「んー、今日もいい天気」
黒のジーンズに、白のシャツをまとった青年は、空を見上げて大きく身体を伸ばした。
時計を見て待ち時間を確認する彼は、背が高く見目もよい。
観光スポットでもあるリアルト橋に立っていれば、嫌でも女性達からの視線を集めていたが、当の本人が朴念仁であるが故に、全くその視線に気付いていなかったりする。
「よっ」
しばらくして現れた黒髪を腰の辺りまで長く伸ばした女性は、の肩を軽く叩いた。
「晃…相変わらずですね」
時計を見れば、針は待ち合わせの五分前を指している。
「今日は久しぶりのオフだからな。皆で買い物するのも随分と久しぶりだ」
アリシアとアテナも今日はオフにしたのだという。半人前の時と違い、今このネオ・ヴェネツィアで『水の三大妖精』と称えられる彼女達が、完全な休日を取れることは稀なことだ。
「今日はどういった用事なんですか?」
たぶん、荷物もちなのだろうと思いつつ、は晃に聞いてみる。
どんなものを買いにいくかということも聞いていない。
「アリシアに聞いてないのか?」
「ええ」
頷いた彼に、晃は少し考えるそぶりを見せて、ニヤリと笑った。
「あの…晃?」
その笑顔に、あまり良い記憶がないの笑顔が軽く引きつる。
「ま、買いに行けばわかるさ。お、アリシア、アリア社長」
晃は答えをはぐらかして、ちょうどやってきた幼馴染に手を振った。
「後はアテナちゃん?」
「そ。いつもの事だな」
アリア社長を抱き上げながら、二人の会話を耳にしたは、小さく笑った。
以前から集まる時はそうだった。
集合時間の五分前に晃、ほぼ時間ぴったりにアリシア。そして、少し遅れてアテナがやってくる。
「?」
アリシアは笑顔のに首をかしげた。
「皆が変わってない事が少し嬉しくて。全員一緒で出掛けるのって久しぶりですし」
が誰かと一緒にという事はよくあったけれども。
「そうね。だから、今日を楽しみにしてたの」
「あ、やっときたぞ」
5分ほど遅れて、アテナの姿が見えてきた。
「アテナ、急いで転んだり…っと」
しないでくださいねとは、続けられなかった。は一歩踏み込んで彼女を抱きとめる。
「…ありがとう、君」
「怪我がなくてよかった」
こうやって転びそうになるアテナを助けるのも久しぶりだ。
「それで、今日はどういったものを買いに行かれるんですか?」
「アリシアちゃんから聞いてない?」
「久しぶりに買い物に行きましょうとは聞きましたけど…」
首を傾げるアテナに、はアリシアに視線を転じた。
「は海の結婚式って知ってる?」
「今度、行われる大きなお祭りですよね」
大々的に行われるイベントらしく、街のあらゆるところにポスターが貼られている。
「それに必要なものを買いに行こうと思うの。も手伝ってくれないかしら」
「勿論、喜んで」
この後、は即答したことを、ちょっぴり後悔することになる。
「それでどんなお祭りなんですか?」
歩きながら、は三人が代わる代わる説明してくれる『海との結婚』に耳を傾けた。
「へぇ、水先案内人さん達の大行進かー。きっと壮麗な儀式なんでしょうね」
「それはもう。今回は特別サプライズもあるしな」
「…?」
「うふふ。後は、当日のお楽しみ」
首を傾げる青年に、三人は笑ってそれ以上を話そうとはしなかった。
「で、君に選んで欲しいの」
「……何を?」
「さっき、説明しただろ?」
晃はニヤリと笑って、その店の前に立った。
「なら、きっと私たちに似合うものを選んでくれるわ」
「ぷいにゅ」
アリシアとアリア社長は自信満々に笑顔で彼を見上げた後、その店の前に入っていく。
「…君、早く」
アテナが入り口で手招きをしているのに、彼はしばらくして漸く気付いた。
「まさか、私に指輪を選べと…?」
期せずして・こと黒髪の青年は、女性に指輪を贈るという体験をすることになった。
「本当に私が選んでいいんですか?」
不安そうなに対して、三人は自信満々だった。
「大丈夫だって」
「うふふ」
「きっといいのが見つかるよ」
その自信がどこから沸いてくるのか教えて欲しいと心底思いながら、結局は彼女たちが待つ場所へ向かう。
彼に自覚はないが、彼はかなり彼女達に甘いのだ。
じっくりと指輪の前で考え抜いた結果、何とか三人が気に入るものを見つけることができたようだ。
「やっぱりいいセンスしてるよな、は」
「うふふ。頼んで正解ね」
「投げるのが勿体無いかも」
三人の右手にあるそれを喜んでいる彼女たちに、は心の底から安堵のため息をついた。
後日、海に捧げた指輪とは別に、新しい指輪が水の三大妖精の目に前に置かれていた。
「ほら、この間贈ったものは、海に捧げてしまったでしょう?だから」
そう言った彼の掌にのっているのは、三つの指輪。
彼が自分たちの色だと言った、白、紅、橙がそれぞれ入っている。
「地金を白金で作ってもらったので、錆びにくいはずです。その色の部分は、ヴェネツィアグラスの工房でお願いしました。鮮やかで、キラキラしていて、とても綺麗ですよね。貴女たちにピッタリだと思って」
こんな事を恥ずかしげもなく、満面の笑顔で言ってしまうあたり、ツワモノだと思う所以なのだけれど。
「えっと……受け取っていただけませんか?」
そう言った青年の微笑みは、彼女達だけが知る秘密だ―――
ARIAの小説ってほとんど見かけないので、とてもうれしいです」
自分はアテナがめっちゃ好きです。
読んでて、すごい和みました。ありがとうございます。
コメント by nao — 2009/02/17 @ 01:10
こんな僻地まで探してきていただけて嬉しいです。
やっぱりARIAは少ないですよね。あんなにいい話なのに。
こちらこそ、コメントありがとうございました。
コメント by くろすけ。 — 2009/02/19 @ 16:37
すごく和みました。
これは、誰かと恋人関係になるのでしょうか?
そうなのでしたら、アリシアだったらいいなと思っています。
これからもがんばって更新していってください。応援してます。
コメント by ナリアン — 2010/07/11 @ 14:52
>ナリアン様
コメントありがとうございます。
特定の誰かと恋人という設定にはしておりませんので、ご自分の設定でそのあたりはお楽しみいただければと思います。
今後はどうなるかは私にもわからないのですが・・・。
またお暇な時にでもお越しくださいませー。
コメント by くろすけ。 — 2010/07/12 @ 15:57