夜、日も落ちてしばらくが経った頃の事。
「ふざけんなーーーー!!」
天の御使いの声が城内に響き渡った。
「こら、待たんかっ!」
「待てといわれて、待つ馬鹿がいるかっ!」
廊下は走るなという時間なんぞ、優に過ぎているにも関わらずの大騒ぎである。
城の住人達は、扉から顔を出して事態を確認すると、やれやれとため息を吐いて部屋に戻ってゆく。
誰も止めようとも助けようともしないあたりが、青年としては泣けてくる。
「きゃっ!」
「あ、ごめんな。怪我してない?」
「は、はい」
「危ないから、早く戻った方がいいよ」
ぶつかりそうになった女官に、謝っては再び走り出す。
「痛っ!いててっ!鏃無しでも痛いぞっ、秋蘭!」
その背中に何本もの矢が降り注ぐが、足を止めずに走り抜ける。
「くそっ!」
両手を合わせて、廊下の壁を分解して、通り抜けて再構成する。
こそこそと反対側にある窓から抜け出そうと足をかけた瞬間、土壁が爆発する。
「なっ!?」
「ここかっ!」
開いた穴から現れた大剣に、青年は驚きの声を上げたが、足は止められない。
「逃がさん!」
「やばっ!」
春蘭の行動を読んで現れた、妹の正確無比な攻撃を涙目でかわす。
「逃げても逃げなくても、俺の首が飛ぶ確率高めなのは、デフォルト仕様かよっ!」
今日の鬼ごっこの原因。
着物姿の華琳。以上。
理性が灼ききれる寸前に走って逃げ出した彼を、追いかけて捕縛するようにと実に楽しげな城の主の声が背後から聞こえてきた。そのことから、逃げ出した訳を知った上で命じていること疑いがない。
「大人しく捕まらんか!」
「剣を振り回しながら言われて、大人しくなんてできるか!」
廊下の角を曲がり、中庭に逃げたと見せかける。
そうしておいて、透明化の呪文を唱えて屋根の上に逃げ込んだ。
マジで死ぬ。城下よりも安全なはずの城内の方が、死ぬ危険性が高そうな気がしてくる。
「どこへ逃げた!?」
追いかけてくる春蘭の声に、息を殺す。
次の鬼ごっこまでに、気配の殺し方を習得しようと心に決めた。きっと凪なら教えてくれる。
遠ざかる声と足音に、は漸く大きく息を吐き、肩から力を抜いた。
「ほとぼりが冷めるまで隠れていよう……」
屋根の上に寝転がり、満天の星空を眺める。
「こっちでも星で占いとかするのかな」
「勿論。星見は重要な仕事よ?」
真下から聞こえてきた声に、思わず身体が固まる。
「そんなに脅えなくても良いじゃない。鬼事はお終い。服も着替えたから、降りてきなさい」
今にも逃げ出しそうな気配を察したのか、華琳は矢継ぎ早に言ってきた。
は回復魔法で透明化を解除すると、ひょいと屋根の上から顔を見せる。
「助かる。このまま朝まで屋根の上かと思ったよ」
「逃げ足だけは相変わらずね」
ため息を吐く華琳に、は肩を竦める。
「誉められたと思っておく。今度は昼間に着てくれると助かるな」
「逃げ出したのに?」
「似合いすぎだから、逃げ出したんだよ。華琳を押し倒すと、もれなく首と胴が泣き別れだろ?」
は簡単に想像出来てしまう光景に軽く身震いした。
「目の保養なんだが、あの姿だと俺が仕事に手がつかないのが問題だな」
「それは困るわね。特別な時だけ着ることにするわ」
華琳は笑いながら、彼の作った衣装を思い出す。
黒の絹を基本に作られたそれは、間違いなく最高級の一品だった。
しかも、彼が用意したのは服だけではない。帯や簪など小物に至るまで彼の手製だった。
「後は武芸が達者なら完璧なのに」
「ははは。痛いのはイヤ」
笑顔で答える青年が、実は武芸もいける事を覇王様が知るのは、もう少し先の話――――
タイトルは携帯で書いていた時に、勢いで決めました。
城内では時々リアル鬼ごっこが執り行われます。もう城の中の人は慣れっこです。
そのうち、他の面々も加わったりして、主人公の逃げ足は磨きがかかります(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/03/14 @ 00:06
諒君!理性なんて焼き切っちゃえばよかったのに…
これで、覇王様は諒君篭絡武器を手に入れましたねぇ~
この駒を使ってどう動いて往くのか楽しみです。
コメント by 蒼空 — 2011/03/14 @ 04:56
>蒼空様
覇王様の姿を見た瞬間に、足が自動で回れ右をした様子です(笑)
いやだって、ねぇ?誰だって、死ぬのはイヤー(笑)
覇王様はいつだって容赦がないですよ?ふふふ。
コメント by くろすけ。 — 2011/03/14 @ 10:49