黄巾党の拠点を潰してから、しばらく。
今日も春蘭が季衣と凪を連れて、南の方へと討伐へ出掛けていた。
戻ってきた彼女達の報告に、は苦笑を浮かべるしかない。
「呆れた」
春蘭の報告を聞いて、華琳は大きくため息を吐いた。
「それで借りを作ったまま帰ってきたの?」
華琳の言葉にしょんぼりと項垂れる大型犬のような師匠に苦笑しながら、は話題を転換させた。
「まあまあ、借りはいつか返すとして。問題は別にあるだろ?」
「……作戦を立てられる指揮官が出てきたとなると厄介ね」
「そうだ。今回も相手が良かっただけで、もし相手も考えなしだったら、手痛い被害を受けていた事は疑いが無い」
「考えなし……」
彼の追い討ちにショックを受けている春蘭の頭を、は軽く撫でてやる。
「特に損害が無かったからいいようなものの。もし君らが怪我をしていたら、俺はきっと怒り狂ってるぞ?」
ちょっと想像したのか、はため息を吐いて、軽く首を振った。
「俺の精神衛生上、もう少し頭を使う事を覚えてくれ」
「うむ」
とりあえず、今は頷いてくれただけで良しとするしかあるまい。
早く秋蘭に代わる副官を育てないと拙いなと、頭の片隅に留めておく。
自分が前線に出て彼女を補佐するという選択肢は、勿論無い。
「張角たちが国境を越えたって話は無いんだよな?」
「ああ。その辺りは抜かりなく手配してある」
「となると、だ。彼らには大きくなるだけ大きくなってもらうのが、最善だと思うんだが、どうだろう?」
秋蘭の報告に、は一つ頷いて、今後の提案をした。
「……なるほど。けど、時間が掛からないかしら」
「いえ、この間の官軍の苦戦は民にも伝わっています。それほど時間は掛からぬかと」
彼の意図を察した華琳と桂花が相談を始める。
その様子を横目に、は春蘭に尋ねる。
「春蘭を助けてくれたのは、孫策って名乗ったんだよな?どんな人だった?」
「あれは、袁術の下にいるような者ではない。そのうち、隙を見て喉元を噛み千切ってしまおう。そんな目をしていた」
「なるほど。猫と獅子の子供が似ていると言って、混同してはいけないって奴だな」
そのうち会うことになるだろう相手を思い、は小さくため息をついた。
現在、群雄割拠の時代の中で、現在有力なのは袁家の二人だ。
集めた情報を三回ほど読み返して、彼の知る歴史とは全く違うものだという事を思い知らされていた。
「袁紹と袁術も女の子か。いやマジで、許子将を一発殴っておくべきだった」
そう報告書を握り締めて呻いたのは、数日前の事。
これで歴史を変えたからって身が破滅するのは、納得がいかないレベルに達しているぞと訴えたい。
この後、青年は何度も許子将を殴りたくなる衝動に駆られる事になるのを、今はまだ知らない。
「さすが『江東の虎』孫堅の『娘』って事か」
もう、なんていうか。全員美人だと良いよねと思ってしまう。
同じ忠誠を誓うなら、むさくるしいヒゲ親父よりも、美少女の方が男として何倍も魅力的だし。
そんな事を考え、は桂花と話を進める華琳を見つめる。
「何?」
じーと見つめられて落ち着かないのは、華琳の方だ。
「いや、華琳が美人で嬉しいなと」
ぼーっと考え事をしていたせいだろう。の口からぽろりと本音が零れ出た。
「っ!」
顔を赤く染めた華琳を余所に、桂花がに噛み付く。
「これだから男はっ!頭の中は、そんな事ばっかりなのっ!?」
「これだけ可愛い女の子達に囲まれて、そんな事がチラリとも脳裏を掠めない奴なんて、男として認められるかっ!?」
「だいたい、華琳様が美人なのは当然でしょ!なんで、あんたが嬉しいのよ」
「美人の方が目の保養になるからに決まってるだろ!」
珍しく青年が言い返したので、喧々諤々の口喧嘩が始まってしまう。
どうやら、色々溜まっていたものが噴出したらしい。
「これはしばらく放って置きなさい。それでこれからの方針だけど……」
その様子に一つため息を吐いて冷静さを取り戻した華琳は、他の者に指示を出していった。
そんな顛末があってから、さらに数日後。
目の前には、目にも鮮やかな黄色の布を巻いた軍隊が蠢いていた。
「周囲の賊どもも、一網打尽。一石二鳥とはこの事だな」
は集まっている黄巾党の連中を観察しながら、何度も頷いている。
規模が膨れ上がっただけの相手など、曹操軍の相手ではない。これだけの人数を前に、兵士達の表情に怯えは感じられなかった。
「半数でもこちらに組み入れられたら、最高なんだが」
そんな彼の独り言を聞いている者たちは、楽しげに笑っている。どうやら彼の思考は、既に戦後に飛んでいるらしい。
負けた時の事など考えていないように見えて、彼が負けない為の策を何個も持っているのを知っているから。
「おお、そうだ。これのテストもしておこうと思ってたんだ」
そう言って青年が取り出した物に、全員の目が釘付けになる。特に真桜は目をキラキラと輝かせていた。
「それは?」
秋蘭も気になって、彼の隣でそれを覗き込む。何やら、筒の端に水晶のようなものがはめ込まれている。
「望遠鏡。遠くが見える道具。ん、よし。結構いい具合だ」
筒を覗き込んだ彼は何かを確認すると、元通りに折りたたんだり、伸ばしたりを何度か繰り返す。
「折りたたみ機能も順調と……。もう少し小型化出来るといいんだが、まあ、許容範囲か」
「師匠!そろそろ教えてくれてもいいんちゃうかっ!?」
耐えられなくなったらしい真桜が、秋蘭の反対側から青年の手にある望遠鏡を覗き込む。
「はいはい。使い方を説明するから、落ち着け。いいか?」
真桜に部品の一つ一つを丁寧に説明していく。
「太陽だけは絶対に見るなよ?目が永遠に見えなくなるからな」
青年は最後に絶対にしてはいけない事を教える。
「見えんくなるんか?」
「そうだ。絶対に太陽だけは見るんじゃない。洒落や冗談ではなく、本当に目が潰れる」
真桜は神妙に頷いて、望遠鏡を覗き込んだ。
「なっ!?」
覗き込んだ途端、声を上げて何度も自分の目と望遠鏡を離したりつけたりを繰り返す。
「何やこれ?師匠の千里眼なんか?」
「ははは。まさか。眼鏡があるだろ?あれの応用さ。帰ったら、詳しく仕組みを教えるよ。城の工房の連中も知りたがるだろうしな」
「こうなったら、早く帰って教えてもらうで!」
俄然やる気になったらしい真桜に、は楽しそうに笑った。
「真桜は本当に物作りが好きなんだな」
「そら、まあな。便利になったら、みんな幸せになれるやろ?」
「そうだな。皆の幸せのためにも、早々にあいつ等を蹴散らすとしよう。そろそろ、動きそうだぞ?俺達は華琳の露払いでいいんだよな?」
興味津々で覗き込んでくる秋蘭に確認すれば、頷きが返って来る。
「秋蘭も覗いてみるか?そのくらいの時間はあるだろ?」
「うむ。では……これはっ!?」
見えた光景に、いつもは冷静な秋蘭も声を上げた。
「便利な道具だろ?是非偵察部隊に配備したいんだが、秋蘭の意見は?」
「可能な限り、早めに頼む」
「了解。華琳の許可を得てからになるが、努力しよう。では、そろそろ参りますか」
その後は、曹操軍が圧倒的な武力をもって、黄巾党を叩きのめした。これ以上の説明は必要ないだろう。
「君達が張三姉妹であってるかな?」
背後から掛けられた声に、彼女達は怯えたように振り返った。
「大人しく付いて来てくれると助かる」
「付いていかなかったら?」
「困るな」
端的に答えられた相手の方が面食らっている。
「困るって……それだけっ!?」
「俺は困るだけ。ただ、彼女には無手の心得があるので、君達を捕らえるのに問題はない」
そう言って彼が指し示した女性の手には、硬そうな金属の手甲がある。
「それで殴るの!?」
「凪、手加減はしてくれよ?」
上げられた声に、青年は確認するように声を掛けた。
「そういう問題じゃないっ!」
くだらない言い争いをしていたせいで、数人の黄巾党の兵が駆け寄ってくる。
「隊長」
「わかってる。大人しくしているよ」
凪が前に出ると同時に、は苦笑して後ろに下がった。
「張角さまっ!」
「テメエ!俺達の張宝ちゃんに何しようとしてやがる!」
詰め寄ってくる彼らに凪は両腕を上げて構えを取る。
「逃げた主を庇うとは見上げた根性だが……」
小さく呟いた彼女が放った気弾は、彼らを文字通り一蹴してしまった。
「な、何?あれ!?」
「諦めましょう、姉さん。あんなのに当たったら、無事では済まないわ。……いきなり殺したりはしないのよね?」
眼鏡を掛けた女の子の言葉に、は頷いた。
「なら、いいわ。投降しましょう」
「ありがとう」
上手くいって良かったと笑う青年に、三姉妹の方が呆気にとられている。
その様子を見て、凪は小さくため息を吐いた。
と凪が張三姉妹を連れて陣に戻れば、ちょうど秋蘭が華琳に追撃部隊の報告を済ませるところだった。
「華琳、連れてきた。無事に確保できて良かったよ」
二人へ軽く手を上げながら声を掛けると、彼女達は彼の後ろに居る三姉妹に気付く。
「貴女達が張三姉妹?」
「そうよ、悪い?」
華琳に対して胸を張る次女に、は眩暈がしそうだ。
まさか、曹操にこんな態度を取れる人間がいるとは。
そんな彼の内心などお構いなしに、華琳は唯一実物を見ている季衣に確認している。
「しかし、普通の旅芸人にしかみえないが、何があったんだ?」
「……色々あったのよ」
一番まともな返答を期待できそうな三女に声を掛ければ、思わず頑張れと肩を叩いてしまいそうな苦渋に満ちた表情で言われてしまった。
「そうか。その色々を話してみないか?たぶん、悪いようにはならないぞ?」
の言葉に促されて、張三姉妹は華琳と話し始めた。
その結果、彼女達に兵士を募集してもらうという、の計画は上手くいくこととなった。
「、しばらくこの子達を任せても?」
「美人さんたちの世話か。悪くない仕事だな」
はそこまで言って軽く首を振った。
「……だが、無理だ。今後のために少しやっておきたい事もある。手が回らんよ」
「仕方ないわね。城に戻って連絡役を選定しましょう」
「そうしてくれると助かる。とりあえず、これで小休止になればいいが」
言いながらも、その小休止が次の戦いへの準備期間でしかない事は分かりきっている。
それでもその積み重ねが少しずつ歴史をずらし始めた。その小さな手ごたえを、は感じていた。
「華琳が大陸の王になるための、第一歩だな」
城への帰還を命じた華琳が隣に来たのを見て、は声を掛ける。
「そうよ。止まるつもりは無いわ。ちゃんとついて来なさい」
「Yes,My Master. これからも君の隣を歩けるよう、努力を続けよう。俺は『天の御遣い』で『千里眼』らしいからな」
「あら。漸く自覚したの?」
肩をすくめた黒髪の青年を、金髪の覇王は笑って見上げる。
「街を歩けば、『御遣い』様に『千里眼』殿だぞ?嫌でも自覚するだろ。ま、自覚したところで、根幹は変わらないけどな」
「それでいいわ。貴方は貴方のままでいなさい」
「それは君もだぞ、華琳。君が君である限り、俺は君の味方でいると約束しよう。だから、君は君のままで大陸の覇王になってくれ」
魔法使いの青年は、彼女が大陸の覇王になるところを見たいと願ったのだから。
さあ、歴史を覆そう―――――
黄巾党の乱、終了ー!漸く……、漸く終わったぜー!
張三姉妹の世話までしていたら、きっと彼は倒れてしまうと思うので、他の人に回してもらいました。実は私は彼女達がちょっと苦手で。
それはさておき、次回。心置きなく、恋を可愛がろうと思います。
コメント by くろすけ。 — 2011/01/22 @ 23:36
まあ、自分の店もあるんだし、仕事がこれ以上増えると辛いですよね。
さて、今後真田はどう動くかな。ちなみに俺は呉とは仲良くしてほしいですね。
酒好きが多い呉のメンバーには居酒屋真田屋は入り浸りの場になりそうですね。
コメント by エクシア — 2011/01/23 @ 14:39
「貴方は貴方のまま」「君は君のまま」
ホント比翼の鳥を何時も連想してしまいます。
ふと思ったんですが、魏ルートって大人の魅力担当ってあんましいないですよねぇ
呉は黄蓋・周瑜、蜀では黄忠・厳顔がいるのに…
コメント by 蒼空 — 2011/01/23 @ 15:34
なっなんだとーーー!?張三姉妹のマネージャーはやらないとな!?・・・・まぁ、菓子屋に望遠鏡の量産準備、警備部隊の隊長までやってたら時間は無いですかねぇ?
確かに張三姉妹を扱いだしたら天然・我儘・そのフォローと3人確実に描写しないといけませんからね~かなり難しいwwてか地味に終わったなぁ黄巾ww
次回で恋を可愛がるとな?そして流れは反董卓連合へ!自分的には華雄さん好きなんですが高ちゃんにつけてもらえませんかねー?・・・・・ダメなら素直にごめんなさい我儘言いました。
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/01/23 @ 16:33
> エクシア様
たぶん三姉妹のサポートぐらいはすると思うんですけどね。アイディアだしとか。でも、一刀とは基本の仕事量が違うので、これ以上仕事が増えるとマジで倒れてしまいます。
基本、全部と仲良しになりますよ?約一名を除いて……ふふふ。
酒飲みさんたちは全員出入り禁止とかになんねーかな?真田屋(笑)
> 蒼空様
ふふふ。うちの主人公は覇王様愛してますから。
大人の魅力……魏√は辛うじて秋蘭か?でも大丈夫。きっとそのうち主人公君は、他陣営の大人な人たちにも人誑しの能力を発揮してくれると信じてます(笑)
> ヨッシー喜三郎様
店、発明、警備隊長だけならいいんですが、他にも都市計画とか春蘭の手伝いとか色々やってる主人公君なんで許してやってください。
黄巾党の終わり方は想定どおりですよ?原作でも最後地味だったし(笑)
次回は、恋登場は確実です。
華雄さん、不憫な方でしたよね。いつか出してあげられるといいんですけど。時に高ちゃんってどなたですか?私が忘れてるだけでしょうか?
コメント by くろすけ。 — 2011/01/23 @ 18:51
うわぁぁぁぁぁぁぁ!?高ちゃんじゃねぇぇぇえ!真ちゃん(真田)だぁ!?素で間違えちゃいました!!マジでごめんなさい!!(土下座
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/01/23 @ 22:11
> ヨッシー喜三郎様
ああ、よかった。誰か忘れてたのか、もしくは高順の事かと思いましたよ。
あんまり気にしないでくださいねー。
コメント by くろすけ。 — 2011/01/23 @ 22:24