全力で神様を呪え。[拾肆]

顔良と文醜がやってきて数日、曹操軍は一路、街道を進んでいた。
「遠かったな」
双眼鏡で覗いた先に、袁の旗を確認した黒髪の青年は、やれやれとため息を吐いた。
都は更に遠くというのだ、歩きじゃないだけマシというものだが、現代人の彼にしてみれば文句の一つも出てくるというものだ。
「これでも近いのよ。馬騰などは、この何倍もの距離を、私達より遥かに迅く駆け抜けると言うわ」
「生まれてすぐに馬に乗る人達と一緒にされても困る」
「本当に詳しいわね」
『天』の知識とはいえ、華琳も感心してしまう。
「兄ちゃん、そんな遠くのことまで知ってるんだ」
「すごいですね、兄様」
華琳との側で目を輝かせている二人に、兄と呼ばれた青年は苦笑してしまう。
「……あー、この間から気になっていたんだが、どうして兄様なんだ?流琉」
「え?季衣の兄様なら、私も兄様でいいかなぁ……と。それとも真桜さんみたいに、師匠の方がいいですか?」
「……そういうものなのか?」
「私に聞かないで」
こちらの流儀か?と華琳に尋ねるが、返って来た答えはそっけない。
「だめ、ですか?」
「いや……、流琉の好きな方で構わない」
「はい、兄様!」
嬉しそうに笑う彼女に、はもう笑って受け入れるしかなかった。

「曹操様!ようこそいらっしゃいました!」
出迎えてくれたのは、先日陳留までやって来た片割れだった。
「顔良か。久しいわね、文醜は元気?」
「はい。元気すぎるくらいです」
「結構なことね」
華琳と顔良が話している間、は周囲に立つ旗を眺め始めた。
「いや、壮観だね。これだけの旗が集まるなんて」
春蘭と秋蘭の側で、青年は実に楽しそうに笑う。
「そうだな。あ、あれは……」
「ああ、孫策の旗か。後で会えるかな」
春蘭の視線の先に翻る『孫』の旗を、は感慨深げに眺めた。
「これから顔合わせよ。春蘭と秋蘭、それからは共に来なさい」
「俺もいいのか?」
「ええ。貴方も来なさい。実際に他の将を見ておくといいわ」
「了解。楽しみだな」
英雄に会える。目を輝かせて喜ぶ青年の様子に、華琳は一つため息を吐いて、秋蘭に声を掛けた。
「あれをお願いね」
「は。お任せを」
華琳の頼みに、秋蘭は重々しく頷いた。

「おーっほっほっほ!」
「……回れ右して帰っていいか?」
議場に入って直ぐに聞こえてきた声に、は既に後悔し始めていた。
「久しぶりに聞いたわ。その耳障りな笑い声。麗羽」
「華琳さん、よく来てくださいましたわ。これで主要な諸侯が揃いましたわ。華琳さんがびりっけつですわよ、びりっけつ」
「……はいはい」
あまりな物言いには目を丸くしたが、春蘭も秋蘭も流しているため、様子を見ることにした。
「それでは、最初の軍議を始めますわ」
適当な席に座りながら、周囲に座った人たちを観察し始める。
「知らない顔も多いでしょうから、まずはそちらから名乗っていただけますこと?ああ、華琳さんはびりっけつですから、最後で結構ですわよ。おーっほっほっほ!」
「なあ、一応確認するが、あの華琳に言いたい放題なのが……」
あれが主催者だと思いたくないは、否定してくれると嬉しいなぁと一縷の望みをつなぎながら、秋蘭に尋ねた。
「残念だが、。あれが袁紹。この集まりの主催者だ」
「……そうか」
軽く肩を叩かれ、はがっくりと肩を落とした。
「自身も司隷校尉だ。恐らくここに揃った一同の中で最も地位が高いはずだ」
「なるほど。春蘭も斬れない訳だ」
「悔しいことにな」
どうして言いたい放題にさせているのか理解出来た。
そんな会話をしている間に、自己紹介が始まっていた。
「幽州の公孫賛だ。よろしく頼む」
「平原郡から来た劉備です。こちらは私の軍師の諸葛亮」
聞こえた名前に、思わず椅子から立ち上がるところだった。
「涼州の馬超だ。今日は馬騰の名代として参加することになった」
が、続けられる名乗りに、何とか衝動を押し留める。
「あれが、劉備か……」
は蒼天を仰いで、ため息を吐いた。
「彼女が、どうかしたか?」
「そっちより、あっちのちっこい方が問題なんだ」
「軍師がか?」
「ああ、面倒だ」
あのちっこいのが、孔明だという。ハッキリ言って、時期がおかしい。
この時期に表舞台に出てくるなんて、さすがに想像もしていなかった。
「……後悔はしていないけどな」
もとより目指すのは、彼の知る歴史とは違う場所なのだ。
その彼の呟きに、秋蘭は微かな笑みを浮かべていた。
「袁術じゃ。河南を治めておる。まあ、皆知っておろうがの」
「私は美羽様の補佐をさせていただいています、張勲と申します。こちらは客将の孫策さん」
孫策は立ち上がって黙礼をひとつすると、すぐに座ってしまった。
「彼女が孫策か。確かに、あれは猫の子ではないな。だが、なんとまあ」
「どうした?」
「いや、こうも美人ばかりが揃っていると、この場にいる数少ない男として、喜べばいいのか、肩身の狭い思いをすればいいやら」
ぐるりと見回せば、主だった将や軍師は全員女性であり、警備兵や連絡兵を除けば、この場にいる男は彼だけだ。
「胸を張っていればいい。はここにいる資格十分だぞ」
「はは。ありがとう」
秋蘭の言葉にお礼をいいつつも、あちらこちらから品定めの視線が突き刺さっているは落ち着かない。
「次、びりっけつの華琳さん。お願いしますわ」
「典軍校尉の曹操よ。こちらは、我が軍の夏候惇、夏候淵、それから
彼の名前が出た途端、城内がざわりと音を立てた。
「あら。その貧相なのが、天の御遣いとかいう輩ですの?どこの下男かと思いましたわ」
袁紹の言葉は、するりと右から左に流しておく。
「……華琳?どこまで広めたんだ?」
「それとなくね。まさか全員が知っているとは思わなかったわ」
「ああ、そうですか……」
楽しげな彼女の様子に、は何か色々と諦めることにした。

そこから先は、喜劇を見ているようだった。
これが軍議などといわれても、決して認められない。

「華琳」
さすがに一言言いたくなったは、軍議が解散した後、王様に声を掛けた。
「何?」
「前半はともかく。後半はこれ以上なく、時間を無駄にさせられた気分だ」
「奇遇ね。私もよ」
答える華琳の声も、多少投げやりに聞こえる。
「……あれと、昔から付き合いが?」
「認めたくないけどね」
「なるほど」
そこへ春蘭がやってきた。孫策を見つけたらしい。
「主として挨拶か。王様も大変だな」
「この辺で待っていなさい。勝手にどこかに行かない事、いいわね。秋蘭、後は任せるわ」
「……時々、俺の扱いが子供以下な気がするのは気のせいじゃないよな?」
華琳も秋蘭も笑うだけで、答えてはくれなかった。

「あの~」
「ん?」
声を掛けられて振り返れば、そこには『劉備』が立っていた。側には彼女の軍師も控えている。
「何か?」
「天の御遣い様ですよね?」
「そう呼ばれているらしいが、俺はという名前でね」
「やっぱり!一度、お会いしたかったんです」
どうやら、都合のいい部分しか聞こえない耳らしい。強引に握られた手に、は苦笑する。
「それは良かったな」
秋蘭はの返事に首を傾げた。いつもは優しいのに、声にどこか棘を感じる。
しばらく他愛のない話をした後、劉備は頭を下げながら、諸葛と共に自陣へと戻っていった。
「理想を抱いて、溺死しろ……か」
初めて出会った劉備を見送りながら、は小さく呟いた。
あの優しさを通り過ぎて甘すぎる王様は、いつか必ずその時を迎えるだろう。
かつて青年がまだ小さな子供だった頃、彼の中では劉備が正義で曹操は悪だった。
だが、少しだけ視界の広がった今なら分かる。あの王は理想しか見ていない。
いつか現実という名の波に晒される日が来るだろう。あの王が溺れずに済めばいいが。
「劉備が気になる?」
「華琳」
呼ばれて振り返れば、いつの間にか挨拶を終えて戻ってきていたらしい。
「前に話しただろう?君達の物語の話。子供の頃にそいつを読んだ俺は、劉備が好きで曹操が嫌いだった」
は小さく肩を竦めて、先に歩き出している春蘭と秋蘭の後を追うように華琳と並んで歩き出す。
「で、今は?」
笑って見上げてくる覇王様に、は苦笑しながらも本心を告げる。
「理想の灯を掲げて、茨の道より辛い現実の道を行くという曹操を尊敬してます」
「そう」
の返答に、華琳は誇らしげに小さな笑みを浮かべた。
「まあ、今は目の前の董卓を何とかしないとな。相手は恋、張遼、華雄になるんだっけ」
「主な武将はそんなところね」
「恋か~」
先日の出来事を思い出すと、恋イコール呂布という図式が脳裏で崩れそうになる。
だが、張三姉妹にも確認してある。あの子が、真紅の呂旗を掲げる三国志最強の武将なのだ。
「もし彼女が出てきたら、貴方が相手をしてみる?」
「……遠回りな死刑宣告?」
「冗談よ。私としても貴方を失うのは困るもの」
「それは助かる」
は笑いつつ、悪逆非道と噂の董卓に、何故彼女が従っているのか考えていた。
「……理由を捜しに行ってみるか」
「危険はないの?」
「ない、とは断言できないが、上手くいけば天下無双と戦わずに済む」
もう少し都に近付いたら、魔法を使って侵入することも考えてみようと思っていた。
「だが、まずは伏竜のお手並み拝見といきますかね」
は、蒼い空を見上げながら、汜水関攻略に思いを馳せた。

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評価

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後書&コメント

  1. ははは。更新最短記録更新ー。
    まあ、どちらかといえば、長かったのを半分に分けたというのが正しいですけどね。
    ちなみに、主人公の袁紹さんへの印象は最悪です。それと同時に顔良と文醜も大変だなーと同情してます。

    コメント by くろすけ。 — 2011/04/13 @ 00:29

  2. 顔良はともかく、文醜は大した苦労はしてないかもなぁ。ギャンブラーだし。
    劉備は俺も好きじゃないですね。あまりにも理想家過ぎる。
    全てを救うって、戦争って手段を使ってる時点で不可能なのにね。
    さて、諒がうまく動いて恋達を丸ごと引き込めば今後がだいぶ楽になりそうですよね。
    雪蓮達は呉の存続が最優先な訳だし、有効な関係にはなれますね。
    まあ、俺的になってくれなきゃショックなんですが。

    コメント by エクシア — 2011/04/13 @ 10:34

  3. >エクシア様
    いやいや、あれの側に居るだけでも十分大変だと思いますよ?
    劉備には既にいらいらしている模様の主人公君ですが、今後、どうなっていくんでしょうねー。
    私も想像がつきません(笑)

    コメント by くろすけ。 — 2011/04/13 @ 14:07

  4. 流琉の話が更新されてたので感想書こーと思ったら次が上がっててびっくりしましたwwうれしい誤算だけどね!!

     前話感想から書きますね;オーナーとはいえバイト(と言えばいいのかな?)の給史までは知らなかったか真田君wwまぁ面接とかがあるのかもわからないしあったとしてもそこまでしてる時間は無いですかね?てか真田君が仕事を任せて華琳が認めてるその居酒屋の店長が気になるww有能な人っぽいけどwwてか読んでて顔良と文醜は季衣と流琉を抑えれるほどだったんだと思いだしました(笑)

     今回;さてさていよいよ本格的に歴史の舞台に立った真田君!この時代の主たる面々と顔を合せましたね(ホントに顔合わせだけですが)。想像してたのと違うー!ってのも多々いたことでしょう。これからが楽しみです!
     P.S.自分も子供の頃は劉備が好きでしたね、読んだのが演義だったってのもあるんでしょうけど。

    コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/04/13 @ 20:37

  5. >ヨッシー喜三郎様
    こんな誤算はもうたぶんないです(笑)
    お店の方は、もうほとんど全てを人任せです。
    素材調達とか、それの伴う新商品開発くらいですね、主人公がやってるの。
    そして、やっと英雄達との顔合わせ。とりあえず諸葛には驚いた模様。
    あれが、策士孔明だと!?っていうのが、主人公の内心(笑)
    演義は判官贔屓ですからねー。どの世の中も平民からの立身出世が好きなんだなーと。

    コメント by くろすけ。 — 2011/04/13 @ 23:21

  6. 真田特製の肉まんを持っていけば呂布といえども落ちるんじゃ…
    しかし、諒君や…
    流琉に調理場をしきらせて、詠にホールを任せ、月を看板娘にして…
    自身は更なる企業拡大って…
    なんか成功するビジョンしか出てこないんですがねぇ?

    コメント by 蒼空 — 2011/04/14 @ 22:10

  7. >蒼空様
    コメントありがとうございます。
    既に恋とは仲良しさんです。女の子に会いに行くのに、手土産は忘れない律儀な男ですしね。
    そして、主人公君は既に勝ち組なので、店に武将を入れたりせず、今までどおりですよ?
    ……ちくしょう、書いててうらやましい。

    コメント by くろすけ。 — 2011/04/15 @ 11:44

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Posted: 2011.04.13 真・恋姫†無双. / PageTOP