魔法使いの青年が董卓の下を訪れて二日。
その日、華琳は渋る青年を連れて、連合軍の会議に参加していた。
「という訳で、敵の抵抗がいつもより大人しかった事もあり、敵は今日明日中にも決戦を仕掛けてくると思われます」
桂花の説明の通り、相手も用意を終えたらしい。長期戦はあちらに不利だった。
「では、こちらもしっかりと備えて」
「攻撃はこのまま続けないと意味がないわ。ここで兵を退いては敵に休む時間を与えてしまうわ」
「だったら、外れを引いたらどうなるのじゃ?」
「そりゃ、運が悪けりゃ、そのまま決戦に参加するか、撤退するしかないだろ」
袁家の連中にいちいち説明をしている華琳と公孫賛へ、思わず生温い視線を送って応援してしまう。
「そんな不名誉な事、妾は嫌なのじゃ!」
「そうですわ!今日からしばらく、あなた達だけで城攻めをなさい!これは連合の総大将からの命令ですわよ!」
「なんだ、そりゃ!」
あまりに理不尽な命令に、馬超からも声が上がる。
「妾も出ないのじゃ!当番を持ってきても、絶対に出ぬからの!」
袁紹と袁術の我侭に、青年は思わず拳を握り締める。
「、落ち着け」
いつもは穏やかな彼から不穏な気配を感じた秋蘭は、咄嗟に彼の腕を掴んでいた。
「大丈夫だ。バレるようなヘマはしない」
「そういう問題ではない。頼むから、落ち着け。姉者も手伝ってくれ」
口元に黒い笑いを浮かべている青年の肩を、反対側から春蘭が押し留める。
「止めておけ、。ここで総大将が死んでは、華琳様に迷惑が掛かる」
「む、……それもそうだな。これから先の機会を窺うとしよう」
春蘭の言葉に、は肩から力を抜いた。
「それがいい。だが、がそれほど怒るとは」
「華琳より無能な連中が、偉そうに起きたまま寝言を抜かしているのが腹立たしい。華琳が全指揮権を持っていたら、とうの昔に決着しているのに……」
まるで子供のようにむくれている青年に、双子の姉妹は視線を合わせて笑い合う。
「はぁ……、袁術の代わりは私がやるわ」
このままでは埒があかないと思ったのは彼らだけではなかったらしい。孫策がため息を吐きながら提案する。
「なら、私の代わりには、劉備さん」
「はい?」
「貴女の軍、有能な将がたくさんいるようだから、隊を二つに分けても何ともありませんわよね?」
「え、そ、そんな……!私の軍、兵の数はそんなに……」
袁紹の無理難題に、劉備も困った顔をしている。
「……なら、兵は私の兵を貸しましょう」
それに助け舟を出したのは、華琳だった。
「曹操さん」
「関羽のような逸材に使われるなら、兵達も本望でしょう。どう?」
「桃香様……」
ここまでの条件を出されては、諸葛としても受けざるを得ない。
「うん。分かりました。お引き受けします」
「なら結構。それでは華琳さん、決戦の布陣を説明してくださるかしら」
袁紹の物言いに、青年はやはり参加すべきではなかったと、肺腑の底からため息を吐き出した。
「あ、曹操さん」
会議が終わって、やっと自陣に戻れると思っていたところへ声が掛かった。
「どうしたの?」
振り返れば諸葛を連れた劉備が立っていて、華琳は小さく首を傾げる。
「いえ、お礼が言いたくて」
「礼を言われるほどの事をした覚えはないわ。少なくとも、この戦の間は同盟を組んでいるのだから」
「それでも……ありがとうございました」
話し込む二人よりも、青年としては隣に立っている小さな軍師に視線が釘付けだ。
「……ふむ」
「はい?」
「いや、……食べるか?」
小動物を餌付けしている気分になって、はポケットに入れていた飴玉を数個差し出していた。
「え?」
「甘いものは苦手か?」
「い、いただきましゅ……はわわっ!?」
飴玉を受け取りお礼の言葉を噛むこの子が、あの策士孔明だとは。
「……本当に納得できん」
「え?」
「いや、こちらの話だ」
不思議そうな顔で見上げてきた孔明に、首を振った青年は軽くその帽子の上から頭を撫でてみる。
「はわわっ……」
「あまり兵士を減らさないで返してくれよ、軍師さん」
「そうね。兵は後で連れて行かせるわ」
「はいっ!ありがとうございました!」
何度も振り返る彼女と孔明に軽く手を振った後、は小さく肩を竦めた。
「随分と気前がいい」
「諸葛亮や関羽の指揮を間近で見られるいい機会だもの。その代価と見れば、高いものではないわ」
「なるほどね。俺も行ってみようかな」
「貴方はやる事があるでしょう。桂花、兵の中に間諜を数名選んで入れておくように。人選は任せるわ」
「はっ!」
こうして、各々の思惑が絡み合って決戦へと向かっていた。
決戦直前。
は城内の様子を把握しながら、指示出しが一段落した華琳に声を掛けた。
「華琳、ひとつ聞きたいんだが」
「何?」
「もしここに居る誰かが怪我をすると知ったら、例え自分の身に災いが降りかかってきたとしても何か手を打つよな?」
「怒られたいの?」
華琳は彼の言葉に眉を跳ね上げて、思わず『絶』に手をかける。
「だよなぁ」
魔法使いの青年は、彼女には一生敵わないのだろうと、喜びによく似た諦めで笑ってしまった。
降りかかる災いにすら手を打って、それがどうしたと彼女は胸を張るだろう。これは想像ではなく、純然たる事実だ。
ひとしきり笑って顔を上げた彼の表情に、華琳は迂闊にも見惚れてしまった。
「どうした?」
春蘭も秋蘭も、いつもと違う彼の雰囲気に気付いて首を傾げていた。
「ちょっと春蘭と秋蘭を借りるぞ」
首を傾げている二人の手を握って、青年は歩き出す。
「!?」
珍しく少し強引な彼に、姉妹は驚きの声を上げる。
「利子をつけて返しなさい」
「了解」
実に華琳らしい返答に、黒髪の魔法使いは楽しげに笑ってみせた。
「よし、誰も居ないな」
手近な天幕に誰も居ないのを確認して、は二人を連れて中へ入ってゆく。
「な、なんだと言うのだ!?」
「静かに」
真剣な表情で振り返ったは、右手を春蘭の、左手を秋蘭の頬へと触れさせた。
「!」
青年の方から触れてくるという極めて珍しい出来事に、二人は身体を強張らせる。
「直ぐ終わるから」
彼はそのまま瞳を閉じて、まるで歌のような一節を呟いた。
【風の精霊よ、我らを助けよ。来たりて楯となれ。我らに飛びくるものを逸らせ ミサイル・プロテクション】
「……これでよし」
二人の頬から手を離したは、少し困ったような笑みを浮かべていた。
彼が唱えたのは、風の精霊に頼んで矢を逸らせる魔法。対呂布で思い出せるのは、ただひとつ。『盲夏候』の由来だった。
春蘭だけでなく、秋蘭にも呪文をかけたのは、彼なりの保険だ。多少の差異として、矢が春蘭ではなく、秋蘭に向かわないとも限らない。
「……今のは何だ?」
「矢が当たらなくなる、お祈りさ。……頼むから、それ以上聞かないでくれ」
秋蘭の鋭い視線に、はますます困った表情になってしまう。
本当は全軍にかけるべきなのだろう。矢が当たらなくなる効果など、便利などという次元ではない。
「……わかった。心配性の弟子を持つと苦労するという事だな」
春蘭の言葉に、秋蘭も小さく笑って頷いた。
「そうだな。我らの弟子はそのあたりの子供より心配性だ」
「ありがとう、二人とも。いつか必ず理由を話す」
それ以上の追求をしないでくれた二人の師匠の言葉に、うかつにも泣いてしまいそうだ。
「うむ。その約束、忘れるなよ?」
「ああ。必ず」
春蘭に頷きを返しながら、は話すべき時期を考えざるを得ない。
きっと話した時、この二人は怒るだろう。矢を射掛けられ、剣を振り下ろされるかもしれない。
それでも、彼が願ったのだから。
「怒られる覚悟は決めるさ」
可能な限りの防御魔法を掛けた上で、リレイズを忘れないようにしなくては。
「二人とも気をつけて」
「任せておけ。師匠の貫禄を見せてくれよう」
「のお祈り付きだ。負けはせぬ」
の言葉に、二人は軽く手を上げて自分達の持ち場へ向かった。これで、二人に再会できるのは、決戦後だ。
青年は全てを上手くいかせてみせると、心に決めて彼の陣へと足を向けた。
董卓軍との戦は兵力の差もあり、早々に勝負は付いていた。
は約束を果たすべく、凪と共に部隊を率いて城下町へと突入する。
「民間人に手を出すなよ!」
「承知しております!」
曹操軍では、幾つかある軍規の中で民間人への略奪を厳禁としていた。
戦後の褒賞を高めにすることで、兵士達も軍規をきっちりと守っている。
「他の軍が手を出してきたら、それ相応の対応をとっていい。華琳からも許可を貰ってある!」
「全員聞いたな、民間人保護を最優先だ!全軍作戦開始!」
「イエッサー!」
からの号令に、凪をはじめとして連れてきた部隊全員が大きく頷いて各所へ散ってゆく。
「凪、俺達は董卓に会いに行こう」
「は、お供いたします」
は城外で春蘭と張遼の戦いが始まっているのを知りながら、城内へ馬を進めた。
まだ城内に残っていた董卓軍の兵士を捕縛しながら進んでいたは、途中、捜索範囲を広げるため、凪と別れていた。何かあったら必ず自分を呼ぶようにと、何度も念を押された上でだ。
先ほど、彼女達の部屋に死体を偽装した。二人の代わりに、二頭の豚が犠牲になったことは、彼だけが知っている秘密である。
扉も開け放ってきたので、しばらくすれば、董卓死すの一報が広まるはずだ。
恐らく近くに隠れているのだろうと、凪に教えてもらった気配の感じ方も駆使してみた。
「……ここに居たのか。漸く見つけた」
木陰にいた二人を見つけて、約束を守れると安堵した時だった。
「くっ……!?」
グラリと意識が揺れる。
「大丈夫ですか!?」
「ちょっと!?」
地面に片膝をついた青年を、月と詠は心配そうに覗き込む。
「……隊長!?」
「凪!」
彼女達の声に駆けつけてきた凪が構えをとるのを見て、は慌てて声を上げた。
「この二人は、俺が倒れ掛かったのを心配してくれたんだ。敵意はないよ」
「そ、それは失礼しました」
女官姿の二人に凪は赤面しつつ頭を下げる。
「凪も心配してくれてありがとう。少し疲れが出たんだろう。もう大丈夫」
そんな彼女の頭を撫でたは、軽く頭を振って意識を立て直す。
原因は分かっていた。
視界の片隅に映し続けていた春蘭と張遼の戦いで、矢が逸れたからだ。
これでこの世界に『盲夏候』は存在しなくなる。
先ほどの意識の揺れは、間違いなく世界からの干渉だろう。
「……さて、城内の様子はどうなってる?」
「ほぼ制圧完了しております。後は外の制圧を残すのみかと」
「了解。なら、外へ出て皆と合流しよう。君達もおいで」
月と詠に手を差し出すに、凪が驚きの声を上げる。
「連れて行かれるのですか?」
「ああ、城で働いていたみたいだけれど、行くあてもないらしいからさ。今は幾らでも手が欲しい。仕事が出来る人は大歓迎」
「華琳様に気に入られたりしませんか?」
「……全力で俺が守るよ」
さすがにその可能性は考えていなかったと、は董卓と賈駆に苦笑を見せた。
春蘭と秋蘭の怪我回避編&月と詠の保護編。
ご都合主義がてんこ盛りですが、その辺は多めに見ていただけると助かります。
ええ、是非その辺は甘めに見てください。
コメント by くろすけ。 — 2011/05/05 @ 21:48
世界からの干渉が遂に始動。
これからは、愛する覇王様のために自分自身を賭けた闘いです!
楽しみでもあり、悲しいですねぇ~~
コメント by 蒼空 — 2011/05/06 @ 17:48
> 蒼空様
ここからは地味に主人公の存在自体が削られていく事になると思います。
主人公に言わせれば、ふざけんなって感じですけどねー。
これだけ史実と違うのにーって、どこかの誰かに訴えたい。
コメント by くろすけ。 — 2011/05/06 @ 18:48