虎牢関前に広がる軍勢の中から魔法使いの青年は、真紅の呂旗と紺碧の張旗を見つけていた。
「あれが恋と張遼の旗か~。格好良いなぁ」
前回彼が率いたは凪達の部隊で、の直属部隊というのは存在しない。元々戦場に出るつもりのなかった彼は、旗を持っていない。
風を受けて翻る旗に目を輝かせている彼に、華琳は笑いながら質問をしてみた。
「貴方は?もし作るとしたら、どんなのがいいの?」
「それは難しい質問だな」
は王様の質問に近くで翻る、彼女の青と黒を基調に作られた『曹』の旗を見上げる。
「……黒地に銀糸で縁取り」
青年の脳裏に浮かんだのは、宇宙に広がる帝国の軍服だった。
「それだけ?」
「ああ。ほら、俺って黒ずくめだし。でも、俺の直属部隊ないから、必要ないけど」
残念だと笑いながら王様の旗を見つめ続ける彼は、華琳の口元が小さく歪んだのに気付かなかった。
そして、始まった虎牢関攻略なのだが。
「……本当にここに篭城戦ってあるのか?」
あっさりと門を開いて特攻してきた『華』の旗に、は目を疑った。
「あるわよ!」
青年の呆れた声に、桂花は怒りの声を上げた。アレと同程度と思われるのは心外らしい。
「先日の失態を取り戻そうとして、独走したのではないかと思われます」
「全く、春蘭でもあんな事はしないわよ」
「華琳様、どうして私を引き合いに……」
ため息を吐く華琳に、春蘭が小さく呟く。
「大丈夫だ。春蘭がそんな事をしそうになったら、俺が止めてやる。あ、『呂』と『張』の旗も出てきたぞ」
師匠を軽く慰めながら、は逐次現状を報告していく。
「まあ、いいわ。他の部隊にも通達。本作戦は、敵が関を出てきた場合の対応で行う!」
華琳の号令に、伝令が走り出す。彼らが走り去った後、王は兵士達の前に立った。
「聞け!曹の旗に集いし勇者よ!この一戦こそ、今まで築いた我ら全ての風評が真実であることを証明する戦い!黄巾を討ったその実力が本物であることを天下に知らしめてやりなさい!」
兵士達の顔つきが引き締まるのが、雰囲気だけで解る。
「総員突撃!敵軍全てを飲み干してしまえ!」
春蘭がその大剣を一振りすると同時に、曹操軍の突撃が始まった。
とある公国の人が言った。
戦争は数である。
それがとても正しい事を、黒髪の青年は現在進行形で目の当たりにしている。
「……もう、なんか真面目にやれよと殴りつけたい。人の命が懸かってんだぞ?」
彼の視線の先で、董卓軍が押しつぶされていく。それを見て、飛び出してきた華雄将軍に一度説教してやりたい気分になってきた。
「見ているだけというのも、結構きついな」
「ええ。でも、貴方はここで待機」
「わかっているさ。少しでも早く終わるよう手を打つだけだ」
軽く首を振る青年を華琳と桂花は見上げる。
いつもは優しい笑顔でいる彼が、今は眉間に皺を寄せて厳しい表情を浮かべていた。
「門の前に恋が立ち塞がっている上、張遼も後退を始めている。中へ入るのは、難しいだろうな」
「わかったわ。無理な追撃は控えさせなさい」
「はっ!」
桂花が小走りで行くのを見送って、は固まってしまった肩をぐるりと回した。
「大丈夫なの?」
連日の働きで少し顔色が悪い青年を、華琳は見上げる。
今、彼に倒れられたりしたら士気に関わる。上層部も兵士達も、彼に寄せる信頼は厚い。
少し疲れたとちょっと困ったように笑って、彼は地面に引いた布の上に転がった。
「街で一人殺せば人殺し、戦場で百人殺せば英雄という言葉があるが……。そういう意味では、もう俺も立派な英雄だな」
彼らの指示を受けて動く兵士達は、相手の兵士を打ち倒し、打ち倒されているのだ。
実際に人を殺していないからといって、彼は胸を張って人を殺していないなどと言える訳がない。
「少し休みなさい。この後はしばらく膠着するでしょうから」
「すまない」
「何かあったら起こすわ」
華琳に軽く手を振って、は目を閉じた。
「……現状の説明を誰かプリーズ」
目を開けた時、自分は寝台の上に運ばれていた。それはいい。問題ない。
だが、覇王様と一緒に横になってるって状況は、予想の範囲外っていうか、理解の範疇を大幅に超えているんだよ、こんちくしょー。と神様を呪っておく。
せめてもの救いは、二人とも服を着ているくらいだろうか。
時間を確認すると、二時間程度寝てたらしい。
人の腕を枕に眼を閉じている華琳を観察してみる。
本当に可愛いなぁと、空いていた右手でその髪を撫でてみる。
「うわ、さらさらだな」
持ち上げてみると、さらりと指の間から零れ落ちてゆく。
何度か繰り返して思う。本人もこのくらい素直だったらと。
「……何を考えたの?」
人の心を読んでいるようなタイミングで声を掛けてくる華琳に、は苦笑した。
「華琳。頼むから離れてくれ。そろそろヤバい」
「しっかり反応してるものね」
「健全な成年男子として当然だ。ぎりぎりのところで踏み留まってる俺の理性と、生存本能に乾杯。……ちょっ!マジヤバいから!」
猫のようにすり寄ってくる華琳に、は本気で切羽詰まった声を上げた。
「……いくじなし」
「ん…?何か言ったか?」
寝台から飛びおりて、呼吸を整えていた青年は、華琳の呟きが聞こえなかったらしい。
未だ寝台にいる彼女を見つめる彼は、軽く首を傾げている。
「何でもないわ。今日はこのままゆっくり休みなさい。明日からは攻城戦よ」
「……Yes,MyMaster.」
颯爽と立ち上がり寛大なお言葉を下さる覇王様に、黒髪の青年は力の抜けた返事をするのが精一杯。
彼女が立ち去ってしばらくして、漸く落ち着いたは大きくため息を吐いた。
「……手を出す訳にはいかねーのに、煽るのは止めてほしいなぁ。全く」
歴史を変える事で、彼が破滅するのは決定事項らしい。
だからこそ、彼女達とは一線を越えるのを必死で耐えているというのに。
「……もうほんと、マジヤバいです」
どうしたものかと思いながら、青年は枕に顔を埋めた。
翌日。
日の出よりも早く目が覚めた青年は、城の様子を偵察して首を傾げる。
何度か、角度を変えて確認した後、彼は走り出していた。
「華琳。起きているか?」
王様の天幕まで来た彼は、入り口で声を掛ける。
「何かあったの?」
答えはすぐに返って来た。
「虎牢関に誰も居ない」
「少し待ちなさい。……いいわ、中へ入って」
天幕の中は薄暗く、辛うじて華琳が寝台の上に座っているのが見える程度だ。
「休んでいるところをすまない。だが、早く報告した方がいいだろうと思ってな」
「本当に空なの?」
「ああ。兵士の姿が全く見えない」
華琳の言葉に自信を持って答えられる。昨日まであれだけいた兵士が城壁の上にも居ないのだ。
「罠かしら?」
「だとしても、まずは少しは敵兵力に被害を与えるべきだろ。恋も張遼も健在な今、虎牢関を捨てる理由は?」
「……少し早いけれど、皆を起こして。偵察隊の報告が届き次第、検討しましょう」
華琳も不審に思う点が多すぎた。寝台から立ち上がり、に指示を出す。
「わかった。俺は朝飯の用意でも手伝ってくる。昨日、皆に迷惑を掛けた分くらいは早めに返しておかないとな」
「ふふ。それは楽しみにしておくわ」
彼女の笑い声に軽く手を上げて、は王様の天幕を後にした。
特製ベーコンレタス(モドキ)バーガーを食べながら、曹操軍の首脳部は朝から軍議を開いていた。数人は食べる方に夢中の様子だけれども。
「黄巾の時の我々のように、他から挙兵があったとは考えられませんか?」
「報告はないわ。そもそも挙兵したいと諸侯が集まったのが、この連合なのだから」
義勇兵の可能性を凪が口にするが、桂花がそれを否定する。
「それほど大きな勢力は他にはないし……。正直、義勇兵ほどなら虎牢関の全兵力は必要ないわ」
「そうだな。誰か将を1人送れば終わる話だ」
桂花の意見にも頷く。
「それに都での篭城戦は、民にも心を配る必要がある。それをするくらいなら、兵士しかいない砦で篭城した方が遥かに負担が少ないわ」
「やっぱ罠なんか?」
華琳の説明に、真桜が首をひねる。
「いっそのこと、どこかの馬鹿が功を焦って関を抜けてくれれば良いのですが……」
「こういう時にこそ袁家の連中が動いてくれるさ」
そういうの口元には皮肉たっぷりの笑みが浮かんでいる。
「あいつらがどういう連中なのかは理解したからな」
そこへ伝令兵からの連絡を、沙和が報告した。
「華琳様~。袁紹さんの軍が虎牢関を抜けに行ったみたいなの~」
「……言わんこっちゃない」
「汜水関の時は散々言ったくせに、今度は自分が抜け駆けとはね」
「ま、いいじゃないか。俺達はあいつらが無事に抜けたのを確認してから、ゆっくり移動すればいい」
は呆れたように肩を竦めて、残っていたハンバーガーを口に放り込んだ。
「そうね。たまには馬鹿に感謝しましょう。食事が終わり次第、移動を開始するわ」
こうして、連合軍は虎牢関を抜け、都へとその矛先を向けた―――
すみません、また長くなってしまって、恋に会いに行けませんでした!
とりあえず、色々伏線にもならない線を張ってみましたが、回収できるかは今後の展開次第(笑)
覇王様の攻勢も激しくなってきましたので、そろそろ陥落しろや、主人公ー!
コメント by くろすけ。 — 2011/04/24 @ 20:44
諒は毎日『煩悩退散』って唱えてるんだろうね。
あれほどの美少女が相手じゃ、よほど嫌いでない限りここまで我慢は無理でしょう。
コメント by エクシア — 2011/04/25 @ 04:22
> エクシア様
勿論ですとも。
主人公は日々本能と理性の狭間で死闘を繰り広げているのですよ。
私は心のそこから覇王様を応援しています。
コメント by くろすけ。 — 2011/04/25 @ 08:50
あははは、この覇王さま部隊作る気まんまんだww千里眼とあいまってすごく有能な遊撃部隊になるんですねわかりますww
真田君大丈夫だよ!原作の種馬とちがって真田君は『姫』が恩返しに飛ばしてるからいきなり消えるとかは無い!・・・と思うから、サッサトミンナトクッツイチャイナサイヨ
P.S.華雄さんへの説教もしくはOHANASIが華雄副官フラグだといいなぁ
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/04/26 @ 04:43
> ヨッシー喜三郎様
はてさて、この伏線は回収できるのか否かっ!(笑)ってとこですけどね。
旗は作ってあげたいなーとか思ってます。
あ、外史の管理者さんたちが介入してくるので、身の破滅ですよ?これはプロット的決定事項なのです。
えー、華雄さん副官にしたら、主人公の胃に穴が開くと思うんですよね、私的に。
コメント by くろすけ。 — 2011/04/26 @ 09:37
そーいーながら、覇王様から諒君への愛と諒君から覇王様への愛で管理者を打倒して生存するんですよ…きっと!!もしくは外伝か!?
しかし千里眼の直属軍だと少数精鋭になりそう…
もちろん副官は忠犬凪で、切り込み隊長は恋に決定!軍師は音々音、隊員は真桜と沙和
ココまでで素直っ子・天然っ子・ロリっ子とコンプリートしているので、隊員に巨乳っ子と眼鏡っ子がいるので諒君ハーレムの完成です。
しっかし、身の破滅がわかっていても好いた覇王様が横に居たら普通理性君が倒れるでしょう…と思うのは小生だけではないでしょう!
コメント by 蒼空 — 2011/04/27 @ 02:03
>蒼空様
残念ながら、管理者の方々は出てくる予定は全くありません。
あの人達が出てくるのを期待していた人が居たならすみません。……居るのか?(笑)
そして、ハーレムルートを希望されていた方にも申し訳ないですが……実に残念です。
本能君の相手は理性だけじゃなかったという事ですよー。
今後の展開に乞うご期待!……になるといいなぁ。
コメント by くろすけ。 — 2011/04/27 @ 02:22