全力で神様を呪え。[廿壱-壱]

「時系列が圧倒的にオカシイだろ……」
は最近起った出来事を書き記した手製模造紙を、工房前の東屋の机に広げていた。
彼の記憶では、俗に言う黄巾党の乱から反董卓連合まで五年はかかっていたはずだ。
さらに言えば、今にも発生しそうな官渡の戦いなんて、反董卓連合から十年くらい後のはずのに。
「……俺はどこからツッコミを入れればいいんだか」
この勢いだと『赤壁』まであっという間だなぁと、思わずは空を見上げて遠い目をしてしまった。
さん。お茶を持ってきました」
「ありがとう、月。ここの生活には慣れた?」
月からお茶を受け取りながら、は彼女に笑いかける。
「ええ。皆さん、とても優しいので」
「そっか。なら、良かった。そうそう、これ作ってみたんだ。是非使ってみて、感想を聞かせてくれるかな」
そう言ってが差し出したのは、竹で作った小さな丸い入れ物だった。
「何ですか?」
月が蓋を取ってみると、中には白いとろりとしたものが詰められていた。
何かの花か薬草だろうか。すうっとする香りが仄かに広がる。
「蜜蝋で作った手荒れを治す塗り薬。俺の国だとハンドクリームと言う」
「はんどくりーむ、ですか」
「水仕事が多いと手が荒れるだろう?試作品で悪いんだけれどな。これは詠の分」
は同じ物をもう一つ取り出す。
「ふふ。今度はお薬屋さんですか?」
「そうだな。効果が確認出来たら、試供品とか作ってみるかな?」
ブツブツと呟きながら考えをまとめる黒髪の青年を、月は微笑みながら見つめていた。
「あ、月。ここに居たのね。で、……また思考の海に溺れているの?」
彼女を探していたらしい親友は、うんうん唸っているにため息を吐く。
「今度はお薬ですって。見て、詠ちゃん。これ」
「何?あ、いい香り」
「あのね……」
月が詠に説明を終えた頃、は顔を上げた。
「なあ、薬屋と化粧品屋に行ってみたいんだが、一緒に行ってくれないか?俺一人だと気まずいし、何より何がどんな効果があるのかわからない」
「はぁ、いいわよ。別に。あんたのやる事は、どう考えたって僕らに跳ね返ってくるんだもの。先に少しでも情報があった方がマシよ」
目の前の青年が何かを始めるとなれば、間違いなく巻き込まれるのは彼専属の女官に任命されている彼女たちなのだから。
「それに最近は酷かったから、助かるわ」
「ありがとうございます、さん」
軽く肩を竦める詠と笑顔でお礼を言ってくる月に、は使う際の注意点などを伝えておく。
「養蜂を始めたお陰で、蜜蝋も安定供給されるようになったしな」
「あんたのその手帳、商人達からのみれば垂涎の的ね」
が手の中で確認している手帳には、彼が作り出したもの、作り出すもの、それらの詳細が記述されているらしい。月も詠も見せてもらったが、何が書いてあるかは理解できなかった。
「はは。こんな読めない手帳より、詠の頭の中身の方が垂涎の的だろ。まあ、月にも詠にも手出しなんてさせんが」
黒い笑顔を浮かべる千里眼の青年は、華琳に二人の保護を求めたのは勿論の事。二人には位置を特定できるよう、肌身離さず特製首飾りをしてもらっていたりする。
「本当に面倒くさいわね。接触を図ってきた相手、一覧にしたら頭が痛くなったわよ」
「もうすぐ警備犬の調教も終わる。もう少し気楽に出かけられるようになるさ」
恋の家族の内、大型犬の一部は警備用に調教が行われていた。ジャーマンシェパードが居たのを発見した時には、正直驚いたけれど。
主に警備隊に配属されるのだが、そのうちの数頭が色々功績があったに貸し出される事になっていた
「これで凪も少し楽になると思ったんだけどなぁ」
そうなのである。警備犬が貰えると聞いたは、嬉々として凪を警備役から外そうとしたのだが、当の本人から断固として拒否されたのである。

数日前、玉座の間で訓練状況を報告した青年は、そのまま笑顔で彼の隣に居た彼女に告げた。
「良かったな、凪。これで俺の護衛をしなくて済むぞ」
「どうしてですかっ!?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった凪は、きょとんとした顔を見せていたが、理解した途端、彼女はに詰め寄っていた。
「え?あれ?なんで怒るの?」
これで不定期で面倒な仕事が減って喜ぶと、思っていた青年の方が混乱気味に陥る。
「私が護衛では不満だと、おっしゃるのですか?」
「いや、そんな事はあり得ない」
「では、何故!?」
「……どちらかと言えば、俺なんかが護衛対象で申し訳ないくらいなんだけどなぁ」
そうは苦笑した後、凪に確認するように続けた。
「凪は俺の護衛をしたいのか」
「はいっ!」
「……わかった。凪の他の仕事に影響の無い範囲で、今後ともよろしくお願いします」
頭を下げてお願いする青年に、凪も嬉しそうに勢いよく頭を下げた。
「はいっ!こちらこそ、お願いします!」
そんな微笑ましい光景を、王様を初め首脳部全体が苦笑しつつも、穏やかに見つめたものだ。

「凪にはもっと重要な仕事を振り当てようと思ってたのになぁ」
この言葉も聞かれたら、『隊長の護衛以上に大切なものはありません!』と訴えられてしまうだろう。
「大切にされてますね、さん」
「まあ、言いたい事もわかるけどね。一応、あんたは春蘭に勝つくらい強いわけだし」
そんな時、正午の鐘が鳴り響いた。
これも腕時計を元に柱時計を作った青年の提案である。午前六時・午後九時・正午・午後三時・午後六時毎に鐘を三回鳴らす事になった。
「お、もうこんな時間か。今日の昼ご飯は何だっけ?」
ちなみに正午の鐘は、厨房にとっては戦闘開始を意味している。
「青椒肉絲か八宝菜に溶き卵の湯。あとは蕎麦饅頭よ」
「私達も手伝いました」
「へえ、それは楽しみだ」
は広げていた書類をまとめて立ち上がる。
。ごはん」
そこへご飯が大好きな将軍様が現れ、その隣では小さな軍師が両手を上げている。
「早くするのです!腹が減っては戦は出来ぬのです」
「今、行くよ」
彼女達に手を振りながら、月と詠も一緒に歩き出す。
食堂へ向かいつつ、恋と音々にも試作したクリームを手渡し試してくれるように頼む。
次への戦いの準備を進めつつも、今日も城は平和だった。

特製ハンドクリームが、女性陣の愛用品になるのは、間もなくのことである―――

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評価

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後書&コメント

  1. 今回は元董卓軍チーム(一部除く)。
    手作りの化粧品とかは、女性優位の恋姫ならではでしょうね。
    ちなみに青椒肉絲のようないためものはコークスが使われるようになってからなので、十世紀以降くらいだそうです。まずピーマンがこの時代には存在しません。以前も書きましたが唐辛子もそうですね。ないです。
    更に言えば、当時の料理は直火焼き、煮物、羹、膾だそうで、生魚も地域によっては食べられていたみたいですね。揚げ物とか、油の入手が簡単ではなかった時代だし、難しいんじゃないかな。
    きっとこの時代だと、まだ食べ物についての試行錯誤が続けられていたんでしょうね。
    恋姫って本当にツッコミどころが多いですよねー。

    コメント by くろすけ。 — 2011/08/27 @ 18:21

  2. おつかれさまでーす!

     月や詠は平和にやってるみたいですねぇ、元一勢力の、しかもちゃんと有能なトップと軍師が働いてる総合研究機関(ピッタリな言い方が見つかりませんでしたww)とかどんな贅沢なww

     詠が「諒さんが春蘭に勝った」ってことを知ってるってことは短編の時系列を過ぎたってことかな?しかし諒さん愛されてますねww本編以上に凪が忠犬になってますねぇ、まぁ華琳の命令でもあるんでしょうけど

     あぁ~、時代考証って大事ですよねぇ。でもそこまでちゃんとやるとかなりの労力を必要としちゃうんでしょうかねww琉瑠の料理と凪の辛党設定は犠牲になってしまうww

    コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/08/27 @ 21:49

  3. >ヨッシー喜三郎様
    コメントありがとうございます。
    元董卓軍主従は、最早既に主人公店舗専属と化してしまいそう(笑)
    主人公的には、帰ってしまった後のことも考えて、店関係のことは二人に任せてしまいたいと考え中ってところでしょうかね。
    あの短編は、恋を捜しにいく前に経過してます。恋も居たら、きっと彼女も主人公と試合したがると思います。そのうち凪にも霞にも恋にも華雄にも頼まれて、死ぬ気で頑張る事になるはずです。頑張れ、死ぬな、主人公。
    まあ、あんまり気にするなって事でしょうね。元が大人限定ゲームだし?という事なので、書いた話に穴があっても、突っ込みはしないでくださいね(笑)

    コメント by くろすけ。 — 2011/08/27 @ 22:17

  4. 改めて思ったけど、三国時代の割りにかなり現代風になってますよね。
    食材や生き物とかで本来存在しないものがあるわけですからね。
    まあ、でなきゃ諒が活躍しにくいかもしれませんがね。

    飲食関連のあとは薬局でも開店させるつもりなのか、ハンドクリーム大好評ですね。
    魏国内の店の大半が真田屋系列で埋る日も来るのではなかろうか?

    コメント by エクシア — 2011/08/29 @ 01:50

  5. >エクシア様
    ええ、私も調べてびっくりしました。
    歴史に沿って書くと、意外と使える物が少ない……って。
    薬剤とか化学物質とか特に。アンモニア一つ作るのに、どんだけ努力が必要なんだ!って。
    そんなこんなで、考えるのは止めにしました(笑)
    むしろ雑貨屋?コンビニチェーンとか。ちょっとずついろんなものを売っている感じですね。
    全国展開は近い……!?

    コメント by くろすけ。 — 2011/08/29 @ 10:20

  6. 雑貨店…良いですねぇ~
    昔の雑貨店は食い物・薬・衣料品・おもちゃと色々置いてあって凄くワクワクした記憶が…
    子供時代は、まさに開けてビックリ玉手箱状態。
    今回は覇王様より忠犬凪に癒された。
    そろそろ忠犬にもニヤニヤ幸福があっても良いんじゃないですか?

    追伸
    前回のコメントにて、色んな事が出来るハム子は良い子で賢い子なのにねぇ~
    いかんせんカリスマ性が…
    ただ仕えるならハム子が一等かもしれません。
    個人的偏見だと、
    覇王さまはなんでもできるので強要色が強く、虎というかメガネ美人は提案しても勘とかで却下されそうだし、蜀は無理難題と吹っかけてくるし…
    ハム子は、提案したら吟味してくれてOKなら任せてくれそう。
    次点はメガネ美人かぁ?

    コメント by 蒼空 — 2011/08/30 @ 22:56

  7. > 蒼空様
    コメントありがとうございます。
    雑貨屋さんて楽しいですよね。海外のものとか雑然と扱ってる店とか一時間平気で居られます。
    今回からしばらく、拠点編を書いていく予定です。他の面子も少しずつ出してあげられるといいなぁ。
    ハムの人の不幸は、同時代にオール5の人が居た事と、部下に恵まれなかった事かなぁ。サポートする武将がいないですもんね。

    コメント by くろすけ。 — 2011/08/30 @ 23:43

  8. 専門店で一点集中でお金持ち向けの商売しつつ、雑貨屋で広く安い農民向けの商売をするわけですね。
    これは諒もしっかり社会還元しないといけないぐらい儲かりそうですね。
    専門店の方には行けば魏の武将達に会えるかもしれないというオマケ付ですね。
    日本酒とかの現代酒を作れるなら、酒屋もいいかもしれませんね。
    居酒屋で使えば、人気の酒は個人で買ってくれるでしょうし。(霧なんて絶対に買いそうだし)

    ハムさんの一番の不幸は人材不足でしょう。
    優秀な武将がいたらだいぶ違っていたでしょう。袁家にもあっさり負けることもなかったと思いますね。
    武将に恵まれず、オール5の覇王様がいて、一点に突出した武将が多く活躍したことが重なって普通なハムさん扱いされたのでしょうね。

    俺個人は、使えるなら一番は呉ですかね。次点が魏ですかね。
    個人の趣味が多分に入ってますが、どちらも主がきっかけで(よくも悪くも)自身が成長できそうですしね。
    成長できる点では両国互角なので、個人の趣味で決定しました。
    スタイルの良いお姉さんが大好きです!(オイ

    蜀はダメだね。あそこにいたらニートになりそうだ。

    とうとう、色々長々勝手に検証及び格付けをしてみました。

    コメント by エクシア — 2011/08/31 @ 03:27

  9. >エクシア様
    コメントありがとうございます。
    社会還元は今までも結構行ってきているので、きっと許昌はありえないくらいの衛生状態を保っているかと思われます。中世ヨーロッパよりも全然綺麗かな。その辺りも拠点編でちょろちょろ書けるといいなぁと思ってます。
    日本酒に関しても現在カモスゾーと研究中です。曹操はお酒造りも有名ですしね。ウィスキーっぽいものとか、ビールっぽいものとか。タバコと違って酒は全世界で発見されているので、千差万別の名前が付けられたとか。昔からのんべは居たんでしょうね~。
    ハムの人は星の次に引き抜きたい人材だったりします。馬の扱いにも長けているし、桃香より全然統治能力も高いし。華雄さんと並ぶ報われない人ですけどね。
    私も個人的趣味で魏じゃなければ、呉ですな。あの蜀には行けない。御輿に担ぎ上げられて、良いように使われる未来しか浮かばない……。
    意見を聞かせていただけるとためになるので、ありがとうございました。

    コメント by くろすけ。 — 2011/08/31 @ 21:45

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Posted: 2011.08.27 真・恋姫†無双. / PageTOP