「あっ」
は書き損じた文字を見て小さく声を上げる。
秋蘭に教えてもらった漢文を木管に書き写す作業をしていたのだが、見事に書き間違ってしまった。
「難しいものだな」
小筆を手にため息を吐いたは、木管や竹管に万年筆を使って書いてやろうかと本気で考える。ペン先が痛むからしないけど。
「また失敗したの?」
「……俺としては、何故そこに君が居るのか、小一時間ほど問い詰めてみたいな、華琳」
休憩時間だと言って、人の布団の上に転がる覇王様の言葉に、は眉間を揉み解す。
「問い詰めてみる?」
「……無駄な時間になりそうだから、やめとく」
ニヤリと笑う華琳を一瞥し、議事録を取る必要もない3秒ほどの脳内会議の後、は再びため息を吐いた。
「貴方には気概とか気魄とかが足りないのかしら」
「面倒なのも嫌いなだけさ」
が肩をすくめた所で、秋蘭がお茶を持って入ってきた。
「華琳様、お茶が入りました。も少し休め」
応接用の机にお茶を置いた秋蘭は、机で書類作成をしているも声をかけた。
「ありがとう、秋蘭。茶菓子は……」
「ここの棚よね。あら、新作?」
棚を指差そうとしたよりも先に、華琳が扉を開けている。
「それはダメだ。材料を作るのに一苦労したんだ。おい、頼むから、人の話は聞いてくれ」
華琳は取り出したものは、バターをふんだんに使ったパウンドケーキだ。
錬成を使わずにバターを作ったらどのくらいかかるかと試したのだが、正直疲れた。機械化万歳。
「いいじゃない。どうせ、試食させるくせに」
「そいつは試作しなくても材料さえ揃えば、すごく簡単……って、勝手に食うな」
摘み食いをされたは声を上げるが、華琳は全く気にしていない。
「干した果物を入れてあるのね」
摘んだケーキを口に運んだ華琳に、はため息を吐いた。仕事の合間を人の部屋で過ごすなと言う訴えは色々諦めたのだ。
「そんな仕草すらも可愛いと思わせてしまうあたり、美人さんは実にお得だがな、摘み食いはやめろ。今、用意するから」
それに何だかんだ言っても、毎日茶菓子の用意をしているのだ。これも諦めた方がいいんだろうなぁと思って、切り分ける用のナイフと皿と竹で作ったフォークをとりだした。
「……は国に恋人とか居なかったの?」
「はぁ?」
もう少しで指を切りそうになってしまう。
「どうなの?」
「残念ながら。ほら、摘んだ所は責任持って食べろよ」
何を言っているんだかと思いつつ、切り分けたケーキを皿に載せて華琳の前に置いてやる。
「蜂蜜と果物の焼き菓子だ。乾燥果物を果物の酒で戻して入れてある。少し大人向けだな」
秋蘭の前にも同じものを一皿差し出した。
「春蘭の分はこれだ。後で渡しといてくれ」
酒で湿らせたガーゼのような薄い布で包んだケーキを皿に載せて、秋蘭に手渡す。
「ああ、ありがとう。姉者もきっと喜ぶ」
姉の喜ぶ顔を思い浮かべて秋蘭は微笑を浮かべた。
「盗賊?」
お茶を飲みながら聞かされた物騒な話に、長椅子にゴロリと身体を横たえたままのは眉を顰める。
「ええ、最近増えているのよ」
「ん~」
は三国志を振り返り、ソロソロ黄巾党の季節だったかと考える。
「どうしてだと思う?」
口元に楽しげな笑みを浮かべる華琳に、はニヤリと笑って応える。
「口には出来ない本当の理由をわかってるくせに。聞くなよ。朝廷が衰えて危機管理も出来なくなっている状態だから、なんて言えないだろ。一応は漢の臣下をやってる人間の前で」
「……」
「おお、つい。俺って素直だから」
秋蘭のため息に似た呼びかけには肩をすくめた。
「で、春蘭はその討伐?」
「そうよ。次回の討伐は大きくなりそうだから、貴方も来なさい」
「……何言ってるかな、この覇王様は」
冗談じゃないと言外に含めてみたのだが。
「決定は覆らないわよ。首に縄をかけても連れて行くから」
「俺は痛いのが嫌いだって言ったろ」
「意見が聞きたいのだから、前線に立てとは言わないわ。私の側に居なさい」
「世の中には万が一とか不慮の事故という言葉があるのは知っているか」
「知っているけど?」
それが何?と言わんばかりの口調に、は盛大にため息を吐いた。
「……わかった。その代わり、特別手当を要求する」
「内容によるわね。言ってみなさい」
「俺専用の工房が欲しい。建物は俺が用意するから、城内に土地だけくれ」
「いいわ。東の一角に東屋があるわ。その辺りを使いなさい。詳しい大きさは後で一緒に行って決めましょう」
「助かる。いつまでも厨房を間借りするのも悪いと思っていたんでな」
変わらない上からの物言いに、は笑って答えた。
「しかし、いつの間に資金を貯めたのだ?この間の分だけでは足りぬだろう?」
「ああ、計算機使い方講座の受講料を払ってもらったのさ」
長椅子に転がっているの言葉に秋蘭はなるほどと頷いた。
「どんな建物にするか考えてあるの?」
「それは広さを確認してからかな。まあ、欲しいものは幾つか考えてあるけど」
基本建築材料は燃えるゴミになっていた木管や竹管を再構成する予定だ。あとは、岩の固まりを分解したりと、あまりコストはかからない。分解&再構成万歳。
「最低限、台所と工房があればいい。細かいところはこれから詰めるさ」
そして、きっとそこから様々なものが産み出されるのだろう。主に目の前の覇王様のために。
「しかし、これでも初陣か」
「実に不本意ながら、そういうことになるな」
は肺腑の奥底から全力でため息を吐いた。
「この間の『鐙』があるのだから、馬には乗れるようになったのでしょう?」
初めて厩舎に連れて行かれた時に、が作り出した足を置くだけの部品。
それは歴史を先取りするものだった。
「春蘭の厳しい指導もあったしな。だが、あれを全軍に配備するのは少し待った方がいい」
華琳はの言葉に眉をしかめた。
あれはとても騎馬兵の質を底上げできる、まさに切り札のような存在なのだ。
「全軍には、と言っただろ?切り札を切るならば、更に奥の手を用意してからだ」
は今まで転がっていた長椅子からゆっくりと身体を起こした。
「あれは他の軍でも簡単に真似が出来る」
「……そういうこと」
華琳は小さく頷いた。
一見して作り方がわからないものと違い、あれは簡単に再現が出来てしまう。
そうすると折角の切り札も全軍が持つことになってしまう。
「騎射が出来る部隊を持っておくのは悪くない。秋蘭のところが適任だろうな」
「そうね。今回の討伐が終わったら、編成を考えましょう」
「じゃあ、そろそろ仕事に戻れ」
の提案に頷いた華琳に、青年はぐっと親指で扉を示す。
「何よ。そんなに追い出したいの?」
「そういう訳じゃないが……」
出来れば美人二人と密室っていう状況を何とかしたいのだが、素直に言っても聞いてくれないだろうなぁと思うわけだ。
これが春蘭なら簡単に言い包められる自信があるが、相手がこの国で最も捻くれた人だし。
「今、何を考えたの?」
「頼むから、人の思考を読もうとするのは止めろ。そろそろ文官の爺さん達が泣き出す頃だろうなと」
は古参の彼らと仲良くなる事に成功していた。
彼らの権益を侵すつもりはないという意思と、知らない事は素直に学ぼうとする行動と、何よりも甘いお菓子の手土産が彼らの心証を良くしていた。
「ということで、帰ってください。お願いします」
「仕方ないわね。ああ、夕食は一緒に食べなさい。いいわね」
「……Yes,my master.」
座っていたソファ(謹製)から立ち上がる華琳に、は苦笑まじりに答える。
「何?」
初めて聞く言葉に華琳は眉を潜めた。以前聞いたものは思わず絶を振り下ろした代物だった。
「Yes,my master.『了解しました。我が主』という意味だ。華琳には似合うからな。是非一度言ってみたかった」
「そ、そう」
目の前の青年に『我が主』そう呼ばれる事が正直嬉しい。
「ああ、華琳は俺にとって理想の主だからな」
子供の頃は理解できなかったが、今なら分かる。彼女は『王』なのだと。
何かに納得したように、実に満足したと言わんばかりの笑顔で頷く。
それを見た華琳が顔を真っ赤に染めた。
「~~~!秋蘭、戻るわよ!」
「はい、華琳様」
まるで怒ったように言い放って部屋を出て行く華琳と微笑んで彼女に従う秋蘭を、ため息を吐きながらは手を振って見送る。
「さて、夕食までにトランプの試作品を作っておくか。食後に一杯やりながら勝負というのもいいな。……しかし、華琳の怒るツボは未だによくわからんな」
机の中から製作途中だった紙製のカードを取り出して、朴念仁の魔法使いは作業を始めた。
夕食後のゲーム大会が凄まじい事になったのは言うまでもない――――
戦乱勃発前夜。というところでしょうか。
着実に上層部を餌付けしている模様の、魔法を全く使っていない魔法使いの主人公君。
この時代、甘いものは最高級品だからね!
次回はあの軍師とあのちびっ子が参戦予定。
コメント by くろすけ。 — 2010/06/06 @ 19:35
やー華琳がいい感じで可愛くなってきてますねぇwwここの華琳は桂花が理不尽に真田を罵倒しようもんならマジギレとまではいかなくともお怒りになりそうな気がするんだZEww
先日マクロス更新してたからしばらくはないと思ったがいい意味で予想を裏切ってくれましたね!?一日一回はチェックしてますぜww?ふふふ喜三郎はいつも見ていますよ?・・・・すんません調子乗りましたww
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2010/06/07 @ 02:21
> ヨッシー喜三郎様
覇王様万歳でお届けしております、「全力で神様を呪え。」です。
日々チェックしていただいてありがとうございます。
いやー、少し間隔をあけてからの方がいいかなーとも思ったんですがねー。
週末ゴロゴロしながら打ち込んでいたら、いい具合に書きあがっちゃったのですよ。
まあ、可愛い覇王様は共有財産ということで(笑)、公開になったわけですね。
これからもよろしくお願いします。
コメント by くろすけ。 — 2010/06/07 @ 10:33
いつも楽しみにして読んでいます。
三度の飯より華琳様が大好きな私にとって、この夢小説はまさにドツボですw
それにしても華琳様可愛いなぁ、このまま主人公とどんな関係になっていくのか楽しみですw
個人的にこの主人公は風ともすごく仲良くなりそうな予感ですw
これからも,すべての小説の更新を心待ちにしております。
コメント by なぎ — 2010/06/08 @ 00:55
>なぎ様
コメントありがとうございます。
このまま主人公君には、覇王様の隣に立てる人くらいに成長してもらいたいところですが……。
風とはきっと昼寝仲間(笑)で、季衣や流琉と同じく庇護対象になるのではないかと想像中です。
更新の方はまったりお待ちいただければ幸いです。
コメント by くろすけ。 — 2010/06/08 @ 11:10
華琳様万歳!
若干主人公が華琳のカテゴリーが脳内で決定してきだしてますね~
しかし、上層部の皆様を武力での存在確定ではなく、食での確定でしてしまうなんて…
自分も風とのマッタリ雰囲気はいいですね~
コメント by 蒼空 — 2010/06/10 @ 20:01
>蒼空様
美人が寝台に寝転がってるんだから、何らかの反応を示そうよ。
と突っ込みたい主人公だったりしますがよろしいでしょうか?
覇王様的には、とても面白い拾い者と思ってます。
そして、胃袋を掴んだ人間は最強です!(笑)
コメント by くろすけ。 — 2010/06/10 @ 23:34