「あー、気持ちいいねー」
風の吹き抜ける工房前の日陰に三枚の畳を引いた後、バスタオルを引いた青年は大の字で横になっていた。
彼の故郷に比べて乾燥しているこの地では、風が吹くだけで十分涼しい。
「……」
「ん?ああ、恋」
漸く訪れた休息を満喫している青年の元に顔を出したのは、天下の飛将軍であった。
今日は秋蘭と共に練兵に出かけていたはずだ。
「、まだ夕暮れ前だぞ?休み時間とはいえ、もう少ししゃんとしないか」
一緒にやってきたらしい秋蘭の呆れたような声に、としては笑うしかない。
「体力がないのは認めるけどな。やっと得た休息は満喫させてもらってます。ん?どうした?恋」
じーっとこっちを見つめて、何かを言いたそうな彼女に、は首を傾げる。
「……あがっていい?」
「ああ、悪い悪い。靴は脱いでな。秋蘭もどうぞ。今、冷たいお茶でも持ってこよう。夕食も一緒にどうだ?」
「是非、お邪魔させてもらおう」
靴を脱ぐ二人と入れ替わりに、は工房へ向かう。
「これはなかなか気持ちいいな」
裸足になって畳の上にあがれば、ふんわりと涼しい風が通り抜けていく。
「ん……」
恋はの転がっていたバスタオルの上に、倒れこむように横になる。
「……こんな時間があるなんて、恋は知らなかった」
「そうか。気分はどうだ?」
恋の側に座った秋蘭は、当代最強に笑いかける。かつて敵対していた時には、こんな事になるなど想像もしなかった。
「とてもいい。の側は温かい。それにここの人達も」
「ふふふ。そう言ってもらえると嬉しいな。恋の連れてきた動物達も、皆働き者だと聞いているぞ」
秋蘭が軽く膝を叩いてみせると、恋は小首を傾げながらも、擦り寄るように頭を乗せた。
「……誰得って、間違いなく俺得だっ!」
冷茶を持って戻ってきた千里眼が、秋蘭に膝枕された恋という光景を眺めて、そんな事を呻いたとか呻かないとか。
「おお、お兄さん。今日の夕飯は何という料理ですか?」
「今日は少し暑かったからな、冷たい麺料理を……って、何この人数」
掛けられた声に工房から顔を出して見れば、東屋には城にいる幹部全員が集まっている。
華琳を初め、軍師の桂花、風、音々。武官からは春蘭に秋蘭、恋、流琉、凪が来ていた。
「……俺の予定では、秋蘭と恋だけだったんだが」
それだけでも準備は二十人前だったわけだが。この計算はおかしくない。
「流琉、月、詠。悪いけど、手伝って……」
「任せてください」
青年の頼みに、料理の師匠と彼を慕う妹分が駆け寄ってくる。
「じゃあ、まず流琉は厨房から麺を可能な分だけ貰ってきて。最悪、粉だけでもいいから」
流琉はの指示に笑顔で返事をして走り出した。
「お皿はどれを使いますか?」
「ああ、今日は冷たい麺だからね。お皿じゃなくてザルを使うんだ。それと麺汁用の……そこにある湯のみみたいなの人数分、お願い」
「はい」
月は戸棚から、言われたものを取り出して並べていく。
「私は飲みものの用意を始めるわ」
「ああ。頼むよ、詠。麦茶が冷蔵庫の奥に冷やしてある」
麺を茹でている間に、キュウリやニンジンを千切りにしたり、煮豚を薄切りにしたりと麺に添えるものの用意を手際こなしていく。
「もやしも食べさせるか」
「もやし?」
「何?このひょろっとしたの」
「ああ、豆の芽だな。根っこと芽の部分をとると、触感が格段に上がる」
しかも、ざっと茹でるだけで下準備は終わりだ。
ちなみに手間のかかるヒゲ根と芽の部分は、人海戦術で取り除いてもらった。
根っこと芽はいい出汁が出るので、そのうちスープにでもしようと思っている。
「年中、安定供給が出来るので、安くて美味くて栄養価も高い。素晴らしい食材だぞ。今度、どこかに生産地を確保したいな」
日の当たらない場所と水があれば生産可能なのだ。存在している時には大喜びしたが、あまり普及していないらしい。是非生産地を確保して普及させたいと画策中だ。
「よし。後は麺を茹でるだけと……足りるか?」
机の上には大量の麺が丸まって置かれている。
「ギリギリじゃない?季衣が居ないのがせめてもの救いね」
「ま、足りなくなったら、蕎麦でも出すか。いや、むしろ蕎麦も出すか。乾麺の試作品もあるしな」
「……あんたの工房は、一体どれだけの食品を溜め込んでるのよ」
ごそごそと奥から少し黒ずんだ乾いた麺を持ち出してきた彼に、詠は軽く呆れていた。
「乾麺にすると日持ちと携帯性が向上するからな。戦争が避けられない以上、そこでの食事は少しでも美味いものにしたい。最後の晩餐になるかもしれない食事が、薄い粥だけなんて嫌だろ?」
「まあ、それは確かに、そうなんだけど」
保存性のよい乾麺は勿論の事、インスタントラーメンも開発中だったりする。
「ごく一般の方々は、家があって、仕事があって、飯が美味かったら、誰も反乱なんて起こしたりしないものさ」
そんな事を言いながら、は麺を茹で上げ、冷水で締めていく。
「とりあえず一人前ずつ持っていってくれ。食べ方は麺をこの汁に漬けて食べる。薬味と辛味は好みで入れること。野菜もちゃんと食うように、肉食系には伝えてくれ。食べきらないとお代わりは無しだともな。俺は次の麺を茹でているから、先に食べてくれ」
「はい、わかりました」
月と詠と流琉が麺と野菜と煮豚の乗った冷麺の皿を持っていけば、歓声が聞こえてくる。
その声を聞きながら、は次の麺茹でに取り掛かった。
「うあ~、あちー。うまー」
何とか人数分を捌ききって、は自分の分に漸く手をつけていた。
現在、外では食後の甘味である水羊羹が振舞われている。
「何?その行儀の悪い食べ方は」
ずるずると麺を啜る食べ方が、覇王様のお眼鏡には叶わなかったらしい。
「この食べ方が俺の国では正式なんだよ」
ちゅるりと麺を飲み込んで、は軽く肩を竦める。麺は啜るもの、という日本の文化は海外では理解されにくい。
「蕎麦の麺はなかなか良かったわ」
「蕎麦は比較的荒れた土地や寒い場所でも育ちやすいからな。河北四州や涼州を手に入れた後に、普及できるといいな。飢える人が一人でも減るのは良いことだ」
華琳は口元に笑みが浮かぶのを自覚した。
どうやら、目の前の行儀の悪い食べ方をする青年の脳裏では、北部の統一が終わっているらしい。
「冷麺は?どうだった?」
「この間食べたものとはまた違って良かったわ。辛さを調節出来るのもいいわね」
華琳の言葉に、は小さく頷いて、嬉しそうに笑った。
「……何?」
「あれはな、俺の故郷の料理でね」
広島風冷麺。一般的な中華冷麺とは違う、の好物のひとつだ。
「華琳に誉めてもらって嬉しいだけさ。それより乾麺はどうだ?とりあえず試作の一玉分を茹でてみたが?」
「悪くないわ。乾燥させたことで、生にはない食感があるし。でも、どうやって生産するつもり?いくら雨の少ない土地があるとはいえ、乾燥が終わるまで太陽が出ていてくれるなんて都合のいい天気はないわよ?」
「その点は問題ない。物を乾燥させるのは、太陽だけとは限らんさ」
最後まで取っておいた煮玉子を頬張り、は幸せそうに笑った。
「さて、今日も一日お疲れ様でしたっと」
工房の片付けを終えて部屋に戻ってきたは、ほかほかと湯気を立てていた。
「お帰りなさい。早かったわね」
「……なんだか、もう突っ込みを入れる気力も無くなるほどに、堂々と人の寝台に転がってるな。MyMaster」
一日の疲れを風呂で洗い流してきたのに、まだ本日の業務は終了していなかったらしい。
生乾きの髪を、自家製タオルでガシガシと拭きながら、は冷蔵庫から取り出した冷たいお茶を竹製カップに注いで喉へ流し込む。
「貴方、また街の外へ出たの?」
「いいや。何で?」
街の外へ1人で出るのは、この国のTOP3にキツく禁じられている事の一つだったりする。
「今日は風呂を沸かす日ではなかったはずよ?」
「……ああ」
お茶を飲み干して、は少し考える。
彼に与えられた選択肢は三つ。
1.素直に話す。
2.街の外へ出たことにする。
3.うやむやにする。
どれを選んでも死亡フラグが身近に感じられるのは、日頃の行いの所為だろうか。青年は少し遠い目をしてしまった。
「素直に話すのが正解よ」
「……絶はやめてくれ」
覇王になる資格には、読心術が必須項目なのかと疑いたくもなる。
「そうだな。明日の夜に、工房の奥を案内するから時間空けといてくれ」
説明するのが面倒になったは、明日実物を見てもらう事にした。
「そう。では、明日」
「そこで、何故、俺の布団に潜り込む」
「主の問いに素直に答えないからよ」
ニヤリと笑う彼女に、持っているタオルを投げつけてやりたい。
「春蘭と秋蘭はどうした」
「あの子達には言ってあるわ」
早く来なさいとばかりに、寝台の空けた部分を叩く華琳に、は色々諦める。
「全く……明日も仕事なんだけどなぁ」
「私もよ?」
小さく肩を落とした彼に、華琳は嫣然と笑いながら答える。
「では、明日のためにもお手柔らかに?」
「虎は兎を狩るのにも全力を尽くすそうね」
風呂上りの青年からは、非常にいい香りがする。
寝台の上で横になるの顔を、華琳は覆いかぶさるようにして見下ろした―――
色々、美味しく頂いちゃってください(笑)
主人公君は自分が食べたいという、それだけの理由でうどんやら蕎麦やらパスタやら製作しています。男主は戦闘でも一応役立つけど、最も役立つのは内政チート。魏の首都は間違いなく世界一の都市になっています。人口の流入とか問題も多そうだけど。
最近は地方都市や農村へも技術を広め始めているので、近隣で魏の国は住みやすいともっぱらの噂だろうと思ってます。
さて、次回はとうとう真っ黒笑顔で桃香と対面となる……か?
彼女に着いてきた農民達が、徐州での生活との差を思い知って、移住を願い始めるのも少なくないかもしれませんねー。
コメント by くろすけ。 — 2011/09/17 @ 19:06
今回は覇王様より若干姐フェチな美人の方が好きなんですが…
やはり膝による枕は破壊力抜群です!
コレをやるとどんな人でも対象者を慈愛の瞳でみちゃいますし…
というか、く…喰われた~!?
まぁ開始は覇王様が喰ったんでしょうが、最終的には覇王様”が”喰われるんでしょうねぇ
こぉ~いつも思うんですが、序盤中盤でホッコリしても、後半の最終局面で覇王様が全部持っていくんですよねぇ~驚愕と癒しを…
来い!忠犬凪の膝枕&星の膝枕!
コメント by 蒼空 — 2011/09/17 @ 23:21
>蒼空様
いつもありがとうございます。
ははは。膝枕のシーンは私が見たかったので、後悔も反省もありませんよ?
まあ、最後に美味しいところを持っていくのは、王様の特権という事ですよ。
凪の膝枕と恋の添い寝は、意外と簡単に達成できそうですが、星の膝枕かー。膝枕だけで終わるか?(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/09/17 @ 23:40
ほのぼ~の。
なごむねぇ、こういうの。うん。
星さんがはいったらこういうことが日常茶飯事になる……わきゃないか。
どっちが食ったか食われたか、それは当人たちのみが知る……なんつって
コメント by 瑪瑙 — 2011/09/18 @ 00:33
俺得どころかこんなん皆の得だよ諒さん!(挨拶)
更新お疲れ様です、今回は食べ物の話になりましたかww冷麺・・・・でいいのかな?つけ麺?冷中華はなんか違う気がするし、冷たいラーメンを想像すればいいんでしょうか?新作を開発するとこんな感じで殆どの確率で結局全員分必要になるんですね、わかりますww軍の携帯食と保存食が異様なほど発展している魏はマジチートww
イチャついてますなぁこの馬鹿ップルめ!諒さんはこのまま華琳一筋なんでしょうかね?
仮に袁紹が馬鹿でも下が統治をしっかりしていて河北が農民にとって暮らし安いという評価であった場合、はたして農民たちは劉備について行っただろうか?農民たちが求めるのは劉備か生活かどっちなんでしょうねww次回が楽しみですww
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/09/18 @ 01:09
>瑪瑙様
コメントありがとうございます。
基本、ほのぼのです。戦闘?何ソレ、美味しいの?って主人公ですからね~。
例え、星さんが加入しなくても、この路線は変わりませんよ~。
コメント by くろすけ。 — 2011/09/18 @ 12:57
>ヨッシー喜三郎様
良かった!喜んでもらえて <膝枕 冷麺については、すいません、地元ネタで。広島風冷麺は醤油ベースのたれに漬けて食べる冷やし中華みたいなものです。茹でキャベツとキュウリと葱とチャーシューが乗ってて、ゴマとラー油みたいなのをタレに入れます。美味いです。是非、ぐぐってみてください。 新作出来た=寄越せコールは間違いなし(笑)勿論、華琳が食べ終わるのを待ってからですが。主人公も言ってますが、人間お腹が膨れると気分も穏やかになるものですよ。 それから主人公ですが、春蘭と秋蘭とはイチャつくようになる予定です。 次回は間違いなく真っ黒笑顔で桃香と対面なんですが、どうなることやら……。 意外と袁家が潰れるのが遅くなってしましそうです。
コメント by くろすけ。 — 2011/09/18 @ 13:14
諒は戦闘チートよりも内政チートですね。
独自に現代料理を再現して、きっちり生産ラインも確保してますからね。
しっかり店を出して民に普及してる辺りは流石ですね。
携帯食料も改造してるので士気はまず下がらないですしね。なんという内政チートだ(苦笑)
さて、次辺りに劉備の逃避行で魏に来るのかな?
理想論者の蜀メンバーに対しての諒の対応が気になるところですね。
くっ付いてきた農民の諸君も、あまりの自分らと魏の違いを見て愕然とするんでしょうね。
魏に住み着きたいって人が出てきてもなんらおかしくはないでしょう。
原作では関羽を欲してましたが、こちらではどうなるかな?
ぶっちゃけ、星の方が引き抜きの可能性は高いですよね。
どんな話でも、最終的に覇王様が持っていくのは流石ですね。
遂に諒が覇王様を喰ったか?ww
コメント by エクシア — 2011/09/18 @ 16:54
>エクシア様
いつもありがとうございます。
内政チート君は地味に頑張ってます。痛いのは嫌だと言い張るだけの事はね。それに腹が減っては戦は出来ぬのですよ!
そして、そろそろ劉備軍の到着ですね。真夜中に叩き起こされ、目を開けたまま寝言を言われて、主人公君の機嫌は最低です。はてさて、どうなることやら。
覇王様が美味しいとこどりなのは、仕様です!だって、元々覇王様が好きで始めた話ですから!
ちなみに夜の戦は、最終的に男主人公の勝利です(笑)
コメント by くろすけ。 — 2011/09/18 @ 21:03