全力で神様を呪え。[丗]

『投影開始』
馬の背にまたがる青年の呟きで、彼の腰に双振りの短刀が現れる。
実戦で使いきれるか不安で仕方ないが、文句を言ってる暇はない。
他でもない。彼自身が決めたのだ。
この非才なる身の全力をあげて、彼女の味方をすると。
「ああ、でも後で文句の一つも言ってやる」
は後に続く部隊に叫ぶ。
「いいか!お前らは、作戦通りに、味方を後退させろ!華琳は俺が助ける!」
「はっ!お気をつけて」
その答えに、千里眼たる青年は、後続の部隊を意識から切り離した。
これで彼の目標は、唯一。
最愛の覇王様で、なかなか素直に甘えてくれない寂しがり屋の女の子だ。

「ふ……っ。私自ら、剣を振るまでの事態になるとはね。しかし、それもまた良し!」
華琳は目の前で繰り出される攻撃を絶で振り払う。
「失せろ、下衆がっ!」
横から切りかかってくる兵士を切り捨てる。
「雑魚は下がれ!私が相手をするのは強者のみ!誰かいないのか!曹孟徳はここにいるぞ!」
「曹孟徳!いざ尋常に、勝負っ!」
「関羽か!貴女ならば相手にとって不足無し!来なさい!」
「参る!」
「容赦なしという訳ね」
繰り出された一撃を絶で弾き、返す刃で攻撃を加える。
「くっ……伊達に前線に立つ訳ではないか。なかなかやる!」
「舐めてもらっては困るわね。しかし、さすが関羽。良い腕だわ。どう?私のもとに来ない?」
時間稼ぎもかねて、半ば本気で勧誘を掛けてみる。通じるとは思わないが。
「この状況で減らず口を!」
激昂する関羽を見つめながら、華琳は冷静に状況を判断する。
天下に謳われる関雲長。まともにやり合えば、保ってあと数合。
彼女は、改めて絶を握りなおした。

漸くがその視界に彼女を捕らえたその時、華琳の前に居たのは、三国志で五指に入る武将だった。
更にその後ろには、先日真名を交わした五虎将の一人が走ってくるのが見える。
「華琳!」
喧騒に紛れて聞こえないけれども、は思わず叫んでいた。
関羽だけならまだしも。星まで来たら、もって一撃。それ以上は幾ら華琳でも受け止めきれない。
「させるかよっ!」
加速の魔法をかけられて馬は、一直線に乗り手の目指す場所へと駆けてゆく。

「見つけたぞ!」
「おお、星か!」
「……ちっ!」
二対一では分が悪いどころではない。華琳は思わず舌打ちしていた。
「はぁっ!」
「くっ!」
横合いからの一撃を、辛うじて受け流すことが出来た。
が、関羽からの更なる一撃と、体勢を立て直した趙雲からの再攻撃に、華琳は覚悟を決めた。
「……間に合ったか」
だが、聞こえてきたのは、自分が斬られる音ではなく、金属がぶつかり合う音と地の底から響くような不機嫌な声。
思わず閉じていた目を開ければ、いつもの黒装束を纏った背中が見えた。
!」
「俺の寿命を縮めた責任は後でとってもらうからな、華琳」
彼の持つ黒と白の双剣が、龍牙と青龍偃月刀をガッシリと受け止めて微動だにしない。
「貴方は!」
「よう、関羽殿。貴女の主殿が健在のようで何より」
黒髪の彼の評判は勿論聞いていたし、実際に手合わせもした。
そこから考えても、彼女と星の攻撃を受けきれるはずがないのだ。
「……ああ、その疑問は最もだが。敵になる相手に稽古なんかで、本気を見せると思うか?」
チラリとこちらを見た青年の言葉に、関羽と星は言葉をなくした。
そんな隙を見逃す手はない。もとより、まともに戦っては勝てない相手なのだ。
は手にした双剣で彼女達の武器を弾き飛ばし、覇王様を肩に担ぎ上げると同時に背を向ける。
!?」
「じゃあ、またな」
華琳が発する抗議の声は無視して、は馬へと飛び乗った。
「逃がすと思っているのか!」
「モチロン」
ニヤリと不敵に笑った彼は、袖口から何か黒い固まりを地面に叩きつける。
その瞬間、白い煙が周囲を支配した。
「くっ!煙が!」
「これでは、何も見えぬ!」
同士討ちの可能性に、二人は武器を振るえなくなった。
「……してやられたな」
馬の走り去る音に、白い煙の中、星はため息を吐く。
流石は千里眼と思うと同時に、彼の武に対しての評価を訂正しなくてはなるまい。
「くっ!まだだ!追撃を掛ける。城に逃げ込ませるな!」

白煙を抜け、は油断なく周囲を見回しながら、城へと向かっていた。
「ここらまでくれば安心だな。……頭は冷えたか、覇王様」
馬を走らせながら、目の前に座らせた華琳に視線を落とす。
「何故、貴方がここにいるの!」
「それは後で説明する。城まで戻るぞ」
「ここで兵を引けというの!?劉備相手に負けを認めろと!嫌よ!あの子の様な甘い考えに膝を折るなんて……この私の誇りが許さないわ!」
「だから、関羽と星の二人と正面対決か?実に馬鹿げた事をしたもんだ」
「馬鹿で結構。理想を貫くことを馬鹿というなら、それは私にとっては誉め言葉よ。それで野に散ったとしても、それこそ本も……」
華琳は最後まで口にする事はできなかった。
ため息をついたに、華琳は信じられない事をされた衝撃で言葉が止まってしまったのだ。
「もう一度、聞くぞ。頭は冷えたか?華琳」
「あ……」
華琳は叩かれた頬を押さえる。
「この一戦程度くれてやれ。一敗した程度で死んでいたら、俺なんて命が何個あっても足りないぞ」
は華琳の手に、自分のそれを重ねた。
「……腕が折れても、足が砕かれても、心が挫けてなければ、それは負けじゃない。むしろ、この兵力差でよくここまで健闘したなと誉めてやる。一旦、城に戻って体勢を立て直して、次は籠城戦だ。最後に立っていた者こそ勝者だと思うが……君はどうする?」
少し眉を上げて下手な挑発をしてくる青年に、華琳もいつもの調子を取り戻す。
「全軍に撤退を通達しなさい。一人でも多くの兵を城へ帰すわよ」
「残念だが、そいつは遅かったな。撤退指令なんぞ疾うに出した。だが、後半には賛成だ。コイツをあるだけバラまいて時間を稼ごう。先に帰るか?」
の手のひらに転がる黒い玉を摘み上げて、華琳は追いすがる劉備軍兵士達へ向けて投げつけた。
「勝手に命令を出しただけで飽きたらず、寝言まで言うつもり?次は許さないから、そのつもりでいなさい」
「Yes, MyMaster.」
本調子に戻った様子の華琳に、の顔にも漸く笑顔が戻っていた。

「華琳様、ご無事でっ!」
「すぐに関羽の追撃が来るぞ!兵を全て収容し、城門を閉鎖しろ!」
「既に収容は完了しています!城門閉鎖も終わりました!」
と共に戻ってきた華琳の命に、駆け寄ってきた桂花は答えた。
「真桜は?」
「大丈夫。今、別件で動いてもらっているのよ」
今にも馬首を翻そうとするを桂花の言葉が押しとどめる。
「よし!総員城壁の上に待機!篭城戦で敵を迎え撃つわ!何としても、春蘭達が帰ってくるまで耐え切ってみせるわよ!」
五百ほど兵が追加されたとはいえ、未だ総数で劣勢な事実は覆らない。
「とりあえず三交代で休憩を取るぞ。相手の方が多いし、連続攻撃の有効性は実証したから、あの策士が使ってこない訳ないからな。とりあえず、恋と華雄は休憩に入ってくれ。音々は悪いが、もう少しこっちを手伝ってくれ」
部隊を後退させるべく奮闘してくれた二人は、返り血と埃で酷い有様だった。優先して休息をとる事に、誰も文句などない。
城壁の近くに設けた司令部で、頭をつき合わせて指示を飛ばしていく。
「そうね。桂花、風、部隊を組み直して。それから地下の抜け道は効果的に使いなさい」
「はっ、飲み水の確保も順次行っております。それと平行して消火用の砂の用意も」
「よし、じゃあ、音々は真桜が作ってた兵器を組み立ててくれるか。この間のやつ、持ってきてるんだろ?」
「はぁ。あんたに秘密兵器って秘密じゃないわね。これ、設計図よ。頼むわ」
桂花はため息を吐きながら、真桜から預かっていた巻物を取り出す。
「任せるのです!」
では早速と桂花から設計図を受け取り、音々は近くの工兵達を連れて行った。
「俺は上から矢を射るのを手伝うつもりだ。火矢が来たら、どうすればいい?」
「火矢には濡らした布が効果的なのですよ。集めるよう指示を出しておきましょう」
「こちらも、上から見ていて何かあれば報告する。また後でな」
は黒い弓を持って立ち上がった。

「よう。戦況はどうなってる?」
炊き出しされている握り飯と野菜たっぷりのスープを手に司令部に顔を出したは、同じく食事中だった華琳に声を掛けた。
「一進一退といったところね。真桜の新兵器のお陰で随分と助かっているわ」
「ああ、あれか」
今は華雄が運用指示を出しているのを、先ほどちらりと見た。落石や熱した油などは一度きりしか使えないが、巻き上げ装置のついた大木なら何度も利用が可能だ。確かにあれは篭城戦の秘密兵器と言えるだろう。
「後、貴方の作った炸薬も、かなり役立っているわね。篭城戦なら味方を巻き込む心配もないし」
「なるほど。そうだ、食後に面白いものを見せてやろうか」
「何?」
「いや、後方で指示を出してる連中にも、ちょっとは肝を冷やしてもらおうかと」
お握りに齧り付き、悪戯っぽく目を輝かせるに、華琳はそっとその頬に手を伸ばし、ついていた米粒をとってみせた。
「それはいいけど、食事くらい落ち着いて食べなさい」
「お、悪い」
彼女の指先についた米粒に、はひょいとそのまま口をつける。
「!」
「はぁー、ご馳走様でした」
スープを最後の一滴まで飲み干して、黒髪の青年は満足でしたとため息を吐く。その様子は余裕すら感じられ、悲壮感など全くない。華琳が頬を染めているのに、気付く気配も全くない。
「じゃあ、行こうか。華琳」
が笑顔で差出した手に、華琳は困ったものねとため息を吐いた。

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後書&コメント

  1. 続く!
    という展開ですみません。
    次回、劉備軍けちょんけちょんで撤退の巻です。
    もう30話。50は超えそうですね……
    ではまた次回をお楽しみいただければ幸いです。

    コメント by くろすけ。 — 2013/04/21 @ 22:53

  2. ふと思い出してつなげたら更新来てました。
    虫の知らせでしょうか(苦笑)

    『「馬鹿で結構。理想を貫くことを馬鹿というなら、それは私にとっては誉め言葉よ。それで野に散ったとしても、それこそ本も……」
    華琳は最後まで口にする事はできなかった。』

    ・・・真田さん口を物理的に塞いでくれたのかと・・・orz

    コメント by 涼斗 — 2013/04/23 @ 12:38

  3. > 涼斗様
    お返事が遅くなり大変申し訳ありません。
    なかなか更新がはかどらずすみません。
    ……さすがに戦場でいちゃいちゃしてたら、殺されそうですよ。むしろ、最近は爆発しろ?でしょうか。
    いちゃいちゃするのは、戦闘終了後の楽しみにとっておいてください。
    また気が向いた頃にお越しくださいませー。

    コメント by くろすけ。 — 2013/04/29 @ 16:46

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Posted: 2013.04.21 真・恋姫†無双. / PageTOP