それは馬探しからが戻って、すぐのことだった。
「張角が旅芸人だったとは」
季衣の話から判明した意外な事実に、は顎に手を当ててしみじみと呟いた。
しかも、女性三人となればなおのことだ。おそらく、張宝と張梁も女性って事だろう。魏の面々が女性揃いだから、そうかもとは思っていたが、このまま行くと三国志の主立った人物は全員女性だったりするのだろうか。
「人物がわかったのはいいけれど、その張角という人物の目的が知りたいわね」
「目的ね。歌い手なんだから、……周辺が勘違いしてたりするかもな、ははは」
彼の世界でもドーム制覇とか全国ツアーとか煽り文句があった。熱狂的なファンの暴走という線もありなのだろうか。
「もしそうだとしたら、質が悪いわ。まだ大陸制覇とか野望を持ってくれた方が、遠慮なく叩き潰せるのに」
ため息を吐きながら物騒なことを言う華琳に、も一つ頷いて同意する。
「まあな。でも、味方に引き入れたら、兵士の募集とか楽になりそうだな。歌って貰った後、是非曹操軍の兵士に!とか言ったら濡れ手に粟状態とか」
自分で言っておいて、は肩を竦めた。
「……まあ、彼女たちの正体が他の諸侯に知られる前に確保した上、説得が必要なので、現状では取らぬタヌキの皮算用だな」
「条件さえ整えば是非試してみたいものね。さてと、今日の所は、こんなところかしら?」
提出された資料をまとめながら、華琳は桂花と秋蘭に確認を取る。
「はい、以上で……」
「残念だが、深夜残業になりそうだ」
桂花の言葉を遮ったのは、黒髪の青年で、彼は王座の間の入り口を見つめている。
「ご報告いたします!」
そこへ息を切らせた兵士が、駆け込んできた。
「こいつはまた膨らんだな」
報告を聞いたは、軽く頭を振った。今までの数倍にあたる人数が集結しているらしい。
「確かに、この規模だと指揮官らしき者もいるでしょうね。……華琳様、周辺の盗賊団も合流していると思われます。いかがなさいますか?」
桂花も侮れないと感じたのだろう。華琳を伺う。
「春蘭。部隊の準備は?」
「……申し訳ございません。物資の搬入が払暁になるとのことで、すでに休みを取らせています」
「間が悪いわね。せっかく、討伐令も出たことだし。本来なら万全の部隊で当たりたいところだけれど……」
間違いなくそれを待っていては、街は全滅してしまうだろう。
「動けるのは不寝番の俺の部隊と……後は?」
「最終確認をしている部隊が残ってはいるが……」
「では、決まりだな」
春蘭の言葉には華琳へと向き直る。
「ええ。は動ける部隊を率いて、先遣隊として向かいなさい。ここまで大きな部隊の相手は初めてだから、秋蘭を補佐に付けるわ」
「Yes,MyMaster. ご期待に添えるように、頑張ってこよう。秋蘭、迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
覇王様の頼みに、は力強く頷いた。
「『千里眼』の実力、楽しみにさせてもらおう」
「……ナニソレ」
秋蘭の言葉に、は目を丸くする。厨二病の象徴みたいなものが、青年の名前に付いていた。驚きのあまり出てくる言葉が、カタコトになっている。
「知らぬのはお主だけだぞ」
「ソウナノ?」
青年が首を傾げて周囲を見回すと、楽しそうに笑う華琳を筆頭に、皆さん頷いていらっしゃる。
「何故!?」
「先日の模擬戦で負けた者が、行く先ざきに打たれていた手に驚嘆したらしい。で、終わった後……」
「まるで千里眼のようだとでも?」
「うむ。その後、何度か出陣した時も見事に敵を倒しただろう?」
「いやいや、そこは否定しようよ。広がるのを止める気配すら、感じられませんが?」
「止めるつもりがないもの」
華琳の返答に、は天井を仰いでため息を吐く。
「……秋蘭、行こう。時間が惜しい。この件は帰ったら、ゆっくり話すからな」
華琳に一礼して駆けだしてゆく二人の背中を見つめ、季衣がぽつりと呟くように言った。
「帰って来る頃には、打ち消せないほどに、広がってるような気がするんですけど……」
「いいのよ。自分を過小評価する悪い癖は、そろそろ矯正しておかないと。あれは自分をごく普通と思ってるのよ?」
笑っている華琳の言葉に、春蘭と桂花が頷いている。
「部隊が整い次第、出立するわ。用意を急がせなさい」
「はっ!」
全員が慌ただしく動き出した。
この様子だと予定より早く出立出来そうだ。
ひとりになって、華琳は黒髪の問題児を心配する。彼は頼りがいはあるが、彼女達の予想の斜め上をいく行動を起こすことがある。
「……無茶をしないといいのだけど」
華琳は小さくため息を吐いた。
そんな問題児といえば。
「第一から第三は、予定通り防御陣を築け!だが、住民の避難を優先しろ!女子供年寄りは最優先だ!第四から第六は、男達の手を借りて避難を誘導しろ!間違っても混乱させて、怪我人を出したりするなよ!」
賊が目標にしている街へ到着するや否や、兵士達に命令を飛ばす。その声に部隊長達は力強く答えて、指示を果たすべく駆けだしてゆく。
「失礼ですが、貴方がこの軍の指揮官でしょうか?」
「君たちは?」
近付いてきた人物に秋蘭は警戒を示すが、は微笑んで答える。
秋蘭が呆れたようにため息を吐くのを聞いて、は初めて刺客という可能性に思い当たった。
「えーっと、住民の人には避難をして貰ってる。誰かに案内させるけど」
秋蘭に視線で謝ったは、改めて目の前の人物に話しかける。
「いえ、我らは大梁義勇軍と申します。もし宜しければ、指揮下に加えて頂ければと」
「それは助かる。俺はこの隊を率いるだ。名前を教えてくれるか?」
「はっ、楽進と申します」
「李典や、よろしゅう頼んます」
「于禁です。よろしくなのー」
は彼女達の名前に破顔一笑して、馬を下りてその手を取った。
「!?」
「こちらこそ、よろしく頼む。一人でも手が欲しいところだったんだ。手伝ってくれるか?」
驚く秋蘭をよそに黒髪の青年は、人誑しの能力を余すところなく発揮する。
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします……」
楽進が握られた手と向けられた微笑みに撃沈する様を、秋蘭はため息と共に見つめた。
「それに、君はこの間の篭屋さんじゃないか。上手く改良できたか?」
「あー、あんたはあの時のー!?」
帽子をちょっと上げて顔を見せた彼を、李典は大声をあげて指差した。
「。時間がないんだぞ?」
「わかってる。また後で話そう。今は奴らを叩きのめす準備を手伝ってくれ」
「はいっ!」
全体的な指示は秋蘭に任せて、はせっせと陣の構築に精を出していた。
元々が打って出ることをしない防衛戦だ。
今回、は色々な仕掛けを用意していた。
「様、この縄はなんや?」
「有針鉄線といってな。本当なら全部金属で作るものなんだが、材料の都合で固めに編んで貰った縄を併用してある。これを最後に上に巻くと、登ってきた奴らに、これが刺さる」
縄の間には、マキビシを参考に作った、鋭い針を持つ金属の固まりが挟まっている。
「うわ、地味に痛そうやな……」
「そうだな。引っかかると中々取れないから、良い的になるだろうな」
「えげつないなー」
「誉め言葉と受け取っておこう」
李典の言葉に苦笑で答えていると、楽進が戻ってきた。
「様、例の筒の設置終了しました」
「ありがとう。じゃあ、秋蘭の処へ一度戻って、他の箇所の進み具合を確認しよう。後、于禁に手伝ってもらった避難状況も。まあ、順調のようだから大丈夫だと思うが」
はちょっと空を見上げて、何かを確認して頷いた。
「?了解しました」
光の屈折を利用して遠隔地をのぞき込む。
初めて本で読んだ時、使用者は覗きに使っていたが、実に有用性の高い魔術だ。
姫に貰った膨大な魔力と、風の魔術との併用で彼が使うと、半径数百キロ圏内は余裕で見渡せる。
城の様子も手に取るようだった。どうやら、予定よりも早く出立出来そうだ。
「よし、これを巻き付けたら、各自持ち場に着いてくれ。避難経路は確保しろよ。あと、あれに火をつける時期も間違えるな」
「はっ!」
部隊長達に声を掛けて、は二人を連れて秋蘭の元へ戻る。
「他も順調だな。于禁ももうすぐ戻ってくるようだ」
「……さすがの千里眼だな。他の二カ所も先ほど準備を終えたそうだ。避難も彼女が戻ってくれば完了だ」
「本当に千里眼だったら、ここが襲われる前に、奴らを殲滅してるよ。だが、準備は間に合った。後は時間稼ぎをするだけだ」
口元に自嘲の笑みを浮かべるの目には、ゆっくりと近付いてくる黄巾党が写っていた。
于禁が戻ってきたので、状況を確認しあい、各々が再度、持ち場へ戻ってゆく。
その背中を本陣から見送って、黒髪の青年は小さく息を吐いた。
「少し時間がある。身体を休めておくといい」
「そうしたいが……ここだけの話、座ったら立ち上がれなくなりそうでな。あ、後、華琳へ伝令を頼むよ」
指揮官として、弱った処は見せられない。は軽く肩を竦めて、微苦笑を浮かべる。
「伝令は先ほど頼んでおいた。……ふふふ、初陣で気を失った者の台詞ではないな」
青年の台詞に、秋蘭は彼の初陣を思い出す。
「あの時は指揮官じゃなかったからいいの」
「だが、今日は良い指揮をしていると思うぞ。指示が的確で、時間的な損失が少ない」
ちょっと子供のように口を尖らせるに、秋蘭は微笑み目を細めた。
「秋蘭に誉められると、天狗になりそうだな」
「てんぐ?何だ、それは?」
「俺のふるさとに住む生き物でな。人間より強く、霊力を持つが、常に上から見下ろすので、足下をすくわれやすい。しかも、煽てに弱くて、調子に乗りやすい」
「本当のことを言ったんだが」
「秋蘭の言葉を、信じてないわけじゃないんだ。ただ、ちょっと想像できていないだけさ。俺が覇王曹操の元で、夏候淵と肩を並べて戦うなんて」
は明るくなりつつある空を見つめる。
「今でも時々思う。これは夢なんじゃないかと」
「……」
「まあ、夢でもいいさと、最近思うようになったけどな。第一、秋蘭みたいな美人に会ったんだ。良い夢には違いない」
「……あまりそういう事は、言わぬ方が良いぞ」
が放つ無自覚の口説き文句に、秋蘭はため息を吐く。
「ああ、未来から来たなんて言わないさ。気がおかしいと、思われたくはないからな」
「いや、そうではなく……」
「悪い、秋蘭。お喋りはおしまいだ。来るぞ」
空を睨みつけて、は秋蘭の言葉を遮った。
「……では、合図を送るとしよう」
後で華琳様に報告せねば。そう考えながら、秋蘭は一本の矢を弓につがえた。
街に甲高い音が響き渡る。
「総員、防衛体制をとれ!来るぞ!」
「何なの、今の音」
部隊長達が部下に気合いを入れてゆく中、于禁の疑問には、軍の兵士が答えてくれた。
「御遣い様の考案された鏑矢つってな。ああやって、開戦準備を合図されるんだ」
「え?どうして、わかるの?黄巾党が近付いてるって」
于禁は、彼女達よりも奥にある本陣を振り返る。
「あの人は千里眼なのさ」
兵士達は笑って彼らの指揮官を称えた。
「そこ、無駄口を叩くな。そろそろ見えてくるぞ」
部隊長も少し笑っているから迫力はない。彼も最初の模擬戦以来、天の御遣いを認めた人間だ。
「ほんとに来た」
于禁の視線の先に、黄色の布を付けた賊達の姿が現した。
同じ頃、楽進のいる東側でも黄巾党の姿が確認されていた。
「総員戦闘用意!どこかの誰かの未来のために!」
「ほう。良い言葉ですね」
部隊長の発した言葉に、楽進はそう言って一つ頷いた。
「俺らの指揮官が言ってたんだよ。でも、あの人は痛いのは嫌だとか言いつつ、先頭に立とうとするから、ほっとけねぇ」
「全くだ」
これから圧倒的な兵力差での戦いが待っているのに、悲壮感の欠片もない。
「よい人ですね」
「おお、アンタらも絶対気に入るぜ!」
兵士達の言葉に、楽進は指揮官の青年を思いだして微笑んだ。
そして、李典のいる西側にも。
「よし、奴らが規定の位置を越えたぞ。火をつけろ!」
「あの竹筒って、一体なんなんや?」
「火薬だよ。火が吹き上がって来るから、気をつけな」
「火薬やって?あの数の筒が全部か!?」
李典は筒の数を思い出して驚きの声を上げる。
「あの人が作ったんだよ。こういうのが得意な人だからな。あの鉄線だって、あの人の考えだぜ」
「ああ、あれはえげつないな」
李典は防壁の上に巻かれた縄を眺めて苦笑した。
そして、三カ所同時に点火された花火が、開戦を告げた。
「」
家の屋根より高く立ち上がる火柱に、秋蘭は眉を寄せている。
「味方に被害は無いのだろうな」
「それは大丈夫。火の方向は、ちゃんと上に向くように調整しているし。距離も十分に取ってある」
じっと見つめてくる秋蘭に、は状況を確認しながら答える。
「これで、しばらく動きを止めるだろ」
「ああ。そうだな。もう少しこちらで止まってくれたら、矢を射かけるんだが」
「これが戦場じゃなくて、秋蘭が浴衣を来てくれていたら最高なのに」
吹き上げ花火を見て、隣に立つ秋蘭に視線を向けて、ため息を吐いた。
「花火には浴衣。俺の国では当然の組み合わせなんだが。……残念極まりない」
「何を想像したかは、この戦が終わったら、じっくり教えて貰おう」
「了解。秋蘭、悪いが東側に行って貰えるか?比較的動きにまとまりがある」
「わかった。行ってくるが、はここで大人しくしているのだぞ。決して無茶はするな。前線に出るなど、してくれるなよ」
「俺は痛いのは嫌だって、いつも言ってるだろ」
秋蘭はその言葉を信用するしかないかと諦めて、数人の部下を連れて東側に向かった。
「……どこまで、信用がないんだ?俺」
残された青年が、ちょっと寂しそうに肩を落とすのを見て、兵士達は苦笑するしかなかった。
の創り出したもので、最初は優勢だった戦況も、さすがに数倍の戦力で攻められては、じりじりと後退を余儀なくされていた。
「秋蘭、そちらも結構攻め込まれたな。君が居て良かった」
戻ってきた秋蘭を、は軽く手を挙げて本陣へ迎えいれた。
「何とか追い返せたが、次は拙いかもしれんぞ」
「確かに。次は突破されるだろうな」
「いざとなれば、私が突破口を作りますので、その隙に……」
楽進の悲壮感漂う言葉に、は彼女の額に軽く手刀を落とした。
「様?」
痛くはないが突然の行動に、楽進は額を押さえて目を丸くする。
「俺の指揮下に入った以上、命を粗末にする事は許さない。それに、その必要は全くない。もうすぐ王様が到着する。たぶん、春蘭あたりが本気で走らせたな」
「わかるのですか!?」
「最後に出張って、一番おいしいところを持って行く。それが、王様の役目だぞ。秋蘭!あちらに合わせて、反撃する用意を始めてくれ!」
驚く楽進には笑って答えて、秋蘭に声を掛ける。
「了解だ」
彼女は青年の言葉に、伝令兵を各所で奮闘する部隊へ走らせる。その後すぐ、曹と夏候の旗印を掲げた部隊が、銅鑼を鳴り響かせて戦場へ姿を現した。
「全軍に告げる!耐えるだけの時間は、これで終わりだ!奪うしか能のない黄巾党どもを、この街から叩き出すぞ!」
天の御遣いの檄に、歓声が上がった。
「……秋蘭。君の姉さんは、あそこだな」
外の部隊に合わせ、一斉に反撃を始めて黄巾党を減らして行く中、遠くからリアル三国無双が近付いてきていた。
「まあ、間違いなかろう」
「一応、再確認しておくけど。将軍って、兵を率いるのが仕事だったよな」
「まあ……、そうだな」
「幾ら、秋蘭が心配だからといって……やりすぎだろ。本気でオヤツ抜きにしてやろうか。あの馬鹿師匠」
「ふふ。お手柔らかにな」
心配してるが、青年自身がこの場を離れて行っては、怒るに怒れなくなる。としては、苛立ちが募るばかりだ。そのお陰で、春蘭が到着する頃には、彼の表情は真っ黒な笑顔になっていた。
「二人とも無事かっ!?」
返り血塗れで到着した春蘭に、は笑顔で尋ねた。
「夏候惇将軍。部隊は?」
「そんなことより私の質問に……にゃにを!?」
が春蘭に近付くと、ぐにっと頬を摘んだのだ。
「ああ?俺の耳が悪くなったのか?お師匠様。自分の率いるべき部隊を、『そんなこと』?」
ここで漸く、目の前の弟子の目が笑ってない事に気付いた春蘭は、彼の後ろにいる妹へ助けてくれと合図を送った。
「姉者。さすがに今回は、私にも手助けできん」
「にゃ、にゃんほ!?」
「……だいたいな、将軍が単騎駆けするか?普通。春蘭が強いのは知っているが、万が一何かあったら……」
この後、春蘭はの心配と苛立ちとが、絶妙にブレンドされた説教を食らうことになった。
「秋蘭、。二人とも無事ね。被害状況は?」
しばらくしてやってきた華琳は、説教をしているに声を掛けた。季衣も一緒だ。
「ああ。義勇軍の人達が手伝ってくれたお陰で、防壁はいくつか破られたが、最低限の被害で済んだ。住民も皆無事だ」
少しすっきりしたらしいは、いつもの笑顔に戻っていた。
「そう。上出来ね」
「ああ。……春蘭。本当に怪我はしていないんだな?」
華琳に簡単に報告した青年は、春蘭に向き直った。怒られた子供のように小さく頷いた彼女に、彼は心の底から安堵のため息を吐いた。
「そうか。なら、次は控えてくれると、俺の寿命が短くならずにすむ」
言いながらが竹筒から取り出したのは、少し温かい濡れタオルだった。それで春蘭の顔に付いた、返り血を拭ってやる。
「心配したんだぞ?」
「うむ……」
「全く。せっかく綺麗な顔なのに、酷い有様だ」
は苦笑しながら、剣を持っていた手も指一本一本優しく拭いてゆく。
「だが、俺たちを心配してくれて、ありがとう。とても嬉しかった」
顔と手を拭き終わった弟子は、師匠の黒い瞳をのぞき込み、優しく微笑んだ。
「!」
瞬間、春蘭は首まで真っ赤に染め上げる。
「し、っしょうだからな!で、でしの心配をするのは当然だ!」
「ああ、それでも。『ここ』で命をかけて、俺の心配をしてくれる人がいるのが、とても嬉しいんだ」
春蘭の手を両手でぎゅっと握って、もう一度ありがとうと、深々と頭を下げた。
「……」
秋蘭は、思わず彼の名前を呼んでいた。
華琳もじっと青年を見つめている。
この場に居る者で、『ここ』の意味を理解できるのは、三人だけだ。
「……私はお前の師匠なのだと言っただろう?」
まるで子供に言い聞かせるように、春蘭は話し始めた。
「お前の国ではどうか知らんが、師匠と弟子というのは、家族みたいなものなのだぞ?心配するのが当然だ。今後、忘れるなよ?」
その言葉に驚いた顔をしていただったが、彼女の後ろで頷く秋蘭と彼の視線に笑顔を見せてくれた華琳に、改めて春蘭の顔を見つめた。先ほどまでの慌てふためいていた彼女はもう居なくて、そこには彼の師匠がじっと彼を見ていた。
「……ああ、ありがとう」
は目を閉じて、一つ息を吐いた。
「華琳様!周辺の警戒と追撃部隊の出撃、完了いたしました。住民達への支援物資の配給も、もうすぐ始められます」
そこへ桂花が姿を現した。
「そう。わかったわ。ご苦労様、桂花」
彼女の報告に一つ頷いた華琳は、少し離れた場所に立つ三人に視線を向ける。
「。そろそろ、あの子達を紹介してくれない?」
「お、そうだった」
は三人を手招きして、側に来た彼女たちを紹介してゆく。
「こっち側から、楽進、李典、于禁。大梁義勇軍の人たちだ。手伝ってもらえて助かったよ」
「いえ。助かったのはこちらの方です。黄巾党の暴乱に抵抗するために兵を挙げたのですが、あれだけの規模になるとは思いもせず、こうして様と夏候淵様に助けて頂いた次第です」
そう華琳に頭を下げたのは、楽進だった。
「そう。己の実力を見誤ったことはともかく、街を守りたいというその心がけは大したものね」
「面目次第もございません」
「とはいえ、貴女達のお陰で、私は二人を失わずにすんだわ。秋蘭とを助けてくれてありがとう」
「はっ!」
華琳の言葉に恐縮した様子で、楽進は頭を下げる。
「で、俺としては彼女達を部下にすることを進言したい」
「義勇軍が私の指揮下に入るということ?」
華琳は改めて凪に視線を向ける。
「聞けば、曹操様もこの国の未来を憂いておられるとのこと。その大業に是非とも我らもお加え下さいますよう」
「ウチもええよ。陳留の州牧様の話はよう聞いとるし、その人が大陸を治めてくれるなら、今よりは平和になるっちゅうことやろ?」
「凪ちゃんと真桜ちゃんが決めたら、私もそれでいいのー」
是非にと言う三人に、は既に彼女達の能力と割り振りたい仕事を考え始めていた。
「秋蘭。彼女達の能力は?」
「は。皆鍛えれば、ひとかどの将となるかと。何より『千里眼』が認めております」
最後はそっとには聞こえぬように、口元に笑みを浮かべた秋蘭は華琳に告げる。
「そう。良いでしょう。三人の名前は?」
ならば問題はないとばかりに、華琳は三人に尋ねた。
「楽進と申します。真名は凪。曹操様にこの命、お預けいたします」
「李典や。真名の真桜で呼んでくれてもええで。以後よろしゅう」
「于禁なのー。真名は沙和っていうの。よろしくお願いしますなのー」
「凪、真桜、沙和。そうね……」
華琳は一つ頷いて、少し離れた場所に居た青年に声を掛けた。
「ん?自己紹介は終わったか?」
考え事をしていた彼が、手にしていた手帳から顔を上げる。
「この三人と義勇軍は貴方の部下とするわ。以後、別段の指示がある場合を除いては、彼の指示に従いなさい。異論は?」
「全くございません。むしろ、こちらからお願いしたいほどです」
「師匠の下につけるんや、文句なんて滅相もないで」
「沙和も、屋の店主さんなら文句なしなの~」
三人とも、一晩の戦いの間に、千里眼の青年を認めていた。真桜に至っては師匠などと言い出している。
「よろしい。そして、。貴方を警備隊長に任命します。これは決定事項。桂花、任命書を持ってきなさい」
「……どうして、こうなった?」
が呆然としている内に、話があれよあれよという間にまとまってしまった。
「もういい加減、観念するのね。あんたが警備を担当する。それだけで馬鹿な事をしようって奴が減るのよ。なんせ、千里眼なんだから」
桂花は必要な書類を華琳に差し出しながら、青年を半眼で見上げる。
「……ははは、まさかそんな訳あるはず」
「ないわけないでしょ?あの歓声を聞きなさいよ。それとも、その耳は飾りなの?」
桂花の言葉に、の眉間に皺が寄る。
街中で聞こえる声に、『千里眼様』というのがあることには気付いていた。
「世の中、知らないままでいたいこともある」
「往生際が悪いわよ。私を王にするために、出来ることはするんでしょ?」
「む……。それを持ち出されると弱いな」
華琳が書類に署名するのを見て、青年は軽く肩をすくめる。
「を警備隊長に任命する!以後、部下となった三人と共に、任務に励め!」
「……非才なるこの身の全力をあげて」
最愛の覇王様の命令を、魔法使いの青年は恭しく一礼することで承諾した。
いやっほー。やっと出せたよ、忠犬凪ー!
そして、主人公は逃げ回っていた警備隊長の座に着く事に。いつか倒れそうな仕事量になってきました。早く補佐が欲しいですね。
次回は、個人的に拠点話も書きたいんですが、黄巾の乱を終わらせてしまいたい。
つまりは恋の頭を撫でたい!という訳なんです。
こんな私の書く話でもよければ、また次回も付き合ってください!
あ、ちなみに今回の魔法は音声魔術です。
コメント by くろすけ。 — 2010/11/12 @ 15:50
わふー!待ってましたぜ!更新お疲れ様です!
やっと来たぜ三羽烏、しかしまぁ有針鉄線とはまた地味だけど効果抜群なものを用意したもんだね真田くんww普通に刺さるのも勘弁なのに戦場でとか考えたくもない・・・・・イタイよぅww
真田は「千里眼」の称号をゲットした!能力的に文官武官両方できるから強いよねぇ、武官の方はまだ明らかになってませんがはたしてバレる日は来るのだろうか?
P.S.原作一刀君のように振り回されることもなく普通に三羽烏を上手く使う真田君しか見えないのはなじぇ?ww
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2010/11/12 @ 17:45
>ヨッシー喜三郎様
お待たせしましたー!
鉄線は地味に効果的ですよね。特に防衛戦では、足を止めた瞬間に良い的です。
武官素質がばれるのは、霞がやってきてからですので、随分と先の話になりますねー。
おそらく、真桜や沙和が警備隊の仕事サボったりしたら、主人公は容赦ないと思いますよ。給料カットとか普通にすると思います。部下と民衆に示しつかないし。
一刀君は自分がサボってる分、強く出れないんですよね。その辺りが、一番違うところかな。
仕事を引き受けた以上、プロとして仕事をするのが当然という事ですな。
コメント by くろすけ。 — 2010/11/12 @ 19:07
続けてすいません、警備隊長になってしまったら甘味屋真田はどうなるんでしょ?馬仕入れに行ったときみたいな完璧に人任せにするのか暇を見て店に入るのか・・・・料理開発は若干真田くんの趣味入ってると思うんですがどうでしょww?
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2010/11/12 @ 22:30
>ヨッシー喜三郎様
いえいえ、連投無問題ですよ!
隊長になったからといって普段とやることは変わりません。現場に出ることも今とあんまり変わらず時間を見てになると思います。
お店の方は、朝仕込みをして、最終調理・盛り付けとかは店の人任せですから。現在も店に入ることは、あまりありません。そう簡単にこの店のメニューを真似できない最大の理由は糖分と氷ですから。
素材の都合で出来ていないものもあるので、今後も彼の工房では覇王様のための料理なんかが出来上がります。休日の趣味ですな。
コメント by くろすけ。 — 2010/11/13 @ 09:47
真桜と組んだら罠のレベルが凄いことになりそうですね。
恋って食べ物で付いてきそうな気がしますね。真田屋の食べ物は旨いって評判になっていてもおかしくはないですし。
コメント by エクシア — 2010/11/13 @ 14:38
>エクシア様
コメントありがとうございます。
真桜は間違いなく工兵の担当になるでしょうしね。
早く恋を撫でてあげたいのですよー。
コメント by くろすけ。 — 2010/11/13 @ 17:31
わんわん!!そして、くぅ~~ん!!
等々忠犬凪が登場しました。それにしても初っ端から諒さん飛ばしますねぇ~
すでに、凪が陥落して可愛い声を幻聴してしまいました…
いやはや、武官は揃いましたので次は文官のスカウトをせねば、諒君が往ってしまいます。
早く、「鼻血マイスター」と「居眠りの天才」の登場が待ち遠しいです(笑
それにしても、浴衣姿の秋蘭…鼻から赤い汁がドバドバです!!
コメント by 蒼空 — 2010/11/18 @ 01:23
>蒼空様
凪の待遇がいいのは、私が好きだから(笑)五将軍の1人だし。
主人公君的には、「また英雄に会っちゃったよ、俺」な感じ。
いや、マジで文官足りないですよね。稟と風って参戦遅いんだよなぁ。
そして、秋蘭の待遇がいいのも、私が好きだからです(笑)
花火には浴衣と団扇ときまっとるがね!
コメント by くろすけ。 — 2010/11/18 @ 11:06