天の御遣い特設工房前の東屋は、最近魏首脳部の臨時会議場になることが多い。何といっても、お茶と菓子付だ。
「ふむ。どうするかね」
そんな東屋で季衣が手紙を書く隣に座ったは、書き溜めたメモを眺めて首を傾げる。
「今度は何を考えているの?」
そこへ王様が顔を出したのは、少し考えをまとめようとがお茶に手を伸ばした時だった。
「ん~、色々」
当然のように隣に座ってメモ帳を覗き込んでくる華琳に、は少し上の空だ。
「もう少し詳しく話しなさい」
「現在進行形の案件の状況確認と、次に始めようと考えている案件の整理」
孤児院、養老院は既に稼動していて、併設して学校も運営している。
公衆衛生の徹底と上下水道に関しては、実験段階が終了に近いので、そろそろ本格始動に移行したいところだ。
現在、実験初期段階の案件は、救急医療とコンビニと季衣の村に手伝ってもらって行っている輪作の三つ。
次に考えているのが、水力及び風力による発電計画である。
後は、先ほど季衣の手紙を見て郵便事業を思いついた程度だ。
「あ、そうだ。腕木通信の具合はどうだ?」
とりあえず、彼の力が必要なさそうな案件は、既に幾つかを華琳に渡してあった。
「望遠鏡のお陰で完璧よ。馬よりも早く伝達できるわ。のろしなどの簡単な通信方法と合わせて使うのが効果的ね」
青年が先日提案した新たな情報伝達の方法。それが腕木通信である。
手旗通信の発展系というべきそれは、彼の世界で電信による通信が出来るまで最も優れた伝達方法だった。
「望遠鏡あっての通信方法だから、そう簡単には真似出来ないだろ。レンズ……水晶体の大量生産が必須条件だからな」
そして、現在それが出来るのは、彼がいるこの国だけだ。
レンズの存在自体はあるが、原料が水晶やガラスである以上、一つのコストが高すぎるのだ。
「これで国境からあっという間に情報が届くわ」
「そうだな。1分で80km以上というデータもあるしな。では、国内への整備はそちらに任せるよ」
「言われるまでも無いわ。望遠鏡の方は?」
「作り方は真桜に伝えてある。レンズだけは俺が生産してるけど、仕組みは単純だから」
彼の技術は他国が真似をしようとしても、簡単には出来ない事が多い。
「……それで、季衣は何が聞きたいんだ?」
隣に座る妹のように思っている彼女が、時々こちらを伺っていることには気づいていた。
「えっと、『楽しみにしてる』って、どう書くの?」
「ああ、それはな……こうだ」
は考えをまとめていた紙の隅に書いてみせる。
「ありがとう、兄ちゃん!」
兄と慕う青年にお礼を言って、季衣は続きを書いてゆく。
「ふふ、随分と上達したわね」
「お陰様で。今なら、証拠にされない脅迫状も書けるぞ。……相変わらず筆は使いにくいがな」
そういう彼の手には万年筆が握られている。
「考え事をする時くらいはいいだろ?筆を使ったら、まとまるものもまとまらない」
華琳の視線に気づいたのか、は少しばつの悪そうな表情を浮かべた。
「できた!僕、ちょっと頼んできますね。商隊の人たち、昼過ぎには出ちゃうらしいんで」
「ええ、行ってらっしゃい」
「気をつけてな」
「いってきます!」
元気に駆け出す季衣に手を振って見送ると、は改めて華琳へ向き直った。
「何進が死んだって?」
華琳のためにお茶を用意しながら、さっき聞いた情報を確認する。
「ええ。黄巾党の乱が終わったから、早速殺伐としてるらしいわ」
「全く、この期に及んで宮廷で権力争いとはね。頭の中に、花でも咲いてるのかと疑いたくなる愚かさだな。で、次は?華琳だと楽なんだが?」
「都での権力闘争に巻き込まれるなんて御免よ。まだ、黄巾党と戦ってる方がマシね。……董卓と言うそうよ」
「聞いたことは?」
ああ、ついに。そう思いながらも、顔には出さず華琳に尋ねてみる。
「ないわ」
即答だった。桂花も知らないらしい。
「なるほど。では、近いうちに誰かが言い出すだろうな。董卓から都を取り戻せと」
「どうして?」
「ぽっと出の新人に最大権力掻っ攫われたんだ。面白く思わない人間がいない訳ないだろ?……わかっているのに聞くなよ」
の言葉に、華琳はとても楽しそうに笑った。
「で、華琳。これから時間を作ってもらえるか?」
「出かけるの?」
青年がいつもの上着と鞄の他に帽子を取り出したのを見て、華琳は遠出になりそうだと考えた。
「ああ。重装騎兵の装備が出来上がった。今からテスト……試験に行くから、一緒に行かないか?」
「! 春蘭と秋蘭も一緒でいいわね」
「勿論」
華琳の言葉に、は頷いた。
その後、すぐに春蘭と秋蘭を連れて出発することが出来た。
出かける前の桂花の妨害も、既に恒例行事だと思っている。
「しかしなぁ……」
馬に揺られながら、はしみじみとため息を吐いた。
「何?」
「美女三人と出かけているというのに、向かう先が練兵場っていうのはどうなんだろうと思って」
「……貴方はどうして、そういう事をサラリと言うのかしら」
「華琳達が美人なのは本当のことだろ?お、見えてきた」
の指差す方向を見れば、彼が連れてきた馬たちが完全武装の兵士を乗せて、整然と歩いている。
「相変わらずの迫力だな」
「完全武装した彼らを全力疾走させたら、大地が揺れると思う」
「それほどまでか」
「まあ、見てのお楽しみ」
春蘭の言葉に、は両腕を空に突き上げて兵士たちに合図を送った。
部隊が全力で駆け抜ける。
それだけで、大地が揺れた。
その迫力に、さすがの覇王様も目を丸くする。
「どうだ?黒色槍騎兵の迫力は?」
先頭の馬に乗り込んでいた青年に声を掛けられて、漸く言葉を発することが出来た。
「……凄いわね」
「その一言で十分だ。鐙も何とか装備品の一部に埋め込んだから、一見しただけではわからないだろ?」
馬が装備した鋼鉄製の胸当てから伸びる黒い布で、鞍に跨る騎士たちの膝の辺りまで覆われているため、鐙の姿は見ることは出来ない。
誇らしげに胸を張る兵士達は、全員黒の甲冑に身を包み、長大な槍と丸い盾を手にして、剣を腰に装備している。防具は日本の甲冑と西洋の良いところを取り入れて作った青年と工房の職人たちの自信作だ。
「突進するだけで道が開けそうだな」
「ああ、確かにこれは切り札になる」
春蘭も秋蘭もを見上げて感動している様子だった。
「秋蘭の騎射及び軽装騎兵部隊には、これとは違う軽量な装備を用意した。これでやっと鐙を全部隊展開出来るぞ」
は馬から下りて、乗せてくれていた馬の首を優しく撫でる。
「次の戦から実戦投入出来るの?」
「可能だ。が、国内の戦に留めておいて欲しいというのが、俺の意見だ」
部隊に訓練に戻ってもらい、は乗ってきた馬に跨る。
「理由を聞いても?」
「馬に実戦を経験させてないからな。盗賊を駆逐する辺りから経験をつませたい。それに、まだ必要ない」
「……わかったわ。この部隊を作り上げた貴方の意見を尊重しましょう。でも、切るべき時には、切らせてもらうわ」
「勿論だ。出し惜しみをするつもりはない。運用方法は華琳に任せる」
そこまで言うと、はひとつ欠伸を零した。
「とりあえず一段落して、安心したか?」
「あー、昨日ちょっとな」
からかうような秋蘭の言葉に、は困ったなと軽く頭をかいた。
「また夜更かしをしていたのか?」
春蘭は呆れたように隣にいる弟子の顔を眺める。
「人聞きの悪い。少し手を入れていたら、ついつい熱中して朝を迎えただけだ」
「……それは夜更かしとは違うのか?」
「違わないぞ、姉者」
「それで、何をしていたの?」
力説するへ華琳は問いかける。
「んー。ちょっと女の子が好きそうな装飾品を」
青年の言葉に妙な空気が流れた。
「……へぇ、いつの間にそんな子と知り合いになったのかしら?」
ものすごい笑顔だが、目が笑ってない覇王様。
「むう……」
眉間に皺を寄せて、無意識に帯剣に手を置く春蘭。
「警備隊長殿は街でも人気者らしいな。凪から聞いたぞ?女の子から声を掛けられるそうじゃないか」
ニヤリと笑いつつ、容赦がない秋蘭。
「……何を誤解したかは知りたくないが」
眠いなぁと思いつつ、ちゃんと弁解する。しておかないと、ついうっかり永遠に眠らされる羽目に陥りかねない。
「文官の若いのに頼まれたんだよ。幼なじみの誕生日に何かないかってな。で、まあ、久しぶりに物作りの虫が騒いだ訳だ」
「何を作ったの?」
「髪が長い人らしいんで、髪留めを。似合うといいんだが。ちなみに、その文官は使える奴なんで、推薦しとく。桂花に言うと、男の時点で却下されそうだし」
「そう。わかったわ」
やれやれと華琳が肩の力を抜いた時だった。
「ああ、それからな」
メッセンジャーバックからやわらかそうな布に包んだ何かを取り出す。
「これは俺から君たちへ」
出てきたのは髪留めで、三人は目を丸くした。
先ほどまでの話の流れだと、彼はその文官のために作業をしていたはずだ。
そんなことを考えている三人を他所に、彼は彼女たちにひとつずつ手渡してゆく。
華琳には黒。春蘭には紅。秋蘭には蒼。
「琉璃?」
華琳の手にある、この時代にはあり得ないほどの透明なガラスを用いたバレッタは、太陽の光を透かしながらも濃い目の色で落ち着いていた雰囲気をかもし出していた。
「ああ、少し強度は上げてある。普段使いにしてくれて大丈夫だぞ」
「これは花か?」
見たこともない意匠の花に、秋蘭が訊ねる。
「バラという花でな。俺の国ではとても人気のある花だ。なかなか、白い色が綺麗に出なくてなー」
もう一度欠伸をして、は子供のように目を擦る。
「まさか、その文官にもこれと同じものを作ったのか?」
国宝級に値するであろうそれを握りつぶさん勢いで、春蘭は青年へ詰め寄った。
「それこそ、まさか。俺だってこいつがどのくらいの価値になるかは理解してるぞ?」
は苦笑いして春蘭を押しとどめる。
「普通の木製だよ。三日分の仕事と引き替えだったから、ちょっと力は入っているけど」
彼の言う『普通』に、三人とも不審そうな顔を見せた。
「とりあえず見せなさい」
「えー……はい。わかりました。Yes,MyMaster.」
不服そうな顔をした程度で、武器に手を伸ばさなくてもいいのではないかと、内心で訴えておく青年だった。
彼の工房に行けば、寄木細工の要領で作られた見事な髪留めがあって、三人が呆れる事になったのは、彼以外の予測範囲内―――
黒色槍騎兵と付けたのは私の趣味です。性質もあんまり変わらないだろうし。
ただ、彼らは沼地に弱い特性があります。でも、テラーナイト並みに格好いい(笑)
周囲ではきっと愛人疑惑が出てるほど、首脳部三人とは仲良しです。
覇王様、もう本当お願いします。奴を押し倒してください(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/03/19 @ 16:33
寄木細工は3日かけたってことは手作りですよね?さすがに気持ち入ったプレゼントに練成は無粋だと思ったんでしょうかwwこの若い文官からプロポーズやプレゼントの品物は真田屋へって噂が広がるんですよね?甘味屋・居酒屋に続いて宝飾屋まで候補に挙がるとかwwこの文官が求婚するときは真田くん監督の下教えてもらいながら手作りするところまで想像してしまったww
反董卓連合と流流の影が見え隠れ、さーて原作と違った流れを見せるならここからですよね?重装騎兵はそこでは出ないにしても何かやらかしてくれると信じております!
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/03/19 @ 17:36
>ヨッシー喜三郎様
素材は練成で準備しましたが、元々こまごまとした作業は好きな主人公なので、三日間色々楽しんだ模様です。さすがに、覇王様達の奴は練成してると思いますけど。宝飾屋さんは考えてなかったですねー。余程のことがないとレクチャーで終わりそうです。「作り方は教えてやるから、自分で作れっ!」とか。男には厳しい主人公君(笑)
確かに、ここから原作からは離れていくかなと思います。重装騎兵は出ませんが、主人公君はこれからも色々やらかしますよ?そろそろ、魔法使いの能力も発揮することになるやも。
コメント by くろすけ。 — 2011/03/20 @ 00:32
巨馬来た!
厳つく装備された彼らだけど、鎧を外したきっと諒君の癒しになってくれるでしょう!
しっかし、櫛プレゼントですかぁ~
髪は女の命といいますから、ソレをスク櫛を送るなんて!と邪推してしまいました。
いっその事、薬指につける指輪を送っちゃえっと思ったのは小生だけではないでしょう!
コメント by 蒼空 — 2011/03/21 @ 00:46
>蒼空様
馬とは既に仲良しですとも。
櫛は和服の時に贈ってますね。バレッタは秋蘭の髪が短いのでどうしようかと思った様子ですが、三人一緒のものを贈りたかった模様。
いつか指輪のエピソードも書いてみたいですね~
コメント by くろすけ。 — 2011/03/21 @ 21:12