全力で神様を呪え。[参]

空気がうまい。
大気汚染など無い時代である。
大きく深呼吸して、青年は城下街へ足を向けた。

料理が趣味の青年は、まずは市場に向かった。
色々作って食べさせてみたいものがあったからだが、彼はそこでパラレルの恐ろしさを思い知らされる。
市場の途中で見つけた山と積まれたその赤い物体に、膝から地面に崩れ落ちそうになってしまった。
「おやじさん、これは唐辛子だよな?」
「へい、良いものを取り揃えております!」
「そうか……」
親父の笑顔に言葉が続かない。彼の記憶では、アメリカ大陸がヨーロッパに紹介されるまでこいつは普及しなかったとなっているのだが。
『パラレル恐るべし』
は空を仰いで、その一言で受け入れることにした。
「それは棗?」
乾物屋らしい店先には山のように商品が積まれていた。その中のひとつに見覚えがあって聞いてみた。干し葡萄がないのが、実に残念だ。
「へい。こいつは甘くて、いい出来ですよ」
「じゃ、これ一篭分くれ。その篭付きで」
適当に値切ったは、篭つきで手に入れたそれをおやつ代わりに市場を歩いて行く。
そして思い知る。自分達がどれ程恵まれた世界に生きてきたのか。
「ここまで物が無いのか」
一回りしてはため息をついた。
市場では何故かあるものに驚かされ続けたが、基本的には歴史通りらしい。彼の知っている商店街の品揃えとは、天地の差がある。
帰ったら文字と馬の乗り方を教えてもらわないとと思いながら、買って帰る土産物を物色する。
その時。
「喧嘩だ!」
聞こえてきた声に、は時間を計り始める。
たっぷりと時間がたってから警備兵らしい男たちが現れた。
「うん、遅すぎ」
既に当事者たちは逃げ出している。喧嘩が終わってから現れても話にならない。これが窃盗や強盗が相手だったら、どうするのだろう。
は少し考えた後、昼を食べようと食堂を探し始めた。
その途中、本屋に立ち寄った彼は紙が比較的普及してるのに目を見張った。聞けば、雑誌まであるという。活版印刷ではなく木彫りの版を使っているようだ。
「活版印刷もありかー。この時代の金属加工ってどうなってんだっけ?」
そんな事を考えながら、いいにおいをさせていた食堂へ入って席へ案内された後、青年は苦笑いするしかなくなった。
「ああ、失敗した。採譜が読めない。あるだけすごいが」
テーブルに置かれた木製のそれで、は軽く頭を叩いた。
この時代の識字率が気になる。そんなに高くないはずだが、本の普及率を考えると、意外と高いのかも知れない。
「えーっと、これとこれお願いします」
ここは勘で、漢字で当たりをつけて注文するしかない。
青年は、適当に指差して料理を頼んだ。
「お待たせしましたー」
揃ったものの料理名はわからないが、さすが中華料理旨い。
しかも、この時代には化学調味料など存在しない上に、全てがオーガニック食品だ。
「マジ旨い」
だが、調味料が少な目なんだろう。現代の濃いめな味付けに慣れた舌には少し物足りない。困ったものだ。
とかいいながら、全てを美味しくいただいたは注文したお茶を啜りながら、メモ帳を取り出し、気付いた問題点を書き出してゆく。
まずは警備機構。メリットとデメリットを考える。長期的にはメリットが大きいが、その整備には莫大な金がいる。現実問題として、資金を調達しつつ、何とかしなくてはならないわけだ。
が、華琳の領地は、この陳留を中心とした一帯にすぎない。塩は沿岸を手に入れるまでは無理だし。ここは、やはり糖分を作るとしよう。
そうと決まれば。
はメモを鞄に納めて立ち上がった。

「ただいま」
「お帰りなさい。どうだった、街は」
夕方、出かけた時と同じ格好で姿を見せた青年に、華琳は書類から顔を上げてニヤリと笑う。
こっそりと付けさせていた者から、彼の行動について報告は受けている。
何か街を見ながら、紙に書き付けていた。中身は彼の国の文字らしく読めなかった。その中身について、彼女は聞きたくてしかたなかった。
「ん~、まずはお土産」
「あら、本当に買ってきたの」
青年が出した壷は片手に納まってしまうほど小さなものだ。
「これは何?」
「水飴。知らないか?」
「飴というからには甘いものか?」
華琳と一緒に待っていた春蘭と秋蘭も彼の手元を覗き込んでくる。
「ちょっと、味をみてくれると助かる。売れると思うんだよね、これ」
厨房で借りてきた箸で掬い取り、くるくると空気を含ませてゆく。
「ほら」
十分に空気を含み白っぽくなったそれを華琳へと差し出す。
「!?」
口へ含んだ途端、華琳が見せた表情には満足そうに頷いた。
「製法は秘密だぞ」
笑いながら春蘭と秋蘭にも手渡す。
二人もそれを口にしてみれば目を丸くしている。
「原材料なら教えてもいい」
「何!?」
華琳はの言葉に噛み付く。
どうせ解明は出来ないと思っている辺りが腹立たしい。
「麦と米と水。それらを加工するとこうなる。自然の力は偉大だな。普通に作ると四日ほどかかるが、そこは天の力でちょいちょいと」
青年は帰ってきて先に寄った自室で両手を合わせて、麦芽糖に加工してきたのだ。
ちなみに米五合に対して、約100gの麦芽を使用して、約250gの麦芽糖しか手に入らない。
現代社会って恵まれているなぁと思った瞬間だった。
「……幾ら?製法を売りなさい」
砂糖や蜂蜜ほど甘くはないが、原材料費などを考えれば独占販売をしたい。
「駄目。今後、俺が独占的に生産するから。まあ、生産量の三割を融通してもいいけど。どうする?」
そんなことはお見通しとばかりに、青年は笑って華琳の目の前で壷を振る。
「く……いいわ、それで手を打ちましょう」
「それはどうも。融通する代わりと言ってはなんだけど、誰か馬の乗り方と文字を教えてくれる人を紹介してくれないかな。せっかく警備計画を考えても文書にできないんじゃ話にならん」
は簡単にまとめたメモを見返しながら小さくため息をついた。
「警備計画、ですって?」
「ああ、俺の国の警察機構を参考に考えてみた。さすがに喧嘩が終わってから兵士が駆け込んでくるようじゃ話にならんだろ」
「それで貴方なりに改善案をまとめたと言うわけね」
「そ。でも、文字が書けないと君に提出できない。俺の国の文字だから、付けてくれてた人も報告できなかっただろ?もし口頭でもいいなら、読み上げるけど?」
ぺらぺらと手にいた紙を軽く振ってみせるの言葉に、華琳はニヤリと笑った。
「本当にいい拾い物をしたわ。それとも、悟られた者に問題があるのかしら」
「さてね。で、どうする?」
もう一度、ぺらぺらと紙を振ってみせる。
「基本的なところを話してみなさい。使えそうなら、文書化させるわ」
「了解」
は手にしたメモをめくりながら話を始めた。
「街を見て回った感想として、比較的治安は良い方なのだと思う。お店の人と話したら、結構いい反応だったしな。ただその為に、他の地方からの流民が入ってきている事で、治安が悪化している。仕事のない人間がたむろしていたり、荒れた場所があるだけで、治安は悪化するからな」
「だが、流民を追い出す訳にもいかないぞ」
「ああ、そうだな。そこで提案。彼らを警備員として雇う。体力は有り余ってますって奴を何人も見かけた。勿論、ある程度の入隊試験的なものを課す必要はあるだろうけどな」
秋蘭の言葉に、は片手を上げる。
「問題点の一つである、人手不足を解消するんだ。これはあくまで目標だが、街の1区画に対して1部隊を配置する。現在の喧嘩が終わったら、警備がやってくると言う状況は何とかすべきだ」
「義勇兵的なものか?」
春蘭が首を傾げている。はそれに小さく首を振った。
「いや、戦時下でもないのに、それは無理だ。ここは雇うことで、職を安定させる。訓練をさせて、使える奴は本隊に推薦してもいい。勿論、本人が望めばだが」
「そうすると、資金が必要ね。それも現在の数倍以上」
「そう。それが二つ目の問題点」
華琳の言葉に、は手にしていた書類を捲った。
「これは商人たちに融資をお願いする。治安が良くなれば、新しい商人もやってくるだろう。その人たちから幾らか徴収する。この辺りの匙加減が俺にはわかんないので、その辺は任せるけど。後は、これの売り上げだな」
は机の上に置いてあった水飴の入った壷を指差した。
「なるほど。だから、三割を融通すると言ったのね」
「そう。金持ち相手に売ればいい金額になると思うんだよね。貧乏人の全財産より、金持ちのお小遣い。そういう事だ」
塩のように無ければ死ぬという物でもない。
そうなれば、あるところから頂くというのが正しいだろう。
「残りの七割は?」
「俺が料理とかに使う予定。うまくいけば菓子専門店とか開いてみたい。とりあえず明日これと同じものを50個分作る。そのうちの三割だから15個、それと今回だけ5個上乗せしよう。それは試供品に使うといい。金持ちを集めて、味見会でもすればいい。今後は10日につき50個生産の15個納品。それで足りるかな?」
「十分よ」
「わかった、約束しよう。……これも文書にした方がいいか?」
「必要ないわ」
「了解だ。ただし、原材料が手に入らなければ作ることは出来ない。安定した治世を期待してます」
「誰に言っているの?」
「これは失礼」
華琳の言葉に肩を竦める彼。
「お前は、一体どんな仕事をしていたのだ」
敬愛する主君と楽しそうに話す青年に、春蘭は驚きの表情を隠せない。
「書類整理が俺の仕事さ。ただ未来からきたから、その分の進んだ技術を知っている。それだけだ。知識は役立てないと勿体無いだろう」
何でもないことなのだとは笑う。
「では、あの時、あそこへが降りてきた事を感謝せねばな」
秋蘭も姉と同じく、彼の知識に感心していた。
「んー。それはしなくてもいいと思うぞ。この世界なら、どこに降りていてもきっと俺はここへ来た。それは間違いない」
「どういうことだ?」
彼ならば一国を興すことも可能なはずだ。
「言っていなかったか? 俺は魏王曹操を、夏候両将軍を尊敬している。例え、どの場所へ降りたとしても、この三国志の世界に来たとわかった時に、きっと最速でここへ、君たちの元へ駆けつけていた。でも、それだと城に入るのも面倒なことが多そうだろ? だから、ここへ降りてきた事を感謝するのは俺の方だ」
「……貴方、最初にここに来た理由も原因もわからないと言っていなかった?」
皮肉げな華琳の言葉にも、はまっすぐに彼女を見つめた。
「ああ、そうだ。この世界へ俺が飛ばされたのか。その理由も原因もわからない。多分理由と原因を作った奴が生きて現れたら、神様だろうが殺してみせる。だが、これだけは感謝してもいい」
そして、彼はひとつ息を吐いて、子供のような笑顔でこう言い切った。
「俺は君たちに会えて嬉しい」
黒髪の魔法使いは、いとも簡単に三国志の英雄達を赤面させるという偉業を達成した。

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後書&コメント

  1. 主人公役に立つところを見せるの巻。第参弾にして、すでに口説き始めているように見えます。だがしかし、本人は『俺、英雄に会ってるよ、すげー』という、ヒーローに会った子供状態ですので、口説いているつもりなど全くありません。
    今回の話を書くにあたり、様々なものの起源とか製法とか調べまくりました。調べきれないものも山ほどあったので、この話の中では、こうなのだと思ってもらえれば幸いです。
    麦芽糖の出来る量と唐辛子の話は、たぶん本当です。ちなみにこの時代、ジャガイモ、トマト、とうもろこしなども無かったはずです。アメリカ大陸原産以外と多いです。

    コメント by くろすけ。 — 2010/04/14 @ 00:43

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Posted: 2010.04.14 真・恋姫†無双. / PageTOP