ただの一人も逃すことなく終わった、山賊退治があった夜のこと。
「愛紗?お主も殿に話があるのか?」
「星か。うむ、幾つか伺いたい事があってな」
劉備軍の将軍二人が連れ立っての天幕へと向かっていた。
曹操軍が陣を張っている場所へくれば、警備の兵士達も彼女達の顔を見て、笑って通してくれる。
目的の場所へ向かう途中の事だった。物陰でごそごそと動く人影に、関羽と趙雲は目を見合わせ、各々愛用の得物を構える。
「何者だ!?」
誰何の声を上げれば、人影は俯いていた顔を上げる。それは二人にも見覚えのある顔で、驚きの声を上げるに十分だった。
「様?このような場所で何を?」
慌てて武器を下ろして、近くへと駆け寄る。
「……関羽殿か?ちょっと、待ってくれ」
は苦笑しながら、持っていた水で軽く口を濯いで、地面に吐き捨てた。
「趙雲殿も一緒?あー、ちょっと情けないところを見られたかな?」
彼の顔色は夜の闇の中でも、はっきりとわかるほどに悪い。
「どうなされたのです!?今、誰かを……」
「大丈夫。ちょっと吐いてただけだから」
もう一度、口をすすいだは、どうして劉備軍の幹部二人がこんな時間にいるのやらと首を傾げた。
「もしかして俺に用事か?なら、こんなところで立ち話もなんだし、俺の天幕へ行こう。お茶くらいは用意するよ」
「はい。どうぞ」
は三人分のお茶を用意して、お茶請けにと持ってきていたオカキと漬物を机に置いた。
「ご気分が優れぬのですかな?」
お茶をすすって一息ついたらしいに、趙雲が尋ねる。
「まあ、あんまりいい気分じゃないね。人を殺した後だし?」
小さく笑う青年の言葉に、将軍二人は首を傾げた。
「おいおい、酷いな。君らの国では、山賊は人間扱いしてもらえないのか?」
「しかし、奴らは……」
「俺だって、奪う側に回った賊を許す訳じゃないさ。普通に生きている民を傷つけた以上、容赦なんてしない」
その言葉通り、彼は山賊をほぼ全滅させている。生きている者たちも、引き出せる情報を引き出したら処刑の予定だ。
「それなのに、貴方は正義の味方を否定するのですか?」
弱気を助け、悪しき者達を懲罰する。それこそが正義の味方ではないのだろうかと、趙雲は問う。
「万人にとっての正義は存在しない。だから、俺は『正義』の味方なんてしない。俺は俺の良心の味方をしているだけだ。鏡に自分を写して目を反らすような、そんな自分にはならないようにね」
まだ熱いお茶に息を吹きかけながら、は淡々と話した。
「貴方は後方で指揮をされていたとお聞きしていますが……?」
関羽は不思議そうに首を傾げる。彼の指揮能力は『千里眼』と称えられているが、武に関しては噂になるほどでもない。
「俺が手を下さなければ、俺が殺したわけじゃない……なんてこと言えるかよ。部隊の全員が、俺の指揮で敵を殺した。隊の死傷者も、相手の死傷者にも、俺は責任がある」
「し、しかし、それは民を守るためには、許されることでしょう!?」
彼を庇うような関羽の言葉にも、は小さく首を振った。
「誰かに許してもらえたからって、自分を許せるかっていうのは別の問題だろ?やはり少し耐えられない事もあってな。ま、先ほどのようになったりするわけだ。黙っていてくれると助かる。うちの連中は過保護でね、これ以上心配されると、城から出してもらえなくなりそうなんだ」
最後に肩を竦めて苦笑する彼に、関羽と趙雲は顔を見合わせて、小さく笑いあった。
「承知いたしました。今宵の件は、誰にも口外せぬと誓いましょう。ただし、一つ条件が」
「……条件によるな」
としては金銭でカタつくのが一番楽だが、物資でも幾らかの融通が利く。が、ものにもよるなと考える。
「真名を交換していただきたい」
だが、彼女の提示した条件は、彼の想像の斜め右上を滑っていった。
「……は?そんな事でいいのか?いや、むしろ貴女がそれでいいのか?」
未だ真名の価値が浸透していないからすれば、この返答は当然だったが、趙雲の隣にいる関羽は驚きで声も出ないらしい。
「無論です。私としても酔狂で真字を預けたりはしませぬ」
「わかった。あなたがそれでいいのなら。俺はかまわない」
は軽く首を振って受け入れた。
「関羽殿はどうする?」
「……手合わせを。是非」
「ああ……」
青龍刀を握り締めている関羽に、は弱弱しく肩を落とす。
「そんなに、俺を殺したいんだ?そこまで嫌われていたとは思わなかったよ、俺……」
「ち、違いますっ!」
の口から出てきた言葉に、関羽は慌てて否定の言葉を口にする。
「純粋な興味ですっ!殺したいなんて思ってません!」
「本当に?」
首をかしげる青年に、関羽は顔を真っ赤に染めたまま何度も頷く。
「んー、でもなぁ。勝負するとなると、霞と稟がなんて言うかなぁ」
としては受けてもいいのだが、彼の保護者たちが反対するのは目に見えている。
「まぁ、こっそりやればいいか。今日はちょっと無理だけど。その時は、星に立ち会ってもらうって事でいいかな?」
「勿論、構いませんとも」
「俺が死ぬ前に止めてくれよ」
「そんな事はしませんっ!」
笑いあう二人を前に、関羽はもう一度否定の言葉を口にした。
そんな二人を見送った後、は小さくため息を吐く。
「あー、その、この件については、報告を待ってもらえると凄く助かるんですけど……無理ですよねー」
天幕の中で誰かに話しかけるように呟く。
華琳が黒髪の青年を心配してつけてくれている『影』の人が、天幕のすぐそばに交代でついてくれているのを知っていた。
「無理です。曹操様より命じられておりますので」
彼にすらわかるように、気配が天幕の向こう側に現れて青年の問いかけに答えてくれる。
「ですよね……ちなみに、華琳に報告して指示が返ってくるのは何時ですか?」
「重要度にもよりますが、最短で一日です。様の作られた連絡網のおかげです」
「……ここまで自分を恨めしいと思ったことは、生まれて初めてだよっ」
思わずうめき声をあげてしまった。
「……ちなみに、様に関する事は、最重要で伝えるように命じられております。既に近くの街へ連絡する者が走っております」
付け加えられた言葉に、ざっくりとトドメを刺されてしまい、はちゃぶ台の上にぐったりと倒れこむ。
「教えてくれて、ありがとう」
「いえ。これも我らの役目ですので……」
「これ、残り物で悪いんだけど。皆でどうぞ。足りるかな」
晩御飯の時に作った大学芋を入れた曲げわっぱを取り出す。
「ありがたく頂戴いたします。……争奪戦が起きそうですな」
「……俺としては一瞬で机の上から消えた原理を追求したいところだが、さすがに今日は疲れたんで寝る。お先に失礼。お休み」
もそもそと寝台に潜り込む彼に、一礼する気配がした後、再び周囲から気配は消えた。
「ということで、今日の朝くらいしか時間が無かった。朝の鍛錬ということで、十五分だけね。ちなみに、十五分はこのお香が燃え尽きるまで」
早朝から鍛錬をしていた二人の将軍を見つけた彼は、そう言ってお香を入れた箱から、一本を取り出してみせた。
「つまり、その時間、殿が防ぎきれば、貴方の勝ちという事ですな」
「そう。それ以外で真剣勝負なんてしたら、俺は国外逃亡を計画せねばならん」
「ほう?では、是非我らの国へ来て頂きたいものですな」
「そうだな。君たちの国を手土産に、謝り倒すというのも一つの手だね。ということで、関羽殿もそれでいいよね?」
ニヤリと笑う星の言葉を軽く流しておいて、は当事者に了承を取り付けるべく声を掛ける。
「は、はい。勿論です」
「よし、じゃあやろう。すぐやろう。万が一、霞や稟に見つかったら、止められる」
そそくさと準備を始めた千里眼の姿に、早めに鍛錬をしている者たちは、苦笑を禁じえない。同じ青年が昨日の堂々とした指揮をしたとは思えない。
外見にだまされてはいけない良い見本といえよう。
「では、はじめっ!」
星の声を合図に、関羽は愛用の青龍刀で攻撃を開始した。
五分も経っただろうか。
朝錬をしようとその場に霞が姿を現した。
「ん?今日はやたらと賑やかやなー。お、関羽やん。後でうちともやりおうてほしいもんやな。で、相手は……はぁっ!?」
ぐるりと見回した後、関羽の相手が自軍の千里眼と知った霞は、神速の名にたがわぬ勢いで彼らの元へ走りよる。
「やめんかいっ!相手ならうちがしたるっ!」
「お待ちください。今は勝負の最中ですぞ?」
「わかっとるわっ!その勝負をやめいちゅうとるねん!」
前に立ちふさがる趙雲に、霞は掴みかかった。
「張遼殿ならば、勝負の邪魔はされないだろうと言っておられましたが?」
誰が、などと聞かなくてもわかる。霞は音を立てそうなほどに愛用の武器を握りこんでしまった。
「……ほんまにっ!嫌なとこ、ついてきよるっ!誰でもええっ!今すぐ稟、呼んできっ!」
霞の命に、近くにいた兵士の一人が走り出す。
「ええか?あいつに怪我でもさせてみい。ここから無事で出られるなんて思わんことや」
「……肝に銘じておきましょう」
大切にされているのだなと、星は目の前で必死に攻撃を捌く黒髪の青年の動きを見つめた。
それからしばらくして時計代わりの線香は燃え尽き、星の合図で二人は武器を収める。
「いや、さすが関羽殿。あわよくば一撃入れようと思っていたんですけどね」
「このっ……どあほうがっ!」
いや参ったと笑っている黒髪の青年の襟首をひっつかんだのは、神速の異名をもつ将軍様だった。
「うおっ、霞!なんだ!?」
「殿?納得のいく説明を聞かせていただけるのでしょうね?」
襟首をつかまれたまま掛けられた声に視線を動かせば、絶対零度の表情を浮かべている軍師様が光臨していた。
実に回れ右をして逃げ出したいが、大魔王レベルで逃げ出すことは不可能だった。
劉備軍の将軍二人に苦笑と共に見送られた青年が、きっちり説教を食らうことになったのは、言うまでもない―――
あっという間の二ヶ月でした。
とりあえず、主人公と共に正座で2時間説教タイムでしょうか。
まあ、無理はしないというのが、このサイト運営上のモットーですので、すみませんが、諦めて遅筆に付き合ってくださいませ。
さてと、漸く道半ばって感じですが、次回にはもう首都に帰ってる予定です。私が華琳不足の日々に耐えられませんw
ということで、また気長に次回をお待ちくださいませー。今回より早めに更新できるといいなー
コメント by くろすけ。 — 2012/07/16 @ 02:08
おっと新作が来てたぜ!お忙しいのにお疲れ様です、無理せずゆったりやってくだせぇ!
手合わせ系は星だと思ってたんですがねぇ・・・・まさかの愛紗でしたか、愛紗的には諒さんの考え方が理解と納得はできても感情がついていかない→よろしいならば手合わせだ、みたいな感じですかね?まぁ稟や霞だけでこの話が終わるわけがないんで御大将の耳に入って罰で仕事に忙殺後にスッタフに美味しくいただかれちゃうんですかね?っていうか確定ですよね
諸葛ちゃんと龐ちゃんはともかく張飛の影の薄さよww張飛は犠牲になったのか・・・・
P.S.ネタが多いのは酔ってるせいですゴメンナサイ
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2012/07/16 @ 03:04
せっきょーたいむww
こりないなあこいつww
更新お疲れ様でした
遅筆なんて言ってたらキリないのできにしてませんよー やりたいようになさればよろしいかと
コメント by かいぐん — 2012/07/17 @ 01:34
>ヨッシー喜三郎様
お疲れ様ですー。いつもありがとうございます。
ま、基本的に強敵と書いて『とも』と読む系の人ですよね。
もちろん、説教は帰ってからが本番ですw 私が楽しみですw
次の話で蜀のほかの面子も書ければいいんですが、きっと張飛辺りは「悪い奴」→「お菓子くれる良い奴」に変換(餌付け)されてるはず。
>かいぐん様
お待ちかねの説教タイムは次回に持ち越しですw
皆に心配された挙句、十五分の『訓練』を楽しめばいいさと思っています。
更新を待ってくださってありがとうございます。
また是非どうぞー。
コメント by くろすけ。 — 2012/07/17 @ 15:30
パーソナルな修理が終わって着てみれば…
あぁ~正座させたれて歴々のお嬢達に説教されている諒君が見える(汗
この後、星との真名交換の話題で更に小言を言われるんでしょうかねぇ~?
コメント by 蒼空 — 2012/08/13 @ 00:46
> 蒼空様
返信が遅くなりましてすみません。
コメントありがとうございます。
板張りの床での正座は痛いだろうねぇ遠い目をしながら、書いてます。
遅くなって申し訳ないですが、もう少しお待ちくださいませー。
コメント by くろすけ。 — 2012/08/20 @ 17:01