各陣営が攻城戦を行うのを半日眺めていた青年は、昼食の席でひとつ提案をした。
「一日を六分割して、昼夜関係なく攻め続けるってのは、どうかな。数だけは多いんだ。これを利用しない手はないだろ?」
「なるほど。で、それをここで話す貴方は連合の軍議に出るつもりはないのね」
「全くないな。あの学級会以下の会合に出るくらいなら、新しい道具を試す方が有意義」
「移動式簡易竃の方は?」
「凄いです!移動しながら、火が使えるなんて思いませんでした!」
が答える前に、流琉が嬉しそうに告げた。
今日のご飯には、その移動調理の試験で作られた豚汁だったりする。
「俺としてはもう少し改良したい」
今回初めて持ってきたものの中で、一番大きいのが移動式の竈だった。自衛隊の移動式炊き出し道具を参考に、が料理人の意見を取り入れながら造ってみたのだ。
ちなみに燃料は石炭と練炭を使用し、牽引には重量馬を二頭繋いでいる。
車輪に布を巻き付けて衝撃が緩和できるかとか、高さの調節機能とか、色々試すことがある。
「個人的にはこいつの精度調整もしたい」
は腰に括り付けているクロスボウを軽く叩いた。
「鎧を貫いたと聞いたぞ?」
秋蘭の言葉に、は軽く首を振った。
「試験用に持ってきていた警備兵の鎧だからな。そんなに難しい事じゃない。出来れば、金属鎧を貫く威力と速射性を突き詰めたい」
ちなみに、射撃訓練の的は人型をしていて、急所に丸が描かれている。勿論、の提案だ。
「……という訳で、後は覇王様に任せる」
「全く……」
「よほどの馬鹿じゃなければ、この作戦の有効性はわかるさ。……頑張れ」
総大将が余程だったと思い出した青年は、温い眼差しで華琳と桂花を見つめた。
大半がこの作戦の有効性を理解してくれたお陰で、比較的すんなりと24時間体制での攻城戦が始まった。
「これから、ちょっと出てくるから」
その次の日、朝食をすませたは、そこまで散歩に行くかのような気軽さで王様へ告げた。
「董卓に会いに行くのね」
「……駄目か?」
「駄目と言っても抜け出すつもりでしょ?いいわよ、その代わり必ず生きて帰りなさい」
困ったように笑う青年に、華琳はため息を吐いて許可を出した。
「その点に関しては請合うさ。裏技も反則技も出し惜しみはしない。俺も死にたくはないからな」
「帰ってきたら、報告に来なさい。有用な情報があれば、褒美をあげるわ」
「了解。それを励みに頑張ろう」
青年は背中越しに華琳へと手を振って、部隊を離れて歩き出した。
「ふむ。実に壮観」
小高い丘の上から見下ろせば、映画のセットかと思う光景が広がっている。
「しかし、鬱陶しいな」
彼が陣を離れて歩き出した時から、後ろからぞろぞろと付いて来ている連中に、は苦笑するしかない。
この世界に来て彼がしてきた事を考えると、仕方のないことだとは思うけれど、鬱陶しいのが薄れる訳ではないのだ。
「ま、そろそろ煙に巻かれてもらおう」
森の木陰に入ると同時に、呪文を口にする。
【バニシュ】
透明化の呪文で身を隠して、舞空術で空へと昇る。下を見れば、彼の姿を見失った連中があたふたしているのが伺える。
その様子を楽しそうに眺めた青年は、本来の目的を達成するため、行動を開始した。
「おはようさん~」
眠い目をこすりながら張遼が姿を現すと、広間には董卓や賈駆が待っていた。
「お疲れ様、霞。今は華雄が担当しているの?」
「ああ、昨日から急に攻め方が変わって、たまらんわ。って、起きんかい」
霞の言葉に、既に来ていた恋と陳宮は眠そうに目を擦る。
「いいのよ。少し休ませてあげて」
「仕方ないなぁ。おはようからお休みまで、楽しい楽しい我慢比べっちゅうわけや。やられた方はたまらんなぁ」
「だが、実に効果的だろう?」
突然聞こえた声に、恋が顔を上げて走り出す。
「誰や!」
張遼は愛用の飛龍偃月刀を構える。
「疲れてるところ申し訳ない」
中庭に面した廊下に、黒髪の魔法使いが飛びついてきた恋を抱きとめながら、微笑みと共に立っていた。
「恋殿から離れるのです!ちんきゅーキーック!」
「なかなか鋭い。だが、まだ甘い!」
そんな雰囲気を壊したのは、必殺キックを放ってきた小さな軍師だった。
「しかし、必殺技は技名を叫びながらという美学は多少理解できるが、不意打ちしたいならやめとけ」
狙いが外れて床に倒れこんだ軍師を助け起こしながら、は苦笑するしかない。
「久しぶりです、張遼将軍。敵意はないので、偃月刀を下ろしていただけませんか?」
「……まあ、ええやろ。変な事したら、五体満足で帰れるなんて思わんことや」
「肝に銘じておきます」
張遼の鋭い視線に、は神妙な顔で頷いた。
「で、何しにきたんや。まさか恋を餌付けに来た訳やないやろ」
「何割かはその理由も含むけど、少し話をしたいなと思ってね。土産も持参したからさ。少し冷めているが、まだ十分いけるぞ」
コロッケを鞄から取り出して差し出せば、恋が早速手を伸ばしてきた。
「甘いものも用意してある」
こちらも揚げたてのドーナツを取り出す。
「……薬とか盛ってるんじゃないでしょうね?」
「食い物を食えなくするような勿体無い事は、飲食店店主として絶対しない。それはともかく、早く自分達のを確保した方がいいと思うぞ」
コロッケに手を伸ばす彼の隣では、はむはむと恋が食べ続けている。
一応、彼女用に別枠は用意してあるが、それすらも危ういかもしれない。
「ふふっ、今、お茶を用意しますね」
「月!?」
「恋さんがここまで信用しているんだもの。きっと大丈夫」
お茶が運ばれてきてしばらく歓談した後、は表情を改めて、董卓を見つめた。
「恋がどうして君に味方しているのかわかる気がするな。改めまして、だ。初めまして」
「董卓、字は仲穎です。初めまして、さん」
「賈駆、字は文和」
まるで子猫を守る親猫のように董卓を守る賈駆に思わず笑みが零れる。
「何?」
「いや、そろそろ本題に入ろう。つまり、この戦いは君達の負けだから、これからどうするって話なんだが?」
「私達はまだ……!」
青年の物言いに、賈駆は彼を睨みつける。
「いいや、既に負けは決定的だ。例え、どれだけ恋が強くても」
コロッケを頬張っている恋をちらりと見た青年は、賈駆を真っ直ぐに見つめてきた。
「あの連合が義ではなく利で成り立っているのは俺にもわかる。だが、俺に言わせれば、あんな連合を成立させた時点で、君達の負けは決まっていたようなものだ」
「まだよ!袁紹か、有力諸侯の首、それがあれば……」
「本気でそれを信じているのか?」
十常侍という獅子身中の虫がいる以上、勝ち目は極めて薄い。それを理解している賈駆はぎゅっと拳を握り締めていた。
「……ああ、もう。俺が女の子を苛めているみたいじゃないか」
恋にじっと見つめられて、は苦笑するしかない。
「……条件が幾つかあるけど、それを飲めるなら、俺は君達が殺されないよう可能な限り力を貸そう」
大丈夫と言い聞かせるように、恋の頭を優しく撫でた青年は、提案しようと思っていた事を口にした。
「はあっ!?」
「そんなに驚くなよ。君達が城を明け渡してくれるなら、それで終わりにしたい」
何を言ってるんだと言いたげな賈駆に、は理由を話して聞かせる。
「なんや、あんた以外と甘いなぁ」
「言うな。俺だって理解してる」
面白いと笑う張遼の言葉に、青年も何も言い返せない。
「……具体的には?」
「まず、将軍達は一回は戦って負けを認めないと退いてくれないだろ。そっちは降伏するなり、退却するなり、各自の判断でしてくれ」
「わかっとるやないか。せやけど、簡単には負けるつもりはないで?」
「そちらは俺の担当じゃないから、頑張ってくれとしか言えないな」
ニヤリと笑う張遼に、は肩を竦める。
「月の顔を知っている人間が何人居ると思っているのよ?」
「死体を偽装する。頃合いを見計らって、その服から女官服に着替えておくといい」
は董卓の着ている服を指差した。
「だから、もう本名は名乗る事はできなくなる。真名のない国から来た俺にはわからない苦労をする羽目になるだろう。それでもいいなら、俺が保護するけど?」
「貴方にどんな得があるのよ?」
「世の中、損得が全てではないが……そうだな。強いて言えば、もう名門貴族に付き合うのに飽きたってとこだ」
「……余程なのね」
はははと笑う青年の目が笑ってないのに、その場の全員が気付いていた。
「基本方針はそんな感じだ。城で女官を保護するのは問題ないだろ。後は臨機応変という便利な言葉に頼ることになるな」
「こんな不確実な作戦に賭けろっていうの?戦ってくれている兵を見捨てて」
彼の言葉に賈駆は眦を吊り上げる。
「今更何を言うかと思えば。確かに運が悪ければ、二人とも首が飛ぶさ。だが、それは権力を手にした時から覚悟してただろ?失敗する事は、死を意味するって」
は賈駆ではなく、董卓を真っ直ぐに見つめた。
作戦を立てたのが誰であろうと、最終的に決定を下すのは一番上に立つ者であるべきなのだから。
「俺としては全滅覚悟で戦ってくれても全く構わない。その時は、全力を挙げて君達と戦おう。ただ、君が一番何を守りたいのか。問題はそこだろ?」
最後の言葉は賈駆に向けたものだ。
「……わかったわ。でも、私達が勝てば、貴方に保護される理由もないけれどね」
「勿論だ。それで、どうする?君の意見は?」
「……私はどうなっても構いません。詠ちゃんだけでも助けてください」
悲壮な表情で見返してきた彼女に、青年は優しく微笑んだ。
「それが君の覚悟か。だが、そんな事をすると、俺が賈駆に殺されかねない。どうせ決めるなら、どんなことをしても二人で生き残る覚悟をしてくれると嬉しいな」
「……はい!」
肩をすくめた彼の言葉に、董卓は漸く笑顔を見せてくれた。
甘いと思いつつも助けたくなるのは、相手が女の子だから。男って本当どうしようもないなと思いつつ、諦めてしまう。
「では、俺はこれで失礼するよ。じゃあな、恋」
「また会える?」
「ああ。生きていれば必ず」
立ち上がった彼を見上げてくる恋の頭を優しく撫でる。
「では、またな」
は軽く手を上げて、来た時と同じように帰っていく。
煙のように姿を消した彼に、残された者達が目を丸くして驚いたのは言うまでもない―――
ちなみに賈駆は漢字は本来違います。
でも、原作でこうなってるので、こちらを使用してますのでご了承くださいませ。
ま、そんな事はどうでもいいです。恋の餌付け第二弾ー!!
主人公が魔法使ったとか、どうでもよくないけど、置いておいてですね。
恋を可愛がってください。以上。
コメント by くろすけ。 — 2011/05/05 @ 21:46
主人公。暗躍す!
ですかね??
これで、超癒し効果を持つ、「へぅ~」をゲット??
看板娘&経理担当を獲れる様にがんばって欲しい限り…
コメント by 蒼空 — 2011/05/06 @ 17:40
> 蒼空様
コメントありがとうございます。
ははは。うちの主人公はこれだけの能力がある人を、看板娘&経理だけなんてもったいない事はしませんよ?間違いなく『妹』ポジションの人間ですけどね。『妹』イコール手を出したら犯罪エリアです(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/05/06 @ 18:46