重装騎兵を華琳に紹介した数日後、は久しぶりに城下町へ出ていた。
一人で出掛けるのは随分と久しぶりな気がする。
「御遣い様、今日はおひとりで?」
「ああ、特に代わりはないか?」
顔見知りの肉まん屋の親父に笑いかけた。肉まんを一つ買って、そこでしばらく談笑していれば、辺りからも声がかかる。
「みつかいさまー」
笑って手を振ってくる子供もいる。
「人気者ですな」
「俺は貰っている給料分働いてるだけだぞ?なんせ俺らの王様は、自分だけじゃなくて他人にも厳しいからな。ま、平和そうでなによりだ」
そろそろ行くかと手を挙げれば、またのお越しをお待ちしていますと丁寧に頭を下げられた。
それから街を巡回しながら、人の意見や街を行く人の声に耳を傾ける。
そろそろ昼飯をどうしようかと考えていた頃だった。
「あの……すみません」
「?ああ、どうかしましたか?」
困った様子の女性に声を掛けられて、は営業用スマイルを浮かべた。この笑顔に騙される女性は数多い。
「えっとお城へ……」
「その前に、旨い飯を食わせてくれる所に案内してくれよ。な、兄ちゃん」
道を尋ねようとした髪を肩口で切り揃えた女性の後ろから、楽しそうに笑うもう一人の女性が現れた。
「了解した。食事の後に、城までだな」
が頷いて、案内しようとした矢先だった。
「兄ちゃん!」
「季衣。どうした?」
彼の姿を発見した妹分が駆け寄ってきた。
「一緒にお昼にしたいなって探してたんだ。そっちの人達は?」
「道案内を頼まれてな。店まで行くところだ」
季衣の頭を撫でながら、は後ろの二人を振り返る。
「この子も一緒でいいかな?」
「ええ、構いません」
「では、こちらへ」
が案内したのは、勿論屋だった。
「おい、いいのか?」
「ん?」
並んでいる人達の横を通り過ぎて、さっさと店内へと向かう青年に付いてきた二人は驚いた様子だった。
「ああ、いいんだ。いいから、着いておいで」
何故か混雑する店内で空いていた席に、季衣が一目散に走り寄る。
今日も表には長蛇の列が発生しているこの店には、城の面子がいつでも入れるように、特別席が設けてあった。
「おお、これはこれは。お久しぶりです」
「店長も相変わらずで何より。店も繁盛してて良かった。忙しいとこ悪いけど、おすすめをあそこの卓へ頼むよ」
「かしこまりました」
カウンターの中の親父に声を掛けて、季衣と目を丸くしてこちらを見ている二人の女性の元へと歩み寄る。
「少しかかるかも知れないが、店長のおすすめは美味いからな」
「あの……いいんですか?」
「この席のことなら、心配しなくていいよ。店長がわざわざ用意してくれているんだ」
談笑していると、次々と料理が運ばれてくる。
「なんだ、これ?」
初めて見る料理の数々に不審そうだった二人も、一口食べてみて気に入ったようだ。
「……美味い!斗詩も食って見ろって」
「いただいてます。でも、本当に美味しい」
「でしょー。相変わらず美味しいよねー」
「おかわりー」
「お姉さん、こっちにも!」
「は、はい!」
新しい子だろうか。は見たことのない給仕の子に首を傾げた。
この二人が相手では仕方ないとは思うが、彼女はこちらを見もせずに厨房へと戻っていく。
「それで、お二人はどういった用件で城へ?武官に応募でも?」
「へえ、よくわかったな。武官だって」
猪々子という豪快な女性がニヤリと笑う。
先ほど季衣と真名を交換していた。どうやら似たもの同士気があったらしい。
「まあ、一応城に務めている端くれですし」
『一応』でも『端くれ』でもないと思うんだけど、季衣は思いながらも、目の前の料理を片付けてゆく。
「そうでしたか。ええっとですね……」
おかっぱの彼女が事情を話そうとしたところで、見知った顔が暖簾をくぐってくるのが見えては手をあげた。
「華琳、秋蘭」
「あら、?」
「今日はここで食事か?」
隣に座ろうとする華琳の席を軽く引いて、彼女が座りやすいようにする。
「ええ。それで?貴方は女の子連れなの?」
同じ卓についている二人を見て、華琳はに笑いかける。
「飯の美味いところと、城へ案内してほしいと言われてね。で、今は食事中」
テーブルの上に並んだ料理は、どれもこの店で人気の品ばかりだ。
「相変わらず女性には優しいのね」
「男として当然だろ」
どうしてやろうかと思う返事に、華琳は小さくため息を吐いた。
「あ、いらっしゃいませ!曹操様、夏候淵様、今日はいかがされますか?」
やってきた給仕の子が二人の名前を呼ぶ。
その名前に、目の前の女性が身体を固まらせたが、とりあえず流しておく。
城の主が街の居酒屋で食事するなんて、普通は思わないだろうし。
「そうね。今日のおすすめをもらえる?」
「私も同じものを」
「はいっ。すぐお持ちしますね」
元気よく答えて戻っていく子に、は微笑ましいなと思ってしまう。
「新しく入った子みたいだな」
「まだ若いのに、大した腕の料理人ね。お抱えで欲しいくらいよ」
「ほう。それは手放せないな」
美味い食事に目のない華琳が言うのだ、オーナーとしては手放す理由がない。
「ふふ。でも、この店に居るのも彼女の親友が見つかるまでよ?」
「どういう事だ?」
「親友に呼ばれてこの街へ来たのだけれど、結局合流できなかったみたいなのよ。それで手がかりが見つかるまで、ここで働いているんですって」
運ばれてきた温かいお茶に手を伸ばしながら、華琳はに彼女から聞いた理由を語って聞かせる。
「なるほど。人はかなり増えたし、名前だけで探すのは大変だろうな」
「あら。見つけられないとでも言うつもり?」
「まさか。そこを何とかするのが、俺達の仕事だろ?」
「さすがね。わかっているじゃない」
王様は彼の答えに楽しげに笑った。
「はい。お待たせしましたー」
「ちょっといいかな?」
華琳たちの料理を持ってきた給仕の子に、は声を掛けた。
「はい。ご注文ですか?」
「彼があなたの親友を捜してくれるそうよ。良かったら、特徴を言ってみてはどうかしら?」
事情を知っている華琳が仲立ちをしてくれる。
「本当ですか?」
「そういうのが仕事でね。その子も料理人?」
驚いた顔で見上げてくる子に、捜す相手の話を聞いていく。
「いえ、食べる方は大好きなんですけど、料理はさっぱりなんです。ただ、私を呼んでくれたってことは、料理屋で働いているんじゃないかと」
「その手紙には、仕事のことは書いてなかった?」
「住み込みの良い仕事が見つかったから、来いとだけしか……。ただ、私が呼ばれるくらいですから、彼女も食堂の給仕か、力仕事の裏方をしているのではないかと。力には自信のある子なので」
その内容で呼ぶ方も呼ぶ方だが、この子も良く来たなとしか思えない。
は微苦笑を口元に浮かべてしまった。
「なるほど。食べるのが大好きな、力持ちね。名前も教えてくれるかな?真名じゃない方」
「真名じゃない方の名前は、許緒です」
「……華琳?」
目の前の子が口にした名前に、思わず覇王様へ半眼を向けてしまう。
「名前を確認しておくべきだったわ」
さすがに気まずいのか、華琳は視線を合わせずお茶を手にしている。
「全く……。季衣、君の友達が探してるぞ?」
「ん?あ!流琉、遅いよ!」
青年の陰に隠れて、料理を堪能していた季衣は、視線を上げた先にあった親友の顔に嬉しそうな笑顔を見せた。
「遅いよ、じゃないわよ!あんな手紙を寄越して、私を呼んだと思ったら、なんでこんな所にいるのよ!」
「ずっと待ってたんだよ。城に来いって書いてあったでしょ!」
「季衣がお城に勤めてるなんて、冗談としか思わないわよ!どこかの大きな建物をお城だと思っているんだと思って……もう!」
「うわぁ、なんだか修羅場だなぁ。あ、これも美味い」
「そういいながら、食事を続けられる貴女を尊敬するよ……」
新しく置かれた料理に箸を伸ばす猪々子に、は苦笑する。
「秋蘭、何とかならないか」
「姉者が居ればな。さすがに季衣を二人相手にするのは辛い」
「やっぱり……」
秋蘭の答えにガックリと肩が落ちる。
「が手伝ってくれないのか?」
「俺に死ねと?」
「お前なら大丈夫だと思うのだがな」
「その根拠のない自信はどこから来るのか、俺には理解できない」
そんな会話を繰り広げている間にも、店内は騒然としている。二人が武器を取り出していないだけマシというレベルだ。
「あー、食った。じゃあ、腹ごなしに運動でもすっか。斗詩、行くぞ」
「あ、うん」
そう言った二人は、まるで猫の子を摘むように二人を取り押さえてしまった。
「二人とも、ご飯の時は、行儀よくって習わなかったか?」
「それに部屋の中で暴れちゃ駄目ですよ?」
あまりにもあっさりと季衣と、その友達を諌めた二人の様子に、は思わず華琳と彼女達の間に入っていた。
「お初にお目にかかります、曹孟徳殿。私は顔良と申します」
「あたいは文醜!我が主、袁本初より言伝を預かり、南皮の地よりやって参りました」
二人の名前に、は肩から力を抜いた。
「……こんな場面ではありますが、ご面会いただけますでしょうか?」
「あまり聞きたくない名を聞いたわね。まあ、いいわ。城へ戻りましょうか」
「俺は、あの二人を郊外に連れて行ってくるよ。詳しい場所は後で連絡を入れる。途中で凪と警備隊を数人借りていく」
「わかったわ」
木々の間から、轟音が聞こえてくる。金属の塊がぶつかり合う、森には相応しくない、明らかな異質な音が響いていた。
「どう?」
「ああ、華琳。そっちは終わったのか」
二人の子供が喧嘩している前で、は木にもたれ掛かってやってきた王様を出迎えた。
「ええ。こっちはまだ?」
「まあ、変にシコリが残っても仕方ないだろ。気が済むまでやってもらうさ」
話している間も、子供らしい理由で、武器がぶつかっていく。
「それもそうね。凪、悪いわね」
「いえ。これが私の役目ですので」
うっかりこちらへ向かってきた武器は凪が打ち返しているからこそ、はのんびり座り込んでいられる訳だ。
「袁紹、袁術、公孫賛、馬騰まで。よくここまで有名どころを連れて来たなー」
華琳に聞かされた名前に、青年の目が輝く。彼の時代にまで伝わる英雄ばかりだ。
「貴方は董卓は悪いことをしていないのに、とは言わないのね」
「一番上に立ったからには、下を制御できないと話にならんだろ。新人だろうが、それは理由にならないさ」
華琳はの言葉に楽しそうに笑う。
「それで、いつ頃出発?」
「可能な限り早く、よ。貴方達もこれが終わったら用意を始めなさい」
「了解」
青年が答えた時、森に一際大きな音が響き渡る。
「きゅう……」
「ああ、相打ちになったか」
やり合ってすっきりしたのか、彼女達が仲直りする様子に、は漸く落ち着けていた腰を上げた。
「さて、勧誘は王様にお任せするよ。俺としては、名料理人を店から失うのは損失だがね」
「まったく……」
勧誘失敗を考えもせずに帰り支度を始めるに、小さくため息を吐いた華琳は、季衣との約束を果たすべく彼女の元へと歩き出した―――
長いですが、基本的に原作どおり。
この後、流琉はきっと主人公の弟子(料理)になると思われます。
あの料理を考えた人なんですかっ!?とかって尊敬の眼差しを浴びて、居心地悪い気分を味わう主人公とか、いいなぁ。
コメント by くろすけ。 — 2011/04/11 @ 22:56
あぁ、諒の店にいたんだ。そりゃ勿体なかったな。
暇なときだけなら手伝ってくれそうだけどね。
いずれは真田屋のオーナー公認の料理長にでもなるかな?
現代の料理でも説明すれば作れそうだし、新たな料理も作れそうだよね。
コメント by エクシア — 2011/04/12 @ 04:37
主要なキャラの胃袋を支配している諒君ですが、彼自身の胃袋は…
そこでその胃袋を癒す事ができるであろう流琉がやっと参戦です。
彼女が醸し出す雰囲気や料理で、彼自身が知らない内に溜め込んだ疲れが癒される?
コメント by 蒼空 — 2011/04/12 @ 23:21
>エクシア様
コメントありがとうございます。
流琉は料理部門の弟子になる予定です。火の通し方とか「俺より巧いし」とか言って。
いつか、流琉の書いた手順書とかが世界初の料理本…とか面白いなぁ。
コメント by くろすけ。 — 2011/04/13 @ 00:14
>蒼空様
コメントありがとうございます。
妹分が二人になって、余計お兄ちゃんぶってみたりする主人公です。
主人公は自分の食べたいものを作っているので、流琉に作り方を教えて作ってもらったりはするかもしれませんねー。
コメント by くろすけ。 — 2011/04/13 @ 00:18