掠めた指先(マリみて:聖)

昨年のクリスマスに、青年は一人の女の子を拾った。
といえば、非常に語弊があるけれども、状況だけを考えれば他に言い方がない。
駅前で身体を震わせながらも、じっと前を見て耐えていた彼女を店まで連れ帰ったのは間違いではないと、彼は思っている。
気をつけて帰りなさいと駅まで送った後も、気になって時々用事もないのに駅まで出かけたりした。
彼女の姿を見つけることもなく、年が明け、恐らく二度と会う事はあるまいと思っていた矢先の事だった。
「いらっしゃい……ませ」
新しいお客様に顔を上げれば、少し不機嫌ですという顔のその子が立っていた。
「こちらへどうぞ、お客様」
一瞬で心を立て直し、は笑顔で以前彼女が座った窓際の席に案内する。
「本日のメニューはこちらとなっております」
彼が差し出したお品書きを一瞥した後、彼女はボソリと告げる。
「コーヒー」
「はい。少々お待ちください」
お冷やとオシボリを置いて、はカウンターの中で注文のコーヒーを用意し始める。
ドリップする間、なにやら視線を感じて顔を上げれば、フイッと目を反らされた。
……警戒されているのだろうか。しかし、それならば何故彼女はここへ来たのか。
はわからないことだらけだと、内心で小首を傾げた。
「お待たせしました。どうぞ」
カップ、砂糖とミルク、クッキーの小皿を、彼女の前に並べる。
「……頼んでないけど」
「当店からのサービスです。甘い物がお嫌いでなければ召し上がれ」
クッキーを指差してこちらを見上げてくる彼女に、は優しく笑いかけた。
「……ホットサンド、ないの?」
「この間と同じ物でいいですか?」
「うん」
その日から数日おきにやってくるようになったその子のために、はホットサンドの用意を欠かさなくなった。
少しずつ警戒感が薄れるにつれて、に彼女が話す言葉も増えてくる。
なんとも捨て猫を慣らしている気分になった彼は、微苦笑を浮かべたりしたものだ。
「あの日のこと、聞かないんだね」
珍しくぽっかりとお客さんが居なくなった雨の日の午後。
彼女はホットサンドを持ってきた青年に話しかけた。
「……ああ、ずっと何かを言いたそうにしていたのは、それですか」
は彼女がこの店に来るようになってから、何かを伺うような表情をしていることに気付いていた。彼は彼女の席の反対側に座って、まっすぐに相手を見つめる。
「私が聞いたとして、貴女が話してくれなさそうだったというのもありますね。貴女にとっては、重要かつ悲劇的な事だったのは間違いなさそうですし」
「……だったら、なんで!」
「以前も言いましたが、泣いている子供を放置は出来なかった。つまりは私の自己満足に巻き込んだ訳ですよ、貴女を。そのお礼に、愚痴くらいならいつでも聞きますよ。お嬢さん」
睨みつけても余裕の微笑を浮かべている青年に、彼女は小さい声で呟いた。
「聖」
「セイ?」
「名前」
「セイさん。漢字は聖?」
言いながら手を動かした彼に、聖は頷く。
「マスターは?」
です。。よろしく、聖さん」
ふわりと笑った彼が優しく頭を撫でた時に、頬を掠めた指先が聖は温かいと思った。
何よりも、その優しい笑顔が彼女の心に染み付いたのだ。

この後、次第に慣れてきた聖が、黒髪の青年に懐くのに多くの時間はかからなかった―――

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後書&コメント

  1. [マリア様がみてる] -聖さんとの出会い編。の出会いの後ですねー。
    さすが猫マスターの主人公君。

    コメント by くろすけ。 — 2011/06/18 @ 19:32

  2. どんなに一匹狼っぽい子でもなつく。それが諒クオリティ

    コメント by エクシア — 2011/06/18 @ 23:29

  3.  マリみて更新ktkrってなわけで、この作品でこのサイトを知った自分としてはうれしいです。

     聖との出会いのその後ですかwwこの警戒した猫が現在のような懐き切った猫になるのか・・・・まぁ諒さんは自然体で接したんでしょうけどネーww

    コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/06/19 @ 03:24

  4. >エクシア様
    主人公の特殊技能っていう奴です。

    >ヨッシー喜三郎様
    マリみて、久しぶりでした。
    猫さんは、徐々に甘えるようになるんでしょうなー。
    楽しんでいただけたら幸いです。

    コメント by くろすけ。 — 2011/06/19 @ 09:13

  5. お久しぶりです、くろすけ様。
    マリみて夢が更新されていたので小躍りしながら読ませていただきました♪
    さすが猫マスター、諒なら猛獣でも懐かせることができそうですね。
    あいもかわらずマリみて大好き人間のK/Kiraですので今回新しい話が読めてとてもうれしかったです。
    『お釈迦様~』の刊行がメインになってもやっぱり自分は『マリみて』が1番好きなので。(『お釈迦様~』も嫌いではありませんが)
    これからも楽しみにしてます。

    コメント by K/Kira — 2011/06/19 @ 17:10

  6. >K/Kira様
    お久しぶりです。いらしていただけて嬉しいです。
    楽しんでいただけたようで、良かったです。
    お釈迦様の方は読んでみたいような、みたくないような(笑)
    これからもまったり更新していく予定ですので、お暇な折にでもお越しくださいませ。

    コメント by くろすけ。 — 2011/06/19 @ 22:18

  7. 現在は諒君を見ると無条件に「ごろにゃぁ~~ん」状態ですが、こんな出会いがあったなんて…
    小生は本誌を全く知りませんが、こちらの可愛らし猫さんが好きなのは断言できます。

    コメント by 蒼空 — 2011/06/23 @ 00:47

  8. >蒼空様
    そうですね。今は間違いなく猫ですねー。
    原作では、色々あったんですよ。あの猫さんも。
    マリみては何度読んでも、「女子高生か、皆若いなー」と年寄りじみた事を思ってしまいます。

    コメント by くろすけ。 — 2011/06/23 @ 11:28

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Posted: 2011.06.18 短編にも満たない諸々。. / PageTOP