「それで、一体どうしたんだ?」
せっかくの休日だったのに呼び出されたは、エプロン姿のままで王座に座る華琳を見上げた。
「何、その格好は!」
桂花は怒っているが、普通のエプロンだ。別にフリルがついていたり、ピンクな訳でもない。
「仕方ないだろ。呼びに来た兵士が『至急』というから、何かあったかと思って帽子だけ投げ捨てて来たんだぞ?」
あの表情を見たら、誰でも最大戦速で駆けつけると思う。
急かす兵士をなだめて、工房の鍵と結界だけは設置しておいたけれど。
「そこの者が、私に仕えたいというのよ」
華琳の言葉に、視線を彼女の前に跪く女性に向ける。
彼女の元に仕官したいという者たちは多い。いつもは王座の間で尋問形式で行われることは有り得ない。だから、彼が呼ばれる理由を考える。
とさほど歳の変わらない彼女は、黒髪黒目で美しい女性だが、それだけで周囲の武将達や文官、警備兵に至るまで全員が怒っている理由もだ。
「……まさか、俺と同郷とでも?」
「本当に話が早くて助かるわ」
説明するのも腹立たしいと言わんばかりの華琳の言葉に、は改めて目の前の相手を見つめた。
「俺の名前は知っているだろうけど、改めて。だ。お嬢さんの名前を聞いてもいいかな?」
「と申します」
彼女が名乗った瞬間、王座の間に殺気が満ちる。
春蘭や秋蘭など今にも武器を手に取りそうなくらいだ。いや、春蘭は既に帯剣に手をかけて、今にも斬りかかりそうだ。
「それは奇遇だ。生まれは?」
色々とツッコミを入れたいけれど、笑う事を我慢して、は質問を続ける。
「ニホンのヒロシマ」
女の口元が楽しげに歪められる。
「身分が証明できそうなものはあるか?」
「こちらへ来た時に、記憶と所持品を失いまして……」
の問いかけに、彼女は軽く首を振る。
「おやおや、そいつは大変だったな。じゃあ、ここへ来て間もない?」
「10日ほどというところでしょうか。近隣の街で、同じ名前と生まれの貴方の噂を聞きまして、是非私も曹操様に仕えたいと」
殺気の満ちる王座の間で、二人はまるで友人のように会話を続ける。
「なるほど。どこに降りて、どうやってここまで来たんだ?歩きか?」
「荒野に降ろされたのですが、幸運な事に馬に乗っておりましたので、そのまま近くの街へ。そこで貴方の噂を聞いたのです」
「そいつは幸運だったな。俺なんて徒歩だぞ?」
「しかし、貴方は曹操様に拾われ、寵愛されておられる。その方が幸運では?」
その言葉に、は非常に奇妙な味のものを食べたかのような顔になった。
「どうかなさしましたか?」
「いや……、どんな馬で来たんだ?見せてくれよ」
は警備兵に頼んで中庭まで馬を引いてきてもらう。
「普通の馬ですよ」
「華琳、俺は工房に戻る。後は任せてもいいか?」
確かに、彼女が乗ってきた馬は『普通』の馬だ。
その馬を見たは、もう既に彼女を見ようとはしなかかった。
「なっ!同郷の者を見捨てると言われるかっ!?」
「本当に同郷の人間だったら、見捨てたりするものか。だが、俺とお前が同郷な訳ないだろ?」
青年は盛大にため息を吐いてみせる。
「何を言うのです!私は、ニホンのヒロシマの出で……」
「広島の事を何も覚えていないのに、それを信じろって?」
「そ、それは記憶を失ったからで……」
言い訳を続ける彼女に、哀れむような視線を向けた。
「随分と都合のいい話だな。ちなみに、俺の名前と出身地なんて、この街の半分以上が知ってるぞ?何よりも、極めつけはコレ」
は馬を指差す。指の先に居る馬には、鐙はついていない。
「俺と同郷なら、この馬には乗れない。少なくとも10日じゃ不可能だ。運動が得意には見えないしな」
「な、なにを!?」
「曹孟徳に仕えたいなら、俺の名前なんて騙らず、実力で来い」
「くっ!では、貴様はどうなのだ!」
ついに彼女は声を荒げた。
「寵愛のみで成り上がったようなものではないかっ!」
その言葉に真っ青になったのは、魔法使いの青年だった。
「華琳。前言撤回。俺が処罰を考える」
「駄目」
華琳の口元には笑みがあるが、目は笑っていない。
「そこを何とか」
「その者は、自分で自分の死刑宣告書に署名したのよ?」
「俺が役立たずに見えても仕方ないと思わないか?」
こんな格好だし?とエプロンの裾を摘んでみせる。
「では、貴方の好きな多数決でも採ってみる?」
「ここでは、少数意見の尊重を求めたい」
「……なんで、あんたがこいつの助命嘆願してるのよ」
桂花の言葉に全くだと春蘭をはじめ、多くの者が頷いている。
「俺も不思議で仕方ないね。お前もロクでもないこと口にするな。曹孟徳が寵愛だけで役立たずを側に置いたりするものか。それくらいの事がわかるようになったら、本名で来い。ただでさえ人手不足なんだから、面倒な事を起こすんじゃないっ!」
やりたい事は山積みなのだ。
多少なりと使えるならば、味方に引き入れたいと言うのに、こんなくだらない理由で死なれてはたまらない。
「よし、決めた!」
は広間の脇にあった机を中央へ引きずり出す。
「この卵を他の道具をいっさい使わず、この砂が落ちきるまでに机の上に立てられたら、二階級上で採用!ダメだったら、文官志望だろうが何だろうが、沙和の新人用海兵隊式訓練を受けてもらう!」
机の上に砂時計とオヤツにしようと思っていたゆで卵を取り出した。
「ちょっと何を勝手に!?」
「……いいわ」
桂花の言葉をさえぎったのは、王座で興味深そうに見下ろしている覇王様だった。
「そいつが受けなければ、処罰は私が考える。それでいいわね?」
「ああ。構わない。これ以上庇う理由はないしな」
「ふんっ、その程度……」
「よし。じゃあ、始め!」
砂時計が逆さになると同時に、彼女は卵を手に取った。
「はい。時間終了ー」
だが、無情にも最後の砂粒が下へ落ちてゆく。
「桂花、沙和の訓練後の配属などはあなたに任せるわ。いいわね?」
「ま、待て!貴様は出来るというのか!?」
「言うと思ったよ。まあ、食べようと思ってたからいいんだけどな」
はひょいっと卵を持ち上げると、机に立てた。
世に言うコロンブスの卵である。
「なっ!?」
「新人訓練は厳しいぞ。頑張れ」
解答を示したは、卵の殻を剥いて、プリプリのそれにかぶりついた。
「そんな!」
「道具、使ってないぞ?何か問題でも?」
驚愕に顔を歪める相手に、は肩を竦めてもう一口。
「もう少し柔軟性を磨いてこい。じゃ、後はよろしく」
「はっ!」
「了解なの~」
凪と沙和に合図すると、彼女達は嬉々として黒髪の女性を引っ立てて行った。
「……後で様子を見に行くか」
は最後の一口を飲み込んで、小さくため息を吐いた。
「大丈夫なの?」
「桂花に心配されるなんて……、明日は空から槍が降るのか?」
「そんなもの降らないわよ!」
「。茶化してないで、質問にはきちんと答えなさい」
華琳が桂花を制して、問いかける。
周囲を見回せば他の者も気遣う表情を浮かべており、は嬉しいような恥ずかしいような気持ちにさせられた。
「大丈夫だよ。ただ、今後もこういう連中が出てくるのかと思うと、少しな。でも、本当に俺と同郷の人間が居ないとも限らないしな~」
困ったなと笑う青年を見つめていた華琳は、一つため息を吐いた。
「貴方と言う人は……、甘いのか、冷静なのかわからないわね」
「誉め言葉だと思っておく。今回の件がどうなったか布告する時に、もし本当に俺と同郷なら必ずやってくるように伝えて欲しい」
勿論、華琳達が彼の知識を利用したいと思ったのは事実だろう。
それでも、あの場所で覇王たる少女と、魔法使いの青年が出会えたことは確かに幸運だったのだから。
「……わかったわ。桂花、その辺りの手配は任せるわ」
「はっ、手配しておきます」
「ん~、じゃあ俺はあの女の様子を確認してから、工房へ戻るよ。皆、お疲れ様」
は大きく身体を伸ばして、王座の間にいる全員に向かって軽く手を振った。
彼女の名前が司馬懿であると聞いたは、沙和に頼んで魏への忠誠を叩き込んでもらった。
のちに、司馬懿が魔法使いの青年の頼れる右腕になった……かどうかは歴史のみぞ知る―――
名前を騙られる、話でした。一度は出てくるだろうなと思って、書いてみました。
書きたかったのは、王座の間で偉そうにふんぞり返るエプロン姿の主人公と、コロンブスの卵なので、個人的には大満足です。
いつか、水戸黄門様な話も書いてみたいなー。
コメント by くろすけ。 — 2012/03/25 @ 10:24
最初は平行世界の諒なのかと思いましたが、何だ、唯の騙り屋か。
しかしまあ、そいつが司馬懿だったのは幸運でしたね。
沙和の海兵隊式訓練を行えば、野心に溢れた存在にはなれませんからね。
何せ、一度心を粉々に粉砕しますからね。
これで司馬昭や司馬師が出てきたら確実に最強勢力ですね。
コメント by エクシア — 2012/03/25 @ 15:24
更新お疲れ様です、2話分の感想こっちに書きますね~。
廿肆話、劉備軍に同行した諒さんが見たものとは!な回でしたね~、まぁ軍人すらきつい道中を当時の民ができるかって話ですよね。話にもあったように病人やら妊婦やらは当然いるわけで・・・・そりゃ脱落しててもおかしくないですよね。劉備はともかく周りの奴らは知ってるでしょうし。諒さんがどれだけ民の心をうまく掴むかが見ものですね。「民のため」にやってるんですから劉軍は文句言えませんし、恩売りましたしww
偽物の登場、しかも名高い司馬懿とはまた大物がww才気だけで突っ走っちゃったんですかね?自分のイメージ的には狡猾って感じなんですが、桂花と似たようなこと(命をかけて曹操に会って有用性を示す)やるにしても手段が不味かったですねww諒さんの右腕にってかそこ以外居場所無くなるぞwwこの司馬懿さんは本編に出る予定はありますか~?
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2012/03/26 @ 01:27
>エクシア様
いつもありがとうございます。
あ、司馬さんちの人たちが、今後出てきたりはしませんので、すみません。
今回のみのゲスト出演?みたいな感じです。オリジナルのキャラクターって作るのめんど……いやいや、大変ですからね。真名とかもありますし。
たぶん、今後嫌でも本編の方でオリジナルで設定しないといけない人もいますし。そちらで手一杯です。
コメント by くろすけ。 — 2012/03/26 @ 10:30
>ヨッシー喜三郎様
いえいえ、遅くなってすみません。楽しんでいただけたなら嬉しいです。
廿肆話は個人的に小魚の丸干しが出したかっただけという説も(笑)次の話辺りで、星さんと再会となりそうですので、しばしお待ちを。
偽者さんは、出てきてない人で名前が借りれそうな人を探した結果ですね(笑)あんまり山もなければ意味もない話なのですよ。これ。
ちなみに、先ほども書いたんですが、今後出てくる予定は皆無です~
コメント by くろすけ。 — 2012/03/26 @ 10:34
沙和に魏の忠誠心を叩きこまれると共に、諒君への絶対服従を刷り込まれ、忠犬凪と並ぶほどの忠狐?になっちゃったり?(笑
これでは武は凪、知は司馬懿がフォローして、諒君は更に華琳様の無理難題を受ける事になっちゃったりと妄想爆発です!
コメント by 蒼空 — 2012/04/05 @ 23:49
> 蒼空様
黒髪の美人さん設定なので、私好みに作成するのも考えたんですけどね~。
もう出てこない予定ですからー残念(笑)
コメント by くろすけ。 — 2012/04/06 @ 12:02