「本当に貴女は甘えたですね」
は人数分の先付けとミネラルウォーターを用意していく。
コップには小さなレモンの欠片。それだけで爽やかな香りが広がる。
「……さんにだけだもん」
「私は貴女の世界が広がった事を祝福していますよ。ほら、もう機嫌を直して」
「名前を呼んでくれたら、いいよ」
どうして、それが対価になるのかはわからないけれど。
彼女がそれを望むというのなら。
「私は貴女の笑顔が大好きですよ、聖」
彼はいつだってその望みを叶えるだろう。
「これ、持っていく」
「ありがとう」
先付けを乗せたお盆を持って、聖は皆が座る方へ歩み寄る。
その顔はご機嫌で、蓉子は少し眉を寄せた。
「聖。貴女、さんに甘えすぎじゃない?」
「そう?蓉子も甘えてみれば?」
ニヤリと笑う聖が小憎らしいと思ったのは、蓉子だけではないはずだ。
彼はサラダと前菜の入った大皿を三つ運んできた。
「今日は私の我がままに付き合っていただき、ありがとうございます。存分に召し上がってくださいね」
「さんは?」
「メインをオーブンに入れたら戻ってきます」
そう言った彼は、すぐに戻ってきて、蓉子の隣に空いていた席へ座った。
手には自分用の飲みものがある。細いグラスを口元に運ぶの姿も優雅と言っていいだろう。
「ん、もうそろそろメインが出来上がりますね。ちょっと見てきます」
時計を見た彼が厨房の奥に行ってしまった後、聖はひょいっと彼のグラスを手に取った。
「聖?」
グラスの中身をじーっと見ていた彼女は、が両手で大皿を持ってやってくるのをみて、グラスを一気に呷ってやった。
「聖っ!」
熱々の大皿を持ったまま、駆け寄ってくるが、時既に遅し。
グラスは空になって、中身は聖の胃の中だ。
「……こちらが今日のメインになります、大トロのオーブン焼きです。熱いので気をつけて。こちらのパンはソースをつけてお召し上がりください。こちらも焼き立てで熱いですから気をつけて」
とりあえず、料理を置いておいて、聖が飲み干したグラスを見つめる。
「見事に、空ですね……」
「うん。お代わり」
「何処の世の中に、制服を着た高校生にアルコールを振舞う飲食店主がいるんですか……」
「自分だって同い年のクセに」
「わかっているなら、飲まないでください」
空になったグラスを見つめ、ちょっとさびしそうにため息をついた。
「というか、お酒だったんですね?」
「あ?え?」
声を掛けてきた蓉子を見れば、綺麗だがもの凄く迫力のある笑顔で見つめられる。
「お酒、だったんですね?」
「う、あ、はい」
江利子は思わず直立不動になっているが少し可愛いと思ってしまった。
まるで叱られたワンコである。
「しかも、今、聖を呼び捨てにしましたね?」
「え?」
気付いていなかったのだろう、彼は思わず聖に視線を向けた。
「うん。呼んでた」
「あ、う、す、すみません」
「項垂れた耳と尻尾が見えそうね」
「江利子」
「料理が冷めてしまうわ。先にこっちをいただきましょう」
料理を令に取り分けさせる江利子に、蓉子はため息を吐いた。
「さんも何か飲み物を持ってきてください。…アルコール以外で」
「はい」
は笑って答えた。
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「なんて、タチの悪い無自覚」の削除部分です。
だらだらと長くなったので削除されてしまいましたが、こんな感じで夕食は進んだ様子です。