全力で神様を呪え。[漆]

「ついに始まったか」
最近、報告にあがるようになった『黄色の布』が、彼の目の前に広げられていた。
「黄巾党の乱かー」
まさかこの目で見ることになるとは。は工房でサラミを作る用意をしながら、しみじみと呟いた。
因みにこのサラミ。今では兵士達の間で、一番人気である。ちょっと辛いところが、酒の摘みに最高なのだそうだ。
「まあ、俺はあんまり酒飲まないんだけどな~」
「そうだねー。兄ちゃん強いのに」
黄色の布を持ってきた季衣が、の言葉に相づちを打つ。
「飲むのはいいが、それに附随するバカ騒ぎが苦手なんだよ。俺は静かにひっそりと生きてたい」
「……無理だと思う。春蘭様がいるし」
「……ああ。あの虎には参ったよ」
季衣と桂花の歓迎会を開いたときの事は、もう笑うしかない。酔っ払って猫になった春蘭だけではなく、冷静に見える秋蘭の方が、実は質が悪いとか。宴会最中にいちゃつき始めた華琳と桂花とか。
教育上、大変よろしくないと判断したは季衣を連れて、早々にこっそりと戦線を離脱した。
「季衣は、ああいう大人にはならないでくれよ。それで?何か用事があるんじゃないか」
「僕は華琳様に、兄ちゃんにこの布を見せてこいって言われただけだよ」
「……」
華琳の名前に肉に伸ばしかけた手を止めた。
「兄ちゃん?」
「これは後にしよう。そして、何らかの手土産を……お、丁度いい感じだな」
肉を冷蔵庫に戻して、奥から白い固まりを取り出した。
「よし、季衣。一緒に行くぞ。それ、忘れないようにな」
は取り出したものを竹皮で包むと、季衣に机の上にある黄色の布を指差した。
「うん」
「あー、後な、季衣。今度は華琳絡みの話は早めに教えてくれ」
工房に鍵をかけて、こっそり結界も張り巡らせて、華琳の執務室へ向かう。
「でも、華琳様が急ぎじゃないみたいに言ってたよ?」
と並んで歩きながら、季衣は話を聞かされた時のことを思い出す。
「それでも、頼むよ」
「?よくわかんないけど、兄ちゃんがそういうなら」
「ありがとう。よろしくな」
素直な言葉には、季衣の頭を軽く撫でた。

華琳の執務室前に、親衛隊の一人が立っているのを見て、は扉を軽く叩き、返事を待たずにそれを開けた。
「華琳、邪魔するぞ」
「返事を待たないのは珍しいわね」
「待っていましたと、言わんばかりの態度で言われてもな。頻度はどのくらいだ?」
華琳の机の上に冷蔵庫から取り出した、白い固まりを置きながら単刀直入に用件を切り出す。
「今は10日に1回、問題を起こすわね。それは?」
「そいつは拙いな。これはかまぼこという。魚の擂り身を蒸し上げたものだ」
間隔が狭くなってきている事実に、青年の眉間に皺が寄る。
「そうね。だからこそ、季衣に持って行かせたのよ。どうやって食べるの?」
華琳の視線は、白くて弾力のある塊に釘付けだ。
「首脳部を集めて話し合いたい。今日出掛けてるのは?今、用意しているから、もうしばし待て」
手を伸ばそうとする華琳を牽制しつつ、他の首脳陣のスケジュールを確認する。脳内の予定帳では、全員いるはずだが。
「今日は全員いるわ」
「そうか、良かった。では、今すぐ君の命令で集めて貰おう。君の名を、国中に広める絶好の機会がやってくると」
は優しい、だが決意を秘めた視線で、目の前の覇王様を見つめた。

「華琳様、兄ちゃん、春蘭様達を呼んできましたよ~」
しばらくして、季衣が全員を連れて戻ってきた。
「華琳様、お呼びに参上いたしました」
まずは春蘭が入ってきた。を見つけると、軽く手を挙げてくる。
「失礼いたします、華琳様」
桂花はに気付いても、華琳にしか挨拶をしない。
「遅くなりました、華琳様。また新しいものを作ったのだな、
華琳に軽く頭を下げた秋蘭は、料理も出来る。だから、初めて見る料理に興味津々だ。
「酒の肴だな。島国で魚介類の豊富な俺の国では、非常にありふれた食材だよ」
覇王様の机の上には、板ワサが醤油を添えられて置かれていた。
「緑のをちょっとだけ乗せて、こっちの醤油を付けて食べる。緑のを乗せすぎると泣きを見るぞ」
「これも初めて見るな。何だ?」
ツンと鼻につく香りに秋蘭は覚えがない。
「山葵といって、清流にしか生育しない植物だ。すり下ろして薬味にするんだ」
「ぴりっとした面白い味よ。ただ付けすぎると、大変なことになるでしょうね」
華琳は冷茶を手にヒョイと摘む。
それだけの動作だが、実に優雅で隙がない。

「さてと、ではそろそろ本題に入りましょうか」
板ワサを摘みに少し歓談した後、華琳が表情を改めたことで会議が始まった。
「黄色い布の賊の事よ。
「了解」
華琳に促されて、が話し出した。
「まずは、毎回黄色の賊というのも何なんで、黄巾党と名付けようかと」
「黄巾党ね、悪くないわ」
華琳の言葉に苦笑する。元々、彼女達が付けた名前のはずだから。
「俺の知識では、彼らは今後全国に広がる反乱となる。だが、王朝の対応は後手後手に回るから、暫くは討伐令も来ない」
は呆れるように首を振った。
「そういう事で悪いけれど、常に動ける部隊を作っておいて。少しの隙間も作らぬように。後手に回るのは仕方ないとしても、即応出来るように」
「は。何とか対応しておきます」
華琳の言葉に、桂花と秋蘭が頷く。
「食事の面では、俺の方からも便宜を図る。不寝番には甘い物を提供しよう」
「ふふ、それはそれで困るかもしれぬな」
提供の甘味。そう聞いただけで、不寝番への希望が増えてしまいそうだと、秋蘭は笑った。
「後は季衣ね」
「へ?僕ですか?」
「最近働きすぎだ。適度に身体を休めるのも、大切な仕事のうちだぞ?」
華琳の言葉を引き継ぎ、は季衣の頭を言い聞かせるように、軽くぽんぽんと叩く。
「でも……」
「季衣が自分の村と同じ境遇の人たちを、守りたいのはよくわかる」
は言い聞かせるように、季衣の前に膝を突いて視線を合わせる。
「でも、春蘭や秋蘭もいるし、桂花も策を立ててくれる。それでも、まだ頼りないかな?」
「そんなこと!」
「もう君一人だけが戦う必要は無いんだ。そうそう秋蘭、俺も補佐くらいは出来るようになったから。編成に組み込んでくれると嬉しいな」
頷いてくれた季衣の頭を撫でて、秋蘭を振り返る。
「いいのか?こちらとしては嬉しいが……」
「あれから春蘭に頼んで、何度か賊討伐に連れてってもらった。戦場で倒れることはないと思う」
「どうなの?春蘭」
「は。武人としては全く役には立ちませんが、軍師としてなら問題ありません」
華琳の問いかけに、春蘭が誉められているのか、貶されているのか、微妙な評価を口にした。
「俺の師匠は突撃が好きなんで、残された部隊の指揮とか随分慣れたよ……。これが習うより慣れろってやつだな」
春蘭の言葉に苦笑いしつつ、は肩をすくめた。春蘭の副官さんとは随分と仲良くなった。
「そう。春蘭がそういうなら、間違いないでしょう。桂花、今後はも組み込みなさい」
「御意」
桂花の事だ。扱き使われそうだが、華琳の手前、無理や無茶はさせないだろう…と、青年は神様以外の何かに祈っておいた。
「だが、その前に一つしておきたい事がある。それが終わってから、俺を編成に組み込んでくれ」
「何?」
「重装騎兵部隊を作りたいから、馬を探しに行ってくる。上手くいけば、鐙の後に切れる奥の手になる。秋蘭の騎射部隊とは別にな」
「では、春蘭の部隊に任せることになるわね」
「馬を乗り換えてもらうことになるぞ?」
「希望者を募るとしよう。馬に愛着のあるものもいるからな」
秋蘭の提案に、は頷いた。
「では、それで。しばらく行動を共にしたが、他に最適な部隊はない。準備に時間がかかるから、今回の件には間に合わないが、装備品は俺が腕によりをかけて仕上げよう。部隊は任せていいかな?お師匠様」
「ふん。言われるまでもない」
「速さよりも、力強さ、頑丈さ優先で馬を選ぶ。とりあえず百騎を目指して、最終目標は千」
まずはベルギーまで行って、重量級の馬を探してみるか。舞空術で空から探せば、十日くらいでいけるだろうか。
「その後はどうするの?」
「馬を調達した後、歩兵の装備を考えておく。武将が増えた時の事もあるし。だが後は、黄巾党が片づいたらだ。……実際問題人手が足りん。やりたいことは山積みなんだが」
は考えていることを、指折り数えてみる。
工兵、救急、新兵器の開発、人材の確保、新兵の鍛錬としたい事は山積みなのだ。
「しかし、どういう心境の変化なの?明日、空から槍が降ったりしないわよね」
「俺は華琳に従わないと、身の破滅らしいので、少しは役に立っておこうかと」
桂花の言葉に、は肩を竦めて答えた。
「ということで、しばらく俺は出掛ける。ちょっと遠くまで馬を探しにいくから」
「では、共にいく者を選ばねば」
「いや、俺一人でいく。ちょっと遠いから、天の術を使うんだ。そんな目で睨むのは止めてくれ」
勝手に街を抜け出しては怒られているの言葉に、当然のごとく非難の視線が集まるが、彼の説明に渋々納得するしかない。
「誰か一人連れて行くのも、無理なのか?」
春蘭はまだ諦められないらしく、青年に詰め寄ってくる。
「……帰りは馬も一緒だしな」
行きは舞空術だし、帰りはルーラである。護衛が必要な事態にはならないだろう。
「はぁ…。可能な限り、速やかに戻ってくること。いいわね?」
「了解。あまり長期間、店を閉めるのも拙いしな」
の言葉に部屋に沈黙が落ちる。
「……どういうこと?」
代表して華琳が尋ねた。
「素材の仕込みを誰がしていると思っているんだ」
店で行っているのは、最終的な調理と盛り付けくらいである。
「因みにどの店を言っているの?」
「全部だが」
この時点で系列のお店は三店舗。甘味処、居酒屋一号店と、先日新装開店した二号店である。
「ちゃんと引き継いで行きなさいよ!特に甘味処!」
桂花の言葉に全員が力強く頷く。
「むちゃくちゃ言うなあ。採譜がいくつあると思ってるんだ?」
「全部とは言わないわ。何とかならないの?」
華琳の頼みに、は悩み始めた。
仕入れとか、日持ちとか、ぶつぶつ言っているのを聞く限り、真剣に考えているらしい。
「……仕入れも計算して、ちょっと考える。店員さんの話も聞かないと」
大半がナマモノで日持ちしない物が多い。頼み込んで生産して貰っている牛乳とかを使い切る物を考えよう。
氷すら彼が創り出さないと、手に入らないのだ。
「必ずよ?」
「まぁ、オヤツも作れなくなるからなぁ」
本日二度目の沈黙。
「……日持ちする焼き菓子で良ければ」
青年は無言の圧力に負けた。

「それで?本当に一体どういう心境の変化なの?」
青年の部屋へ移動してきて、華琳は彼の寝台にいつものように寝転がりながら聞いてみた。
「言っただろう。春蘭に斬られるのは、ご免こうむる。……という事にしておいてくれると、助かるな」
それをもう諦めたような、達観したような瞳で見つめながら、は軽く肩を竦めた。

少しだけ声に力を込めると、彼は真っ直ぐに華琳を見つめてきた。
「君をこの国の王にするために、打てる手は全て打ちたいだけだ」
笑って答える黒髪の青年に、華琳はそれ以上問い詰めるのを止めた。見かけによらず頑固な彼は、きっとのらりくらりと躱してしまう。
「……何日後に、出掛ける予定?」
「俺としては、今からでもと言いたいがな。先ほどの約束もある。生産者の皆さんにも話さなくてはいけないから、……5日後と言ったところか。帰ってくる頃には、黄巾党の乱も本格化してるだろ」
「一月は掛からないのね?」
「ああ。それは約束しよう。10日以上掛かるようなら、一度戻ってくる。オヤツが無くなって、帰ってきた途端に斬りかかられるのは嫌だしな」
その光景を想像したのか、は苦笑いを浮かべている。
「賢明な判断ね」
「ああ、そうだ。華琳。これを」
「何?」
が何かを机から取り出したのを見て、華琳は起き上がり歩み寄った。
「これは?」
牛革の帯に金属の丸いものが取り付けられている。
「この間言っていただろう。考えてみると」
「もしかして、時計なの?」
差し出されたそれを手にしてみる。
「ああ。発条仕掛けだが、日時計や水時計に比べれば、かなりの精度だぞ。俺のをコピー……複製して、少し小型化を図ってみた」
のものより一回り以上小さくなっていて、華琳の細い腕にも違和感のない大きさだ。
「これは?」
裏に彫られた文字に、華琳は首を傾げた。
時々、彼が『めも』を取る時に使う波打つ文字に似ている。
「ああ、それか。から華琳へ。そういう意味だ。プレゼント……贈り物だからな。そういえば、女の子に贈り物をするのは初めてだ。いや、うん。凄いな。初めてが覇王曹操ってのも」
感慨深げにうんうんと頷く青年。
「そ、そう。なら、大切に使わないとね」
「ああ、そうしてもらえると嬉しいな。左手貸して」
少し照れている華琳に気付かず、彼女の左手にベルトを巻き付ける。
「これでよし。水には弱いから、風呂に入る時なんかは外してくれ」
はそのまま華琳の手を握って、ベルトの具合を確かめている。
「当たって痛いとかないか?」
「ええ。大丈夫よ」
「そうか。よかった」
そこまで言って青年は、何かを考えるように、華琳の手をじっと見つめている。
手を握られたままの覇王様の方が落ち着かない。
「どうかした?」
「いや……この手がこの国を支えてるんだなぁと、改めて思っただけだ」
は礼を言って手を離す。その温もりが消えたことを、少しだけ寂しいと感じた華琳だった。

青年がベルギーまで行って連れてきた馬は、その大きさと馬力で周囲を驚かせた後、正式に徴用されることになった。

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後書&コメント

  1. 随分と久しぶりの更新になってしまいまして、すみません。リアルの方で、『まるでしかばねのようだ』という状態になっていました。これで給料が上がれば、まだマシなんですが…
    おお、ついつい愚痴になってしまいましたが、今回は主人公本格参戦の巻というところでしょうか。桂花に遣い潰されないよう祈ってます(笑)
    PSP版の魏編も手に入れました。おまけ最高!やっぱり魏が好きだなぁ、自分。
    あ、それから蜀に一刀を出そうかどうしようか悩んでいたんですが、出会った瞬間、主人公が切れそうなので止める事にしました。劉備だけでも『理想を抱いて溺死しろ』とか思ってるのに、きっとあの甘えきった思考には我慢が出来ないと、私が思ってしまいました。
    という事なので、ふざけんなって思った人は、回れ右をお勧めします。
    ではでは、また次回。お会いしましょう。……三羽烏なかなか出てこなくてすみません。
    つ、次こそは凪を……

    コメント by くろすけ。 — 2010/10/31 @ 23:32

  2. 出会った瞬間ぶち切れちゃう主人公も見てみたいかも!w
    これからも、更新楽しみにしていますね。

    コメント by 凛音 — 2010/11/01 @ 18:27

  3. >凛音様
    コメントありがとうございます!
    魏編の一刀が結構鍛えられている分、蜀編の反動がデカかったです。一度、彼が蜀にいると仮定して書いてみて「あ、駄目だこれ」と、思わず遠い目で原稿をデータごと破棄しました。
    年末に向かってまた忙しい日々が続きますが、黄巾党の乱の部分は書き進めていますので、またの更新をお待ちくださいませ。拠点編も書きたいです。

    コメント by くろすけ。 — 2010/11/02 @ 00:33

  4. 重量な馬…ばんえい種?
    気は優しくて力持ち!アノ時代にこの種が多数いたら戦術も変わってくるんでしょうかねぇ~

    しっかし、突然思い人から贈り物を貰った覇王様。
    少しずつ表面化する気持ちもGoodです!

    そして、次こそは忠犬凪を!!

    コメント by 蒼空 — 2010/11/03 @ 22:58

  5. >蒼空様
    コメントありがとうございます。
    馬さんは、ベルジャン種と呼ばれているものを連れてきたという設定です。まさに気は優しくて力持ち。戦術は一変するでしょうねー。中国の方には軽騎兵(鐙無し)しかいなかったはずですから。そこに突撃攻撃可能な重騎兵なんて出てきたら、それはもう……。
    思いの外、文が長くなってしまって、三羽烏が出てくるのが遅くなってすみません。
    次こそは必ず!

    コメント by くろすけ。 — 2010/11/03 @ 23:33

  6. 種馬一刀は不参加ですかな。まあ、俺もあいつは嫌いだし、空気になるの間違いなしだもんね。
    重装騎兵隊ですか。馬の体格が違うだろうし、戦場で目立つだろうなぉ。戦況がひっくり返るでしょうね。

    コメント by エクシア — 2010/11/09 @ 17:01

  7. >エクシア様
    コメントありがとうございます。
    一級フラグ建築士は残念ながら、不参加です。呉に降りてれば、そこそこの敵にはなりそうですがねー。蜀だと敵にすらなれますまい、あの甘さでは。
    重装騎兵隊は迫力が違いますよねー。駆け抜けるというより、蹂躙するって感じ。
    登場する場面も考え中で、カッコよく登場できるといいなーと思ってます。
    また次も是非お越し下さいませー

    コメント by くろすけ。 — 2010/11/09 @ 17:44

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Posted: 2010.10.31 真・恋姫†無双. / PageTOP