんでしょうかねぇ?」
階級が一番上だった獪岳以外を医療棟に向かわせて、三人で情報のすり合わせを行ったのだが、あらましを聞いたしのぶが眉間を押さえたのは無理もない。
「いや、行って初めて、相手が上弦の壱って知ったわけで。まあ、それはともかく。あれが上弦の壱だとすると、君のお姉さんの仇は、間違いなく上弦の弐だな。ついウッカリ一刀両断しなくて良かった」
「ついうっかり」
「もし、夜が深くて、移動手段を確認するっていう目的がなければ、一刀両断してた。それが君の仇だったりしたら、初めて鬼を蘇らせる手段を考えてたかもしれん」
ついウッカリで上弦の壱を倒したり、蟲柱様の姉の仇らしい上弦の弐を蘇らせる算段をしないでほしい。そう、獪岳は思っても口にはしない。
「……本当に目が離せない人ですね、貴方は」
そう呟いた彼女からも、その後ろで思いっきり首を縦に振ってる獪岳からも、はそっと視線をずらすのだった。
!全員ヲ集メテ、屋敷ニ来ル!獪岳モイッショ!今スグ!」
「お、俺も……」
眠いのに、と目をしょぼしょぼさせているの隣で、獪岳が鴉の伝達に驚いている。
「上弦の壱に会ったんです。諦めてください」
「俺が行くまでの経緯を説明してほしいんじゃないかな」
「……はい」
柱であるしのぶと、兄のような相談役に言われては、獪岳に逃げ道などないのだ。

しのぶとに連れられて、産屋敷にやってきた獪岳は、庭の隅っこで正座して、他の柱たちを待つことにした。
はお茶とお菓子出すから屋敷に上がって待ってればと提案したが、顔を真っ青にした獪岳に、いろいろ諦める。

「お待たせー」
ちゃちゃっと柱の屋敷を回って、全員を回収してきたは、屋敷で待っていた耀哉としのぶに手を振る。
「ん?獪岳」
庭にある気配に気づいた行冥がそちらに声をかける。
「行冥様!」
声を掛けられ、喜色を浮かべて、獪岳は頭を下げた。
「ああ?なんだ。桑島さんとこの坊主か」
「うん。今回、上弦の壱相手に生き延びたんだ。褒めてやってよ」
天元に対するの言葉に、やってきた柱の視線が獪岳に集中する。
獪岳がプルプル震えたのも仕方がない。
が助けに行ったの?」
「うん。あんまりにも奇妙な気配が突然現れたからね。急行しました」
「ふん。が助けに行くまでとはいえ、上弦の壱相手に生き延びるとは、褒めてやる」
無一郎の問いかけに答えたの横で、小芭内が褒める言葉を口にする。
「そうだね。若い子が頑張ってくれるのは嬉しいことだよ。よく生きていてくれた」
「だよな。本当、よく頑張った」
「お、お願いですから、そのくらいで……」
獪岳は褒め殺しされて、息も絶え絶えだ。
「上弦の壱は、どうだった?」
「……恐ろしかったです。何より、呼吸の使い手でした」
「なにっ!?」
獪岳が伝えた事実に、全員が声を上げる。しのぶからキツイ視線を向けられたは、そっと視線を逸らせる。
「詳しくは後で説明するが、本当だ。俺にも使ってきたから、隠すつもりはなさそう。典型的な武士っぽかったから、基本本拠地待機なのかもな」
「そうか。上弦の壱の資料は本当に少なくてね。生きて帰った獪岳には話を聞いておこうと思ったんだよ。本当によく生きて帰ってくれた。今日は帰ってゆっくり休むといい」
耀哉の労いに、獪岳は既に感極まっている。
「あ、ありがたきお言葉……」
「じいさんにもよろしくな。今回は特別だぞ」
はそう言って、一枚の羽根を取り出す。
「何ですか?これ」
「これをもって、行きたい場所を念じると、【ルーラ】が一回だけ使える」
「そんなもんがあるんですか……」
「だから、特別って言ってるだろ。今日は本当によく頑張った。また遊びにおいで」
「……はい」
獪岳は俯いて、内心で兄のように慕う彼が撫でてくれるのを大人しく受け取った。

そんな彼が頭を下げながら、帰っていくのを見送り、耀哉と柱だけになった瞬間。
魔法遣いは、実にイイ笑顔で室内を振り返った。
「さて、悪だくみを始めようか」
理不尽に、未来に繋がることなく、殺され続けていた日々を終わらせる。そのための準備を始めよう―――

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後書&コメント

  1. しれっと獪岳生存ルートに入っております。しっかりと矯正済。
    色々考えたんですが、お兄ちゃん的主人公が、弟枠が泣くことを許容しないだろうなーと。

    次回からはお城編に向かって、頑張る編に入ります。入る予定です。
    まだ体調があんまり回復してないので、のんびりまったり更新していきます。

    コメント by くろすけ。 — 2022/07/17 @ 21:50

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Posted: 2022.07.17 鬼滅の刃. / PageTOP