「ただいま帰りました、師範」
カナヲは帰ってきて早々、和室にいたしのぶの元に顔を出した。
「おかえりなさい、カナヲ」
笑顔を浮かべながら迎えてくれたしのぶと、その隣に転がっている人にカナヲは首を傾げる。
「さん?」
例のダメになるという座布団の大きなものに埋まるようにして眠っている彼としのぶを見比べていると、しのぶが微苦笑を浮かべて答える。
「ちょっと、カナヲとお話をしたかったので、眠ってもらいました」
つまりは、魔法遣いが眠っていないと困る何かが起きる話ということだろうか。
カナヲはちょっと背中が冷たい汗が流れるのを感じた。
「稽古の方はどうですか?」
しのぶはが用意してくれていたおやつをカナヲに差し出しながら、近況を尋ねる。
「炎柱様の稽古が終わりましたので、明日からは風柱様の稽古になります」
「そう」
「師範との稽古も楽しみです」
「カナヲも随分と自分の気持ちを言えるようになりましたね。良いことです」
嬉しそうに告げるカナヲにしのぶは微笑みを浮かべる。
「私の姉カナエを殺したその鬼の殺し方について、話しておく頃合いかと思いまして」
そう言ってカナヲを真っ直ぐに見つめたしのぶは、ずっと考えていた敵討ちの第一条件を口にした。
「まず第一の条件として、私は鬼に喰われて死なねばなりません」
その、瞬間。
ずっ、とから圧力が発せられ、カナヲは息をのんだ。呼吸するのも辛いくらいの威圧を感じる。
「こら。ちゃんと寝ててください」
むにっとの頬をしのぶが抓むが、彼は眉間に皺を寄せて唸るだけで目を覚ます気配はない。
それでも、重厚な気配は消えたので、カナヲはホッと息を吐いた。
「眠っているのに、困った人ですね」
そう言ってしのぶが彼の手をとって、ポンポンと軽く叩くと、残っていた重圧も消えていく。
「上弦の強さは少なくとも、柱三人分に匹敵します。しかも姉からの情報によれば、相手は上弦の弍。女を食うことに異常な執着があり、意地汚らしい。身体能力が高く、優秀な肉体を持つ『柱』、加えて『女』であれば、まず間違いなく喰うでしょう」
そこまで言って、カナヲを見れば、視線だけで彼女が嫌だと伝えてくるのがわかる。
「……だから、この方法しかないと思っていたんです。先日、覚悟を決めるまでは」
「?」
ふっと表情を緩めたしのぶに、カナヲは首を傾げた。
「現在、私の体は、血液・内臓、爪の先に至るまで高濃度の藤の花の毒が回っている状態です。私がこの方法を考えて、毒の摂取を始めたのは、さんがここへやってくる前の話です」
上弦の鬼を倒すこと自体が、悲願と言われていた頃の話である。
「それが今や柱全員が一人で上弦の鬼と互角に戦えるようになって、鬼殺隊の戦力も底上げが計られています。この人がいなかったら、私の命と、カナヲの目。それを代償に仇をとるつもりでした」
上弦の鬼の残りは三人。恐らく負けることはないだろう。上弦の鬼と縁一を想定した魔法遣いのゴーレムとのパワーレベリングは、彼女たちの能力を底上げしていた。
目標があると人間努力できるよね、と笑っていた彼の方が余程鬼だと柱全員が思っている。
何より一人ずつ本気の魔法遣いと対戦させられたのだが、それはもう二度と思い出したくもない。
「人が綿密に計画を練ってきたのに、根底から覆されたんです。少しくらい意地悪してもいいですよね?」
眉間に皺を寄せながら眠っているの頬をムニムニと弄ぶしのぶは、本当に楽しそうであったとカナヲは後に語った。
「お話し終わった?」
薬で眠らされ、薬で起こされたは、目をしょぼしょぼとさせながら体を起こした。
「ええ。私の考えていた仇の取り方の話は終わりました」
「……そう」
それだけでずーんと落ち込んだの姿に、カナヲはオロオロとしのぶと彼を見つめてしまう。
「なので、今からこれを飲みます」
そう言って彼女が取り出したのは、が渡していたポーションのうちの一つである【万能薬】だった。
は瞬きを二回して、しのぶを正面から見つめる。
「決めたの?」
「はい」
「そう。そうしたら、君の体内から毒が消えた分を調整しないといけないな」
いつもと変わらない様子でしのぶを見つめる彼に、カナヲの方が驚いた声を上げた。
「さんは驚かないんですか?」
「毒のことはここに来た時から知ってたからね。それに毒があろうとなかろうと、俺がすることは変わらない。君たちが笑顔で暮らせる未来を創る。それだけだよ。君たちは、幸せになる義務がある。お姉さん達が命を懸けて紡いできたその先でね」
そう言って優しく笑う彼を信じる。しのぶは、その覚悟を決めたのだ。
万能薬を飲んだしのぶは、身体が軽くなるのを感じる。
「……やはり、色々不調が出ていたんですね」
「当然でしょ。俺が毎日調整してたのを何だと思ってるの」
は眉間に皺を寄せて、しのぶの手を取る。
「んー」
解析を使いながら、しのぶの体の不調を整えていく。
「本当に、さんは私を甘やかしすぎです」
そんなをしのぶは見上げる。
目の前の男は、本当に甘い。それが非常に心地よいのは、まだ内緒にしておきたいと思っている。
「そう?」
「ええ。ダメになってしまったら、さんに責任取ってもらいますからね?」
「それは怖い」
そう言いながら笑うに、しのぶはしかたないですねと微笑んだ―――
短くてもこのシーンは書いておきたかった。
幸せな日々に向かって頑張ってもらわねば。
私の体調はまだまだです。。。
コメント by くろすけ。 — 2022/11/06 @ 20:40