アイランド1が惑星フロンティアに到着して、初めてのクリスマスの一週間前。
「S.M.Sで?」
「そう。シェリルも一緒に行かないか?」
が差し出したのは、綺麗なツリーのデザインされた一枚の招待状だった。
シェリルとしては、彼と二人きりという状況が嬉しかったのにと、少し眉を寄せる。
「……ああ、そうだ」
だが彼が笑って、彼女の耳元で囁くように付け加えた言葉に、そんな機嫌の悪さなど吹き飛んでしまう。
「終わった後は、俺の家にご招待。……どうかな?」
シェリルは弾かれたように、少し高い位置にある彼の緑の瞳を見上げた。
その瞳は悪戯っぽく笑っていて、彼女は少し顔を赤くする。
「……二人っきり?」
「勿論、シェリルが誰かを招きたいというなら、断腸の思いで受け入れるけれど?」
その言葉に嬉しそうに、シェリルは彼の腕に抱きついた。
「……誰でもいい、あのバカップルを止めてくれ」
ごくごく自然に彼女を抱き寄せた兄とも慕う先輩の背中を眺めつつ、アルトは小声で訴えた。
「パス。馬に蹴られるのは、俺の趣味じゃないんでね」
「僕もミシェル先輩に賛成です」
後輩たちは顔を見合わせて、諦めの大きなため息を吐いた。
S.M.S主催のクリスマスパーティは、酒も程良く回りきって、すでに隠し芸大会の様相を呈していた。
現在はミシェルと、彼に壇上へ引きずられたアルトがデュエットでライオンを歌っている。
「今年はアルトが入ってきてくれたお陰で助かるよ」
「去年は先輩が、オズマ隊長に引っ張りあげられてましたもんね」
烏龍茶を飲みながら笑っているとルカの隣で、女性陣が楽しそうに二人を囃し立てている。
「酔っ払いは性質が悪いね」
「そういえば、先輩は酔っ払ったりしないんですか?」
「程よく飲む事はあるよ?ただ、一人暮らしだったしね。郊外の家まで帰るのも大変だろ?」
そういう彼は始まってから、最初の乾杯用ビール以外は、ずっと烏龍茶だった。
「それに見張りは必要だ」
「……ああ、なるほど」
彼がシェリルの隣に居る。ただそれだけでS.M.Sの隊員達は、彼女に近付く事すら出来ない。
近くのテーブルに座って、チラチラとこちらをうかがっている彼らに、ルカは内心で合掌しておいた。
「ああ、楽しかった~!」
二次会へ繰り出していった酔っ払いを見送り、学生組は三々五々に帰路に着いていた。
「ああいうのも、たまにはいいだろう?」
「ええ!誘ってくれてありがとう、」
満面の笑顔を向けてくる彼女に、は目を細めて微笑んだ。
「後は、ホワイトクリスマスになれば最高ね!」
アイランド1では、この日は必ず雪が降っていた。
生まれて初めて、雪の降らないクリスマスを経験することになるかもしれない。
「こればっかりは、神頼みだな」
は雲が出てきた空を見上げる。
「天気予報を信じるなら、そろそろ降ってきてもいいんだが。その前に、暖かい我が家へ入るとしよう」
二人はいつの間にか、目的地へたどり着いていた。
室内に入れば、外との気温差にホッと顔が緩むのを感じる。
「にゃ」
帰ってきた彼らを、一匹の猫が迎え入れてくれる。
「ただいま、ヒメ」
シェリルが足元に擦り寄ってくる茶トラにかけた挨拶の言葉に、の頬が微かに緩む。
『ただいま』
この家に来る度に、そう言ってくれるのが嬉しい。
ここは既にシェリルの家でもあるのだ。
「少し待ってろ。今、何か温かいものを淹れてくる」
「は~い。ヒメ、行きましょ」
「シェリル……?」
ホットミルクを作って居間へやってきたが見たのは、庭先で雪を見てはしゃぐ彼女の姿だった。
「、見て!雪よ!」
上着も着ずに楽しげに報告してくる彼女の笑顔に一瞬見惚れた後、は慌ててマグカップを置くと、ソファに投げていたコートを羽織って飛び出した。
「シェリル、中へ入ろう」
「んー、もう少し~」
シェリルは、漆黒の空から舞い落ちる白いそれを飽きもせず、見上げている。
「あんまり身体を冷やすと、風邪をひいてしまうぞ?」
「温めて?」
青年の腕の中にやってきた彼女に、上目遣いでそんな事を言われては、は無条件降伏の白旗を掲げるしかない。
「こうしていれば、寒くないもの」
「……全く。仕方ないな、少しだけだぞ?」
この辺りがアルト達に『先輩はシェリルに甘い』と言われる所以なのだろうと思いつつも、は彼女を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「朝までに積もってるかしら?」
「そうだな。小さな雪だるまくらいは出来るかもな」
室内へ戻りながら、ちらりと庭を振り返れば、既に薄っすらと雪化粧がされている。
「そうしたら、一緒に作りましょ。ね?」
「仰せのままに」
楽しみで仕方ないと言わんばかりの彼女に、は笑いながら一礼してみせた。
「せっかく淹れてくれたのに、ごめんなさい」
テーブルの上に置かれたマグカップは、すっかり冷め切っていた。
「それは温め直せばいい。俺には空から雪は降らせることは、出来ないからな」
二つ並んだカップを持って笑う彼に、シェリルはぎゅっと抱きついた。
この人は、いつだって彼女の望みを優先してくれる。
「ありがとう、」
「すぐに戻る。ヒメ、シェリルの相手を頼むよ」
「にゃ」
飼い猫は了解とばかりに、シェリルの足元で返事をしてくれた。
「妖精さんは、まだ雪にご執心かな?はい、熱いから気をつけて」
ホットミルクを温め直して来てみれば、ソファに座ったシェリルはヒメを腕に抱いて窓の外を見つめていた。
「ありがとう、。やっぱり、クリスマスに降る雪は特別だなって思ってたの」
青年の手からマグカップを受け取りながら、シェリルは微笑む。
「そうか」
それだけを言ったは、シェリルの隣に座ってマグカップに口をつけた。
「ご馳走様」
ホットミルクを飲み干したシェリルは、服に皺が寄るのも構わずにの脚を枕にソファに転がった。
「シェリルは時々ヒメよりも猫らしい」
「そう?」
小さく笑うシェリルの髪をゆっくりと撫でる。
「ああ、そうだ。これ」
目の前に差し出された小箱に、シェリルは目を輝かせて身体を起こした。
「俺からのクリスマスプレゼント」
綺麗に包装され、リボンまでかけられたそれを手の上に置かれる。
「開けてもいい?」
「勿論」
彼の答えに、シェリルは期待に胸を膨らませて、リボンを解いた。
「あ……」
今まで色んなアクセサリーやグッズを貰ってきたが、指輪だけは作ってくれなかった。
いつか作ってくれるのだろうかと、心待ちにしていたそれが今、目の前にある。
「左手を貸してもらえるかな?」
差し出された彼の左手に自分のそれを乗せれば、指輪は彼の手を経て、するりと彼女の左手の薬指に納まった。
「いつの間に……?」
まるであつらえたように、そこが自分の場所だと主張する指輪に、シェリルは壊れ物に触れるかのようにそっと指を添える。
「企業秘密、と言いたいところだが。君が眠っている間にこっそりと」
左の薬指のサイズは、ぱっと見て大体はわかっていたが、何かあっては問題なので、しっかりと確認してあった。
「……私、料理も洗濯も得意じゃないわ」
「それが全てじゃない。そうだろう?」
「私でいい……?」
「俺はシェリルがいいんだ。他の誰かでは、代役にすら立てやしない」
少し不安そうなシェリルに、は力強く答えてゆく。
「今後とも末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
シェリルは涙目になりながら、の首に腕を回した。
深夜、だいぶ積もってきた雪は月明かりを反射して、明かりなんて必要ないほどだった。
カーテンの隙間から差し込むその光に、は薄っすらと目を開く。
その視線をちょっと下に向ければ、ピンクブロンドの髪がふわりと揺れた。
「ん……」
彼女の傍にいるだけで満足できたらなんて、もう無理だった。それだけでは我慢が出来ない。
自分の独占欲に苦笑しながら、彼の左腕を枕に眠る銀河の妖精と謳われる彼女を抱き寄せた―――
この後行われた年越しライブで、彼女の左薬指に輝く指輪が悲喜こもごもの話題を提供することになったのは、また別の話。
新曲を聴いていたら、勢いとノリだけで指がキーボードを叩きまくっていました。
さりげなく、ミシェル君が生きてたりします(笑)
シェリルをねこ可愛がりしたかったので、後悔なんぞしていない!
コメント by くろすけ。 — 2010/12/09 @ 11:19
待ちに待ったシェリル猫が登場!
日々疲れた体にはシェリル成分は禁断の物質です!
思わず携帯に射手座とユニバーをDLしちゃいました(笑
ミシェル生存でバカップルと絡むのはグッドです
是非とも彼には大きくなってもらってカッコイイ方の彼女と幸せになってほしい限りです。
シェリル猫ですが、薬指に指輪しかも話題のクリエーター作となればメディアが凄い事になってるでしょうねぇ~
彼がいないと生きていけないシェリル猫ですが、若干シェリル兎が顔を覗かせたと思ってしまいました。
そして、初詣の短編を願いつつ、着物姿及び簪(キース作)のシェリルを妄想しています(爆
コメント by 蒼空 — 2010/12/10 @ 03:00
>蒼空様
コメントありがとうございます!
クリスマスソングを聴いていたら、シェリル熱が高まってしまいました。
でろでろに甘やかして可愛がりたい。そんな願望が詰まった話となってしまいましたが、気に入っていただけたようで何よりです。
今後もよろしくお願いします。
コメント by くろすけ。 — 2010/12/10 @ 11:30