全力で神様を呪え。[伍-弐]

っ!」
穴を開けられそうな勢いで部屋の入り口を叩かれたと思ったら、鍵を吹き飛ばして扉が開いた。
「……鍵の意味が無いな。鋼鉄製に変えるか?いや、先に壁が悲鳴を上げるか」
「何をブツブツ言っている。早く出掛ける用意をするのだっ!」
「……春蘭。俺は今日は非番だから、さっきまで君の敬愛する華琳の為に、色々考えたり試作品を作ったりして、漸く先ほど眠ろうと横になった訳だ。その眠りを邪魔するとは、一体どういう理由か聞かせてもらおうか。理由如何では、向こう三ヶ月、自分の仕事は自分でやってもらう上に、オヤツ抜きの刑に処するので、しっかり考えて答えてくれよ?」
寝入り端を叩き起こされた青年の笑顔は、馬術の師匠を素直に謝らせるくらい真っ黒だった。

「……という訳でな。姉者にも悪気はないんだ」
秋蘭の説明によれば、華琳のお気に入りの菓子店があるらしい。甘味処では、中華菓子に手を出していない。既存のお店との競合は避けたかったのだ。
「なるほど。中華菓子か。で、お1人様1個なので、華琳の為に非番の俺を連行しに来たと」
秋蘭の説明に、寝台の上に座っていたは、納得したと頷いた。
「うむ。華琳様の事となれば、姉者は止まらぬのでな」
「それは止めるつもりがある人の言葉だぞ?まあ、そういう理由なら、手を貸すのは問題ない。だが……」
「だが……、な、なんだ?」
チラリと視線を向けられて、ソファの上で正座している春蘭は、不安そうにを見つめる。
「昨日のうちに言っておいてくれれば、俺も早めに寝たんだが?」
「あ……」
考えてませんでしたとばかりの表情に、も苦笑するしかない。
「次回は、前日までに伝えておいてくれ。じゃあ、着替えるから、悪いが外で待っててくれるか?」
「!うむ。早くするのだぞ」
目当てのものを手に入れられると喜んだ春蘭は、急いで立ち上がり扉の外へと向かった。
「秋蘭も。君の姉が可愛いのは、よく分かったから」
「見られて減るものでもなかろうに」
「……等価交換なら、考えてもいいぞ?」
「いいのか?」
秋蘭はの身体をじっくりと眺める。
「……すみません。恥ずかしいので、出て行ってください」
頭を下げる青年に秋蘭は楽しげに笑って、姉の後を追った。
はもう一度ため息を吐いて、吹き飛ばされた鍵を手に、扉に向かって両手を合わせた。

まだ市場しか開いていないほどの、早朝にも関わらず。
「こんなに朝早くに、ここまでの行列が出来るとは。よほど美味しいんだな。今度、俺も買ってみよう」
「……ちなみに、甘味処はもっと凄いぞ?今日は休みだから、見ることは出来ぬが」
感心するに、秋蘭はため息混じりで答える。
どうしてこの男は、自分に関することには鈍いのだろう。
「そうなの?近隣の方々に、一度挨拶に行った方がいいかな?」
こんな早朝から、家の前でガタガタ言われたら、文句の一つも出るだろう。
「整理券、作るか。偽造防止も考えないといけないが、まあいいだろ」
「なんだ?整理券とは」
「木の板に番号を書いた札を渡しておく。後で、その札を持ってきた人に販売するんだ。その日の営業時間内なら、いつでも交換可能。そうすれば、買うまで並んでなくていいだろ?」
春蘭に簡単に説明しつつ、はいつもの手帳に書き込んでおく。色々問題点はあるが、検討する価値はありそうだ。
「便利なのか?」
「そうだな。例えば待ち時間を使って、別の店に並べるとか」
は店が開くまでは動かない列を見て、壁にもたれ掛かった。
「少し寝てるから、列が動いたら起こしてくれ」
「うむ。任せておけ」
「よろしく」
秋蘭の言葉に、は笑って目を閉じた。

「ふむ…」
春蘭は目の前で立ったまま眠る青年を見ていた。
広野の真ん中で出会った彼は、見たこともない格好をして、訳の分からない事を言う不審な男だった。だが、彼女の主である華琳と、互角に論議する姿は今でも鮮明に思い出せる。
「姉者。見すぎだ」
「……秋蘭はどう思う?」
秋蘭に言われても、春蘭はから視線を外さない。
「そうだな。味方で良かったと思うぞ」
一見、普通の青年に見える彼が、今や首脳部に欠かせぬ存在である事は疑いがない。古参の者も最初の頃こそ厳しい視線で見ていたが、今では彼の意見を進んで聞きに行くほどだ。
何より彼が華琳を特別扱いしているのを、皆が知っていた。
「時々、どうしてくれようかと思うほど鈍いが」
「うむ。時々、こちらがヒヤリとする事を、平気でする。馬に乗れるようになって、すぐ姿を消したのには驚いたぞ」
「ふふ。そうだな。あれは何とかせねば」
以前、ふらりと出掛けて三日帰ってこなかった件については、今でも忘れられそうにない。帰ってくるのが、後一刻遅かったら、領内全てに布告を出すところだった。
大量の食材を抱えて、幸せそうに帰ってきた青年に、特大の雷が三つ落ちたのも当然と言える。
「その上、甘い」
「甘いか」
「うむ。季衣の時の件で、よくわかった」
「季衣と初めて会った時の、あれか?」
「一瞬、避けようとして、止めたのだ。……直線上に華琳様と桂花がいた」
「……なるほど」
華琳はともかく、桂花では避けきれないと判断したのだろう。
「まあ、その辺りは師匠が見てやらねばなるまい。全く、不肖の弟子を持つと苦労する」
「姉者も大変だな」
「?何を人事のように。秋蘭もこやつの師匠だと聞いたぞ?」
「私もか?」
「ああ。文字と料理を教えて貰ったと、まるで子供のように報告に来た」
「……なるほど」
目を細めて笑う春蘭の言葉に、その様子が手に取るように想像できる。
「ああいう時のは、いつもの落ち着いた姿が嘘のようだな」
「全くだ」
「だが、あの表情を向けられるのは、華琳様と私達だけだぞ」
「そうなのか?」
「うむ。季衣には、保護者たらんと思っているようだし、桂花は顔を合わせればアレだしな」
「……我らだけか」
無自覚に緩んだ春蘭の表情に、秋蘭も口元を和らげた。

。そろそろ店が開く。起きてくれ」
「ん、んー。……ああ、よく寝た」
秋蘭の声に、は目を開け、大きく体を伸ばした。
「ほら、動くぞ」
「ああ、すまない」
春蘭に手を引かれて歩く寝ぼけ眼の青年を見ていると、天の御遣いと呼ばれる男には全く見えない。
「しゃんとせんか」
「難しいなぁ。今、寝台に倒れ込んだら、一瞬で眠れる自信がある」
「そんなところに自信を持ってどうする。知略や武勇に自信を持て」
頷きながら答える青年に、春蘭は少し呆れたようだ。
「……冷静に考えて、両方無理だと思わないか?秋蘭」
「そうか?武勇はともかく、知略は結構いけるのではないかと思うが?」
「そっちは桂花がいるしなぁ。ま、猫の手よりマシだろうけど。それ以前に、戦場で気絶しないようにならんと、役に立たんだろ」
初陣で意識を飛ばしたことを思い出し、は小さくため息を吐いた。
「まあ、そうだな」
そんなことを話していたら、いつの間にか前の列は消えて、無事に菓子を買うことが出来た。

「無事買えて良かったな、姉者」
「うむ。もご苦労だったな」
目当ての物を買えた春蘭は、上機嫌だ。
「それは良かった。俺は早く帰って、寝たい」
あれだけの列があったのに、時計の針はまだ九時を示している。今から帰れば、三時間は眠れる。
「そうか。華琳様の服を見に行くので、大丈夫なら意見を聞きたかったのだが」
「華琳の服か……。布を扱ってる店に寄っていくか」
は少し考えて、進行方向を変えた。
「服も作れるのか?」
「実は初挑戦だ。華琳はやっぱり黒系が好きか?」
「そうだな。落ち着いた色を好まれるな」
「そうか。では、やはりあの辺りか」
青年の脳裏には、ゴスロリと軍服が浮かぶ。
?どうした?」
突然にふらりとよろめいた青年に、春蘭が声を掛ける。
「……いや、大丈夫だ。たぶん」
ちょっと想像しただけで、破壊力は絶大だった。
「まあいいか。華琳が気に入るとも限らん。作ってから、考えよう」

寝ぼけた頭で下したこの決断で、彼は後悔先に立たずの言葉を思い知ることになるのだが、それはまた別の話―――

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後書&コメント

  1. 想像してください!
    私から言えるのは以上です(笑)

    コメント by くろすけ。 — 2010/09/14 @ 01:27

  2. わかりました

    無理です耐えれませんorz

    と冗談はおいておき初めての書き込みです(゚▽゚)/

    コードギアスがまだメインだった頃から読まして楽しませて頂いてます(アリアで検索して発見しました)

    多分最初に読んだみたいですので打ち込んでいます。

    一応報告を
    初陣で意識を…のくだりが名前変更出来てません

    最後になりますが元ネタをあまり知らなくても楽しく読んでいます。(これも女性の三国志くらいしか…)
    これからも無理せず作品発表お願いします。

    発言に無礼がありましたら許して頂ければさいわいです。

    コメント by 涼斗 — 2010/09/14 @ 02:36

  3. >涼斗様
    初コメントありがとうございます。
    ご報告ありがとうございました。遅くなりましたが、修正いたしました。
    今後とも末永くお付き合い頂ければ幸いです。

    コメント by くろすけ。 — 2010/09/14 @ 22:13

  4. イッメェ~~ジ!!イッメェ~~ジ!!
    だめだぁ~!!イメージの定着が出来ないっす。
    そして、何故か黒豹のイメージが出てくるんですが…耳と肉球と尻尾を装備した奴が…

    コメント by 蒼空 — 2010/09/16 @ 15:20

  5. >蒼空様
    それでも想像してください!
    主人公は特にコスプレが好きな訳ではないので、以後は普通に女の子用の服を開発する予定です。……私は嫌いじゃないので、想像して楽しむ予定ですがね(笑)

    コメント by くろすけ。 — 2010/09/16 @ 16:27

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