昨日の夕方、やっと城に戻ってきた達は、華琳から一日完全休暇を頂いていた。
「……まだ舌がぴりぴりする」
漸くゆっくりと時間が取れたので、帰ってきた昨日の夜、荷物を解くのもそこそこに新規に参加してきた面々の歓迎会を行ったのだが。
「まさか、凪があそこまで辛いものが好きだとは……」
は凪が食べていた料理を一口食べて、反省した。他の言葉は要らないくらいに、反省した。
「コロッケの素材が甘くて良かったかも」
中身はサツマイモと挽き肉だ。同じ南米原産の唐辛子はあるくせに、ジャガイモとトマトが見当たらないのが恨めしい。
華琳も休みだと聞いていたので、新しく作り上げた料理を片手に中庭を通って彼女の部屋に向かう、その途中の事だった。
目の前へひょっこり現れた生き物に、は目を丸くして一瞬固まってしまった。
「なんで、コーギーが居るんだよ」
は足元で彼を見上げてくるワンコに、心の底からため息を吐いた。
彼の知っているウェリッシュコーギーは英国産の犬で、誕生するのは後1000年以上必要なはずだが。
「ここは城だぞ?どこから入り込んだ、おまえ」
しゃがんで頭を撫でれば、もっととすり寄ってくる。
「さては、こいつが目当てか」
は懐から取り出した紙包みを軽く揺すった。
「わん!」
彼は紙包みを見た途端、行儀よくお座りしてしまう。
「ははは、いい鼻をしているな。でも、一個だけだぞ」
紙包みの中から出てきたのは、試作品のコロッケである。
「揚げたてだから、まだ熱い。少し待て」
が包み紙の一部を破いて地面に置くと、コーギーはまだ湯気を立てるそれを前にお座りをした。
「お、偉いな」
鼻で少し確かめていた彼は程良い温度になると、パクパクと食べ始めた。
「セキト」
突然、近くの茂みから声と共に、ひょこっと赤毛の子が顔を出した。
呼ばれて嬉しそうにしっぽを振るコーギーの様子に、も表情を綻ばす。
「君がこの子の飼い主さん?」
青年はセキトの頭を撫でて、近付いてきた女の子に笑いかける。
「ん。いいにおい」
小さく頷いて、鼻をひくつかせる彼女に、は微苦笑を浮かべる。彼女にも犬耳と尻尾が幻視出来そうだ。
「君もいい鼻をしてる。…一個だけだぞ」
キツネ色に揚がったそれを不思議そうにみていたが、パクリと一口運んで目を輝かせた。
「一個だけだと言ったろう。そんな目で見てもダメだ」
まだ彼の手の中にある包みをジッと見つめられるが、は軽く首を振る。試作品だからこそ、意見を聞きたい相手がいる。
「今度、君らの分を用意しておくから。また遊びにおいで。約束だ」
黒髪の青年は優しく笑って、赤毛の子の頭を撫でる。
「約束」
小さく頷くその子の様子につい和んでしまう。
「恋」
「ん?」
「約束の代わり、真名預ける」
「そうか」
真名の価値は人それぞれと言うことか。
「よろしく、恋。俺はだ。好きに呼んでくれ」
「また今度。とても楽しみにしてる」
そう言って別れて直ぐ。
「隊長、良かった。こちらに居られましたか」
「凪?どうした?」
城の廊下で彼を捜していたらしい凪と出会い、は首を傾げた。
「それが急に王座の間へ集まるようにと」
「わかった。行こう、凪」
「はい、隊長」
王座の間に駆けつけてみれば、すでに主立った者たちが、ほぼ全員が集まっていた。
「どうした。今日は休みにすると言ってなかったか?」
「私だってそのつもりだったわよ。春蘭と秋蘭をたっぷりと堪能する予定だったのに」
「うわお。聞くんじゃなかった」
物凄く怒っているらしい華琳の言葉に、は肩をすくめた。
華琳の華琳による華琳のための酒池肉林。
なんて羨ましい。
「いつか女の子の口説き方を伝授してくれ」
つい本音がでたを、その場にいた全員が呆れた顔で見つめた。
「何や、兄ちゃん。彼女、おらんのか」
袴姿で胸にサラシを巻いた将軍らしき人が、豪快に笑っている。
「ええっと、お初にお目にかかります?」
「張遼や。よろしゅう頼むわ」
は目の前に立つ彼女に笑顔で手を差し出した。
「そうでしたか……貴女が。これは失礼しました。お会いできて光栄です。ここで客将をやらせてもらっているです」
「へえ、あんたがあの『千里眼』か。いっぺん勝負してみたいな」
「ははは。用兵の妙を誇る貴女に、そう言ってもらえると末代まで誇れますね」
華琳は、の表情に小さくため息をついた。この顔は、あれだ。歴史上の英雄に会えて喜ぶ子供だ。
「そう言えば、以前恋人はいないと言っていたわね」
「ん?ああ。生まれてからこちら、恋人という存在を手にしたことはない」
自信満々に言うことではない。案の定、今度は不審そうな目を向けられた。
「俺に彼女が居なくて悪かったな」
黒髪の青年は少し眉を寄せてそう言って、いつもの定位置へ行ってしまった。
「のことですから、気付いていなかった可能性が一番高いかと」
秋蘭の言葉に魏の面々は苦笑するしかない。
自分へ向けられる好意にトコトン鈍い男である。気付いていない可能性は非常に高い。
「面白い兄ちゃんやな」
張遼が笑ったところで、目的の人物がやってきた。
「呂布殿のおなりですぞー」
「はっ!?」
小さな女の子を先頭に現れた人物に、は驚きの声を上げた。
「どうした?」
秋蘭は千里眼とも賞される青年が、驚きの声を上げたことに目を丸くした。
「いや、なんでもない……」
だが、その顔はどうみても、何でもないようには見えないほどに真っ青だ。
「飛将軍呂布がどうかしたのか?」
「……聞き間違いだったら良かったのに」
改めて秋蘭から聞かされた名前に、胃が痛くなりそうだ。
『あの』呂布にコロッケをあげて、頭を撫でた。しかも、そのコロッケは試作品で、覇王様へ献上していない。
「……俺の命運は今日で尽きるかもな」
コロッケで尽きる命。ちょっと泣きそうだ。
華琳と使者と名乗る小さな女の子のやり取りを聞きながら、は覚悟を決めた。
決めざるを得まい、恋がこちらを見て、実に嬉しそうな顔を見せたのだから。
話が終わった途端、恋はの方へ真っすぐ駆け寄ってきた。
「。また会った」
彼の前にやってきて、恋は笑顔でを見上げた。対する青年は顔面蒼白である。
「ええっと、まさか天下の飛将軍だとは知らず、先ほどは大変失礼を……」
「恋、でいい」
「いやいや。そういう訳には……う」
捨て犬みたいな目は反則だと訴えたいっ!
正面からは飛将軍+使者の方々、背後からは覇王様+α。その重圧に、見上げられている青年の方が、泣き出したい心境だった。
「約束」
「……う」
ぎゅっと服のすそを握られ、は白旗を掲げた。
「……すぐにご用意する。少し待ってくれるか?」
「ん」
嬉しそうに笑う恋に、は苦笑するしかない。頭を撫でたくなったが、さすがに自重した。
「出た。必殺、人誑し」
「まさか天下の飛将軍までとは、その威力恐るべしなの~」
真桜と沙和の言葉を、は華麗に聞き流す。
「じゃあ、用意が出来たら届けるから、どこか別の部屋で待っててくれ」
「ん。待ってる」
恋が手を振って、王座の間を出て行った直後。
「説明してもらえるのよね、?」
背後から聞こえてきた絶対零度の声に、は逃げ出したいと動き出そうとする足を必死に止めた。
「つまり、呂布と知らずに餌付けしたと」
直立不動のに説明され、華琳は盛大にため息を吐いた。この無自覚天然誑しを、本気で何とかしたい。
「もの凄く簡単で、春蘭にも理解できるまとめをありがとう」
全身全霊をもって、死亡フラグをへし折ったも肩から力を抜いた。
「で?何を食べさせたの」
「コロッケ。揚げたての方が旨いんだが」
が取り出したそれは、まだほんのりと温かい。
「試作品だから、一個あげた」
「この周りについている粉みたいなものは?」
華琳は1つ手にとって、コロッケを眺める。
「秘密。とりあえず食べて、感想を聞かせてくれないか?」
「自信は?」
「まあ、そこそこ」
の言葉に、華琳はコロッケを口に運ぶ。
「……これで揚げたての方が美味しいの?」
「ああ。残念ながら素材の都合で試行錯誤中ですが、覇王様のお口には合いましたかな?」
手を拭く濡れ布巾を差し出してくる、彼の気遣いが嬉しい。
「ふふ。完成品が出来たら、必ず最初に食べさせなさい。いいわね?で、用意できるの?」
機嫌が回復した華琳は、もう一つと手を伸ばす。
「ん。まあ、材料は揃ってるからな。すぐ作ってくる。もう一つ試作品があるんだが、食べに来るか?」
「貴方にしては珍しい愚問ね」
「了解。じゃあ、行こうか。あ、これ。あと三個あるから、ちょうどいいだろ。三人は俺の料理を食うの初めてだしな?」
コロッケの入った紙包みを凪に手渡す。
「ありがとうございます」
頭を下げる彼女には優しく笑って、華琳と共に王座の間を出て行った。
その後。
エビクリームコロッケを食べた華琳に、作り方を教えろと絶を突きつけられたことも。
王座の間でコロッケを食べられなかった者達に、襲撃を受けたことも。
都までコロッケごとお持ち帰りされそうになって、恋を必死で説得したのも。
青年にはありふれた日常のヒトコマである―――
いやっほー!やっと恋の頭を撫で撫で出来たぜー!
そして、次回からは諸国連合編へ突入だー!…となればいいんですが、予定は未定。
久しぶりに拠点編も書きたい気もする今日この頃です。
コメント by くろすけ。 — 2011/02/12 @ 01:19
相変わらず良いっすねぇ~
癒し犬恋と忠犬凪の犬犬対決が、小生の中で勃発してしまいました。
結果は、両方とも侍らせている諒君が居ましたが…
コメント by 蒼空 — 2011/02/12 @ 03:46
>蒼空様
いいですよね~
久しぶりに和む話でした。いつかビーストテイマーになれるよ!主人公(笑)と思ってしまいます。
また次回をお楽しみにー。
コメント by くろすけ。 — 2011/02/12 @ 09:54
いまさらですけどくろすけさんの書く主人公って全体的に柔らかいですよね、物腰的にwwしかしそこがいい!!
まぁ恋姫の登場人物は初見だと誰かわかりませんもんね?根本的な問題としてはww恋とセキトがおいしくコロッケ食ってるときに陳宮は「恋殿ぉぉぉぉぉ!?」って探してたんすね?城中をww
てか地味に張遼ともエンカウントwwこれで正規の魏のメンバーは流琉だけですかね?顔見てないの・・・・・この先は反董卓ですかね?いやぁ最終的に原作魏メンバーだけになるのか余所の武将も取り込めれば取り込むのか気になるところですねぇww
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/02/12 @ 16:58
>ヨッシー喜三郎様
いつもありがとうございます。
主人公は物腰柔らかというか、喧嘩を売るのがめんどくさいだけかもしれませんが(笑)
怒るのって体力使いますし。
主人公の頭の中にあるのは、どっちかというと無双な英雄達ですから。女の子をついうっかり可愛がってしまうのは、男の子としてデフォルト仕様です。
早いとこ全員集合+アルファになって欲しいところです~
コメント by くろすけ。 — 2011/02/12 @ 19:23
ついに最強の飛将軍を餌付けしましたね。セキトもセットでしたな。
まあ、現代の料理を再現しているわけで、見たことも無い料理で、しかもうまいわけだ、気に入らないわけがないですね。
これで、恋の魏参入フラグが立ったかな?
餌付けされてるし、真田屋の食べ物食べ歩きとかしそうですね。
ついでだし、月達もまとめて引き取ってしまえ!
コメント by エクシア — 2011/02/13 @ 01:49
>エクシア様
コメントありがとうございます。漸く恋を撫で撫で出来て、私は満足です。
今後も恋は諒の差し出すご飯に目を輝かせることでしょう。
ああ、早く本編を終わらせて、ルート後を書きたいですなー。
コメント by くろすけ。 — 2011/02/13 @ 12:07