全力で神様を呪え。[参-参]

「これが馬か~」
は厩舎に案内されてズラリと並ぶ生き物を眺めた。
「馬に乗るのは、初めてなのか?」
興味深そうに見回している青年を見て、春蘭は首を傾げる。この時代ならどこにでもある移動手段の一つである。
「俺の国で彼らに乗っているのは限定された人たちだ。移動手段はもっと便利なものに代わっているからな。で、君たちの馬は?」
「ああ、こっちだ。ついて来い」
春蘭の後ろをまるで子供のように楽しげに付いてゆく青年の後ろを、華琳と秋蘭がやれやれと言いたそうな表情で歩いていた。
いつもは落ち着きのある黒髪の青年は、時々子供のような表情で魅せるのだ。

「へえ、綺麗だな」
華琳達の馬は、やはりというか、特別に扱われていた。
「触らないの?」
「咬まれるのは遠慮したい」
としては触れてみたい。だが、初めて見る人間を前に耳を伏せ、警戒心を露わにする動物に触れたいとは思わない。
「あら、初めての割に詳しいのね」
「乗るのは初めてだが、本は世界中のいろんな事を教えてくれる。だが、本当に綺麗な生き物だな」
興味深そうに眺める青年の前で、一頭の馬が華琳に鼻をすり寄せる。
「こら、絶影。やめなさい」
「その子が絶影?」
は聞こえた名前に、華琳に甘えている馬をまじまじと見つめた。
「知っているの?」
「勿論だ!影を置いてゆくと謳われた曹操の愛馬。そうだろ?まずいな、噛まれてもいいから触りたい」
目をキラキラと輝かせるに、華琳は仕方ないわねと苦笑した。
「覚悟を決めてみたら?」
「触っていいのか?では、失礼して」
華琳の言葉に、はじっと絶影を見つめる。
「やっぱり綺麗だなぁ。惚れ惚れする」
優しく微笑む彼に、絶影の方が興味深そうに寄ってきた。
「お?誉めてるのがわかるか?」
驚かさないようにゆっくりと絶影に触れると、その気持ちが伝わったのか。
もっとと鼻先を押しつけてきた。
「はいはい。わかりました」
は笑いながら、自分の何倍も大きな体を撫でていく。
「あの絶影が……」
「人誑しだけではなかったという事ね」
春蘭と秋蘭が唖然と目の前の光景を見つめる中、華琳だけはため息を吐いて愛馬と黒髪の青年を見つめていた。
「よし。そろそろ今日の本題に入ろう。俺を乗せてくれる馬はどこにいるんだ?」
満足したとが振り返る。むしろ絶影の方が、もっと構えと青年と華琳に甘えていた。
「外で、少し待っていろ」

「あの、一つ質問いいかな?」
春蘭の連れてきてくれた馬を見つめて、は小さく首を傾げた。
「何だ?」
「馬具って、これで全部?」
「はぁ?」
「……なるほど」
春蘭の様子に、青年は納得した様子を見せた。
『鐙』がない。どうやら、それが普通らしい。
「ちょっと待っててくれ」
はその辺に転がっていた素材で、歴史を変えるそれを錬成した。
革紐と木製の鐙を繋ぎ、鐙を炭素被膜で覆い強度を跳ね上げる。
「ちょっとごめんな」
馬に一言掛けてから、はその道具を装着させる。
、それは……?」
「鐙っていう、足を置くだけ。ただそれだけの道具だが、こいつの効果は絶大だぞ」
これのお陰で、騎馬兵の突撃攻撃は可能になったと言われているのだ。
「じゃあ、春蘭。お手柔らかに」
無理だろうなぁと思いつつ、春蘭に頭を下げた。

「むう」
その日の訓練が終わってみれば、は寝台に倒れこむことしか出来なかった。
「軟弱な」
そんな彼を運んできた春蘭は、彼を呆れたという視線で見下ろしている。
「いやいや。よくも初めて馬に乗った人間を、一日中引っ張り回してくれたな。普通はこうなると思うぞ」
「初めての割には、落馬しなかったではないか。それはもう、コロコロと落ちると思っていたのに」
「……思ってて乗せたのかよ」
春蘭の言葉に、青年はため息を吐く。鐙があっても何度か落馬して、身体の何カ所かに青あざが出来ていた。
「何を言う。一度も落馬せずに、上達するものか」
「ごもっとも。落馬回数が少なかったのは、偏に鐙のお陰だな」
「それほどか」
「それほどだ。……春蘭、今日はありがとう。とても楽しかった」
意識の半分が眠りの世界へ旅立ちつつあったが、これだけは言わねばと春蘭の手を取った。
「な、何を突然」
「忙しいのに、初心者の手ほどきをしてくれたんだ。お礼くらい当然だろ?春蘭は俺の馬術の師匠だし」
「もう寝ろ。明日も特訓だぞ」
「ああ、そうだな……おししょーさま……」
するりと抜けた手を寝台の上に置いてやりながら、春蘭はどうも憎めない黒髪の青年を見下ろした。
「師匠、だと?こんな軟弱者は弟子にいらんぞ?」
そう言いながらも口元が緩んでいるのを、春蘭は自覚していなかった。

その後、魏武の大剣を師匠とした馬術特訓は5日間行われ、無事人並み程度には馬に乗れるようになった。
行動範囲の広がったが、お菓子の材料を調達に嬉々として一人で城外へ出かけるようになり、警護に関して華琳達が頭を悩ませるようになるのは、当然の流れだったのかもしれない。
「全く、いつもはあれだけ頭が回るのに、どうして自分のことになるとそうなのだ?」
よりにもよって春蘭に怒られて、の心をいい角度で抉った事はまた別の話―――

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後書&コメント

  1. 遅くなりました、春蘭と馬術訓練。
    きっと毎日ズタボロだったに違いありません。
    書きたかったのは、おししょーさまの所だったので、後悔はない。

    コメント by くろすけ。 — 2010/08/15 @ 23:34

  2. コレで、非常用の逃走方法が確立されました。まだ相棒が決まっていませんが…
    鐙なんて作ったら、覇王の騎馬隊がより強~~くなってしましますねぇ~
    秋蘭の馬に鐙つけたら…弓速いし、馬速いし…(怖

    コメント by 蒼空 — 2010/08/20 @ 04:33

  3. >蒼空様
    相棒は普通の馬ですよ?ちょっと良質の馬はまわしてもらえてますが、ごくごく普通の馬です。汗血馬とか格好いいとは思いますけどね~。…馬ですよね?間違っていたら失礼しました。
    鐙は[肆]でもちょろっと書きましたが、おおっぴらにするのはまだまだ先の予定~
    騎射&突撃が出来るようになって、重装騎兵の登場は戦術を劇的に変化させるんですよねー。その辺りの描写が出来ればいいんですが、きっと戦闘シーンはバッサリカットされます(笑)

    コメント by くろすけ。 — 2010/08/20 @ 21:28

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Posted: 2010.07.12 真・恋姫†無双. / PageTOP