全力で神様を呪え。[弐]

「……知らない天井だ」
は目を覚まして、一回くらいは言っておこうと思った言葉を口にした。

「あ~、やっぱり夢じゃないのか」
身体を起こして、頭をガシガシと掻いた。つい癖で左手の腕時計を見れば、時計はまだ六時前を示している。
「……って、合ってるのか?これ」
昨日、夜になって解放された後、結界を張って眠りを邪魔されないようにして眠りについた。さすがに十時間近く寝れば寝不足も解消されている。
「さてと、街に行く前に先立つものを用意しますかね」
足元に置いておいたメッセンジャーバックを手元へ引き寄せる。
「まず中身の確認っと……」
まずは非常食のカ○リーメイトと蜂蜜のど飴。
人には見せられない『魔法』だらけのA5サイズのシステム手帳。と、その他に数冊のメモ帳。裏紙で作った覚書用もある。それと万年筆を始めとした0.9mmシャーペンなどの筆記用具。インクや芯、消しゴムの予備も取り揃えてある。
他に太陽電池付計算機。百均で買ったものだが、何かと役立っている。
救急パックとして入れてある大きなガマグチの中には、絆創膏と切り傷用の軟膏、風邪薬と下痢止めと半分が優しさで出来た解熱剤兼痛み止め。
後は携帯用ソーラーバッテリー。そしてカメラ付スマートフォンと様々なデータを詰め込んだメディアカード。
ついでに、コートのポケットもひっくり返してみた。
財布。お札が数枚と、硬貨が一揃い。免許証や保険証などもワンセット。帰る時まで無くさないようにしないと。
家の鍵。これも帰る時、以下略。
タオル地のハンカチと街で配っていたポケットティッシュ。
携帯音楽プレイヤーと携帯ゲーム機。
「意外と物持ちだったな、俺。売れそうなのは、これとこれと……あとは、これとこれか」
は買ったばかりのメモ帳とあまり使っていなかったシャーペンとボールペンが一緒になった多機能シャープペンと消しゴムをひとつ。そして、最後に計算機と非常食を選び出す。
「計算機は携帯でも代用できるしな。では、一番高く買い取ってくれそうな人のところへ行く……前に朝飯にしよう」
小さく空腹を訴える腹に、は荷物を素早くまとめて部屋を出た。

「お、。やっと目が覚めたか」
声を掛けられ振り向けば、既に軽く身体を動かしてきたらしい黒髪の女性とその妹が立っていた。
「春蘭、秋蘭。おはよう。流石に早いな」
「うむ。日々の鍛錬は欠かせぬ」
二枚目とまではいかないが人好きのする笑顔のに二人も笑顔で返す。
「そっか。二人は朝食は食べたのか?」
「いや、これからだ。良ければ一緒に行かぬかと思ってな」
「こちらからお願いさせてくれ。後で華琳に取り次いでもらえると尚嬉しい」
「華琳様に用事か?」
春蘭は食堂へと歩き出しながら、後ろに付いてくる青年に訊ねた。
「ああ。今日は街へ出て、この国の事を少し知りたいと思ってさ。一応、許可をもらっておこうかと」
「ふむ、よい心がけだな」
の更に後ろを歩く秋蘭に、は苦笑する。
「俺、きっとその辺の三歳児より、常識知らないぞ? 役に立つ前に基礎固めは必要でしょ」
「ふふ、楽しみにしている」
「武では役に立ちそうにないしな。は」
楽しげに笑う秋蘭に、ニヤリと彼を振り返る春蘭。
「悪かったな。俺は痛いの嫌いなんだ」
「しかし、少しは鍛えておかねば、華琳様の盾にすらなれんぞ」
「盾かよ。華琳が大人しく俺の後ろに居るなんて、誰が信じる。俺を邪魔だとばかりに押しのけて、敵を斬りつけるに決まってる」
それはもう簡単に想像できて、ちょっと頭痛いとは眉間を押さえる。
「へえ、昨日会ったばかりなのに、わかったような口を利くのね」
「華琳様!」
食堂に入るなり、横合いから掛けられた声に、春蘭と秋蘭は驚きの声を上げた。
「おはよう、華琳。お陰で昨日は良く眠れた。ありがとう」
一方、の方は、まるでそこに居るのを予想していたかのように軽く手を挙げて挨拶する。
「で、大人しく俺の後ろに居るのか?」
「あり得ないわね」
「即答じゃないか。まあ、最悪でも俺が斬られている間に体勢を立て直すくらいは、楽勝でやってのけてもらうぞ。でないと、斬られる俺が割りに合わん」
ひょいと肩をすくめたの言葉に、三人の方が呆気に取られた。
割りに合わんなどではない。大将の位置まで斬り込まれた時点で逃げ出してもいいはずなのに、彼は斬られても華琳を守ると言ったのだ。
「ふん、痛いのが嫌いだと言う割りに、言うではないか」
「まあ、そんな事態に陥らないように、夏候惇将軍の奮闘に期待してます」
春蘭の言葉に笑って答えたは、軽く自分の腹を押さえる。
「それより、早く飯にしようぜ。俺は腹が減った」
「はいはい。身体は大きいのに、随分と子供っぽいわよね」
と並んで歩きながら、華琳はため息を吐いた。

「華琳、ちょっと話があるんだ。少し時間を分けてもらえないか?」
ごちそうさまと両手を合わせた青年は、目の前の少女に頼み込む。
「あら、何かしら。では、部屋へ行きましょうか」
「ありがとう、華琳」

「お邪魔します」
部屋に入る前に、軽く頭を下げる。
「それで?」
「実は、街に行ってみたいと思って、華琳に一応報告しておいた方がいいかなと」
椅子に座って見上げてくる華琳に、机の前に立ったは休めの姿勢で答えた。
「それだけじゃないでしょ?」
「勿論」
頷いたは、ごそごそと先ほど選別していた物を鞄の中から取り出した。
「先立つものが欲しいんで、買ってもらえると助かる。これは昨日見せたろ?」
「ああ、高品質の紙の束ね」
華琳は机の上に置かれたそれを手に取り軽くめくる。
春蘭と秋蘭も彼女の後ろから興味深そうに覗き込んでいた。
「で、これがこちらでいう筆に当たる。この赤と黒の二色は墨と同じで書くと消えない」
裏紙メモを取り出して、試し書きしてみせる。
「最後の一本は、この消しゴムってやつで擦ると……」
「おお、消えた」
春蘭が驚きの声を上げた。
華琳と秋蘭も声は上げなかったが、驚きで目を丸くしている。
「この薄い板は何?」
華琳は先を促す。
「これは計算機。こちらでいう、算盤だな」
「これが?」
「ここに数字が書いてあるだろ。……アラビア数字じゃ、わかんないか」
「教えなさい」
「……はいはい」
それが人に教えを請う態度かよ、と内心思いつつも、これを買ってもらわないと先立つものが手に入らない。
はため息を吐きながら、アラビア数字とその周辺の記号の説明をする。
「まずはこの10個が数字な。0から9まで」
ゼロと言ったところで、三人が何のことだという表情を見せたことに、の方が驚いてしまった。
「……もしかして、ゼロの概念からか? これは参った」
意外な問題が立ちふさがってしまった。
「これの使い方はもう少し時間のある時にしよう。片手間に出来る話じゃなくなってきた」
は計算機を机に戻してため息を吐いた。よく見れば、パーセントやルート、小数点もある。三分間クッキング並みには教えられない。
「いいわ。でも、これの代金はその時になるわよ」
「それは仕方ないな。出来るだけ早めに時間をとってくれると助かる」
「わかったわ。私も興味があるから、何とかしましょう」
「最後は、食べ物だな。これはカ○リーメイトと言って携帯食だ。これ1本で100カロリーだから、4本でだいたい茶碗軽く2杯分くらいだな。で、こっちは蜂蜜のど飴」
カ○リーメイトは箱から取り出し、皿の上に乗せた。のど飴の方はひとつひとつ取り出しては机の上に並べてゆく。
「味見をしてほしいが、これしかないからな。あ、毒見とかいる?」
「必要ないわ。これは小麦粉?」
「基本はそうだな。それに色んなものを混ぜてある」
箱の裏に書かれた成分表を読む限り、トータルバランスの良さは折り紙付だ。味気の無さに目を瞑ればだが。
「同じものは作れないの?」
「似たものなら可能だ。だが、材料費が嵩みそうだな。蜂蜜とか砂糖って高いだろ?」
「……なるほどね。少し待っていなさい」
しばらくそれらを吟味していた華琳だったが、机の上に広げられた未来の品々を見回して席を立った。
「了解」
華琳が戻ってくるのを待つ間、春蘭と秋蘭は机の上に置かれた品々を興味深々で見つめている。
「しかし、不思議なものばかり持っているのだな」
「俺の国だと普通に売っているものばかりだけどな。処変われば品変わるというところかな」
渡した物を全て買っても千円でおつりが来る。
「待たせたわね。受け取りなさい」
「おお」
華琳が差し出した袋を受け取れば、ずっしりとした重みが手の上で感じられる。
「足りるかしら」
「……すまん」
袋の中を覗き込んだは小さくため息をついた。
「何?不足?」
「これがどのくらいの価値があるのかわからない」
結構な金額を持ってきた華琳は眉をひそめるが、青年にはこの時代の貨幣価値がわからなかったのだ。
「はぁ、秋蘭…」
教えるのが面倒だと華琳は、秋蘭に説明を丸投げした。
はうんうんと頷きながら、秋蘭の言葉を聴いていく。途中、質問を交えながら聞いている彼の姿を観察するように華琳と春蘭は、二人を眺めていた。
「げ」
秋蘭に言われてもらった金額を認識した途端、口からこの単語が飛び出した。
「多すぎだろ、これ」
「私が妥当だと判断した金額よ。返金は受け取らないわ」
の言葉は華琳に一刀両断された。
「あー、じゃあ、銀行みたいにお金を預けておけるような場所ってある?全部持って歩くなんて重くて出来ないし。部屋に置きっぱなしも怖いし」
「……わかったわ。こちらで給金と一緒に管理してあげるわ。必要な時は言いなさい」
「了解。助かる。じゃあ、とりあえず幾らか持って出かけてくるよ」
早速、カバンの中から非常食を入れていた布袋を取り出して、一掴みくらいの硬貨を入れる。それを家の鍵をつけていたウォレットチェーンにつけて、ズボンのポケットに投げ込む。
「ちょっと重いけど、ま、仕方ないか」
ごそごそとカバンを整えて、は残りのお金を華琳に手渡す。
「じゃあ、後はよろしく。土産を楽しみにな」
「期待はせずに待っているわ」
未来から来た青年は、覇王様達に軽く手を振って、街へと飛び出した。

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後書&コメント

  1. 主人公、街に出かける準備。
    手持ちの荷物が多いと思われる方もいらっしゃるでしょうが。
    これらはほぼデフォルトで私の鞄&上着の中身なので苦情は受け付けられません。私の場合、これに500mlのペットボトルとA5のミニパソが上乗せされます。代わりにソーラーチャージャーを入れさせてもらいました。
    この鞄を持って通勤すると、いい運動になりますよー。曜日によっては週間漫画が入るし。
    現在愛用のスマートフォンはDocomoのSC-01bです。カメラも付いてますので、今後活用できるといいなぁと思ってます。

    コメント by くろすけ。 — 2010/03/23 @ 12:44

  2. こちらにも出没!
    華琳と対等な立ち居地の諒。
    冷静沈着な彼と唯我独尊の彼女が織り成す物語。非常に楽しみです
    追伸
    自分恋姫ランキングは
    1位(星・風・稟)流血チーム
    2位(雪蓮・冥琳・祭)ドタバタチーム
    3位(紫苑・桔梗)妖艶チーム
    4位(華琳・秋蘭・春蘭)至上主義チーム
    とかなり節操がありません。まぁ、星は不動の1位に居座っていますが…

    コメント by 蒼空 — 2010/04/02 @ 02:22

  3. > 蒼空様
    お疲れ様です。
    今後どうなってゆくやら、まだまだ未定の真・恋姫です。
    今のところ、冷静に見える彼が、戦場に立った時とかどうなるか、私が不安です(笑)
    今後もよろしくお願いいたします。

    コメント by くろすけ。 — 2010/04/03 @ 18:10

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