[その出会いに、乾杯を 3]

この出会いを、今でも大切にしている。
青年にとっては、何者にも変えがたい大切なものだから。

「えっと、晃ちゃんとアテナちゃんでいいのかな?」
は後ろで漕いでいるアリシアをチラリと振り返った。
「『ちゃん』は要らないぞ」
一緒に乗っている晃は、前を見たまま答える。
「ああ、ごめんなさい。グランマとアリシアがそう呼んでいたから、移っちゃったな。晃さんにアテナさん」
苦笑して青年は、訂正したのだが。
「『さん』も要らない」
反対側に座ったアテナに、更に言われてしまった。彼女はを珍しそうに見つめている。
「そうだ。アリシアだけ呼び捨てだなんて不公平は禁止だ、禁止」
を振り返り、彼に指を突きつける晃の言葉に、アテナもコクコクと頷いている。
「……ありがとう、晃、アテナ」
は優しい微笑を浮かべる。その笑顔をまともに見た晃とアテナは、思わず頬を染めていた。
「アリシアも、ありがとう」
「うふふ。どういたしまして。あちらがお薦めのお店になります」
「ん、いい匂いが漂ってくるねー」
青年はぐーっと身体を大きく伸ばす。
アリシアがゴンドラを手近な船着場へ泊めると、晃が一番に降りて舟をくくり付ける。
「さ、お手をどうぞ」
「ありがとう、水先案内人さん」
差し出された晃の手をとって、はゴンドラを降りた。その時、アテナやアリシアがさり気なく舟を固定しているのに気付いて、思わず笑みが零れる。
「お客様?」
「いや。君たちは自分のやりたい事を見付けて、ちゃんと努力しているんだなぁと思って」
首を傾げる三人に、は手を差し出した。
「さ、お昼にしよう。お昼の時間は、お客様はなしでね」

「ここはマルガリータが美味いんだ」
の目の前には、彼女たちお薦めの料理が並べられた。
「へえ……」
彼は晃が薦めるままに、焼きたてのマルガリータへ手を伸ばす。
一口食べた後は、無言でピザを食べていく彼に、三人は顔を見合わせ笑いあった。
その表情は何よりも雄弁に『美味しい』と語っていたから。
「うん。すごく美味しい」
「トマトソース」
アリシアは、次は何を食べようと目を輝かせる青年の口元に着いている指差して微笑んだ。
「ああ、すみません」
そっとアテナが差し出したナプキンで、彼は慌てて口をぬぐう。
「料理は逃げないからゆっくり食べろよ?」
晃は呆れたように言いながら、サラダを取り分けてやる。
「……うん。凄くいいですね」
は三人と食事をしながら、幸せそうに笑った。
「何がいいんだ?」
「昨日も思ったんですけど。誰かと一緒に食べる食事って、とても美味しいものなんだなぁって」
しん、とテーブルから会話が消えた。
だけがそれに気付かず、モシャモシャとサラダを頬張っている。
「食事、一人だったのか?」
「ああ、我が家の人たちは、双子の妹を溺愛してましたからね。仕方ないんですよ」
彼が何でもないように言うから、三人の方が何故か泣きたくなった。
「そっか。じゃあ、また一緒に食べてやる」
「え?」
ぶっきらぼうな晃の言葉に、青年はサラダを食べていた手を止めて顔を上げた。
「あらあら。晃ちゃんだけなんてずるいわ」
「みんな一緒」
アリシアとアテナも、じっと青年を見つめる。
「……ありがとう。うん。本当に嬉しい。やっぱり、ここへ来てよかった」
「じゃあ、乾杯をしましょうか?」
アリシアはいい事を思いついたとばかりに、手を叩いた。
「乾杯?」
彼女の言葉に、は首を傾げる。
「ええ」
と私たちとの出会いに」
「これからもよろしくな」
グラスを手に大きく頷いたアリシアに続いて、アテナ、晃もグラスを持ち上げた。

その時、黒髪の青年が見せてくれた笑顔を彼女たちは忘れていない。
あの日の出会い。
それは青年だけではなく、水の妖精たちにも忘れられない大切なものだから。

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Posted: 2009.01.03 ARIA.. / PageTOP