全力で神様を呪え。[廿弐]

現在、袁術に絶賛攻略され中の劉備に対して、袁紹が攻撃を仕掛けたと報告が入り、急遽会議室に首脳部の面々が集められた。
報告を聞いた時、あの小さな天才軍師を思い、ちょっと同情してしまった。彼女も苦労が絶えまい。
防波堤もない徐州という場所で、攻撃を受けたらどうなるか。同盟話もなかった事実に、あの国の民には同情を禁じ得ない。海に逃げるにしても、船などの用意をしているようにもみえない。
それにも関わらず、劉備は時折政務を抜け出しては、市街へ繰り出していたと聞く。
この状況下でのその振る舞いに、は王様失格の烙印を押していた。人として好感が持てるのと、王として認められるのは別問題だ。
「さて、このまま行くと確実に、袁家と二正面作戦を展開する事になるけど、どうする?」
会議室の机に置かれた地図を前に、は小さく首を傾げる。
予定通り、袁紹が河北四州をまとめてくれて、曹操軍は既に未来の二正面作戦について対策を練っている。
はそこそこまともな公孫賛軍と当たるよりは、兵数は多くとも隙が大きな袁紹軍の方が相手がしやすいと考えていた。獅子に指揮された羊の群れより、羊に指揮された獅子の群れという奴である。
「どうして、その選択肢だけなの?」
ニヤニヤと笑う王様に、は苦笑して肩をすくめた。
「火事場泥棒も弱い者イジメも、華琳の趣味じゃないだろ?強いと思い込んでる奴の足元をすくい上げて、地べたに這い蹲らせるのは、実に好きそうだが」
「ふふっ……でも、袁家と二正面作戦をして、勝ち目はある?」
彼の答えに楽しげに笑いつつ、彼と一緒に並ぶ軍師達を見つめる。
「はっ、彼らより少数なれど、我らの兵の練度と装備をもってすれば、軍を分けたところで問題はありません」
代表して答えた桂花に、将軍達も力強く頷く。
「唯一、孫策の部隊がどう動くかってのはあるが、袁術からの援助をまともに受けられない部隊ではな。まともに当たらず、封じ込めてしまえば問題ない」
反董卓連合の時に出会った桃色髪の美人を思い出す。彼女の戦闘を遠くから眺めていた事があるのだが、鬼気迫るものがあったのを思い出し、は軽く身を震わせた。
「そう。では、対袁家に向けて、更なる努力を。で……、先程から甘い香りがしているのだけれど?」
その言葉に回れ右をしようとした黒髪の青年だったが、飛将軍様に服をぎゅっと握られていた。
「……恋、手を離してくれると嬉しいなぁと思うんだけども」
「……いいにおい」
きゅっと握った彼の上着に鼻を近づけた恋は、ふんわりと香る甘い匂いに幸せそうな表情を見せる。
「今度は何を作っているのだ?」
彼の隣に立っていた秋蘭も気になるのか、彼に顔を近づけた。
「……餡子。小豆に似た豆を見つけたから、明日のおやつにしようと思って用意していたんだ」
恋と秋蘭に挟まれたは、もう好きにして、と言わんばかりの表情で答えている。
「……食べられない?」
しょんぼりした恋の表情に、何とかしろとの視線が青年に突き刺さる。その重圧に、は工房にあるもので出来るおやつを考えていく。
「きんつば。食べてないよな?」
冷蔵庫の奥に作ってある芋羊羹で何とかできるあの美味しいものを思い出した。
「すぐに出来るの?」
初めて聞く名前に、華琳の目もキラリと輝く。
「ちょっと用意が要る。が、三時のおやつには食べられる事を約束しよう。それまで待ってくれるか?」
「ん。三時、楽しみ」
嬉しそうに頷く恋の頭を、は苦笑しながら優しく撫でた。

そんな和やかな午後を過ごした、その日の夜にそれは起きた。
「眠い……」
王座の間に呼び出された青年の機嫌は、底辺を滑空中だ。華琳が無駄な事をしないと解っていても、眠いものは眠い。気を抜けば、意識が落ちそうだ。
「隊長は何かご存じですか?」
「面倒事襲来……。見たくもない奴が見えたからな。この後、国境付近まで出掛けることになるだろう」
彼を迎えに来た凪は、青年を心配しながら尋ねてくる。そんな彼女に、はやれやれとため息を吐きながら答える。
「国境?夜襲ですか?」
「攻撃を仕掛けるなら、もっと前から準備してるよ。俺は大切な国民を、一人として無駄死にさせるつもりはないぞ」
彼の言葉に、凪だけではなく周囲を固めている近衛兵達も心を熱くさせる。
「今回は只の面倒事さ。俺としては一刀両断して、無かったことにしたいくらいのな」
これから起きることを考え、彼が重々しいため息を吐く。その時、漸く華琳たち三人が王座の間に入ってきた。
「全員揃っているわね。急に集まってもらったのは、他でもないわ。秋蘭」
「先程早馬で、徐州から国境を越える許可を受けに来た輩がいる」
秋蘭の説明に首を傾げる者が多い中、は扉の向こうで待つ人物に心当たりがある。
「入りなさい」
「……は」
華琳の声に黒髪をなびかせて入ってきたのは、あまりにも有名な劉備配下の武将だった。
「関羽……!?」
突然に現れた敵将に思わず声を上げる。
「知っている者もいるけれど、名乗って貰えるかしら」
「我が名は関雲長。徐州を治める劉玄徳が一の家臣にして、その大業を支える者」
「なんで、関羽がこないなとこに……」
名乗りを上げた彼女の意図がわからない霞は、軽く動揺を見せている。
「さっき秋蘭が言っただろう?通行許可を貰いに来たと。袁家に背を向けて逃げ出すつもりか」
「その通りです」
の言葉に、関羽はあっさりと頷いた。問いかけた青年の方は、答えが当たっていた事にため息を吐いている。
「なんと無謀な……」
「けど、袁紹や袁術と正面からぶつかるよりは、マシやと思うで」
「それはそうだが、我々とて別に劉備殿の国と同盟を組んでいるわけではないだろう?」
「そういう事。それに正直、関羽もこの案は納得していないようでね……そんな相手に返事をする気にはなれないのよ」
凪の指摘に、華琳はちらりと隣に立つ関羽に視線を送る。
「ほんならなんで、こないな決死の使いを買って出たんや?」
「我が主、桃香様の願いを叶えられるのが、私だけだったからだ。それに我々が生き残る可能性としては、これが最も高い選択でもあった」
霞の問いに答える関羽は胸を張っているが、納得している表情には見えない。
「……主のためやて。どっかの誰かさんみたいやな」
「わ、私はこんなに愚直ではないぞ!」
をはじめとして、全員が無言を貫いたのは言うまでもない。
「誰か、何とか言えよ!」
「ということで、これから返事をしに行こうと思うのだけれど。誰か付いて来てくれるかしら?」
春蘭を宥めるように背中を軽く叩いていた黒髪の青年は、楽しげな王様の声にやれやれと苦笑を浮かべた。

すぐに全員で城を出た彼らは、僅かな手勢を率いて国境付近で待っているという劉備の元へ向かう。
「不機嫌そうね、。ついてくるのが嫌なら、城で寝てれば良かったのに」
そう言って華琳は隣に並んでいる秋蘭の背中で、目を閉じて眉間にシワを寄せている黒髪の青年を覗き込む。
「何があるかわからないからな。到着までには起きるよ」
城を出てきた時は自分で馬に乗っていたのだが、あまりにふらふらとするものだから、見かねた秋蘭が自分の後ろに移らせたのだ。
その顛末を思い出して、華琳は小さく笑ってしまった。春蘭も時折心配そうに隣から彼の様子を伺っている。
「……笑うことないだろ?」
さすがに今の状況を嫌がるなどあり得ないが、気恥ずかしいのも事実らしく、目を閉じていた青年は片目だけを開けて華琳を見つめた。
「兄としての威厳は地に落ちたわね」
「弟としての待遇を甘受しているから、問題ないことにしておく」
桂花の嘲笑うような言葉に、は軽く肩を竦めて答えた。彼が甘えられる事は多いが、青年が甘える者はあまりいない。
秋蘭は彼が甘える数少ない一人である。は意外と手が掛かるというのが、彼女の意見だ。時折見ている季衣と琉流は、むしろ甘えている青年を羨ましがっている。
「申し訳ありません、御遣い様」
「……関羽殿。俺は御遣いじゃないよ。だ」
「はぁ……しかし」
名前を呼べという青年に、関羽は複雑そうな表情を浮かべた。
「しかしも、かかしもない。是非ともと呼んで欲しい。それが嫌なら、で。真名に当たるらしいけど、そっちがいいかな?」
「い、いえっ……では様と……」
にっこりと笑顔で押し切られて、関羽は渋々とながら頷いてくれる。
「それは残念。関羽殿のような美人とは、是非真名を交換したかったんだが」
「なっ!?」
さらりと口にされた言葉に、関羽は顔を真っ赤に染めた。周囲はまたかと言わんばかりに深いため息を吐いている。
「しかし、まさかこんな事をさせるとは……」
気付いていないは秋蘭の背中で、しみじみと呟いた。
「?こんな事とは?」
彼が何を指して言っているのか、わからずに関羽は首を傾げた。
「名将関雲長に、決死の覚悟で使者をやらせるような事を、さ。俺ならこの事態に陥る前に、手を打った。少なくとも、曹操軍に同盟の使者を出さないなんて事はしない」
「し、しかし……まさか袁紹までとは……」
に名将と言われ嬉しそうな表情を見せるが、関羽は彼の言葉に反論を試みる。
「可能性としては十分あった。そうだろう?」
「た、確かに否定は出来ませんが……」
なにせ受け取った土地が、海側が開けているとはいえ、諸勢力に囲まれた場所なのだ。
「君たちは領土を手にした。そうなれば、内政と外交双方が必要になる事は覚悟の上でなくては。もし考えもせずに喜んで受け取って、面倒なことは軍師殿に押しつけて、はいオシマイだとしたら、滅ぼされても文句は言えないだろ」
恐らく、あの小さな軍師は寝る間も惜しんで、あの王様に献策したはずだ。
「そ、そんな事は……」
「君たちの王は、時折政務を抜け出して街へ繰り出していたと聞く。俺の王様は休んで欲しいと訴えても、なかなか聞き入れてはくれないぞ?」
ため息混じりのの言葉に、彼を背にする秋蘭は小さく肩を震わせて笑ってしまった。先日、華琳が頭痛を訴えた一件を、彼はまだ少し根に持っているらしい。
「どうして、そこで私が出てくるの」
言葉を失った関羽の代わりに、標的となった華琳が口を挟んできた。
「この件に関しては、訴える機会を見逃したりはしない」
城下に招いていた華佗のお陰で無事終わったが、曹操の死因を知る青年の肝を冷やすには十分だった。
「はいはい。本当に、は心配性ね」
「ああ、俺の寿命がこれ以上縮まないよう、お願いしたいね」
言い合いながらも、信頼を寄せ合う二人の様子を見た関羽は少し羨ましそうにしている。
そんな彼らの視線の先に、『劉』の旗が見え始めていた―――

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評価

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後書&コメント

  1. 久しぶりの更新となりました。
    お待たせしまして、申し訳ありません。漸く仕事の方もひと段落……なんて訳もなく、年末までギリギリを突っ走るのが決定事項です。
    さて、今回は関羽さんとごたいめーん。劉備さんとはまた次回。
    個人的には秋蘭に甘える主人公が書けたので、満足です。羨ましすぎる……。

    コメント by くろすけ。 — 2011/12/25 @ 21:16

  2. 更新来たーーーーーーーーー!!
    毎日チェックしていたかいがあった!!

    ゆっくりとマイペースにどうぞ

    コメント by 瑪瑙 — 2011/12/25 @ 23:33

  3. あれ?無意識レベルで関羽を口説いてない?
    まあ、そのまま諒サイドに引き込めれば一番いいんですがね。
    華琳、交換条件として関羽を要求→劉備、駄々こねる→諒、半分キレぎみで淡々と説教→関羽、見聞を広める意味も込めて承諾→そのまま諒の護衛として永住。
    的な流れぐらいしかありそうにないですがね。

    原作では結局無償で通しましたが、流石に諒はそこまで優しくはないですからね。
    代価は確り頂きましょうや。

    忙しいみたいですが、ゆっくりでも確実に更新して頂ければありがたいですね。
    そのまま放置されたサイトが結構ありますが、ここの小説は好きなので、そうはなってほしくないですね。

    コメント by エクシア — 2011/12/26 @ 04:36

  4. 今更ながら思いましたが、恋の鼻って動物並みな気がしますね。
    まあ、元々小動物な印象が強いですけどね。

    コメント by エクシア — 2011/12/26 @ 17:01

  5. 追加感想(と言うかこっちが本命ですが)

    諒は流石と言うべきでしょうか、無意識に関羽を口説いてますね。
    どうせならこのままこっちに引き込んで欲しいところです。

    可能性としては、華琳が条件として関羽を要求⇒劉備が駄々こねる⇒諒が切れる⇒関羽、見聞を広める意味もこめて承諾⇒諒が口説き落として永住決定。
    ってな流れくらいしか浮かびませんでした。

    まあ、恋がいる以上、武将戦力としては過剰もいいところですけどね。

    コメント by エクシア — 2011/12/26 @ 17:07

  6. ダメだ…
    何時も楽しく色々妄想される作品達ですが、今回はイメージが一つしか出てこなかった…
    秋蘭が諒君へ膝枕をしている風景以外出てこないorz

    コメント by 蒼空 — 2011/12/26 @ 18:33

  7.  きぃ~たぁ~、更新乙です。クリスマスに来てたとは思ってなかったっすよ

     √魏の中でも印象が強いですよねぇこのイベント、主に劉備さん何やってんすか的な意味で。挙句代償なしに領内通過したうえ「後は任せた!」ですからね。諒さんはキレてもいいところww

     諒さん普段は甘えさせる側ですからねぇ、秋蘭相手に甘えられるのはある種彼女が諒さんに近い側にいるからですよねwwてか魏に抱擁力系のキャラ少ないなぁww

    コメント by ヨッシー喜三郎 — 2011/12/27 @ 19:52

  8. > 瑪瑙様
    お待たせ致しました。今後もこのまったりペースでよろしければ、お付き合いくださいませ。

    > エクシア様
    ピンで考えると愛紗さん嫌いじゃないんだよなぁと思いまして、こんな感じに落ち着きました。
    恐らく、劉備さんも王様じゃなければなぁというところですね。現在、主人公的に落第点です。この後、間違いなくマイナスに落ち込みそうですけど。
    最後まで続けたいとは思っていますので、気ままな速度で申し訳ないですが、次回の更新をお待ちくださいませ。

    > 蒼空様
    一度書いてみたかった弟立場の主人公。
    春蘭も、なんだかんだと言いつつ、主人公を甘やかしていると見ています。「し、仕方ないなっ!お前がどうしてもと言うなら……」とか。
    今後も時々甘やかしてあげたいと思いつつも、凄くうらやましいですよね(笑)

    > ヨッシー喜三郎様
    劉備との対面は、待て次回。となってしまい、すみません。
    主人公の境地的には、キレるより呆れる?にまで達しそうです。
    魏の中では秋蘭くらいですよね。皆、年齢が同じくらいですし。でも、きっと甘えられるのも悪い気がしてない秋蘭というのも、いいなぁと思ったりしてます。
    幕間でもう少し書いていきたいと考えてますので、お楽しみにー。

    コメント by くろすけ。 — 2011/12/29 @ 23:33

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