ここ数日通いつめて料理長さんと仲良くなって、やっと空き時間に厨房を借りれたというのに。
「やっと時間が取れたわ。あの板について説明しなさい」
「……俺の都合は二の次か」
目の前に仁王立ちする覇王様のお姿に、魔法使いの青年は深々とため息を吐いた。
「貴方と私、どちらが都合をつけ易いのかしら」
だがしかし、覇王様は全くもって容赦がない。
「Go to Hell.」
「?何て言ったのかしら?」
ボソリと呟いた青年の言葉に、華琳は何か察するところがあったのだろう。笑っているのは口元だけだ。
「目が笑ってないぞ、華琳。……絶を取り出そうとするな、教えるから」
はため息を吐いた。おとなしく斬られる訳にもいかないので、対応策はとらせてもらう。
「……」
「何?」
小さく彼が口の中で呟いた言葉に華琳は首を傾げた。
「だから、地獄に落ちろ…って、危ないな」
降りかかる大鎌『絶』を白羽取りする。【ヘイスト】を唱えておいて正解でした。
「はぁ……、貴方もあれの代金が手に入った方がいいんじゃないの?」
「それはそうなんだが。行軍中の食事の話を聞いたら、少し悲しくなってな。保存のきく食料を作ってみようかと。この間の携帯食モドキも、試作してみようかと思っていたところだったわけだ」
は目の前にある肉の塊と小麦粉の入った袋を見下ろした。
サラミとジャーキーは酒の摘みにもなるから売れると踏んでいたりする。
「それは明日にしなさい。料理長には私からも言っておくわ」
「仕方ない。じゃあ、俺の部屋に行くか」
の部屋は城の一角、それも華琳たちの部屋に近い場所へ設えられていた。
天の遣いという怪しい人間に対して、実に破格の待遇といえる。
「あら、結構綺麗にしてるのね」
「まあ、まだ物がないというのも一因だけどな」
寝台と物書き用の机、それに長椅子が一つずつ。
「で。どうしてそこに転がってますかね」
寝台の上に我が物顔で転がる覇王様にため息をひとつ。
「今日も一日働いたもの。少しくらいゆったりした姿勢で聞くくらい構わないでしょう?」
「まあ、いいか。少し待ってろ。今、飲み物を用意する」
は戸棚からカップを取り出して、置いていたポットからまだ温かいお茶を注ぐ。
毎度お茶を入れるのが面倒で、彼は保温ポットを錬成していた。次は冷蔵庫をと画策中だ。
「ほら」
寝台に転がる彼女にひとつ差し出し、は寝台の端に腰を下ろした。
「ありがと」
華琳はが口を付けたのを見てから、自らも口にした。
「別に毒なんて入ってないぞ」
「わかってるわよ」
「そうだな。もう、習性みたいなものか」
は華琳を見て、苦笑するしかない。
「ええ、そうよ。もう数えるのも飽きたわ」
「そうか」
史実でも入室するものには、帯刀を許さなかったと言われている。唯一の例外が春蘭だったとか。
「じゃあ、始めますか」
「だいたい使い方の説明は、こんなものだな」
約一時間をかけて、による特別講座は終了した。
こんな短時間で終わったのは、偏に生徒の優秀さにあるだろう。
「膨大な計算をする時には便利でしょうね」
「そうだな。ただそれ一つしかないからな。どう使うかは華琳に任せるよ。それにどちらかといえば、素材の方がレア……貴重だろうし」
「あなたはいいの?これが無くなって」
「ああ、代用品はあるからな。だからこそ、君に譲る品に選んだわけだが」
「何?私に不要品を渡したの?」
「いや、それはそれで愛用品だった。だが、こちらを渡すわけにはいかないだけだ。これには家族の写真が入っているからな」
「シャシン?」
「精密な絵というところだが……見るか?」
が手にした黒い板に数度触れて、華琳に差し出した時、そこに映し出されたものに感嘆の声を上げた。
「凄いわね」
「これが俺の両親と兄だ」
「ふふ、によく似てるわ」
「ありがとう。これしかないから、渡せなかった」
「そういうことなら、仕方ないわね」
「ああ、そうだ。ここの記録をしてみるか」
良いことを思いついたとばかりに、はまた数度板に触れて、板を華琳の方へ向けた。
「え?」
カシャリ。と板が小さな音をたてる。
「ほら」
が差し出したそれを見て、華琳はまた驚かされた。
「どういう絡繰りなの?」
そこにはまごうことなき、自分の姿があった。
「こいつの仕組みを説明してたら、夜が明けるぞ。朝になって、俺が春蘭と秋蘭に追いかけ回されることになったりしないか?」
華琳と朝まで同じ部屋にいたと知った時のあの二人の反応が怖い。今だって二人きりがバレたら、扉が吹っ飛ぶだけで済めばいいが、と考えているところなのに。
「あら、私と一緒なのが不満なの?」
「それはない」
華琳は冗談めかした言葉を、に真顔で一刀両断されて言葉に詰まった。
「華琳みたいな美人と一緒で不満なんてあるもんか。問題はそっちよりも、そんな美人が俺の部屋の寝台で寝っ転がっている点にある。頼むから、俺の理性が悲鳴を上げているうちに、今日はお終いにしてくれ。いや、そうしよう」
「え?」
は彼女の手を取って立たせると、背中を押して部屋の外へ押し出してしまう。
「じゃあ、華琳。部屋まで送ってやりたいが、本気でそろそろ限界なんでな。また明日な」
「ちょっと、!?」
「こいつの仕組みも、そいつの代金の話も、また明日だ。お休み、華琳。よい夢を」
廊下に残された華琳は閉まった扉を見つめて、彼女には珍しく呆然とした表情を見せていた。
そっと自分の頬に触れる。
やられたという悔しさと、やるじゃないという高揚感が華琳の中で入り乱れていた。
誰が見ているかもわからない城内で、頬に口付けするくらい理性が切れかかっていたということだろうか。
あの、が。
華琳はニヤリと笑って、その場を後にした。
次の日、城内で行われる盛大な鬼ごっこの様子を伝え聞いた華琳が、実に楽しげに笑ったことを追記しておく。
計算機講座ー!
講座の部分はスッパリと切り落とされてしまいましたが(笑)
そんな事よりも、メインは頬にチュー!
よほど、理性もぎりぎりだったんだなーと生ぬるい目で見てあげてくださいな。
コメント by くろすけ。 — 2010/07/12 @ 16:30
うわあああああ。
それは何とも、理性が悲鳴あげ中の心の声を聞いてみたいです(笑)
コメント by 凛音 — 2010/07/13 @ 00:48
>凛音様
コメントありがとうございます。
考えてもみてください。
美少女と自室で二人っきりで、彼女は自分の寝台でクツロギ中……
これで理性が悲鳴を上げない青少年は、私は青少年と認めない(笑)
講座を開きながら、脳内で念仏でも唱えてたのかっ!?っていうくらい頑張りましたよ、主人公。
また是非お越しくださいませ~。
コメント by くろすけ。 — 2010/07/13 @ 08:35