「……予定通り、袁術は孫策に蹴散らされたと。これでスッキリと北へ目を向けられるな」
新しく地図を書き直したは、出来上がったそれを見つめて大きく頷いた。
「あんたねぇ……孫策が南をまとめて攻めてきたらどうするのよ」
「いいじゃないか、その時はその時だ。吹っ切れた春蘭に全力で相手をしてもらおう。元からそのつもりで華琳も全権を渡してたんだろうし」
「わかってるわよ!」
どうやら桂花は理解はしても納得はしていないらしい。
「そんなに苛々するなって。ほれ、これでも食べるといい」
「何よ、これ」
紙袋を渡された桂花は、中身の干された小魚の頭と内臓が取り除かれたものに首をかしげる。
「煮干といってな。出汁を取れば、実に旨いのが取れる一品だ。苛々にも効くから、オヤツにどうぞ。ちなみに、頭と腸は粉砕して、食堂のフリカケに使われているからムダもない」
華琳に許可を貰って漁村を一つ借り受けた青年は、製塩方法を中心に沿岸部分の開発を進めている。
その傍らで時間を作っては漁村周りをして、知識の引き換えにコネ作りに勤しんだ彼は、既に幾つもの海産物を手にしていた。
内陸では手に入らない新鮮な魚を刺身にして食べたが、綯い交ぜとなった懐かしさに涙したのは誰も知らない秘密である。
「ふ、ふん。貰っておいてやるわ」
桂花は紙袋をひったくるように受け取り、素直ではない答えを返した。
そんな話をしているうちに、華琳が春蘭を連れて入ってくる。
「さてと、今後の予定を話し合うわよ」
華琳の宣言と共に、各々の担当を振り分けらていく。
規模が大きくなってしまった分、主要メンバーが全員揃う事自体が稀になってきている。
は、その事を少し寂しく思った。
「……は恋と華雄を連れて新設した騎兵隊の最終調整に向かって」
最後に、華琳は黒髪の青年に頼みを告げる。
「俺が?春蘭か秋蘭の方が適任じゃないか?」
「二人には別の用事を言いつけたでしょう?」
「それはそうだが……」
確かに、春蘭は季衣を、秋蘭は流琉を連れて、地方へ遠征が命じられている。
「領土が増えるのも良し悪しだな。新しい人材発掘しておいてくれ。俺はそろそろ本気で【育成機関】を考える」
「楽しみにしているわ」
楽しげに笑った覇王様に見送られたのが、数日前。
黒髪の青年は、今日も黒装束で、五百の騎兵を率いて訓練を行っている。
「地図によれば、この少し先に水場があるのですよー」
「そうだな。今日はそこまで……」
音々に頷いて指示を出そうとした彼の上着を恋が握り締めて、小さく首を振った。
「。今日はこれ以上行かない方がいい。何か良くない感じ」
「恋?」
「うむ。おかしいと思っていたのだが、今、城には誰が残っている?」
華雄の言葉に、が即発動させた遠視の魔術は、出城で準備を整えている華琳達と、それに向かう『蜀』の軍勢の様子を彼に伝えてきた。
「馬鹿か、俺は。……恋、音々、華雄、それに皆もいいか」
苦虫を噛み潰したような表情になったは、現在位置と城の位置を計算して、部隊長達に声を掛ける。
「疲れているところ、すまない。今から引き返しても間に合わないかもしれない。例え間に合ったとしても、助けられないかもしれない。それでも、……頼む。力を貸してくれ」
そう言って彼は頭を下げる。そんな彼の頭の上で、全員が軽く目線を交した。
「……恋はと共にある」
「恋殿がこう言っているので、音々も手伝ってやるのですよ」
「ふん。この程度の訓練でへこたれる者は我が軍にはおらん。そうだろう?」
恋が頷き、音々は仕方ないといわんばかりに肩を竦めた。華雄は部隊長を振り返る。
「はっ!勿論です、将軍。すぐ出立準備に取り掛かります」
「味方を助けに戻るんです。断る奴はいませんよ」
「たまには部下を頼ってください」
そんな彼女達が信頼する五人の百騎長達は、笑顔で大きく頷いた。
「……すまない。…いや、ありがとう」
帽子を深くかぶりなおし俯く『千里眼』に、歴戦の兵士達は顔を見合わせ笑いあう。
こんな時代で人の命を大切に思い、子供たちに明るい未来をと願う。
それを決して理想で終わらせたりしないよう、現実を一歩ずつ進む青年と、彼の大切な王様を、彼らは敬愛してやまないのだ。
後で振り返って、誰にも報告できないと猛省をしたほどの強行軍だった。
勿論、コッソリと部隊に回復魔法や加速魔法を掛けたりしたけれど、それでもギリギリ間に合ったという状況だった。
「全軍、ここで一時待機。相手の斥候は見つけ次第、処理しろ。場所を推測されるより、規模やら装備やらを報告される方がまずい」
「はっ!」
「恋と音々はこっちの指揮を頼む。華雄はすまないが、丘の上まで偵察に行くから付き合ってくれ。なんとか間に合ったお陰で、これからが本番だ」
丘陵地へあがって、遠くに見える出城と展開されている軍を眺める。
「可能な限り、近付いて突撃だろうな。この場合」
華雄の言葉に頷かざるを得ない。身を隠す場所もない。荒地迷彩をまとう位はしておくべきだろうか。
「この地形で、それ以外は無理だしな。俺としては最初から篭城戦してくれればいいけど、華琳の気性を考えると絶対出てくる」
の言葉に恋も頷いている。
なんせ、相手が『あの』劉備である。絶対に容赦なんてしないだろう。
「明日にも攻撃が始まる。劉備達にも時間が無い。連絡が行き渡り、他の面子が帰ってくる前に、決着させるつもりだろうし」
「我々は何をすればいい?」
「そうだな……」
は目の前に翻るお歴々の旗印を眺めて、自分達が何をすべきなのかを考えた。
次の日。
劉備軍の意識が前面の曹操軍に向かったのを確認して、はジリジリと部隊を前進させ始める。
全員が馬から下りて、声を潜めて、その時を待っていた。
兵士は勿論、なんと馬にも迷彩模様の布を纏わせる念の入れ様だ。
そして、舌戦の後、矢が飛び交うのが目に入った瞬間、は付き従う騎兵に命じた。
「……全軍、騎乗!攻撃用意!」
騎兵が掲げる槍には、突撃用に持ち手を付けてある。ただし、降りても扱えるよう刀の鍔のようなものだけだ。
「突撃!」
その先頭に立つのは、黒を纏った『千里眼』。
彼の左右を固める、飛将呂布(陳宮付き)と猛将華雄。
従うのは、勇猛果敢な突撃騎兵隊五百。
黒地に銀糸の縁取りがされた旗を掲げて、劉備軍の背後から襲いかかった。
「後は予定通りに!」
「、また後で」
「気をつけるのです!」
「遅れるなよ!」
後方に集められていた輜重から黒煙が立ち上るのを確認した後、少数の部隊を更に分ける。
本来なら愚の骨頂だが、今回ばかりは仕方ない。
「行くぞ!」
は付き従う百騎の答えを待たず、覇王の元へと駆け出していた。
混乱する敵陣内を三つの部隊が切り裂いていく。
今回の最優先事項は『味方を一人でも助ける事』。後方からの奇襲に慌てふためいている敵兵など目もくれず、劣勢に陥っている味方の元へと馬を進める。
「邪魔だ!どけ!」
黒衣の青年は手にした槍で手近な連中をなぎ払ながら、ただ前へ進んでいった。
お久しぶりです。
今年もあっという間に過ぎてしまいそうな勢いですが、漸く更新できました。
……この戦闘が終わったら、久しぶりに平穏な日常を書くんだ。
と、思いながら続きを書いてます。
次回はもう少し早く更新できるといいなぁ。
コメント by くろすけ。 — 2013/03/13 @ 01:28
更新きてらー!お久しぶりです、遅くなって申し訳ない
今回は駆け足な感じがしましたね、この辺りは引き延ばすのも難しいんでしょうがてっきり涼さんは残る側だと思ってたんでちょっと意外です。
精鋭揃いな真田軍(+呂布&華雄)に柔らかい横腹を突かれた劉備軍のご冥福を祈らざるを得ないww・・・・・・・魏延は好きなんですがあいつは関羽以上に劉備にべったりだからなぁいろんな意味で
コメント by ヨッシー喜三郎 — 2013/03/22 @ 18:19
>ヨッシー喜三郎様
遅くなりまして、申し訳ありません。
今回は早送りでお送りしてしまいました。時間を掛けたいのは、この後w
華琳とイチャイチャさせたい。それと、幕間で皆と楽しみたい。
という、主に私の気持ちが前面に出た結果、こんな感じに。
後編も早めに公開できるよう頑張りますー
コメント by くろすけ。 — 2013/03/25 @ 10:42