それは珍しくもない一日になるはずだったのに。
「うわぉ、今時バスジャック」
「日曜朝の特撮番組でも使われなくなって久しいのに」
「さん。よく知ってるね」
「保護者の一人が大好きで、DVD鑑賞に付き合わされました」
「……ナイフと、あれは…トカレフですね…」
他の火薬類はないと確認した。
この人達がいなければ、警察の介入を待っただろう。
だが、青年は振り返って、覚悟を決めた。
「ここでじっとしていてください。絶対に動かないで」
「さん?」
気丈に振舞う蓉子の握り締められた手を軽く叩いて、彼は優しく微笑んだ。
「大丈夫。私は負ける戦はしない主義です」
大丈夫。もう一度、そう言って彼は座席から立ち上がる。
「何だっ?大人しく座ってろっ」
ナイフを振りかざした男を見て、はわざとらしく大きくため息を吐いた。
「それでは、鼠一匹狩ることはできませんよ。私の師匠が見たら泣きますね、確実に」
「てめっ!」
逆上させた相手の動きを読んで、ナイフを持った手を掴んでそのまま握りつぶす。
男の手はナイフの柄と万力のような青年の手に挟まれてあっという間に砕けた。
「――――ぁっ」
声にならない悲鳴を上げる男。
その襟首を掴んで、青年は銃を持った相手にゆっくりと歩みよる。
「く、くるなっ。撃つぞっ」
「私に当たる前に、この人に当たると思いますけど」
右腕一本で引きずられている共犯者は既に半分意識を失っている。
「第一、安全装置を解除しないと撃てませんよ?それ」
「え?」
男が視線をそらした時に、もう決着していたのだと思う。
は掴んでいた男を投げ飛ばし、銃を握っている手に向かってブーツのかかとを床を踏み抜く勢いで叩きつけた。
「銃の扱いも知らない素人が、バスジャックなど企てるものではありませんよ」
銃を拾い上げたは、呆れたようにため息を吐く。
安全装置を外して男の額に突きつけた。
「ひっ」
「この距離なら外すこともない。後は、この指一本で貴方はこの世界とはお別れだ」
「た、たのむ、う、うたないで」
「お前達は、この恐怖を私の大切な人達に与えた。許すとでも?」
「わ、わるかった…だ、だから…」
はすっと目を細めて引き金の指に力を入れた。
カチンッ
銃声とは似ても似つかない軽い音がバス内に響く。
「……薬室に弾丸が入ってないのに、発射できるものか」
気絶した男を前に、青年は再度ため息を吐いた。
銃を手にしたまま、物憂げな表情でバスの運転手へ声を掛ける。
「会社に連絡を。警察にもお願いします」
「は、はいっ」
運転手が動き始めるのを見て、は男たちを彼ら自身のベルトで縛り上げてゆく。
その顔にいつもの優しい微笑みはなく、眉間に皺を寄せて黙々と作業を終わらせる。
空いていた近くの座席に座り込むと、携帯で連絡を取る。
『はい』
【ああ、冴子姉。フランス語でごめん。バスジャックに会ったんで、片付けた。今からいう場所へ急いで来て】
『さっき、連絡が入ったやつね。泉田君と直ぐに向かうわ』
【了解】
携帯を切って、窓の外を眺める。
振り返ることは怖くて出来なかった。
嫌われたのではないかとか、怖がられたらどうしようとか。
「さんっ、大丈夫っ!?」
だから、掛けられた言葉に声が出なかった。
「怪我してない?」
「ぶつけたりとかは?」
彼女達の顔には、『心配』しかなくて。
は嬉しくて泣きそうだった。
「…はい。皆さんも怪我は?」
「ありません」
大合唱で答えられた。
だから、彼は笑顔で居られるのだ。
「もう直ぐ警察も着ます。こんな物騒なものは、処分してもらいましょう」
冴子姉が到着してからの方が質問責めにあってしまう。
は不思議そうに首をかしげたのだ。
このニュースが何処からともなく漏れでて、学園で彼が『薔薇の騎士ローゼンリッター』と呼ばれるようになるのはそう遠くない話。
まさに「今時バスジャック?」と思ったので、却下(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/01/29 @ 00:28
特撮で園児が…って10年くらい前の作品になりそうですね(汗)
でもジャンプ漫画(死神のノートのやつ)には使われてるという…
コメント by 涼斗 — 2011/01/29 @ 22:11
いや、十年以上昔では……?最近の奴は見てないのでわかんないですけど。
へえ、あの漫画にそんな場面が?一度読んでみるのもありかなー。
コメント by くろすけ。 — 2011/01/30 @ 00:15
悪即斬!
薔薇姫達を悲しませる輩には容赦がないです。
姫の前に立ちはだかり悪意を跳ね除ける。まさに騎士です!!
コメント by 蒼空 — 2011/01/30 @ 18:41
>蒼空様
最初の騎士ネタはこっちだったんですけどね。
まあ、バスジャックはないだろ?と(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/02/01 @ 00:58