「参ったな……」
城の廊下の真ん中で、は書類を片手に立ち尽くしていた。
「こんな所で何をしてるのよ。通路の真ん中で邪魔じゃない」
そんな彼に声をかけたのは、先日晴れて華琳の軍師となった猫耳フードである。
「桂花。華琳を知らないか?」
「何で、私があんたなんかに、華琳様の居場所を教えないといけないのよ」
「知らないのか?」
「そんな事言ってないわ。教えてやらないと言っているの」
「……そっちの方が質が悪いだろ。キャラメルあげるから、教えてくれよ」
「あんた、人をなんだと思ってるのよ」
まるで子供をあやすような青年の言葉に、桂花は彼を半眼で睨みつける。
「何って、……軍師?」
「疑問形の意味を、40文字以内で説明しなさいよ」
「華琳を偏愛する猫耳、を付けようか迷ったから」
その言葉に怒り出す桂花を見下ろしながら、どうするかなと首を傾げる。
「賑やかだな、」
「秋蘭。丁度いい。華琳を知らないか?頼まれてた事があるんだが」
声を聞きつけたらしい彼女に、手にした書類を軽く振ってみせる。
「華琳様は今日はお休みだぞ」
「初耳だ。というか、どんな必殺技を使ったんだ?あの覇王様を休ませるとは」
華琳が休息はとっても、休日をとっているのを見たことがない。
「ふふっ。色々と大変だった、とだけ答えておこう」
興味津々で尋ねるに、秋蘭は微笑むだけでそれ以上は教えてくれなかった。
「なるほど。この件に関しては、春蘭は敵か」
この会話だけでも、それはわかる。
は簡単に想像できた光景に、苦笑を浮かべた。
「なら、これは明日にするか」
「急ぎでないなら、そうしてくれると助かる。なにかあれば、私の名前を出してくれていい」
「いや、大丈夫だよ。明日になれば、これに関する試作品も出来る。それと合わせて提出する」
は木製書類ケースに書類を入れると、いつものバックに収めた。
「すまんな。この後の予定は?」
「特には。とりあえず城下で買い物しようとは思ってる。足りない素材とか新しい工具とか」
「そうか。では、今日の礼に近道を教えてやろう」
「近道?」
「ちょっと!」
秋蘭の言葉に小さく首を傾げたが、声を荒げる桂花の様子で華琳に関することだろうなと、は簡単に想像が付いた。
付いてはいたのだが。
「ふむ。こいつは予想外だ」
目の前には、ハンモックでお昼寝中の覇王様。抱えている本は、どう見ても息抜きに読む本に見えない。それに空を見上げれば、これから暑くなるだろう日差しを感じる。
「どうして、こんなに日当たりのいい場所で……」
辺りを見回し、は苦笑した。
起こしてもいいが、久しぶりの休みを妨げるのも申し訳ない。
「仕方ない。少しずつ分けて貰えばいいか」
は小さくため息を吐いて、華琳へと歩み寄った。
「この辺りに作ればいいか」
青年の言葉に、華琳は思わず何を?と聞いてしまうところだった。
気配を消すつもりもない青年の接近に、彼女は気付いていた。
「イメージ的にはこうだな」
彼が手を叩く音がすると同時に、瞼の向こうが陰るのがわかる。
「これでよし。あとは……」
すぐに涼しげな風が送られてきた。どうやら扇を持っているらしい。
「まったく、少しは肩の力を抜けばいいのに。だが、先頭に立つからこそ、皆が付いてくる。……困ったものだな。我が覇王様は」
起こさないようにと気を使った声と共に、苦笑する気配を感じる。
「こうしていると、年相応の美少女にしか見えんな。まあ、怒っていても美少女にかわりはないんだが、覇王曹操とは誰も思わんぞ。というか、詐欺に近い。頼むから、人の寝台で寝転ぶのをやめてほしいものだ。俺の理性が切れて、ついうっかり襲ったりしないうちに」
続けられた彼の言葉に、もう少しで跳ね起きるところだった。珍しく饒舌なのは誰も聞いていないと思っているからだろう。
「ああ、たまにはいいな。こんな日も」
錬成した即席の団扇で少女を扇ぎながら、彼はしみじみと零した。
「そうね、悪くないわ」
「…いつから起きてた?と聞くまでもないか。近づく人の気配に、君が気付かない訳がない」
扇ぎ続けながら、ハンモックから見上げてきた彼女に笑いかける。
「失敗した。最初に気付いておくべきだったのに」
は自分の失態に、苦笑する以外の術を持たなかった。
「そうね。貴方にしては珍しい失態ね。それで、貴方の記憶が薄れないうちに、聞きたいことが山ほどあるわ。まずはこれは何?」
彼女の横に立った日傘を指さす。
「日除け用の傘だな。昼寝する時は、もう少し涼しいところをお勧めする」
「往生際が悪いわよ。何を分けて貰ったの?」
論点をずらした答えに、華琳は目を細めた。
「ちょっと天の術で、周りからこれを作る素材を分けてもらった。折り畳みも出来る優れものだぞ」
詳しくは教える気がないらしいの言葉に、華琳はため息を吐いた。
「天の術では、仕方ないわね。でも、これをはぐらかすのは赦さないわ。誰が誰を襲うの?」
「……」
黙りを決め込んだ彼は、ふいっと彼女から視線を外す。
「わかっているのに聞くのは、趣味がいいとは言えんぞ」
「あら、正面からはっきりと聞きたい。そう思うことは、いけないことかしら」
実に楽しげな表情の華琳に、は必死の抵抗を試みる。
「そうそう。君に見せようと思ってたものがあって……」
「どうせ、秋蘭辺りに明日にしてくれと頼まれているでしょう?今日は休みなのだから、明日でいいわ」
「また後日、日を改めて」
「だめ、今言いなさい」
距離を取ろうとする青年の上着を掴んで、華琳は彼の逃亡を阻止する。
強引に振り払えば逃げられるが、基本的に甘い彼はそんなことはしない。それを既に華琳は知っていた。
「……ずるいぞ」
「あら、王たる者、このくらいは当然でしょ?」
逃げ道を塞ぎ、波状攻撃を仕掛ける。
戦術的に非常に正しい。仕掛けられた方は、泣きそうだが。
「……等価交換ならいいぞ」
しばらく何かを考えて、がようやく口を開く。
「何か欲しいの?」
「これから城下町まで、買い物に行こうと思っていたんだ。休日の残りを頂けるなら、今一度口にしてもいい」
どうせ言わなくてはならないのならと、取引を持ちかける辺り、青年も抜け目はない。
「いいわ。私も幾つか見てみたいものがあるし。その位は構わないわよね?」
「勿論だ。……では参りましょうか。我が最愛の覇王様」
正面から微笑みと共に告げられて、華琳は顔が赤くなるのを自覚した――――
夕方、華琳の荷物と自分用の食材を抱えて帰った魔法使いの青年が、春蘭をはじめ他の三人にも、詰め寄られたのは当然の出来事かもしれない。
主人公告白の回!?
でも、覇王様は、主人公の寝台に寝転がるのをやめる事はありませんでしたとさ(笑)
さて、次回は三羽烏の1人が登場となります。といっても、まだ顔見せ程度ですけどね……。
コメント by くろすけ。 — 2010/08/31 @ 01:03
平常時でさえ、魅力的な覇王様が寝転がっているとヤバイ確立なのに、疲れているときって本能君が理性君を凌駕する確立は跳ね上がりますよねぇ~
まぁ、その辺を解っていてやってる感はありますが…
しっかし、いぢわるで準告白を強要したのに赤くなる覇王様!非常に美味でした!
コメント by 蒼空 — 2010/09/06 @ 00:36
いろいろヤバイですよね。健全な青少年としては(笑)
勿論、覇王様は確信犯ですとも。だからこそ、主人公は大変です。
そして、追い詰めたのに逆襲される華琳様も可愛いですよねー。
コメント by くろすけ。 — 2010/09/06 @ 01:20