そろそろ昼の用意でもするかと、青年が工房へ向かっていた途中のことだった。
「ん?春蘭?」
視界の端を挙動不審な将軍が通り過ぎていった。
「……何やってるんだ?」
あからさまに何か隠していますよと言わんばかりの様子に、は呆れてしまう。
「昼飯の前に確認しておくか」
春蘭が華琳を裏切るなどという事は、天地がひっくり返ってもあり得ない。としては彼女が何を隠しているのか。それが気になるのだ。
「……弱みは握ってこそ価値があるというもの」
弟子として、多少問題のある事を呟きながら、青年は師匠の後をつける事にした。
「……なんだ。自分の部屋じゃないか」
どこへ行くのかと思っていれば、何のことはない。春蘭の部屋へ到着してしまった。
「となれば、手にしていたものが問題か」
可能な限り足音を殺して、は部屋へと近付いていく。
「これはたまらん」
「やりすぎだぞ、姉者」
聞こえてきたのは、部屋の主である春蘭と彼女の妹の声だった。
「ん?華琳も居たのか?」
鍵の掛かっていなかった扉をそっと開けてみれば、覇王様の姿もあって、青年は思わず声にしていた。
「!何者だ!」
「うわぁ!」
春蘭に思いっきり扉を開けられて、彼は珍しく慌てた声を上げていた。
「大人しくしてもらおうか」
「……元から大人しいよ、俺」
組み敷かれて、背中から聞こえてきた静かな声に、はため息混じりで応える。首筋に当てられた刃が冷たくてしかたない。
「なんだ。ではないか」
「ご理解いただけたようで何より」
応えてすぐ首筋から冷たい感覚が遠ざかり、極められていた腕が解放される。
「やれやれ。どうしたんだ?二人とも」
「悪かった。とりあえず立ち話もなんだ。入るといい」
秋蘭に招かれて部屋に入ってみれば、やはり華琳がそこに居た。
「お邪魔だったか?」
曹操は女好き。史実でも有名な話だったから、あまり気にはしていない。少々羨ましいくらいで。
それよりも季衣の教育上、もう少しTPOを考えて欲しい。ついでに青少年の事情も考えてもらいたいところだ。
以前、王座の間で桃色空気を発せられた時、思わず文官の長老を見つめたが、諦めの境地の眼差しで首を振られてしまった。
むしろ、どうにかしてくれまいかという期待の視線が彼に集まってきた事実に泣きたくなる。なんせ訴えたい相手が、主原因なだけに笑えない。
だが、華琳は黙ったまま青年を見ているだけで、怒っている訳ではないようだ。
「以前話しただろう。等身大華琳様人形だ」
秋蘭の言葉に、は改めて目の前の『それ』を見つめる。
「同調開始」
小さく呟いて目の前の華琳を解析すれば。
「……確かに木製だな。どうやって作ったんだ?」
「普通に木を彫っただけだが?」
春蘭の他にどうするのだと言わんばかりの言葉に、は眉間を軽く指で解す。
だが、この出来を考えると、夜な夜な街を徘徊して辻斬り的な事をしているという方がしっくりくるのは何故だ。
製作者が目の前の師匠だと言われるよりも、その方が説得力がある気がする。
「よく分からんが、物凄く失礼なことを考えなかったか?」
「いや、気のせいだ。きっと」
「そうか?だが、よく出来ているだろう。我ながら自信作だ」
「確かに、それは認める」
愛ってすげーと内心感動中である。
「で、さっきコソコソと帰ってきたのは、これ絡みなのか?」
「うむ。街の仕立て屋に新しい服を作らせてな。……貴様、どこから気付いていたのだ?」
「庭で見かけた」
「馬鹿な。細心の注意を払って帰ってきたというのに、貴様ごときに気付かれていたのか……」
「姉者。いつも言っているだろう。堂々と帰ってきた方が気付かれにくいぞ」
「秋蘭の言うとおりだな。普通に帰ってきてたら、気にもしなかった。が、絵に描いたような不審者ぶりだったんでな」
「むう……、この夏候元譲、一生の不覚……」
反省している師匠は置いておいて、は秋蘭に視線を移した。
「で、その新作は?」
「うむ。件の、メイド服とキャミソールだ」
以前、軍服とゴスロリ服を作った後、自分で作ると大変な目に会うとの反省を踏まえ、彼女達に何点か簡単なイラストを描いて渡してあった。
「着せてみた感想は?」
「それが……だな」
「似合わなかったのか?」
春蘭の言葉に、は首を傾げる。
「いや、何と言うか……そのな」
秋蘭まで言葉を濁す。
「華琳に似合うと思ったんだが、可愛くなかったのか?」
「いや、そんな事はない。確かに可愛らしかった」
「だが、あれはまずい。まずすぎる」
「まったくだ」
「何か問題でも?」
二人の駄目出しに、はますます訳がわからない。
「あれは可愛らしすぎて、我々の仕事に手が付かん」
「……なるほど。それはとても理解した」
春蘭の言葉に、青年はとても納得できた。
「せっかく、案を出してもらったのだが。すまぬな」
「いや、いいさ。そのうち仕事の無い時にでも使ってくれ。俺は全力で逃げる」
青年としては、まだ死にたくない。
「さてと、春蘭が何を隠していたかもわかったし。昼飯にするか~」
「今日は何だ?」
身体を伸ばした青年に、浮き立つような声で尋ねるのは春蘭だ。
「ハヤシオムライス。食べに来るか?華琳は昨日食べてる」
この二人、特に秋蘭に勧めるには、最後の一言が重要だ。
「では遠慮なくいただくとしよう。……楽しみだ」
「まあ、華琳の評判も上々だったからな。期待してくれていいぞ」
「しかし、あの二つが使えぬとなると、どうしたものか」
春蘭と秋蘭はの工房へ向かう道でも、華琳の服について話していた。
「。この間の『ゆかた』というものを教えてもらえないか?」
黄巾党の時の話を覚えていた秋蘭の言葉に、青年は苦笑する。
「よく覚えてたな、秋蘭。という事は、最低でも三人分は用意しないといけない訳だな」
「さすがは『千里眼』殿。察しが良くて助かる」
「煽ててもハヤシオムライスしか出てこないぞ。今度、布を買うのに付き合ってもらえるか?」
「製の服か。この間の服以来だな」
「……忘れたい記憶を掘り起こすのは、やめてくれ」
楽しげな春蘭とは対照的に、は軽く身を震わせた。少し思い出しただけで、背中に何かが走ったらしい。
「万が一、襲い掛かったりして、春蘭に斬りかかられるのは困る」
「普通、姉者に斬りかかられたら、困る程度ではすまんのだが」
「そういう秋蘭も容赦ないよね。だから、そんな事態にならぬよう、君らに意匠を渡したりしてたのに……って、浴衣もまずいのでは?」
「さて、私には『ゆかた』というものが、さっぱりわからぬのでな。だが、教えてくれるのだろう?」
そういう彼女の口元が楽しげに緩んでいるのは、見なかったことにしよう。
「むぅ……確かに、『約束』した。……理性が頑張っている間に逃げ出すから、邪魔しないでくれよ?」
「さて、それは華琳様次第と応えておこう」
まさに、後悔先に立たず。は服飾関係が鬼門になりそうだと小さくため息を吐いた。
数日後、晴れた日の午後のこと。
王座の間にて、お披露目が行われていた。
「うん。三人ともよく似合う」
出来上がった浴衣の出来栄えに、製作者は満足そうに頷いている。
結局、彼は浴衣だけではなく、下駄や簪など小物なども作り上げていた。黒髪の青年は、妙なところで凝り性なのだ。
「華琳様も春蘭様も秋蘭様も、お似合いなの~」
沙和が三人を見つめて目を輝かせている。桂花は最初から華琳しか見ていない。
「ホンマ、師匠は何でも出来るな~」
「これ、兄ちゃんの国の服なの?」
真桜や季衣も初めて見る浴衣に興味津々の様子だ。
「初めて作ったから心配していたんだが、その様子なら安心だな」
「あら?私達を実験台にしたのかしら?」
「男物の試作はしたよ。ただ女物を作るのは初めてでね」
浴衣姿で楽しそうに笑っている華琳に、青年は小さく肩をすくめた。
「という事は、貴方の分もあるということね?」
「ああ、一応。……まさか、着替えて来いとでも?」
「理解が早くて助かるわ」
約一名以外に期待に満ちた目で見つめられ、青年は早々に白旗を掲げた。
「これで満足か?」
待たせるのも悪いと手早く着替えてきた青年が、王座の間に現れると口々に感嘆の声が零れた。
生成りの質素なそれが、彼にとても似合っている。この時代では高い身長も一役買っていた。
「色がこれなのは、試作品だから?」
華琳は彼の隣へやってきて、の浴衣に触れる。
「ああ。生成りが一番安かったんだ」
大人しく触られている青年は、自分のものに全く拘りが無い。
「次はちゃんと作りなさい」
そういう華琳の浴衣は、黒地に白と赤で花の描かれたデザインだ。
春蘭と秋蘭の浴衣には、白地に赤と青で同じく花が描かれている。
「そうだな。帯はこのままでいいが、こっちは黒に染めようかと思う」
きっちりと着ている女子陣とは対照的に、軽く着崩した浴衣の襟をは軽く叩いた。
「。皆のものも用意できる?」
華琳は浴衣の動き具合や布の触り心地を再確認して、青年を見上げた。
「そう言うと思って、作り方は街の知ってる服屋に教えておいた。数日後には完成品が届く」
皆が浴衣を着たところを想像して、は優しく笑う。
「きっと皆に似合うから、気に入ってくれると嬉しいな」
「私は気に入ったわ。何着か追加をお願い」
「わかった。後で注文に行っておく」
「駄目」
の返事を見越したような即答が、笑顔の覇王様から放たれる。
「……後で、布を買いに行ってこよう」
彼女が何を言いたいのか、直ぐに理解できるようになってしまった自分に、は深々とため息を吐いた。
この後、浴衣姿の覇王様と姉妹とデートにでも出かけるといいよ。うん。
そして、浴衣を着崩して微妙に色気の出ちゃった主人公に見とれちゃったり、覇王様達の浴衣チラリズムに悶絶すればいいさ。
コメント by くろすけ。 — 2011/03/03 @ 15:54
更新キタコレ!!ってんでさっそく感想ww
浴衣かぁ・・・・・日本人体型ってかスレンダーな方が似合うってよく言いますよねwwいや、他意はありませんよ?誰それが似合うとか言いませんよ?(笑)
しかし改めて思うけど真田ん(さなだん)は他芸だなぁww浴衣まで製作可能とは、服飾とか娯楽・菓子文化で見れば魏は最先端を突っ走ってますね!他国の軍師が見たら街システムだけでも卒倒しかねませんな!周瑜は上手く情報を引き出そうとしそうなイメージですがww
浴衣似合いそうなランキング
魏
1位 稟 2位 秋蘭 3位 華琳
呉
1位 思春 2位 蓮華 3位 明命
蜀
1位 星 2位 焔耶 3位馬姉妹
自分の独断と偏見ですんで意見も反論も受け付ける!!・・・・と思うww
落ち着いた雰囲気の人に似合いそうですよねぇ、そういう意味では黄忠・厳顔・黄蓋も似合いそうではあります。
P.S.自分の一番古い感想が2010年2月5日って書いてるのをさっき見つけたので1年以上ですねぇ・・・・ちょっと感慨深いwwこれからもがんばってくださ~い!!
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/03/03 @ 19:46
>ヨッシー喜三郎様
チラリズムを愛してやまない、個人的にはお祭りの浴衣よりも、湯上り浴衣が大好きなくろすけ。です(笑) いいですよねー、浴衣。
浴衣というか、和装の作り方って意外と簡単ですよ。直線縫いだけでいけます。立体的に縫わないといけない洋服の方がよほど大変だとは、コスプレをしている友人談。
ということは、もう一年以上になるんですね。恋姫を書き始めて……こんなペースで申し訳ないです。
コメント by くろすけ。 — 2011/03/04 @ 01:37
大陸って現代のアジア圏内なのに、まったくアジア人って感じのしない恋姫ですが、浴衣は似合いそうですね。
どこぞの金ぴかおっほっほは絶対に似合ってほしくありませんがね。
ちなみに、恋姫のパーフェクトビジュアルブックに、巫女服の祭と明命がいたので、日本の服装は案外似あう人が多いと思いますよ。
孫呉の皆さんに是非浴衣などを着てほしいですね。
コメント by エクシア — 2011/03/05 @ 01:20
>エクシア様
コメントありがとうございます。返事が遅くなりましてすみません。
まず髪の色がアジア圏外ですよね。
やっぱり酒飲みーずには浴衣が似合う気がします。
ああ、早く萌将伝編を書きたいですなー。
コメント by くろすけ。 — 2011/03/07 @ 23:52
浴衣+髪を下ろした覇王様とかは??どうっしょ??
可也レアでさすがの諒君も見とれるかもねぇ~
では、小生は年上キャラが好きなので
1位・祭、2位・紫苑、3位・冥琳
をオススメしてみます。
コメント by 蒼空 — 2011/03/14 @ 04:37
>蒼空様
風呂上りだとナオヨシ!(笑)
そんな事があったら、さすがに襲ってもらおうと思います。
私はやっぱり秋蘭か星が似合うかと。あ、華琳は別格で。
コメント by くろすけ。 — 2011/03/14 @ 10:38