「……これは?」
ラクシャータと井上と千葉が呼び出されて、より渡されたもの。
紙袋に入った箱は何だろう。
「先月のお返しになる」
「先月の…」
「三倍くらいになっているといいのだが……」
つまり、この箱はバレンタインデーのお返しらしい。
確かに一ヶ月前、彼女たちは連名で騎士団の幹部たちにチョコレートを配っていた。
だが、この手製の包み紙を考えるに、中身も手製なのだろう。考えるのが、少し怖いのだが、彼の。
「どうした?」
「これ、あんたが?」
ラクシャータが代表して質問に質問で答える。
「ああ。……味を心配しているなら、カレンが保障してくれているので大丈夫だと思う」
「カレンは食べたの?」
井上の質問に、その時のカレンの様子を思い出したのか、の雰囲気が少し和らいだ。
「ああ。毎日とはいかないが、時折、甘いものを作ってきている。いつも美味しそうに食べてくれるので大丈夫だと思うが」
『餌付け』
三人の脳裏にはその単語が同時に浮かんで消えた。
「足りないなら、お茶を淹れよう」
紙袋を見つめて黙り込んだ三人に、は『足りない』のだと思ったようで、身を翻して厨房へ向かってしまう。
「ちょ、ちょっとっ」
三人は慌てて手を伸ばしたが、彼はそのまま真っ直ぐ歩いていってしまった。
その背中を見送ることになった三人は、顔を見合わせ頷きあう。
どんなに若くても、は黒の騎士団のNo.2なのだ。
なにより、彼にお茶を淹れさせたとわかったら、カレンに何を言われるかわからない。
「紅月カレンならば、さきほどシミュレータで見かけた。呼んでこよう」
「じゃ、急いでに、お茶を増やすように言ってくるわ」
走り出す千葉と井上を見送り、ケーキ箱の入った袋を持ったラクシャータはゆっくりと歩き出した。
「お茶を増やせ?」
「そう。せっかくだから、カレンにも声をかけたの。連名にはカレンも含まれてたでしょ?」
カップを用意していたがお茶を淹れる前に、何とか井上は彼に追いついたようだ。
ラクシャータが台所に顔を出すと、は彼女の持つ箱を指差した。
「確かにそうだが、あの箱にはケーキが三つしか入っていない」
「……それは盲点だったわ」
本来の趣旨が、彼の淹れたお茶で、彼手作りのケーキを食べるということだったのに。
ラクシャータは困ったように箱を持ち上げた。
「何故だ?」
「はぁ?」
の唐突な言葉にラクシャータは綺麗な眉を寄せる。
「何故、カレンを呼んだ?」
「あ~、そりゃあね。カレンに内緒で、アンタのお茶を飲むと、あの子達に拗ねられるから」
ラクシャータは、軽く肩を竦めた。
「……なるほど。了解した」
彼はそれだけ言うと、井上とラクシャータをまっすぐに見る。
「そのケーキは君たちに渡したものだ。君たちが食べてくれ。カレンには別のものを用意する」
「今すぐ用意するのかい?」
「……ああ。夕飯の餃子は挽肉炒飯へ変更だ。」
「もしかして、メニューを考えてたのは、アンタなのかい?」
が小さくため息を吐いて零した言葉に、ラクシャータは目を丸くした。
「幹部の物だけな」
そう言いながら、彼は厨房にあった冷蔵庫から小麦粉を練った塊とフルーツをいくつか取り出した。
「遅くなった」
千葉に連れられて、カレンが食堂に入った時には、軽く甘い香りが漂っていた。
「がお茶を淹れてくれるって言うから、是非カレンもと思って」
井上はカレンの背中を押して椅子に座らせる。
「あ、チョコレートケーキ」
三人がついた席には既にケーキが置かれており、後は飲み物を待つばかりとなっていた。
「あんたには、もうすぐ特製デザートがやってくるよ」
自分の前を見て首を傾げるカレンに、ラクシャータが軽くキセルで台所を示す。
「はい。ミルクと砂糖は各自でね」
そのすぐ後に、井上が戻ってきて珈琲を配ってゆく。
「これも彼特製だそうよ。それと、もうすぐ出来上がるって」
彼女の言葉通り、すぐに室内には甘い香りが漂い始めた。
「遅くなってすまない」
彼がオーブンから取り出してきたもの、それはデザートピザだった。
フルーツを載せてチョコレートソースがかかっているそれも美味しいそうだ。
は、カレンの前に焼きたてのそれを差し出した。
「これは焼きたてに限る」
「…いいんですか?」
「……良いも何も、カレンの為に作ったんだが」
「ありがとうございますっ」
嬉しそうにピザを口に運ぶカレンに、の雰囲気が和らぐ。
「美味いか?」
「はいっ!」
「そうか」
に撫でられて嬉しそうなカレンに、他の面々の脳裏に再び『餌付け』の三文字が流れた。確かにケーキを口に運べば、自分たちが逆立ちしても叶わないほどに、彼の作ったそれは美味しかったのだけれど。
後に、C.C.にデザートピザの話が伝わって、再度焼く事になったのは別の話。