「本当にぎりぎりに陣を張ったんだな」
は見えてきた旗に感心したような呆れたような声を出した。それほどまでにギリギリの場所だった。
「さて、誰を連れて行く?」
漸くしっかりと目を覚ました青年は、いそいそと自分の馬に乗り換えて準備を整えている。
「そうね。関羽、貴女の主のところへ案内して頂戴。それから何人か一緒についてきてくれる?」
「そんな華琳様!この状況で劉備の元へ向かうなど!これが罠だとも限りません!」
「桂花の言う通りです!せめて、劉備をこちらに呼び出すなどさせては……!」
華琳が付いて来てくれた皆を振り返れば、桂花と春蘭が異議を唱える。
彼女達の言い分も最もなんだけどね、とは思う。だが、覇王様の性格からして、大人しくなんて無理なのである。
なんて事を考えていた彼は、うんうんと頷いていたのだが。
「?」
笑顔で覇王様に名を呼ばれれば、視線を逸らせて星空を見上げるしかない。
「……全く。別に私も劉備を信用しているわけではないわ。だけれど、覇王たる者がそんな臆病なことでいいと思う?」
「ぐっ」
華琳の言葉に春蘭も桂花も言い返せない。
「それに、もし罠だったら……その時は、ありとあらゆる手段を用いて、劉備軍には全滅してもらうさ。いいよな、関羽殿?」
「ご随意に」
笑顔で物騒な台詞を口にしたに、関羽は頷いてみせた。
「それで、誰が私を守ってくれるのかしら?」
華琳に答えたのは、春蘭に季衣と流琉だった。彼女たちに加えて、軽装騎兵を連れた霞と軍師の稟が選ばれた。
ちなみに、他の旧董卓組は今回は風と共に留守番である。
「残った者は、この場に待機。何か異変を感じた場合は、桂花と秋蘭の指示に従いなさい」
こうして、ついにご対面の時がやってきた。
疲れきった表情を浮かべる兵士や、同行している民の間を通り抜け、劉備が待つという本陣へ案内される。
勿論、兵士達の配置などは上から確認済みだ。
「曹操さん!」
「久しいわね。連合の時以来かしら」
「はい。あの時はお世話になりました」
「それで、今度は私の領地を抜けたいなどと、また随分と無茶を言うものね」
華琳の台詞を聞きながら、は眉間に寄った皺を揉み解す。
これが無茶程度ならば、彼が城下に買い物に行くくらいは大目に見て欲しいものだ。
「すみません。でも、皆が無事にこの場を生き延びるためには、これしか思いつかなかったので」
「それを堂々と行う貴女の胆力は大したものね。いいわ、私の領を通る事を許可しましょう」
「本当ですか!?」
喜びの声を上げる劉備とは対照的に、華琳の後ろに控えていた面々は不服そうだ。
「華琳様、劉備にはまだ何も話を聞いておりませんが……」
「聞かずとも良い。こうして劉備を前にすれば何を考えているかくらいはわかるのだから」
華琳は稟の言葉に答えておいて、まっすぐに劉備を見返して続ける。
「ただし、街道はこちらで指定させてもらう。米の一粒でも強奪したなら、生きて私の領から出られないと知りなさい」
「はい!ありがとうございます」
だが劉備の笑顔も、華琳の後ろで何かに耐えるようにしていたが口を開くまでだった。
「それで、華琳。俺としては少し割りに合わないけど、関羽と趙雲の二人で手を打ちたい」
頭の上にハテナマークを振り撒いている劉備は無視して、は華琳と二人で話を進める。
「趙雲も?」
華琳はの言葉に、少し驚いた。彼女が考えていたのは関羽だけだったからだ。
「こいつらを通すって事は、袁家の軍勢を相手にしなきゃならないって事だぞ?関羽だけじゃ全然割に合わない。劉備軍が全滅しても、うちの兵士達は無駄死にしなくて済む。同盟を組んでいるわけでもないのに、これ以上譲歩は無理だ」
「……確かに正論ね」
そう言いつつも、華琳は相手が目の前にいるにも関わらず、堂々と意見を述べる青年に内心首を傾げていた。珍しく黒い部分が顔を出している。
「一体、何の話をされているんですか?」
「何って、通行料よ。商人だって国境を越える時は払うわよ?」
「まさかとは思うが、無料で通ろうなんて甘い考えで、同盟もしていない領まで来たわけじゃないよな?ただでさえ、袁家なんていう余計な土産付きなのに」
曹操軍の面々が頷いているのに対して、恐らく、いや間違いなく考えていなかっただろう劉備に、華琳とはさらりと答えておく。
「そ、そんな、二人は私達にとって大切な……」
「別に物か金でもいいんだが、支払い能力皆無だろ?武将二人で全員を無事に通過させる。良い取引だろ」
青年に言わせれば、それでも割に合わないのだが。
「我らは徐州の民を連れている。その彼等まで見捨てると言われるのかっ!」
「当然、こちらへ降る者は受け入れる。でもな、頼ってきた民を助けられないのは君達で、俺達じゃない。その点は重々ご理解いただこうか」
自分達の不甲斐なさを転嫁するなと暗に込めて、劉備の武将達から上がる声を、は一刀両断してみせる。
「で、どれを選ぶんだ?」
黒衣の青年は真っ直ぐに劉備を見据えて、彼女に王としての決断を迫った。
「……私は諦めないっ!」
彼からの圧力に抗い、劉備は必死に声を絞り出す。
だが、その返答に千里眼の異名を持つ青年は、ただただ呆れたとため息を吐いた。
「はぁ……。返答にすらなってないな。もう少し噛み砕かないと理解できないか?」
はため息をついて、四本の指を突きつけた。
「袁家相手に全滅するか、通行料を支払わず全滅覚悟で険しい道を行くか、二人を通行料に支払って安全な道を行くか、全軍でこちらに降るか。俺が思いつく、君が選択出来る道はこれくらいだ」
「私は認めないっ!」
オウムのように理想を口にする相手を、は片手を上げて制した。
「『皆で仲良く』……実に結構な事だ。人としてその理想は素晴らしい。だがな、お前は王なのだろう?ならば、認めようが認めまいが、決断を下すのが仕事だろう。ここで決断が出来ない奴は、王になんぞなるんじゃない」
の言葉に、劉備は一歩後ずさった。
「俺が興味を持つのはただ一点。理想を語り他人を否定する者が、現実を突きつけられた時に何を答えてくれるのかという点だ。さあ、返答はいかに?」
「わ、私は……っ」
理想を声高に叫ぶのではなく、理路整然と回答を求めてくる青年に、劉備は声を詰まらせる。
「……答えないというのも一つの選択肢ではあるが、黙っていれば事態が好転するとでも?」
「く……様!これ以上はいくら貴方とはいえ……!」
「俺はただ答えが聞きたいと、お願いしているだけだよ。関羽殿」
「、そこまでよ」
華琳の声には肩から力を抜いて、少し後ろに立つ彼女を振り返る。
「俺としては、君が口を出す前に、答えを聞きたかったんだがな。仕方が無いか」
「ええ。ここで時間を無駄には出来ないわ」
そう言った覇王様は、答えることが出来ない劉備に向き直った。
「勝手に通って行きなさい」
「え?」
「聞こえなかった?私の領を通って行けと言ったのよ。益州でも荊州でもね」
突然の事に呆気に取られている劉備に、華琳は冷たく言い放つ。
「そ、曹操さん……ありがとうございます!」
「ただし……先に言っておくわ。貴女が南方を統一した時、私は必ず貴女の国を奪いに行く。通行料の利息込みでね」
礼を言った劉備の表情が凍りつく。
「そうされたくないのなら、私の隙を狙ってこちらを攻めるのね。私を殺せば、借金は帳消しにしてあげる」
「……そんなことは」
「ない?ならば、私が滅ぼしに行ってあげるから、せいぜい良い国を作って待っていなさい」
言葉を失った劉備にそれ以上興味はないと、華琳は後ろに控えていた部下を振り返る。
「霞、稟。劉備達を向こう側まで案内しなさい。街道の選択は任せる。劉備は一兵たりとも失いたくないようだから、なるべく安全で危険のない道にしてあげてね?」
「はっ」
「それでうちも連れてきた訳か。了解や」
「それでは私達は戻るわよ」
もう用はないとばかりに歩き出す華琳の後に続きながら、は最後に一言付け加える。
「理想を抱いて、溺死する覚悟を決めておくことだ」
「え?」
聞こえた声に桃香が振り返った時には、既に黒髪の青年は部隊を指揮すべく移動し始めていて、聞き返すことは出来なかった。
桂花の見事な手腕で、袁紹軍を追い返した後。
「悪役、ご苦労様」
朝日が照らし出す戦場跡を見下ろす丘の上に立つ青年に歩み寄り、華琳はその眠そうな顔を見上げる。
「別に悪役目指した訳じゃないぞ?相手が『正義の味方』を気取るから、対照的に俺が悪役っぽく見えたってだけだ。大体、全て汚い大人のせいにして、自分たちは綺麗だとでも言うのか。あいつらだって、大勢の人を殺してきてるのに……」
憮然とした表情で文句を言う青年に、華琳は楽しげに笑ってしまった。
時々、子供のようになってしまう彼と、いつもの落ち着いた彼との差を、華琳は気に入っている。
「笑う事ないだろ……」
「はあれが嫌いなの?」
華琳は戦場とは反対側に見える黒い塊を指差す。
兵の練度も低く、民衆を連れている劉備軍の行軍速度はとても遅かった。
「……嫌いというか。虫酸が走る?」
は少し考えるように首を傾げる。
「それは嫌いとどう違うの?」
彼の言葉に、今度は華琳が首を傾げた。それほどまでに、彼の言葉には忌々しさが込められていたから。
「一言で表すなら、『理想を抱いて溺死しろ』という言葉が一番相応しい」
朝の冷たい空気の中で、は空を見上げて、赤き錬鉄の魔術遣いの言葉を紡ぐ。
劉備にはこれ以上なく相応しい言葉だろうと、青年は思っている。
「……つまり、理想論者が嫌いなの?」
「いや、それも微妙に違うな。理想は大いに語るべきだ。理想のない力なんて、ただの暴力に過ぎないからな。理想を掲げながら現実を見据えて頑張っている人間に、夢想家が上から目線で偉そうに講釈を垂れるのは、無性に殴り飛ばしたいだけさ」
吹き付けてきた風に身体を震わせた華琳に、黒衣の青年は自分の上着を着せ掛ける。
「それで嫌いじゃないと言われても、全く説得力がないわよ?」
軽くて暖かい上着に包まれながら、彼を見上げた華琳は嬉しそうに笑っている。
彼の言葉の端々に、華琳を大切に思っているのだという感情が表されていたから。
「分類的には、『どうでもいい』なんだが」
「嫌いより質が悪いわね」
ため息交じりのの言葉に、華琳は小さく噴出してしまった。
「そうか?別に殺したいとか、目に見える範囲に入ってくるなとか、言うつもりはないんだけど」
としては、正直関わり合いになりたくない。というのが本音である。
「俺も霞と稟と一緒に行ってくる。あいつらが、人の領内で勝手に義勇兵とやらを募っていかないとも限らないからな」
劉備の語る理想は、甘い蜜のような毒だとは考えていた。国内を知らないうちに荒らされてはたまらないし、農法や工法など特殊なものもある。
「それに国内を少し見ておきたい。報告だけだと、わからない事もあるだろう?」
「わかったわ。霞と稟の邪魔はしないのよ?」
「……時々思うんだが、俺の方が年上だってわかってるよな?」
まるで子供に言い聞かせるかのような華琳の言葉に、は眉間に皺を寄せる。
「華琳様!撤退用意、整いました!」
「気を付けていってきなさい。お土産を楽しみにしているわ」
「あまり期待せず待っていてくれると、助かるかな」
黒髪の青年は、覇王様の言葉に苦笑して答えるしかなかった―――
遅くなりまして、申し訳ありません。
会社の人員が減るって、小企業では大ダメージです。本気で倒れそうになりました。
とそんなこんなもありましたが、久々の更新です。
基本的には原作に忠実な話です。
主人公が入ったことで、多少の影響は出ていますけれど。
これからしばらくは、劉備軍と行動を共にする主人公。後悔する事にならないといいんですが。
がつんと星さんとか口説いて欲しい。というのは、私の願望です。
次の更新も申し訳ないのですが、まったりとお待ちくださいませー。
コメント by くろすけ。 — 2012/02/25 @ 01:57
まってましたよこの日をっ!!
なるほど、社員数が減って個人の負担が増したんですか。
それはなかなかハードな日々になってますね。
身体には気をつけてくださいね。
さて、蜀のまともな人材を口説く唯一の機会ですが、まずは原作通りですね。
まあ、諒が同行する以上、ここからがある意味本番とも言えるかもしれませんがね。
理想家は平気でも夢想家は嫌いな諒。まず間違いなくストレスに悩まされるでしょうね。
まあ、限界を超えたら劉備に精神口撃を痛烈にお見舞いして発散するしかないですね。
コメント by エクシア — 2012/02/25 @ 05:34
きぃ~たぁ~、更新お疲れ様です!お仕事お忙しいようですが頑張ってください。・・・・と月並みなセリフでごめんなさいww
劉備と諒さんの再会!な回ですが原作の都合上ここで要求はできてもそれは実らないんですよね~、劉軍と霞・稟についていく諒さんがどこまで楔を打ち込めるかがポイントですなぁ。しかし、確かに星は欲しいですね、腕も立って頭も回る人とか若年層に少ないですものね恋姫って
諒さんの武力チート解禁のカウントダウンが始まりましたww
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2012/02/26 @ 02:50
>エクシア様
お待ちいただき、ありがとうございます。やっと更新が出来ました。
今後、旅についていったことに後悔することになりそうですけどね。
蜀の面々も影響を多少受ける……受けてくれるといいなぁ。
発散しても物凄く疲れそうですけれどね、頑張れ主人公(笑)
>ヨッシー喜三郎様
何故か、頂いたコメントがスパムに分類されていました。本当に何故?無事救出できてよかったです。
ここで要求を飲ませてしまうと、全てが終わってしまうんですよねー。残念ながら。
何話になるか、わかりませんが、しばらく華琳様はお休みです。うん。それだけでも十分に、主人公にイライラが募りそうです。
途中で山賊さんとか出てきたら、きっとフルボッコです。ああ、それはありか。そして、星さんに勝負を挑まれたりするといいかもしれない。
土産は決して人ではないと思いたいです。
まだまだゆっくりと時間は取れないので、まったり更新になってしまいますが、今後ともよろしくお願いします。
コメント by くろすけ。 — 2012/02/26 @ 11:24
何時の間に!!
やっぱおもろいわぁ~楽しいわ~
けど、星さんは諒君の元に着て欲しかった…
ぶっちゃけ、小生が大好きな星さんが、くろすけマジックで何処まで可愛くなるのか見てみたかっただけですが…(汗
コメント by 蒼空 — 2012/04/05 @ 23:32
> 蒼空様
楽しんでいただけたなら、良かったです。
大丈夫、星さんの出番はこれからです。あの人、実は可愛いですよね。
コメント by くろすけ。 — 2012/04/06 @ 11:57