「私と勝負しろ!」
「……俺、何か死刑になるような事、したかな?」
詰め寄ってくる黒髪の女性に、寝起きの青年はため息を吐きつつ、隣に立つ彼女の妹に声を掛けた。
中華粥と漬物の朝ご飯を採りながら、青年は詳しい話を聞く事にした。
「ああ、たくあん食べたい…」
今度、自作しようと心に決める青年に、春蘭と秋蘭は小さく首を傾げる。
「たくあん…とは何だ?」
「大根の漬物。まあ、それはともかく。何故、俺は朝から死刑宣告をされた訳?」
粥が胃に沁みるなと思いつつ、二人に尋ねると、春蘭が胸を張って答えた。
「私が一番と証明するのだ」
「あ~、秋蘭?」
これは話にならんと隣に座る青髪の女性に視線を向ける。
「昨日、が一人で訓練をしているのを見かけてな」
もう少しでレンゲを落とすところだった。
「……何の話か、当方全く身に覚えが」
「あら、は私が幻を見たと言うのかしら」
秋蘭から視線を外して、はぐらかそうとする青年の背後から非常に楽しそうな声が掛かる。
「黒白の双刀を振るう姿も、遠当てで一本も外さない姿も、幻なのね?しかも、それを三人が同時に見た、と。は言うのね?」
「……イエ、メッソウモゴザイマセン」
ここで幻ですと言おうものなら、何をされるか考えるだけで思考停止したくなる。
「見つからないように、隅っこでコッソリやってたのに」
はため息を吐きながら、大人しく認めた。
「と、言うことだから、そうね。仕事を終えた昼過ぎに春蘭と戦いなさい」
「…だから、何故死刑宣告」
「その後、生きていたら秋蘭との遠当て勝負が待っているから」
「……いや、だから」
「私たちに剣と弓が使える事を黙っていた件に関しては、それで許してあげるわ。ちなみに逃げたりしたら……わかっているわよね?」
「……はい」
青年は諦めのため息を吐いて、残っていた粥を口に運んだ。
とりあえず、今日中に仕上げる仕事を特急で済ませて、中庭にでてみれば、王様を始めとして主だった武将や軍師やら全員が集まっていて、彼が現れた途端に大歓声である。
「ああ、娯楽少ないものな」
賭けが行われている様子に、は軽く肩をすくめた。
「精々頑張りなさい」
「華琳はどちらに賭けたんだ?」
「私は不参加。どちらに賭けても角が立つもの」
「おや、当然春蘭だと思ったんだが。というか、春蘭に賭けてやれ」
は中庭の真ん中で既にやる気満々の相手を見つめる。
「ああ、そうだ。『全力』を出しても問題ないか?」
「手加減して、春蘭に勝てるとでも?貴方の全力を見せなさい」
華琳の言葉に青年は珍しく不敵な笑みを浮かべて彼女に背を向ける。
「…何よ、あんな表情」
初めて見た青年の顔に、少女は微かに頬を染めた。
青年は腰に双刀を下げている以外は、普段とほとんど変わらない。
「防具はどうした?」
「春蘭の一撃を食らったら、下手な防具をつけてても、俺は気絶する自信がある」
は彼女の方へゆっくり歩み寄りながら、双刀を引き抜く。
「死なない程度に、手加減よろしく」
「ふん。死なない程度に受けきってみせろ!」
春蘭の声が試合開始の合図となった。
「くっ!」
振り下ろされる大剣を左手の刀で受け流すが、それだけで左腕が痺れて刀を取り落としそうだ。【プロテス】と【スカラ】をかけてあるが、当たれば骨の数本はまとめて持っていかれるだろう。
更に追加して【ヘイスト】と【ピオリム】を口の中で呟くように唱える。
「む」
急に速度の上がったの動きに、春蘭はニヤリと笑った。
「やるではないか」
「お褒めに預かり光栄だっ!」
双刀を交互に繰り出し、魏武の大剣を防戦一方へと追い込む。
「くっ」
追い込むことは出来たが、二倍の手数を持ってしても一撃を加えられない。
「へぇ…」
そんな二人の打ち合いを見て、華琳は声を零した。
「姉者とここまで打ち合えるとは」
「そうね。昨日見た時より格段に動きが良いわ。…『全力』ね」
だが、一日戦場を駆け回れる春蘭と、戦場に出たことがないでは持久力が全く違う。
「あまり長くはかからないでしょう」
華琳の言う通り、は長期戦になれば勝ち目がない事を知っていた。だから、初っ端から反則技まで使ったというのに。
「このっ!リアルチートが!」
捨て台詞とともに双刀を叩きつけ、春蘭と距離をとる。彼が肩で息をしているのに対して、魏武の大剣は未だ平然としている。
「あー、くそ。これは使いたくなかったのにっ!」
は双刀を一度納めた。
「む。諦めるのか?」
「冗談。まだ腕は上げるし、足も動く。……耐えてくれよ、俺の身体。【リジェネ】」
は少し腰を落として、構える。
【我は無敵なり】
その瞬間、その場にいた全員が信じられないものを見た。の一撃が防御の上から春蘭を吹き飛ばしたのだ。
「ぐぅ!」
防御した春蘭自身も、の動きに辛うじて反応が出来たに過ぎない。
【我が双牙より逃げる術なく】
の攻撃は流れるように続いてゆく。
彼の手から放たれた双刀は各々に春蘭へと襲い掛かる。
「このっ」
襲い掛かる刀を弾き落として、春蘭は自らの勝利を確信した。
「私の勝ち…」
【我が一撃は絶対無敵】
だが、耳元で聞こえた声がのものだと気付いた時には、春蘭は地面に引き倒されていた。
「……俺の勝ちだ、春蘭」
静まり返った中庭にの声だけが聞こえ、一拍の後、大歓声が響き渡った。
「くっ!次は負けんぞ」
敗者である春蘭は、突きつけられたままのの腕を軽く押す。
「…ぐ」
それだけで青年の身体に激痛が走った。
「……?」
「む」
身体を少し動かしただけで、青年の表情は苦痛に歪む。
「……!」
地面に身体を横たえるだけで、脂汗が額から流れ出た。
「!」
ただならぬ春蘭の声に、将たちが駆け寄ってくる。
「っ!?」
【ケアルガ】
全回復の呪文を漸く唱えることが出来て、は冷たい地面へと改めて倒れこんだ。
「……痛ー。もう少し体力がつくまで、封印しておくつもりだったのにな」
全身から空気を追い出すようなため息と共に、言葉を吐き出した。
「だ、大丈夫、なのか?」
間近で彼の苦しむ表情を見ていた春蘭は、を心配そうに覗き込む。
「ああ、治癒術を使ったからな。もう大丈夫だ。春蘭は…ああ、結局全部防がれたんだよな」
は苦笑しながら彼女と視線を合わせて、安心させるようにその頭を優しく撫でる。
「さすが、俺の尊敬する夏候惇将軍だな」
「なっ!そ、そんな事より、どうしたのだ。急に倒れるなど…」
「そうね。皆を心配させたのだから、説明くらいしなさい」
華琳の言葉に、はゆっくり身体を起こして、地面にあぐらで座る。
「一言で言えば『全力』を出したからさ」
は軽く肩を竦めた。
「限界を超えて強引に力を出した。普段の俺では出せるはずのない力だったからな。もう身体中の筋とか肉とかが切れる音は聞きたくないな」
「だから、身体の方が悲鳴を上げたというわけね」
「そうだ。俺だって使いたくなかったが、『全力』でと約束をしたしな」
痛いのは大嫌いだと言って憚らない青年が、それを承知の上で発揮した『全力』に華琳は口元に小さく笑みを浮かべた。
「ご満足いただけたみたいで」
「そうね。後で褒美を考えるわ。それであの言葉は何?」
「あれは暗示をかけるための言葉。俺はやれるぜっ!と自分に言い聞かせて普段以上の力を発揮させる。お陰で凄く痛かったが、魏武の大剣から一本とれた」
「次は私が勝つと言っている!」
「俺としては次がないのを祈るのみだ」
勢い込んでいる春蘭に、は苦笑を浮かべる。
「ふふ、勝ち逃げは出来ぬよ。だが、その前に私が姉者の仇をとらせてもらおう」
秋蘭の言葉にはガックリと肩を落とすが、何かを考え込む。
「手を抜いたりすれば、それこそ容赦せぬぞ?」
「……ツツシンデ、オアイテサセテイタダキマス」
青年は涙を流しそうになりながら、秋蘭との勝負へと連れて行かれた。
そして、秋蘭との遠当て勝負の結果は、日没による引き分け。
「……腹、減った……」
料理が出来上がるのを待つ間、は机と仲良くなっていた。
「しゃんとせんか。情けない」
「無理。天下の夏候両将軍を相手にして生きている俺を誉めてくれ」
怪我は治したが、それで痛みがなかった事になるわけでもなく。秋蘭との勝負では日が沈むまで矢を何本引いたことか。
「お待たせしましたー」
「んー、いい匂いー」
流琉が運んできた料理に漸く身体を起こす。
「全く。本当に情けないわね」
「天の遣いだろうが、腹は減るの。後で俺特製の甘味があるから、そんなに怒るなよ」
桂花のとげのある言葉にも、は怒ったりはしない。彼曰く、怒ることはとても疲れるからだそうだ。
幸せそうにご飯を口に運び出す彼を、桂花も呆れたように軽く睨むだけだ。
「不味かったら容赦しないわよ」
「じゃあ、桂花の分はなしって事で……」
「なんでそうなるのよっ!」
「冗談冗談。じゃあ、食後をお楽しみに」
桂花の頭を撫でた手が振り払われた時、彼らの主が最後の皿を持った流琉と一緒に戻ってきた。
「はい、これで最後です。兄様」
「ありがとう、流琉」
湯気の立つ料理に、は嬉しそうに笑う。
「華琳もありがとう」
その笑顔のまま、料理を作ってくれた主に礼を告げた。
の望んだ褒美。それは華琳の手料理だった。
「全く、欲がないわね」
「そうかな。華琳の手作りご飯だぞ。俺はかなりの贅沢者だと思うね。その上、皆の笑顔が見れることが出来て、俺は嬉しい」
そんな事を本当に幸せそうに笑いながら言うものだから、彼が大切に思っている人たちは言葉を無くすのだ。
その日の夜、は華琳の部屋で今日の日記を書いていた。
部屋の主はもう少し仕事があるからと、未だ戻ってきていない。
ではその間にと、は近くの川に両手を合わせて作った温泉で身体を解してきた。
「これで、筋肉痛が少しはマシになればいいんだが」
椅子に座ったままで、身体を伸ばす。特に念入りに腕は解しておいた。最悪、書類整理くらいは出来るだろう。
「問題は霞と凪か……」
春蘭との勝負の後、目を輝かせていた二人を思い出して、はガックリと肩を落とす。
「あら、明日にでもと思ったのに」
「連日の死刑宣告は勘弁してくれ」
タイミングよく入ってきた主に、はため息を吐いて答える。
もし、ため息を吐くことで幸せが逃げるなら、彼の幸せは遥か彼方だろう。
「今生きているだけでも、俺すげーって思ってるのに」
「もう痛くはないの?」
青年の方へ歩み寄りながら、華琳は中庭で彼が見せた苦痛に耐える表情を思い出す。あれは本物だった。
「まあな。でも、二度はごめんだ。だから、俺が前線に立つなんてないようにしてくれよな」
書き終わった日記を閉じて、は肩をすくめる。
「誰にものを言っているのかしら?」
「これは失礼」
クスクスと笑う青年の頬を掴んでやる。
「ひらいろ」
椅子に座る彼を見下ろすが、青年の目は笑っている。
「ふん。少しは反省しなさい」
華琳が手を離すとは軽く頬を擦った後、彼女の腰に腕を回して引き寄せた。
「そうだな。最愛の女の子を心配させてしまったことは、心より反省している」
「……次は許さないわ」
華琳は抱きよせられるまま、の腕の中に納まる。
「Yes,my Master」
黒髪の青年は笑って、最愛の覇王様に口付けを捧げた。
色々修正をかけた結果、主人公君は今回こんな感じとなりました。
未だ手探り状態が続いているので、今後修正が入る可能性は否めません。
魔法の使い方としては、一番使うのはきっと氷系。冷凍食品、長持ちしますよね(笑)
コメント by くろすけ。 — 2010/02/03 @ 16:41
更新おつかれさまです~まりみてからこっち飛んできて前から見てはいたんすけど感想は初めてになります。
いやはや魔法使える設定ってんでどんなになるか恐々としてたんすけど過度な広域殲滅とかできなさそうで何よりです(戦にならないんですがあるところにはあるので)個人の強化なら個の強さですしねww性格もよさげですし。まりみてと同じく更新楽しみに待ってます!
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2010/02/05 @ 18:12
>ヨッシー喜三郎様
コメントありがとうございます。
魔法は使えますが、あんまり最強物っぽくはないかもしれませんね。
単体攻撃力としては凄いんでしょうが、広域殲滅戦とかはしないと思います。
今後ともまったりお待ちくださいませー。
コメント by くろすけ。 — 2010/02/08 @ 14:40