全力で神様を呪え。[廿捌]

「官渡に兵を集中させているのか……戻ってきたばかりなのに、問題は後から後から沸いて出るもんだな」
袁家動向の報告に覇王様の隣で、黒髪の青年はため息を吐いた。
「退屈だけはしなくてすみそうね」
「日の当たる縁側にお茶とおやつがあれば、俺は一生退屈とは無縁なんだが」
「いいじゃない、波乱万丈な人生で」
楽しげに報告を聞いている華琳に、やれやれとは肩を竦める。
「しかし、初の二正面作戦かと思ったのに、よりにもよって最悪の手をうってくるとは」
「数だけ増えてもね。さすがに予想の範疇外だったわ。二正面作戦を取らなくて良くなったから、こちらとしては助かるけど」
風や稟と共に作戦を練っていた桂花も呆れた様子だ。
「一番上があれだと、怖いとも思わないな。全軍の指揮を孫策がとるっていうなら、戦慄どころか逃走手順の確認もするが」
ならば、あれの相手はどうする?」
春蘭に問われて、は小さく肩をすくめる。
「今は相手をしない。のらりくらりと躱しておいて、最後に袁術の背後から噛み付いてもらう。で、孫策が南、劉備が西をまとめている間に、俺たちは北を頂く。西涼も支配下にいれておきたいな」
彼の脳裏からは、既に袁家の領土が大陸から消滅しているらしい。
「孫策が後ろに居てくれるならいいのだけれど、そうはいかないでしょう。袁術の主力には春蘭を当てるわ。第二陣の全権を与えるから、孫策たちが出てきたら貴女の判断で行動なさい。季衣と流琉は、春蘭の補佐に回って」
「御意」
華琳の命に、春蘭は力強く頷いた。
「袁紹に対する第一陣は、霞が務めなさい。補佐で欲しい子はいる?」
「それなら、凪たち三人がええなぁ。、貸してくれへん?」
「俺は問題ない。三人はそれでいいか?」
の問いかけに、未だ軍議では緊張している三人は言葉を発することが出来ずに頷いている。
「後は華琳だけど、構わないか?」
「構わないわ。と秋蘭は本陣に詰めなさい」
「了解」
「承知しました」
最後に新規加入した二人に視線を向けた。
「恋と華雄は遊軍として両翼の後方へ配置するわ。状況によって指示を出すから、それに従って」
「ん」
「任せてもらおう」
そこまで言ったところで、桂花が思い出したように霞に声を掛けた。
「そうだ。霞たちにはこちらの秘密兵器の講義を受けてもらうわよ。真桜が一緒だから丁度良いわ」
「なんや?どんな兵器なん?」
「秘密兵器は秘密兵器よ。それ以上はまだ教えられないわ」
「うーん、あんまり面倒なのは勘弁やで?」
新兵器よりも突撃が好きな霞は、微妙な表情だ。
「そう言わないで。その兵器の運用と護衛を第一陣に任せましょう。敵部隊には、第二陣の春蘭が当たりなさい」
「ええー!なんでや!」
華琳の命令に、霞は思わず声を上げた。
「はっ!ふふっ、すまんな、霞。華琳様の命令ではどうしようもない」
「うわ、貧乏くじ引いたー」
喜色満面の春蘭と対照的に、霞は天井を仰いでいる。
「袁術は作戦立案には顔を出さないはず。相手の指揮はおそらく袁紹が中心になるわ。桂花は袁紹の考え方を予測して、基本戦略を立てなさい」
そんな二人にチラリと視線を向けた後、華琳は軍師達にも指示を出していく。
「御意」
「稟と風は桂花を補佐し、予測が外れても即応できるよう戦術を詰めること」
「分かったのですー」
「承知いたしました」
桂花に続いて、風と稟も華琳へと頭を垂れた。
「月と詠と音々は、留守中の防衛準備を。今のところ攻め込んで来れる勢力はないけれど、念のためにね」
使えるものは何でも使う主義の華琳は、月や詠にまで指示を出す。
最早、その光景を不思議に思う者がいない状況に、はこっそり苦笑していた。
「はい、お任せください」
「わかったわ」
「任せるのですー」
「他の皆も戦の準備を整えなさい。相手はどうしようもない馬鹿だけど、河北四州を治める袁一族よ。負ける相手ではないけれど、油断して勝てる相手でもないわ」
華琳が全員の顔を見回し、締めの言葉を口にする。
「これより、我等は大陸の全てを手に入れる!皆、その初めの一歩を勝利で飾りなさい。いいわね!」
彼女の力強い言葉に、戦意が高揚するのも無理はない。
王座の前に集っていた武官、文官全員が声を上げた。

方針が決まってから、出撃まではあっという間だった。
元々用意してあったのもあるが、二部隊に分ける予定が一部隊でよくなったのも大きな要因だった。
「なあ、真桜」
「なんや、師匠」
師匠と仰ぐ青年の呼びかけに、真桜は振り返り、彼の手にある木箱に首を傾げた。
「あの秘密兵器なんだが」
「あかん。いかに師匠といえど、秘密兵器は秘密や」
「いや、あれが何かは分かっているから別にいいんだ」
「へ?」
真桜だけではない。周囲で聞いていた面々も驚きの表情を浮かべている。
「これも、一緒に使ってもらえないかと思ってな」
彼が箱に入れて持ってきたのは、手のひらサイズの球体だった。
「火薬とマキビシが入ってる。火をつけた約二十秒後に炸裂する。……痛いだろうな」
「そら、痛いに決まっとるわ!……大丈夫なんか?」
しみじみと呟く青年に、真桜は思わず突っ込みを入れた後、彼の持つ木箱を見つめた。
「火をつけなければ問題ない。まあ、あんまり手荒には扱わないでくれると助かるな。あと水には弱い。これを発射する前に火をつけて置くくらいでいいと思うんだが、調節は適宜頼む」
「了解や」
「試作品十個だ。後で報告よろしく」
彼女に木箱を手渡した時、桂花が歩み寄ってきた。
「真桜、そろそろ官渡よ。例の準備を始めて頂戴」
「ほいよ。じゃ、ちゃっちゃと組み立ててまうわ」
「ああ、結局組み立て式にしたんだ」
「まあなぁ、設計図見直したら、完全に門から出れんかったし。……そいじゃ、師匠もしっかり生き残りや」
「真桜たちこそ気をつけて」
早くしなさいと急かす桂花と準備に取り掛かる真桜に手を振って、は華琳の待つ本陣へ向かった。

「おやおや、これはまた面白いものを作ってきたな」
官渡で出迎えてくれたのは、辺りを埋め尽くす袁一族の連合軍と、巨大な櫓の列だった。
「あの櫓は厄介ね。あそこから陣形を読まれたり、矢を射掛けられたらたまらないわ」
「大丈夫だろ。真桜、優先的にアレを狙えるか?」
「……ほんまに分かっとるんやな、アレが何か」
あっさりと対応を任せてくるの言葉に、真桜は小さく肩を落した。彼の予想を覆すものを発明するのは、まだまだ先になりそうだ。
「凄く悔しいのは理解できるけど、準備は出来てるの?」
「完璧や、まかしとき!」
「華琳様、袁紹が出てきました。あの櫓も一緒です」
「動くの!?」
秋蘭の報告に流石の華琳も声を上げた。
「可動式か。なかなかやるな。……なあ、華琳。あれ、新兵器の試験にひとつくれないか?」
動き始めた櫓の一つを指差して、は目を輝かせる。
「……まあいいわ。行ってくるから、準備をしておきなさい。いつでも攻められるようにね」
その楽しげな様子に、つい華琳は許可を出した。
「御意!」
が、やたらと嬉しそうな青年の姿に、一抹の不安を覚えた華琳が秋蘭に声を掛けたのも無理はないだろう。

そんな事になっているとはつゆ知らず、はゴソゴソと彼専用の荷車の中から荷物を漁る振りをして、あるものを投影した。
「一度、やっておきたかったんだよなー。これ」
黒髪の青年が取り出したのは、赤原礼装と黒い弓である。
ここまでくれば、彼が何を考えているか、分かる人にはわかるだろう。
厨二病と笑わば笑え。魔法なんてモノを手にした時から、一度はやってみたかったのだ。
がしかし、現代社会でやってしまうと、もれなく温い目か、痛々しい目で見られてしまうこと請け合いである。
このパラレルワールドにやってきて、漸く試すことが出来るのだ。多少彼の表情が緩んでいてもしかたあるまい。
?準備はできたか?」
「ああ、問題ない。第一陣の攻撃にあわせて、俺も始めるよ」
様子を身に来た秋蘭に、は振り返って弓を掲げた。
「その赤い服は何かの儀式か何かか?」
「様式美というやつだな。どうせやるなら、徹底的にって事だ」
「なかなか似合っているぞ」
確かに、この時代において背の高い青年が無駄のない身体を手に入れた今、すっきりとした赤原礼装は秋蘭が見ほれるほどに似合っていた。
「それは何より嬉しい言葉だ。お、舌戦が始まるぞ」
櫓の上と下で、言い争われる口喧嘩にも似たそれに、は苦笑を浮かべるしかない。
かつて机を並べて学んだ同士が、今は敵同士。
「これが、戦争ってやつだよな」
?」
秋蘭の呼びかけに苦笑で応えて、赤原礼装に身を包んだ青年は黒い長弓を引く。

『―――偽・螺旋剣』

風で運ばれてきた王様の合図で、青年が放った捩れた剣のような矢は、最も遠くに配置されていた、恐らくは上からの陣形確認用櫓を爆散させた。
櫓が真ん中から崩壊していく様子に、一瞬双方の兵士が足を止めたが、そこは曹操軍。やったのが間違いなく『千里眼』と判断した将軍達の声に、声をを上げて敵陣へと突入していく。
一方、袁紹軍はその他の櫓も崩されていく様子に浮き足立って、既に勝負にならない様子だった。
「……、一体何をしたんだ」
目を丸くしていた秋蘭もすぐに立ち直り、彼女から呆れた目でじっと見られて、黒髪の青年は手にした黒い弓を額に当てた。
「……さすがの俺も想定外の威力だよ」
『壊れた幻想』を使わなくて、本当に良かった。
もし使っていたら、恐らく袁家連合軍の三分の一は壊滅させていただろう。
「ところで前から気になっていたのだがな。『とれーす・おん』とは何だ?おまじないか何かか?」
「ああ、命中率の上がる願掛けみたいなものだな」
材料を調達しにくい事にして、使用回数を限定するしかあるまい。
「んー……、とりあえず俺の仕事は終了。後は物資をいかに遅延なく運ぶかだな。たぶん、秋蘭は霞たちと一緒に都攻めだろ。気をつけてな。怪我とかしないでくれよ?」
「ふふ。任せておけ。が無事海産物を手に入れられるよう、我らも頑張るとしよう」
最早、魏の首脳部は、の作る鍋料理のとりこである。
「楽しみだな、海産物」
の脳裏には、内陸の許都では手に入らない諸々の海産物が浮かんでは消えていった。

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評価

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後書&コメント

  1. よし、これで袁家は終わり……と。ちょこっと追記はする予定ですが。
    あと、雪蓮達と合わせておきたかった気もしますが、既に主人公の意識は海産物おんりーですw
    製塩とか出汁とか養殖とか、きっとそんなんばっかです。
    さあ、次は真っ黒笑顔で蜀の面子を追い返す予定。の前に、海産物の話、書きたいなー。
    そして、そろそろお好みソースの出番でしょう。粉もの大判振る舞いでいきますよー!

    コメント by くろすけ。 — 2013/01/07 @ 20:13

  2. 明けましておめでとうございます(●´ω`●)

    弓兵……エミヤもしくは無銘(エクストラ使用)の
    戦闘スタイルはかっこいいですね

    エクストラ続編前にもう一周しようかな

    忙しいのに(´・ω・`)

    コメント by 涼斗 — 2013/01/10 @ 10:45

  3. >涼斗様
    あけましておめでとうございます。
    どの魔法を使おうか悩んだ挙句、こうなりました。後悔はしてないですw
    よければ、またお越しくださいませー

    コメント by くろすけ。 — 2013/01/10 @ 14:09

  4. スパロボと言えば、第二次OGのハードモードをクリアしましたね。
    次はスペシャルモードをやるつもりです。

    さて、袁家のお馬鹿さんとの勝負でしたが、始まった瞬間に勝敗が別れた気がしますね。
    珍しく諒が動きましたが、厨二な印象が強い某正義の味方の格好も、この時代に諒が着ると似合うんだから不思議ですよねぇ。

    さて、この後と言えば何があったかな?流石に内容は忘れてきましたし、重要なのは蜀より呉ですからね。
    蜀に関しては、喧嘩売られたら叩き潰せばいいや的な考えしかないですね。

    コメント by エクシア — 2013/01/12 @ 17:24

  5. >エクシア様
    お返事が遅くなりまして、申し訳ありません。
    厨二ではありますが、楽しんでもらえたならオールオッケーです。
    早く三国統一して、後日談まで駆け抜けたいですね。
    今年もまったりとお付き合いくださいませ。

    コメント by くろすけ。 — 2013/01/15 @ 17:48

  6. 魚介系ラーメン来たぁ~~!(笑
    魚が手に入ると色々できますから、コレ諒君の料理無双がスゴイ事に…

    袁紹ねぇ
    文官?中間管理職?が少ない魏にはあの子を是非ともヘッドハンティングして欲しいッス
    個人的にはあの子が好きなんで(笑

    コメント by 蒼空 — 2013/01/18 @ 19:08

  7. >蒼空様
    コメントありがとうございます。
    日本のラーメンは中国の方にも人気があると聞きます。
    もそもそと続きを書いていますので、またお暇な際にでもお越しくださいませー。

    コメント by くろすけ。 — 2013/01/19 @ 11:56

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