その日、朝から父との将棋を楽しみに家まで来たその人に、志摩子はどこか違和感を感じた。
「おはようございます、志摩子さん」
優しく笑う彼に誤魔化されたと後になって思う。
いつも通り、父と将棋の対戦をする縁側に面した部屋に彼を案内して、父が来るまでの間、他愛のない話をして過ごす。
それが何より楽しい時間なのだと、志摩子は知っている。
「、待たせたな」
「いえいえ、志摩子さんとお話してましたから」
「ふむ。そうか。志摩子、お茶を頼めるかな」
父に頼まれ、志摩子は席を立った。
「いい子だろう」
志摩子が廊下の角に消えたのを見送った住職は、隣に座る青年に自慢そうに胸を張った。
「そうですね」
のほほんと頷く青年を何か気に入らないように軽く睨む。
「……やらんぞ」
「娘さんを持つ男親の複雑な心境ですね。モテた事のない男にまで防御線を張らねばならんとは」
肩をすくめて将棋板を用意する青年の言葉に、彼は言葉を無くし、娘とその学友たちの不憫さに心の中で手を合わせた。
今度、彼を育てた保護者たちに会った時に、是非一言言わせてもらおう。
しばらく縁側でまったりお茶を啜りながら過ごしていると、一人のお坊さんがやってきて住職への来客を告げた。
「む、来客か。すまぬな」
「いえいえ、のんびり待ってますよ」
住職を見送った後、将棋板の横においていた湯飲みを持って縁側へ移動する。
「さん」
声を掛けられて振り向けば、お盆を持った志摩子がやってきていた。
「ああ、志摩子さん。また話し相手になってもらえますか?」
「はい」
しばらく学校での話やの保護者の話をしていた。はずだった。
「さん」
さきほどからジーっと見つめてくる彼に、志摩子は小さく首を傾げる。
「フワフワして、とても甘そうですよね」
「!」
が自分の髪に触れていると理解した瞬間、彼女は顔を真っ赤にして立ち上がる。
「志摩子さん?」
急に立ち上がった彼女をいぶかしみ、も後を追うように立ったつもり、だった。
「あれ?」
足の力が抜けたように縁側に座り込んで間の抜けた声をあげた青年は、そのままズルズルと床の上に倒れこむ。
「さん!」
「身体に力が入りません……」
あわてて駆け寄って額に手を当てた志摩子は思わず大きな声で怒っていた。
「熱があるんですから、当然です!」
「志摩子さんでも怒ることがあるんですね」
「さん…、ご自分の体調をわかってますか?」
どこまでもずれた答えを返す彼に、さすがの志摩子も本気で怒ってしまう。
「す、すみません。その、朝起きた時には、すぐに治ると思っていたんです。本当に、ごめんなさい」
その後、志摩子の声に慌ててやってきた住職にも怒られ、薬を飲まされ、浴衣に着替えさせられ、寝かしつけられた。
この時点で、車を呼んで家に帰るという、の提案は無言のうちに却下されている。
『フワフワして、とても甘そうですね』
熱に浮かされているのはどちらだろう。
志摩子は薬を飲んで眠るの寝顔を見ながら、小さくため息を吐いた。
フワフワという単語でこの話は志摩子にしようと決めてました。
風邪とはぜんぜん関係ないですが、本人的にはかなりお気に入りです(笑)
コメント by くろすけ。 — 2009/07/13 @ 23:47
頑張ってください。応援しています。
コメント by HS — 2009/07/19 @ 23:46
コメントありがとうございます。
頑張って300,000HITを目指します!
コメント by くろすけ。 — 2009/07/20 @ 19:28