この手になら捕まってもいいと思った。

その日、生徒会室の扉を開いた彼は、その瞬間、開いた時の倍以上の速さでそれを閉めた。
目を閉じて、ちょっとこめかみを揉み解す。日々の疲れのせいだろうと思いたい。
深呼吸をして、再度扉を開いた彼の目の前には、先ほどと同じ光景が広がっていて、心の底からため息を吐いた。
「ルルーシュ」
「はい、兄上」
弟を呼べば、もの凄く不機嫌な声で答えが返ってくる。
「いったい、いつから君は私の妹になったのかな?」
女子の制服を纏った弟が、さっさと書類を処理して帰ろうとしている姿があった。
「……会長の気まぐれです」
「なるほど。もの凄く納得しました」
彼は大きく頷いて、部屋を横断して開け放たれた窓際に立った。
「それで、他の方々は?」
「別室にて着替え中です」
「なるほど……。しかし、女性陣はともかく、男共の女装なんか見たくないね」
深く深くため息を吐いて、弟を見つめる。
「私としては、君が似合いすぎてるあたりに、色々突っ込みを入れたんですが……母上似でよかったね、ルル」
「全然誉め言葉に聞こえません、兄上」
そんな兄弟の会話を楽しんでいると、扉がバーンと大きな音を立てて開く。
「なーに、他人事みたいに言ってるのかなー、君は」
驚いて視線をそちらにむければ、そこには、男子の制服に身を包んだミレイがニヤリと笑って立っていた。
「……うわ、りりしいですね、かいちょう」
現実逃避したいらしい、彼の言葉は妙なイントネーションになっている。
「一人逃げられると思うなよ&#xFF5E」
「ちゃんと君の分も用意されているから」
リヴァルとスザクが持つ女子の制服に、は頬を引きつらせた。
「冗談でしょう?」
「本気」
にっこりと笑うミレイに、は空を仰いだ。
「拒否権の発動を行使したいですね」
「認められませんー」
「そうですか……」
は組んでいた腕を解いて、窓際から一歩離れた。
「ルルーシュ。特製イチゴタルト、ワンホール」
「契約成立です、兄上」
それだけで意思疎通を済ませると、はぐっと視線を上げて、未だ唯一の逃走経路であると信じる扉の前にいる方たちに微笑んで優雅に一礼してみせた。
「では、逃亡するとしましょう」
そう言った彼は窓枠を掴んで身を翻した。
「あーーー!」
平然としているルルーシュを除いた全員が窓に駆け寄って下をみれば、彼の姿はもうどこにもなかった。
「ルルーシュ、知ってたわね?」
「ええ。ですから、契約成立と」
書類を揃える彼はミレイ達へ優雅に微笑んで、近い未来に手に入る大好物を思い浮かべる。
兄特製のイチゴタルトは、彼の大好物だった。
「ふふふ……、絶対に捕まえて見せるわよ&#xFF5E」
ミレイは生徒会室に用意されているマイクを手に取った。

全校生徒に追いかけられる羽目になったは、ちょっと呆れながらも全くつかまるつもりはなかった。
「全く……会長にも困ったものです」
空を眺めて、大きく息を吐いた。
「貴方が大人しく捕まれば、全部丸く収まる気がするのだけれど?」
屋上の出口の上。学校内で最も人の視界には入りにくい場所に、彼はいた。
「よくここがわかりましたね」
聞こえてきた声に身体を起こせば、カレンが梯子のある場所から顔を出していた。
「空をよく見てるから、こういう場所が好きだろうな、って……何?」
小さく笑う声に眉を顰めてカレンは顔を上げた。
「よくご存知で」
そう言ったが優しく微笑んでいるのに、カレンは見惚れてしまう。
「タイムリミットは下校時刻だと思いますか?カレン」
放課後に入って既にかなりの時間が経過していて、空は蒼からオレンジ、紅へと変化していた。
「そうね。私みたいな自宅通学者もいるし」
「油断は出来ませんね。あの人が相手だと」
は肩を竦めて笑った後、座りませんかと隣を軽く叩いた。
「貴方のせいで、私たちまで賭けの対象よ?どうしてくれるのよ」
呆れたように言いながら、彼の隣に座りこむ。
「それは会長さんに言ってください」
八つ当たりぎみな彼女の言葉に、青年は苦笑するしかない。
「ちなみに今回のプレゼントは?」
「生徒会の誰かと一日デート権」
「それはまた大盤振る舞い」
シャーリーやリヴァルは気合を入れているんだろうなぁと思いながら、彼はチラリと校庭を走り回ってる生徒達を見てため息を吐いた。
「つまり、私のデート権も貴方に掛かってる訳なの」
ガシッと掴まれた腕を彼は気にした様子もない。
「なら、時間切れまでカレンが見張っていたらいい。私が他の誰かに捕まったりしないように」
そう言った彼は夕陽を眺めている。
どうやら、しばらくはここに腰を落ち着けるつもりらしい。
「今日が晴れていてよかった。校内だとさすがに逃げ切れなかったかも」
珍しく悪戯っぽい笑いを浮かべる彼を、カレンは隣で見つめる。
「そうね。まさか、窓から飛び降りるとは思わなかったわ」
カレンは仕方ないとため息を吐いて、彼に付き合うことに決めた。
掴んでいた腕を放して、の隣に座り込む。
「あそこ以外に逃走経路がありませんでしたからね。運よく下は植え込みで、地面も柔らかい。ちょっと自分の運動神経に感謝しました」
ルルだと怪我していたかもねと笑う彼は、カレンの姿を見て小さくため息を吐いた。
「ルルも似合っていたけど、カレンも似合いますね。その格好」
「そう?」
カレンは今の自分の格好を見下ろす。
アッシュフォード学園の制服。ただし、男子の。
もきっと似合ったと思うのだけど。女子の制服」
そう言った途端、彼は苦虫を噛み潰した様な表情になって、カレンは小さく笑ってしまった。
「そんな顔をしなくても。ルルーシュは嫌そうだけど着てたわよ?」
「あの子はいい子ですからね。悪い子の私には反対もせずに従うなんて、私には不可能です」
弟を誉めておいて、彼は自分の事には軽く肩をすくめるだけで終わらせた。
「特に、あいつみたいに盲目的に従うなど、天地がひっくり返っても無理な話だ」
苦々しげに吐き捨てる彼の口調が、少し誰かを思い出させる。
「あいつ?」
「もう直ぐ来る」
その声は、いつもより低くて、あの人のようだとカレンは思った。
屋上の扉が勢いよく開いたと思ったら、誰かが飛び込んできた。
「見つけたっ」
少し離れた場所で振り返った彼は、息を切らせて少し高い場所にいるとカレンを見上げる。
「お疲れ様、枢木スザク」
笑顔で手を振る彼に、スザクが手を伸ばした。
「早く降りてきてくださいっ!」
「嫌」
彼の答えは端的だった。
「何を言っているんですっ」
「いつから、鬼ごっこは隠れ鬼になったのかな?なら、勝者は君じゃない。カレンになるな」
「カレンッ、君は見つけていたのに、黙っていたのかっ」
が指差した先にはカレンがいて、スザクは声を荒げる。
「私が望むのは、デート権奪取の阻止だもの。別にの女装が見たい訳じゃないし……」
一人熱くなっているスザクを見て、カレンは困っていた。
「なら、僕が捕まえるっ」
「やれるものなら、やってみろ」
』の声が聞こえたような気がする。

屋上を端から端まで使った鬼ごっこ。
それをカレンは上から見下ろしていた。
だから、気付いた。結局は、校内を全力疾走してきたスザクと、のんびり英気を養っていたでは相手にもならないのだと。
「このっ」
「よっ」
運動神経ではもスザクに負けていない。
突き出される手を軽やかに躱していくは、微笑みすら浮かべていて余裕の表情だ。
だが、屋上という限られた空間の中では、逃げ場も徐々に狭められていく。
そして、十数分後にはスザクはを屋上の隅へと追い詰めていた。
「もう逃げ場はないぞ」
「……ちなみに、抵抗した場合は?」
屋上から地面を見下ろしながら、何でもない風には口にする。
「力ずくでも取り押さえる」
「そう。君にとって、会長命令は絶対な訳だ」
「学校にいるんだ。当たり前だろう」
何を言っているのだと言わんばかりのスザクに、青年は反吐がでそうだった。
「命令なら盲目的に従うのか。さすが軍人」
「君が大人しく捕まれば、問題はない」
「大有りだ」
即答だった。
「イベントに参加するしないは、私の自由だ。それでもなお、従わせようとするなら、私は全力で反逆しよう」
「なら、僕は全力で君を捕まえるっ!」
スザクは目の前の彼を捕らえるため、腕を伸ばした。
軍人である彼に、民間人であるが敵うはずがない。
スザクに慢心があったとはいわないが、予想と違ったのは事実だった。
の腕を掴んだと思った瞬間、スザクには空が見えた。
その後しばらくの記憶は彼にはない。

「私が捕まってもいいと思うのは、貴様じゃない」
スザクの胸にクロスカウンターの要領で掌底を叩き込んだは、彼が気絶したのを確認して吐き捨てた。
伸びてしまった彼を放っておいて、彼は時計を確認する。
「時間だ」
彼がそう言うのとほぼ同時に、下校時刻を知らせる放送と鬼ごっこの終了を知らせる悔しそうなミレイの声が学校中に響きわたった。
「お疲れ様、
少し離れた場所にいたカレンが、スザクの横を通ってに声を掛けてきた。
「そうですね。少し疲れたかも」
カレンの言葉に彼は、身体を伸ばして軽く首を回す。
「……この人はどうするの?」
「そのうち起きるでしょう。仮にも軍人な訳ですし。今は冬でもない」
ピクリとも動かないスザクを指差したカレンに、は肩を竦めてそう答える。
「じゃ、帰りましょうか。カレンは着替えないといけないしね」
「え?その…」
「少しくらい頭を冷やすくらいが丁度いい。やたらと熱くなっていたでしょう?」
青年はそう言ってカレンの背中を押した。

「やはり兄上のイチゴタルトは極上です」
次の日、目の前に置かれたイチゴタルトを堪能しているルルーシュは満面の笑顔だった。
「ルルは昔からそれが大好物だね」
「ルルーシュ。一口くれよ」
「駄目だ。これは兄上からもらった正当報酬だぞ?分ける余裕なんてない。第一、ケーキならそこにあるだろう?」
リヴァルの頼みを即断り、ルルーシュは彼の兄が用意したもう一つのケーキを指差した。
「独占されているものを手に入れる事が、価値があるのでは?」
昨日のお詫びにとケーキを用意したは、笑って弟とその友人を見つめている。
「なるほど」
兄の言い分に頷いたルルーシュは、リヴァルに向かってニッコリと笑顔を見せた。
「くれるのか?」
「分ける余裕は全くない」
目を輝かせたリヴァルに、即答するルルーシュ。
二人のやりとりに笑いながら、は珈琲のお代わりを入れる。
「そういえば、昨日捕まえにいったスザク君を気絶させた後、放っておいたんですって?守衛さんから連絡があったわよ。見回りしてて発見したって」
「会長。人聞きの悪いことを言わないでください。それだと私が一方的に叩きのめしたみたいじゃないですか」
珈琲を飲もうとしていた手を止めて、青年は苦々しげに言った。
「あら、違うの?」
ちょっと驚いたとミレイは、ケーキを食べていた手を止めた。
「『返り討ち』です。私が無抵抗な者に手を出すように見えます?」
「ううん。貴方は……そうね。自分が優位だと信じて疑わない人達の足元を掬っていくタイプだったわ」
微笑むをミレイはじっと見つめて、小さく肩をすくめた。
足元を掬われた人物は今日は任務だとかで学園には来ていない。
「大正解」
微笑みながらそう言いきったは、最後の書類にサインをして立ち上がる。
「では、お先に」
「貴方が大人しく捕まる人って、ルルーシュとナナリー以外にいるのかしら?」
「そうですね。この手になら捕まってもいいと思ったのは、一人だけかな」
さらりと答えられた言葉を理解し終えた時、生徒会室にも、ドアの外にも既に彼の姿はなくて。
「また逃げられたー!」
ミレイの悔しそうな叫びが生徒会室付近で木霊した――

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Posted: 2009.01.03 Code/Geass.. / PageTOP