「今日も大量の書類ですね……」
放課後、紅薔薇様の前に積まれた書類に、は目を丸くした。
蕾である祥子や令も手伝っているとはいえ、最終的に薔薇様と呼ばれる彼女達のサインを必要とするものが多い。
「聖さんや江利子さんでは駄目なのですか?」
そう尋ねる彼の視線の先には、楽しそうに祐巳に抱きついて祥子を怒らせている聖と、令を挟んで由乃と遣り合っている江利子の姿がある。
「元々薔薇の色に格差はないんですよ」
蓉子は小さくため息をついて、新しい書類を取り上げた。
「なるほど、生徒会長が三人いるということですか。そして同時に書記でもあり、会計でもある」
「そうです」
「そうなると、後はやる気の問題と……」
「…そうです」
あの二人のやる気を起こさせる方法があるのだろうか、と考えてしまう。
「私にも何かお手伝いできることがあればよいのですが」
「ありがとうございます、さん。でも、大丈夫ですから」
そう答えたが、彼は何か考えるようにして、祥子の側に置かれた書類を指差した。
「こちらはサインするだけですか?」
サインするればいいだけのものは、祥子が別にまとめていた。
「ええ。そう」
それだけでも結構な枚数が積み上げられていて、蓉子は小さくため息を吐いた。
「では、これは私が処理しましょう」
何でもない事のように言って、は蓉子の隣に椅子を持ってきて彼女のサインをじっくりと見つめている。
「え?どういう事ですか?」
「これでも文書偽造のプロに99%ばれないと、太鼓判をいただいたことがありますから」
「そんな事を自慢しないでくださいっ」
にこやかな笑顔の彼に一瞬見とれた後、蓉子は声を上げる。突っ込むところはそこじゃないだろうと思いながら、聖が彼らを見つめているとが彼女の方へ顔を向けてきた。
「……聖さん」
「やだ」
聖はに名前を呼ばれて、即答した。
「ここは等価交換といきませんか?」
は彼女に提案とばかりに右手を挙げる。
「何?」
「土曜日の午前中、お暇ですか?」
「今のところ、特に予定はないね」
「この前見に行きたいとおっしゃっていた映画、それでいかがです?」
「勿論、ランチも付くんだよね」
の言葉に聖はニヤリと笑う。
「ご希望でしたら、その後、私の店で珈琲とケーキをお付けいたしますが?」
「悪くないね。これにサインしていけばいいの?」
聖はが持っていた書類を受け取って、蓉子に確認する。
「え?ええ。お願い、できるかしら」
聖が手伝ってくれることになったことに、蓉子は目を丸くしてる。
「で、私がこの書類を片付けたら、何をしてくれるのかしら?」
反対側に座っていた江利子が、蓉子の手元から半分ほど書類を抜き取って、に微笑みかけた。
「日曜日を使って、ぶらり途中下車の旅を体験してみるのは?」
「悪くないわ。これは任せておきなさい」
あれよあれよという間に、蓉子がするはずだった仕事は、三分の一になっていて、彼女は聖の隣で志摩子と一緒に書類をまとめている青年を見つめた。
「さん…」
「はい?」
「あの……どうして、等価交換で貴方が支払うんでしょうか?」
「そうですね……」
そう言って少し考えた彼は、とんでもない事を言い始めた。
「私のわがままだからでしょうね」
「え?どこが貴方の我がまま…だったんですか?」
仕事を手伝わないのは、彼女の親友たちのわがままのはずだ。
元々は、三人でする仕事なのだから。
「私が貴女を甘やかしてみたい、という我がままです」
だから、そう笑顔で言われた時、蓉子の顔は真っ赤に染まった――――
我がままを言ったのは、誰?
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