「確か、今日は休みと言っていたわね」
華琳は目の前で気持ちよさそうに眠っている青年を見下ろした。
枕まで用意しているところをみると、いい天気でついというわけではなく、確信犯だ。
「華琳様、こちらでしたか……?」
主を探しにきた秋蘭は、主が見ていたモノを見て呆れた声を零した。
「いくら天気が良いからといって……。第一、刺客に狙われぬとも限らぬのに」
二人で並んで青年を見下ろしていた。
彼の価値をわかってないのは彼だけだ。
最近始めたという菓子店は大盛況で、材料の都合で限定品だというそれらは午前中には完売してしまうという。試作品と称して最初に華琳へ提供される菓子は、どれもが美味しい。
「ん」
うるさいぞ、と言わんばかりにゴロリと寝返りをうって背中を向ける彼に、華琳の口元が引きつる。
「蹴り起こしてやろうかしら」
「華琳様……」
さすがにそれはと秋蘭が言い掛けた時。
青年の上着から音楽が流れ始めた。
「もう時間か……」
は身体を起こして目の前にいた二人に軽く手を挙げた。
「用があったのなら起こしてくれて良かったのに」
「今の音楽は何?」
「ん?ああ。こいつの事か?」
がポケットから取り出した黒い板を何度か触ると、先ほどと同じ音が鳴り始める。
「妖術の類か?」
「いや、機械仕掛けだが……。せめて天の国の術という事にしておいてくれ。頼む。それで、美人がお揃いでどうした?」
「人が忙しく働いているというのに、昼寝を決め込んでいる男を見つけたから、蹴り上げてやろうかと考えていたところよ」
「非番の日に昼寝くらいしても許してくれよ。俺はてっきり味見にきたのかと」
「何?」
「この間、言っただろう?行軍用に保存の利く食料を考えると。少し摘んでいくか?」
「それだけ?」
「……まったく、覇王様は容赦ない。もう一つ、考えているものがあるけど、意見を聞かせてもらえるか?」
ニヤリと笑う華琳に、は小さく肩をすくめた。
の工房に案内されて待つこと暫し。
「!今日の昼食は何だっ!?」
鍛錬が終わった将軍が、扉を壊れそうな音を立てながら開けてくれた。
「春蘭っ!扉はもう少し優しく開けてくれと前にも言っただろう。もう二回も修理してあるんだぞ?」
「お前がもう少し頑丈な扉にすればいいだろう?」
勘弁しろと言いたいの言葉に、春蘭は何を言っていると言いたげに言い放つ。
「いつもそうだと、そのうち俺が城中の扉を直さなくてはいけなくなるから。春蘭が手加減しろ」
「直せばいいではないか」
他人の工房に勝手に入ってくる黒髪の彼女は、さらりとぬかしやがりました。の口元の笑みが黒さを増す。
「ほほう。では修理費は春蘭の給料から引いてもいいよな?華琳」
「そうね。原因を作ったものが支払うべきね」
「か、華琳様っ!?な、何故ここにっ!?」
の影に隠れて見えなかったのだろう。主と妹の姿を見て、狼狽する春蘭が面白い。
ちなみに彼女たちの前には、ビーフジャーキーと炙りベーコンが置かれている。保存用に塩をキツめにしてあるので、冷たい紅茶も添えられていた。
ちなみにの頭の中では、サラミやサキイカなどおつまみ系が構想中だったりする。
いつか麦酒も作りたいと考えているのだ。
「あら、貴女は毎日のように来ているようだけど。私たちは駄目なのかしら」
「い、いえ。そのような……、お前が言ったのかっ!?」
実に楽しそうな華琳の笑みに、春蘭は目の前の青年に食ってかかる。
「昼食をたかりに来る人間が、確実に増えそうな事を俺が言うか。春蘭が『今日の』なんて言うからだろ。ちなみに今日はハンバーガーだ」
ひき肉の塊が鉄板の上で香ばしい匂いを放っている。その隣では、バンズが弱火で炙られていい香りを漂わせ始めていた。
気持ち多めに用意されていたそれらは、春蘭の登場を予期しての事だ。
「もしかして、姉者は日々ここで食事を?」
華琳にからかわれる春蘭を見ながら、調理するの隣に立った秋蘭は彼に尋ねる。
「俺が居る時は大抵、な」
「それは、その……」
申し訳なさそうな秋蘭には笑って答える。
「いいさ。材料費は給料から天引きしているし。一人分だけ作るよりは無駄も減るしな。何より、実に旨そうに食ってくれるので作りがいがある。秋蘭も仕事が忙しくても、昼食くらいは食べに来て感想を聞かせてくれると助かるな」
「が仕事を手伝ってくれれば、もう少し楽になるのだが」
少し恨みがましい目で見つめると、は春蘭を見つめた。
「君のお姉さんに自分の仕事は自分でやれと言ってくれ。そうしたら、秋蘭の仕事を手伝える」
「……すまん。よろしく頼む」
「早いところ、使える文官を探さないと手が回らなくなりそうだな」
は曹操の将として名高い面々を思い出してみる。
軍師なら荀彧とか程昱とか郭嘉とか。
将軍なら曹仁とか徐光とか許緒とか典韋とか。
今ならまだ仕官してない面々もいるだろうから、今のうちに青田刈りってのもありなのかと考えてしまう。
「この間、文官の試験を何人かしてただろ?使えそうなのは?」
「しばらくは様子見だ。本当に使えるかどうかはこれからだ」
「なるほど。武官みたいに春蘭に一撃判定してもらえれば楽なのにな」
秋蘭と話しながらも、の手は動き続け、3個のハンバーガーを作り上げる。
「ほら、出来たぞ。熱いから気をつけろよ」
「これが、はんばーがー?」
「ああ、これなら移動しながらでも食べやすいだろ。肉も野菜も炭水化物もバランス……均等によく取れる」
つい英語を使ってしまい、言い直すのは最近の癖になっていた。いかに我が国が柔軟に、外国文化を受け入れてきたかの証だろう。
本当はトマトとレタスが欲しいが、手に入らないので代わりに、大根おろしの水分を絞ったものと葉物野菜を乗せ、柚子果汁と醤油とみりんにトロミをつけてソースにしてみた。和風バーガーの中華風アレンジといったところか。
「是非とも感想を聞かせてくれ」
そう言って鉄板に向き直り調理を続ける青年の背後で、三人は椅子に座って差し出されたそれを珍しそうに眺める。
「……へえ。これはなかなかね」
「ええ。とても美味しいです」
味わって感想を述べてくれる華琳と秋蘭の横で、春蘭が気持ちのいい食べっぷりを披露している。
「それで、どうだった?」
十数個のハンバーガーを作り終え、漸く自分の口にそれを運びながら、はニヤリと笑う。
「悪くないわ。それに、これなら行軍中でも片手で食べられるわね」
「ああ、旨かった」
「これだけ食っておいて不味いなんて言われたら、ふざけんなと机をひっくり返せそうな食いっぷりだった」
作った大半が、春蘭の胃袋に消えたのだから。
「全く……口元にタレがついてるぞ」
「ん?そうか?」
「ここだ」
首を傾げる春蘭の口元をの指が掠めた。
そのまま、指についたソースを舐めたりするから、ここからが大変だった。
「?何をしてるのかしら?」
「何って……むしろ、俺が何を怒られるのか教えてくれ」
いくら朴念仁の彼でも、彼女達が怒っているのは理解できる。
「春蘭、秋蘭、この男を日暮れまで……」
「ちょっと待て!この後に俺特製新作甘味がある!それで許してくれ!」
先日行われた城内限定リアル鬼ごっこの再来は勘弁してもらいたい。
は逃げる体勢を整えながら、必死に頼み込んだ。
「……いいわ。ただし、不味かったら」
「俺が不味いもの出したことあるか?」
「……それは、それで腹立たしいのよね」
華琳の言葉に苦笑しつつも、危機回避の成功には内心ため息を吐いた。
「今日がいい天気で良かった。外の東屋で待っててくれ。すぐに用意する」
その後、牛乳アイスの果物パフェが女性陣の心を見事に鷲掴みにする光景を、は苦笑しながら見ることになる。
もちろん、元ネタは公式小説です。
そして、春蘭の餌付けは完成している様子です(笑)
魔法の描写は出てきませんが、氷は魔法で作り出してます。
工房にはちょっと大き目の冷蔵庫が置かれています。
冷凍庫はまだありませんが、魔法で凍らせてあります。夏でも毎日カキ氷です(笑)
コメント by くろすけ。 — 2010/07/12 @ 16:42
ちくしょう更新見逃してた!しかし、これが一度目の拠点フェイズってわけですな?
まさかの華琳、秋蘭、春蘭の3人を別々に連続更新とはうれしいですねぇww
先生しつもんでーす、途中名前が挙がった曹仁や徐光さんは出す予定はあるんでしょうか~?
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2010/07/13 @ 13:29
>ヨッシー喜三郎様
コメントありがとうございます。
そう、拠点フェイズ第一弾です。いや、第二弾以降があるとは誰の保障もないんですが。
春蘭のフェイズは馬術訓練だったんですが、まだまとまってないので現在保留です。
つまり[肆-壱]は三人のフェイズなわけですよ。春蘭の話も書けたらUPしますねー。
そして、質問の答えですが……これ以上人数増やしたら、私の頭が追いつきません(笑)
特にオリジナルの人を出す予定は今のところないで~す。
コメント by くろすけ。 — 2010/07/13 @ 13:56
やはり甘味は女性に対しての絶対的な威力を発揮しますねぇー。
氷が出来るということは、アイスとかき氷の中間?であるシャーベットでの反応も面白そう…
そしてなにより、どなたかの氷嚢での風邪ひきイベントの布石なんですね!?(秋蘭が良いナー
コメント by 蒼空 — 2010/07/31 @ 22:06
>蒼空様
こちらにもコメントありがとうございます。
甘味最強ですよね。
夏は甘めのお酒を凍らせて…とかもおいしいんですよねー。
ゼリーとかプリンとか……あまりの暑さで私が食べたい日々ですけど。
いいですね。風邪引きイベント……一番倒れそうなのが、主人公なんですけどね。
コメント by くろすけ。 — 2010/07/31 @ 22:26