太陽が沈むまであと少しという時間。
「暑い……」
「にゅ…」
「あらあら」
地球出身の青年は、ARIAカンパニーの日陰で、アリア社長と一緒にへこたれていた。
この後、晃とアテナが来るのを待って、『夜光鈴』というものを買いに行くことになっている。
「さすがアクア…なんて暑さだ…」
青年は床に転がり、真っ青な空を見上げていた。
「地球はもう完全自動化されてますもんね」
「ええ。こんな暑さ初めてで……さすがに水先案内人さんは慣れてらっしゃる」
結構元気なアリシアを見上げて、は苦笑するしかない。
地球生まれの彼にとって、管理されてない気候は未だ慣れないものの一つだ。
「ああ、でもきっと……こんな日は、アイスミルクとか美味しいですよね」
「うふふ。まるでアリア社長みたいですね」
の額に張り付いた髪を指先で整えてあげながら、隣に座ったアリシアは笑いかける。
「気温の変化が激しいのは苦手だけど、夏は嫌いじゃないですよ」
は目を閉じて、大きく息を吐いた。
「ところで、いつまでそこに隠れているんです?二人とも」
「……いつから気付いていたんだ?」
壁の陰から現れた晃は、少し不機嫌そうだ。
「さすがアクア…。辺りからです」
「つまり、来た時から、君にはわかってたのね」
「あらあら」
「つまらん……」
晃は不機嫌な顔を隠そうともしない。
「何で隠れたりしてたんですか?」
「がへたれてたからだ」
ずばっと言い切った晃の言葉にかぶさるように、アテナの声が聞こえてくる。
「暑そうだから、もう少し待ってあげようって、晃ちゃんが」
「アテナ!」
「うふふ。そうね、日が落ちたら、も少し元気になるものね」
三人のやりとりを聞いていた青年は、アリア社長と顔を見合わせて笑顔になった。
「…これが夜光鈴」
日が暮れて市に連れてこられたはため息に似た感嘆の声を零す。
「綺麗でしょう?アクア特産の石で出来ているのよ」
アリシアが指差した屋台に吊るされた数々の風鈴は、仄かな光を発しながら軽やかな音を立てていた。
「ああ。とても綺麗だ」
「アクアの夏の名物だな。こういうのは早い者勝ちだから。さあ、いこう」
早速、晃は先頭に立って歩き出す。
その後ろにアリシア、アテナ。は最後をゆっくりと付いて行く。
「あっ」
今年の夜光鈴を探していたアテナが転ぶ寸前。
「……大丈夫?」
は彼女の腕を掴んで倒れるのを防いだ。勿論、彼女たちの商売道具でもある、その細い腕には負荷のかからないように、すぐに腰に腕を回してある。
「……天下の往来で、何してんだ?」
どう見ても抱きついているようにしか見えない体勢に、晃から厳しい突込みが入ったのだが。
「何って…転びそうになったから、助けたんですけど……?」
抱きとめた当人は、首を傾げるだけだ。
もう一度大丈夫ですかと尋ねて、はアテナから腕を放した。
「ありがとう、君」
「いいえ。怪我がなくて何よりです」
アテナから手を放した後、彼は周囲の道路を見回して首を傾げる。
「どうかした?」
「前から不思議に思っていたんですが」
そう前置きをして、彼は真顔で続けた。
「アクアでも、女性は何もないところで転べるものなんですね」
「……」
そんな彼の名前を晃が重々しく呼んだ。
「そんな器用な真似が出来るのは、アテナだけだから」
「そうなんですか?」
「そうなんだ」
後ろから聞こえる『ひどいよ、晃ちゃん』という声は無視して、晃はに大きく頷いてみせる。
「そうでしたか。妹もよく転んでいたので、てっきり……」
彼は思い出すように、少し目を伏せて微笑んだ。
「あ」
またしばらく歩いていたところで、が足を止めた。
「何かいいの、みつかった?」
アリシアは彼の隣に並んで、視線の先を見つめる。
「いえ、あそこにちょうど三人の色が並んでるなーって」
彼が指差す先を見てみると、そこには白・赤・オレンジの夜光鈴がかかっていた。
「ああ」
アテナがぽむと手を打つ。
「私とアテナが、赤とオレンジなのはわかるけど。アリシアは青じゃないのか?」
晃は自分とアテナの制服を見た後、アリシアの制服を指差した。
「別に会社の色で決めたわけじゃないですよ?私の勝手なイメージです」
その白い夜光鈴を指で軽く突いて、青年はその澄んだ音に目を細める。
「アリシアは雪みたいに真っ白」
彼は振り返って、照れくさそうに笑った後、また夜光鈴に視線を戻した。
「晃は、アリシアとは対照的に赤。凛とした、まじりっけのない真紅」
綺麗な赤い夜光鈴を指で弾けば、また澄んだ音が響いた。
「アテナは……色だと橙色だな。とっても暖かい。でも、それよりも……音色。思い出すだけで、心が穏やかになる」
最後にオレンジの夜光鈴を揺らして、音の連なりを楽しむ。
「ね?」
振り返って笑う彼に三人は一瞬見とれたが、気がついた瞬間、真っ先に晃が吼えた。
「ね、じゃないっ!恥ずかしい台詞、禁止っ」
慌てる彼に指を突きつけ、彼女は言い放つ。
「あらあら、にそんな風に思ってもらえてたなんて嬉しいわね」
照れくさそうに笑うアリシアの隣で、アテナが何度も頷いている。
「……おっちゃん、これくれ」
不機嫌そうな顔をしながら、晃が赤のそれを指差した。
「私はこれを」
「これください」
アリシアは白を、アテナはオレンジをそれぞれ示す。
「支払いは私が」
は財布を取り出し、屋台の主ににっこりと笑った。
軽やかに涼やかな音色を奏でていくそれらを見つめて、は目を細める。
「ああ、そういえば、人に贈り物をするのは初めてかも…」
「そうなの?」
一番近くにいたアテナが彼を振り返った。
「自発的に買ったのは初めてですね。妹に強請られたものはノーカウントですが」
青年は苦笑して、地球時代を思い出す。
「初めてだとわかっていたら、もう少し長く使ってもらえるものにしたのに……」
「君」
少し寂しそうに夜光鈴を見つめるを、アテナは真っ直ぐに見つめて告げた。
「よかったら、また来年も贈ってくれる?」
アテナのお願いに、が目を丸くしていると、他の二人がアテナの背後から顔を出す。
「うふふ。私もお願いしていいかしら?」
「私もがどうしてもと言うなら、貰ってやってもいいぞ?」
青年は数回瞬きした後、彼女達の言っている意味を理解した。
「是非、贈らせてください」
は喜んで請け負った。
「じゃあ、次はのを探しましょう」
そういったアリシアに手を引かれて、屋台を見回ること十数分。
「あらあら」
一軒の屋台の前で、アリシアが足を止めた。
「お」
「あ」
彼女の視線の先を見つめて、晃とアテナもアリシアの意図に気付く。
気付いていないのは、首をかしげた青年だけ。
「はここで待ってて」
その一言に道路を挟んだ屋台の反対側で、青年はアリア社長と女性陣を待つことになった。
「どうしたんでしょうね?」
「ぷいにゅ」
彼女達の背中を見つめて、青年は優しく微笑みを浮かべる。
待つ時間が楽しいと知ったのも、ここへやってきてからだった。
しばらくして、三人が戻ってくるのを、は笑顔で迎える。
「もしかして、贈り物を貰うのも未体験だったりするか?」
「……そうですね。貰ったことないかも」
そんな質問に、は少し自分の過去を振り返って、寂しそうに笑う。
「じゃあ、これが初体験だな」
「私たち三人から」
「の色は、やっぱり蒼だと思って」
三人の手の上に乗ったそれは、澄んだ空のように蒼い蒼い夜光鈴。
青年は呆然とした表情で、それを見つめた後、そっと手に取った。
「?」
夜光鈴を手にしても黙ったままの彼を、皆が心配そうに覗き込む。
「すみません……」
青年はしゃがみ込み、大切そうに夜光鈴を両手で包み込んだ。
「……少し泣きそうです」
聞こえてきた彼の声は既に涙ぐんだもので、三人は腰を落として彼の柔らかな黒髪を何度も撫でる。
「あらあら。泣くほど喜んでもらえるなんて嬉しいわ」
「よかったら、また来年も贈らせて」
「受け取りは拒否できないぞ」
三者三様の言葉に、は泣き笑いの顔で彼女たちを見上げた。
また来年。
未来への約束、それは何と心躍らせるものなのだろう―――。