激しい戦いから一夜明けて。
「ちゃんと一列に並んでくれ。割り込みしたら、最後尾に回ってもらうぞ!」
黒髪の青年は配給所の前で並ぶ列を整理していた。
周囲では既に復興が始まっている。
曹操軍では民間人への手出しは許していないが、彼ら以外の軍までは命令できないし、被害が皆無ではない。何より戦のせいで物流が止まっている。
そこで彼は流琉と共に、曹操の名前で食料の配給を始めた。
売名行為というなかれ。これも立派な戦略だ。そう遠くない未来に、都の人たちが、曹操軍ならばと思ってくれれば御の字だ。
何より、略奪行為を厳禁にしている曹操軍の評価は悪くない。
王様の方は、どうやって許可を得たのか、兵を城内に入れて道路や倒壊した建物の片づけをさせている。
「。ここに居たのね」
「よう、華琳。見回りか?」
昨日ぶりに会った王様は、春蘭と季衣、桂花を連れていた。
「ええ。城内の様子を少しね」
「そうか。それで、あっちから来る連中に心当たりは?」
青年の示す先には、袁家の二人の姿がある。
「あーっ!いたのじゃ、麗羽!」
「見つけましたわっ!華琳さん!」
「……またうるさいのが」
うんざりした華琳の様子に、は列の整理を近くの兵士に頼むと、配給所から離れるように促した。
正直言えば、邪魔の一言だからである。
駆け寄ってくる二人とそれをあしらう華琳の隣では、季衣と文醜が楽しげに話し出している。
「こんにちは、さん」
「ああ、顔良さんもご無事で何より。呂布と戦ったと聞いたぞ?怪我とかはしてないか?」
「ええ。何とか。さんもご無事でなによりです」
「そんなことより、何ですの、この工事は!また私達に無断で!」
和やかな会話が交わされている中で、袁紹と袁術だけが怒り心頭のようだ。
「大長秋を経由して、陛下の許可はいただいてある。問題があるようなら、確認してもらっても構わないけど?」
「な……っ!大長秋!?」
「なんで、お主の様なやつが大長秋とつながりを持っておるのじゃ!」
華琳の言葉に驚く二人に、の方が呆れてしまう。
「何でって、何代か前の大長秋が爺さんだからだろ?」
「あら、知ってたの?」
があっさりと答えたことに、華琳は少し驚いた様子だった。
「当然。つーか、俺としてはこっちの二人がそれを知らないのが不思議だけど」
華琳の隣で、黒髪の青年は本当にどうしようもないなと名門貴族を見つめている。
「ずるいのじゃ!それを言ったら、妾たちとて三公を輩出した名門袁家の出身じゃぞ!」
「く~!点数稼ぎも良いところですわ!」
「機を見て敏なりと言うでしょう。動きが遅い方が悪いのよ」
「全くだな。せっかくの名門なのに、勿体無い」
青年の知っている袁紹と袁術はここまでお馬鹿さんではなかったのにと、軽い頭痛を感じてしまう。
「ええい、猪々子さん、斗詩さん!こんな所にいる場合ではありませんわ!行きますわよ!」
「木を見て瓶なのじゃ!」
走り去る袁術を追いかけるように、袁紹も部下二人の腕を掴んで走り出す。
「ちょっと麗羽さま!」
「ひっぱらないでください!」
二人の抗議の声に、ぴたりと足を止めた袁紹が、華琳を振り返る。
「華琳さん!」
「ん?」
「この、タマなしー!」
覇王と天の御遣い、共に絶句させる台詞だった。
言い放った当人は、再び走り出し、あっと言う間に手の届かない場所へ行ってしまう。
「ちょっと、麗羽様、下品ですよ!」
顔良の声に、漸く二人は立ち直る。
「……そりゃ、玉はないでしょうよ」
「……本当、ロクでもない」
走り去っていく連中の背を見送りながら、はため息を吐いた。
「まったく、人の邪魔をしてくれるわね。……」
「ん?」
「春蘭の事、知っていたのね」
華琳の言葉に、彼女の隣に立つ春蘭に微笑みかけた。
「春蘭の左目が無事で良かった」
「……倒れたと聞いたぞ?」
春蘭の方が心配そうに彼を覗き込んで来る。
「最近、働きすぎだからな。疲れが出たんだろ。帰ったら、ゆっくり休むさ」
後悔はしていないという彼の笑顔に、華琳は一つ頷いた。
「そう。では、貴方の働きに対して褒美を与えるから、今日の仕事が終わったら私の天幕まで来なさい。しかし、まずは民の為に?」
彼が手配した配給所の列は長く長く伸びている。
「それは華琳もだろう?公共の道や橋を優先的に補修させているのを知っているぞ」
は街を点検していてそれに気付いていた。
「俺はそういう許可を取るのは出来ないからな。それにこれだって華琳の名前で行ってるんだぜ?そして、略奪厳禁の曹操軍は、民衆の間で人気急上昇」
「そうなの?」
「ああ、配給所で何度も言われた。曹操様にお礼をってな」
「そ、そう……」
黒髪の青年が誇らしく微笑むものだから、華琳は少し頬を染めた。
「あ、華琳様、照れてるー」
「……うるさいわね」
季衣に指摘されて、華琳は少し視線を逸らせる。
「こちらにいらっしゃいましたか、華琳様」
そこへちょうど良く秋蘭が現れた。
「お疲れ様、秋蘭。事後処理とやらは終わったの?」
「はい。それから、華琳様に会わせたい者が」
「……どもー」
秋蘭の後ろに立つ少し気まずそうな彼女に、は軽く手を振って声を掛ける。
「よう。張遼将軍、ご無事で何より」
「あ、あんた!」
「月と詠から話は聞いてる。城にいる時から良くして貰ってるって?」
掴みかからんばかりの勢いで駆け寄ってくる将軍に、は話しながら指差してみせた。
指の動きに釣られるように視線を動かせば、配給所の裏で忙しく働く二人の姿が見て取れる。
「あ……」
恐らく董卓と賈駆の死亡の一報を聞いていたのだろう彼女は、約束が果たされていたことを目の当たりにして動きを止めた。
「二人には俺の手伝いをして貰うことにしたから、後で張遼将軍にも紹介……」
「霞や。次から真名で呼んでや」
霞の突然の言葉に、は少し目を丸くしたが、すぐに笑顔で返事をしていた。
「了解だ、霞。俺は字も真名も無いところから来たからな。。これが全てだ。好きに呼んでくれて構わない」
「こちらこそよろしゅう頼むわ、」
「後で二人に君の天幕へ行くよう伝えておく。で、今日の料理は君ら用に陣地で用意して貰ってるから、そこに並ばない」
「……そんなに美味いんか?」
彼の言葉に王様を筆頭に最後尾に並ぼうとしていた全員が、ぞろぞろと帰って行く様子に霞はに尋ねた。
確かに先ほどからこの一帯には、鍋から放たれる香りが充満している。
「今日の採譜は、ハヤシライスと言ってな。肉と野菜を煮込んだものをご飯にかけた料理だ。ま、煮込み料理で失敗はないぞ。霞も帰って食べると良い。俺はもう少しかかるから」
陣地へ戻った霞が、初めて食べたハヤシライスをお代わりするまで後少し。
夜、褒美をくれるという華琳の天幕を訪れた青年は現在の状況に混乱していた。
「ええっと、どうして俺はこんな状態に?」
そこに座れと言われて長椅子に座らされた青年は、覇王様に膝の上へ馬乗りになられて逃げ出せない。
「いつの間に、董卓と賈駆を自分のものにしたの?」
「いや、ものにしたって言われると物凄い誤解を受けそうですが、昨日保護した時にな。ちゃんと城には死体を偽装してあるから、大丈夫だよ。あ、あの二人には華琳も手を出すなよ?」
「……人を何だと思ってるの?」
釘を刺してくる青年に、華琳のこめかみがひくついてしまう。
「えー、素直に言ったら、死刑執行されそうなんで、黙秘権を行使します」
曹操様は史実でも女好き。
この人の場合、周りにロクな男がいなかったと言うのも一因だろうけれど、口にして寿命を縮める趣味はない。
今の状況だと、襲い掛かって命がなくなりそうだけれど。
「それで、そんな私の何処が好きなの?」
「……何の話だ?」
「隠してるつもりなの?」
視線を逸らせた青年の胸に華琳が右手を這わせれば、早鐘を打つ鼓動が伝わってくる。
「心臓の音は正直で良いわね」
「華琳、頼むから……」
は華琳から距離をとろうと、彼女の手を掴んだ。
「ついでに、いつ天の国へ帰らされるかわからないからと、私達と一線を引いている事も知っているのよ?」
「それを知ってるなら、何故!」
思わず睨みつけていた。彼の決意だけが本能への唯一の対抗手段だとの言うに。
珍しく苛立ちを露わにする彼に、華琳は事も無げに言い放った。
「帰ってくればいいだけでしょう?貴方の居場所は、ここなのだから」
それ以外は認めないと言わんばかりの口調に、は二の句がつげない。
「それとも、何?やっぱり天の国に彼女でもいるの?」
「……帰って、くる?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているを、華琳は見下ろす。
「そうよ。貴方が天に戻されたなら、またここへやってくればいいだけの事。何?『千里眼』とも言われる貴方が、そんな事も考えつかなかったの?」
腕を組んで胸を張る覇王の姿に、魔法使いの青年は言葉が出ない。
その通りだった。
彼は決めていたから。
本当は優しい、寂しがり屋の女の子の願いに手を貸す事を。
例え、彼が破滅の道を歩くとしても。
だからこそ、その後の事など、全く考えた事がなかった。
「参ったなぁ」
は華琳の宣言に、こみ上げる笑いを堪えられない。
もはや既に戻れないところまで、彼は歴史に介入している。
特に春蘭の目の件は大きかったらしい。
だが、介入することで身の破滅を迎えることが決定しているならば。
それすらも乗り越えて、この愛しき覇王の隣に立つための資格を手に入れる。
さあ、その覚悟を決めよう。
「笑いすぎよ」
「いや、すまん。もう何度目になるかわからないが、君に惚れ直していたところだ」
は力の抜けていた身体に力を入れ直した。
「そうだな。諦めるのは、最期の瞬間を迎えてからでいい。手も足も動いて、口も回る。十分だ」
「?」
「覚悟しろよ、華琳?俺は諦めるのはやめたぞ?」
そう言って彼女を見つめる彼は、華琳が気に入っている誇りある笑顔を浮かべていた。
「……遅いのよ、馬鹿」
「馬鹿は酷いな。これでも色々考えていたんだぞ?」
華琳を抱き寄せながら、青年は言う。
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いの?」
「はいはい。それで俺のモノになるのと、俺をモノにするの、どっちがいい?」
彼女を膝の上に乗せたを押し倒しながら、華琳は不敵に笑った。
「両方」
その返答に、は両手を挙げて降参した―――
うっしゃー!怒涛の三話一気投稿終了ー!と、そんな事はどうでもよくてですね。
覇王様万歳を叫ばせてください。
私はここが書きたくて、今まで頑張って来たですよ!
この夜の後のことは、各自脳内でときめきやがれメモリアル!
コメント by くろすけ。 — 2011/05/05 @ 21:51
うっはぁww覇王さまかっこえ~!なるほど戻って来いってか、ここの覇王さまは別れ際に泣きながらも凛として真田くんが戻ってくるのを待つんですね!?
てか戻ってこないとか認めません(キリッ
月と詠を捕獲しましたね~霞は原作通りで残りの恋と華雄がどうなったのか気になるところですねぇ・・・・・はたして恋は蜀の食事に満足できるのかww
バイトから帰ってみれば3話更新びっくりしましたww
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/05/06 @ 02:16
> ヨッシー喜三郎様
覇王様は格好いいんです!これは絶対なのです!
そして、この話は元よりハッピーエンドを求めて書き始めたものなので、戻ってこないとか、私が認めません。
月と詠は今後真田屋のお手伝い?をしつつ、ついでに城の業務も手伝ってくれます。
とりあえず、最後のことが書きたくてここまで一気にアップしたので、恋達はこれから回収に向かいます(笑)
バイトお疲れ様です。こんなサプライズは、もうたぶんないですー。
コメント by くろすけ。 — 2011/05/06 @ 08:44
あっはぁ~!覇王様カッコええ~~!
帰ってくればいいなんて、思いつかなかったorz
確かに占いでは、消えるとは言ってても戻れないとは言っていないし…
コレで、一線を引いていて諒君が本能”と”理性のままに覇王様とイチャラブです!
覇王様と千里眼の愛の絆は、時空間をも貫きます!
コメント by 蒼空 — 2011/05/06 @ 17:58
> 蒼空様
覇王様、最高でしょ?
魔法使いの本気を見せてやろうってところでしょうか。頑張れ、主人公。
そして、イチャラブですよ。
賭けの結果とかどこかで書いてみたいなー
コメント by くろすけ。 — 2011/05/06 @ 18:50