城へ戻ってすぐ、青年がやったことは、月と詠の生活環境を整える事だった。
「霞と一緒に暮らせば、安心だろ?それに、もしかしたら近々人数増えるかもしれないし」
そう言った彼は城からあまり離れていない場所へ、新しい屋敷を用意した。
「色々必要なものもあるだろ?女の子だもんな。このくらいあれば足りるか?」
「……金銭感覚おかしくない?」
渡された袋の中身を確認して、詠はため息を吐いた。
「え、詠ちゃん!?」
「俺が女物の服の値段に詳しくても嫌だろ。それにある程度の用意はしてあるけど、金はあって腐る訳じゃないからな。次の給金日までは時間がある。俺からの支度金だと思ってくれ」
慌てる月の頭を撫でつつ、は詠に多めに渡した理由を話す。
「……ま、そう言うことなら」
「明後日から俺の仕事を手伝って貰うから、今日明日中に落ち着いてくれると助かる」
「はい。頑張ります!」
「何を手伝わせるつもりなのよ」
「そいつは当日のお楽しみ」
にっこりと笑う青年に、詠は胡散臭そうな視線を向けた。
そして、その日がやってくる。
月と詠は、彼専用の工房の隣に新しく作られた建物に案内された。
「ようこそ、屋の心臓部へ。といっても、つい昨日出来たんだけどな」
そこは魔法使いの青年にとっては、両手を合わせればあっという間の工程を半機械化した工場だった。
「この機械を使うと、次の日にはこれが出来ていると言うわけです。はい、お一つどうぞ」
二人は透明な欠片を口にして驚きの声を上げる。
「これって……あんたのところの甘味料?」
「そうだ。それの製造方法を、これから君達に教える。書面にすると、誰かに見られて広まる可能性があるからな。悪いが頭に叩き込むか、この文字の読み方を覚えてくれ」
は彼だけにしか読めない英語混じりのノートを差し出す。
勿論、既に結界を張って、誰の目も耳も届かないようにしてある。
「何で?」
「君達に価値が生まれる。それは決して損ではないと思うけど?」
「だからっ!どうして、僕達にそこまでしてくれるのかって聞いてるのよ!」
詠の叫びに、目の前の青年は目を丸くして首を傾げる。
「だって、約束しただろう?」
「え?」
「俺は君達を保護する、と。まさか、あの場だけだと思っていたのか?」
「う……」
その通りだった。
「なら、もう一度言っておこう。君達は俺の庇護下にある。例え、華琳でも君達を害する事は許さない」
は片膝をついて、彼女達と視線を合わせる。
「だから、諦めて甘味料の作り方を覚えてくれ。生クリームやバターもある。そう簡単には死ねなくなるぞ?なんと言っても、屋の屋台骨だからな」
優しく笑った彼の袖を、月はぎゅっと握りしめていた。
「どうしたんだ?月」
「……ありがとうございます、さん」
月の頭を軽く撫でて、は立ち上がる。
彼女の目元が微かに赤くなっているのは、気付かないふりをしておこう。
「さて、まずはこいつからな。こいつは俺の国では『麦芽糖』って呼ばれてる。素材がそのまま名前になってるんだ」
が歩き出そうとすると、その手を誰かに捕まれた。反対側の手は月と繋いである。とすれば、相手は決まっている。
「……ありがと」
ぽつりとそっぽを向かれて呟かれた言葉に、は小さく笑って、彼女の手を優しく握り返した。
「どういたしまして。さあ、一つずつ見ていこうか」
それから二人は屋の秘伝について詳しく教えられた。
「これ、全部やっていたんですか?」
「んー。これでも減らした方だよ?前は材料の仕込までやってたから。まあ、いい料理人がいるから、素材作りだけで良くなった訳だ。基本的に保存料とか入ってないから、毎日生産しないといけないけど」
現在、彼が作っているのは、ほぼ調味料だけだ。
それがないと出来ない物が多いから、他の店もなかなか真似できないのだが。
「七日に一度は定休日。その日の牛乳は?」
「孤児院で飲んでる。子供の成長に必要な栄養が多いからな」
「これを僕達だけで作業するのは無理があるわ」
「ああ、その辺はおいおいな。昨日出来たばかりと言っただろう?機械の調子も確認しながらになるし、一度やってみないとわからないだろ。しばらくは俺も手伝う」
「僕らがこれを持ち逃げするとか考えないの?」
詠はから渡された手帳を軽く振ってみせる。
「別に構わないからさ。それと同じものが、俺の頭の中にもある。こいつを売り出した時点で、君達の足取りも追える。きっと春蘭辺りに追いかけられると思うけど?」
「……まったく割に合わないわね」
想像したらしい詠は、深々とため息を吐いた。
「俺もそう思う」
彼女の様子に、も苦笑して頷く。
「わかったわよ。月の事を守ってくれるなら、僕はそれでいいもの。あんたの手伝いでも何でもするわよ」
「ありがとう、助かるよ。詠」
詠は軽く頭を撫でられながら、そっぽを向く。
「わ、私も頑張ります!」
「月も良い子だな」
対抗するように宣言した月の頭も、は優しく撫でた。
「へぅ~」
その手がとても大きくて温かくて、月と詠はしばらくそのままでいた。
こうして、二人は千里眼の手伝いをするという、とても忙しい日々を送ることになる。
月と詠の話でしたー。妹分が着実に増えていく主人公。
懐かせるつもりはなくても、懐かれる。これぞ主人公(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/05/12 @ 11:38
ビーストテイマーならぬ、妹分ていまー??
諒君ならではのスキルです!
ただ、妹分に甘えられ癒されてはいますが自身が甘えれる存在が欲しいですねぇ~
真っ先に万能属性の覇王様が上がりますが、彼女の存在は既に一歩先に往ってるんで…
コメント by 蒼空 — 2011/05/16 @ 00:25
> 蒼空様
身内に甘い主人公ですからね。
今後、恋達も一緒に暮らす予定なのですよー。
コメント by くろすけ。 — 2011/05/16 @ 22:44